2442. 旅の三百五十五日目朝 ~ティヤー上陸アノーシクマ湾発
※明後日、3月5日(火)の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願い致します。
クフムの『用』は、前置きより早く済んだ。
掻い摘めば、『情報を紙に全て書くから、私を解放し、海賊を味方につけて動いてくれないか』の相談。願い、と言えなくもない。
無論、イーアンは即行、却下したが、彼がそう思った理由は尋ねた。
クフムがそれを―― 女龍が怖いからと ――言えるわけもなく、言いつくろう表向きの理由は、どこか薄っぺらさを残し、イーアンはしっかり聞くだけ聞いて『今は却下する』と言い直した。
「今は、と。では、考慮してくれるんですか」
「考慮するとか、どうとか。それも、答えは今ではないです。私は覚えておくと言ったつもり」
曖昧でもどかしい、手応えのない返答。だが、機嫌を損ねたら『絶対だめ』となりそうだし、僧侶は食い下がれずに頷いて終わった。
部屋を出て行った女龍は、廊下で誰かと会ったか、明るい声が少し響いて遠ざかる。
クフムは閉めた扉から離れ、寝台に座り、頭を抱えた。そう上手くいくとは思わなかったけれど、全く取り付く島もない・・・『今は却下』が、せめて『考えておく』なら、少しは希望もあったのにと項垂れた。
「私に探らせる、私に忍び込ませて、在り処を特定させる、私に道案内をさせる・・・ 武器製造に移行している神殿に、私が立ち入った側から、一箇所ずつイーアンたちに潰される?
そんなの繰り返せるわけがないじゃないかっ。私が『関わらない』あの意味は?めいっぱい、関わってしまう。
神殿を警戒させなくて済むのは、せいぜい三ヵ所までだろう。私が行く場所行く場所、確実に破壊されるとなれば、あっという間に情報が回る。それくらい容易に想像つくのに、イーアンはバカなんだろうか。 警戒した神殿は拒んで、否応なしに敵対だろうに」
大きな溜息と共に、クフムは枕をむんずと掴んで壁に叩きつけた。それで収まる気持ちでもないけれど、むしゃくしゃする遣り切れなさと、予想のつく不都合な未来への恐れは、どうにも落ち着かなかった。
*****
翌朝――― 朝食は外で、と決めてあったので、皆は、朝も早い内に船を降りた。
船長と船員にお礼を言い、互いの無事を祈って挨拶を交わし、湾の小さい港で一行の馬車と馬が出発する。馬の手配がこれからなので、クフムは港の貸し馬に乗った。ロゼールが乗らない馬・ブルーラは、フォラヴが乗って進む。
アイエラダハッドのオガジャクの町でもあった、馬貸し出し(※2182話後半参照)。これが便利で、町の中であれば、馬を返す場所に繋ぐことで、返却したことになる。
元の場所に戻らなくて済むのは、好都合。どこの島もこれだと助かる、と話しながら、クフムも無事・・・ 本人は、早く着替えたくて人目につくのをビクビクしているが、とりあえず移動。
町は田舎の風景を思わせた。クーバシュから続いた町灯りは、海から見ると多く見えたが、こちらに着いて明るい光の下で全貌を眺めると、海岸沿いに人の住まいが集中しており、島の中央に向けて傾斜する小高い丘は、木々の合間に家が点々と見えた。
港が大きいのは、主に反対側―― 昨日着いた最初のクーバシュ港であり、同じ町であっても、裏手のこちらは、馬車が通る道も土むき出しで、湾の港は整備も部分的。アイエラダハッドの客を迎えるのは、クーバシュ港だからかもしれない。
湾は、アノーシクマと言い、港名はなく、この名前で呼ばれているようだった。
アノーシクマから、ルオロフの知人の家は馬で数十分の距離。平坦で道幅は広く、湾に沿って並ぶ屋台や卸売市場が、視界の端から端まで続く。
ここは、ここだけで成り立っているらしく、朝早い店が田舎町の元気な様子を印象付ける。
一本通りを跨いだ裏は、少し静かになるようだが、ドルドレンたちはルオロフの案内に従い、湾をぐるりと行く、朝市の通りを進んだ。
クフムは朝陽に晒されて身を縮こまらせており、荷台からそれを見るイーアンは『服か』と考え、もう対処しようと考えたが、荷台を下りる前に止められる。
「俺が行こう」
「シャンガマック?」
イーアンが荷馬車を出ようとしたところで、なぜか褐色の騎士が、タイミングを合わせるように前へ来て、目の合ったイーアンにそう言った。
先に寝台馬車を降りていたところを見ると、偶然、同じことを思ったのだろうか・・・
以心伝心の中でもないのに、なぜ解る?(※お父さんなら分かるけど)と、問いた気な女龍の視線に笑い、馬車の横を歩くクフムをちらりと見て『何となく、彼に着替えが必要と思った』と一言。
「どうせ、通訳も兼ねる。彼が買うだろうが、俺が側で聞いている方が見張りになっていいだろう?」
「あ。そうですね・・・では、じゃあ。大丈夫ですか?お任せしても」
「問題ない。男ものの服が、店先のそこかしこに掛かっている。漁師の着替えだろうから、あれで間に合わせよう」
さくさくと話す褐色の騎士が、なぜ僧侶の服の着替え購入に、率先して付き合おうとしているのか・・・・・
もうちょっと聞きたいが、馬車は動いているし、行き交うティヤーの荷車や人々もいるし、寝台馬車の御者をするタンクラッドも、可笑しそうに頷くので、イーアンはシャンガマックにぎこちなく頼んだ。
イーアンと荷台にいたミレイオは『何か気付いたんじゃないの?』とちょっと笑って、扉口で立っていた女龍を引っ込める。
「あんた、目立つわ。入ってらっしゃい」
はい、とイーアンも荷台に座り、被っていたフードを下げ、半開きの扉向こうを見た。シャンガマックはもう、クフムの馬と一緒に脇に逸れている。見張り、と言われたらそうだけど。何となく引っかかる。
考えるイーアンの横、ミレイオが立ち上がって『ドルドレンに教えてくるわ』と、荷台を出て前へ行った。すぐに戻ってきて、『道は一本だから進み続けるってさ』と、ドルドレンの返事を伝え、『それと朝食は、考えているとかで、もう少し後』と話した。
湾沿いの道は生活感を感じる、飛び交う声が分からなくても楽しくなるような、そんな時間だった。
イーアンが目立つどころか、旅の馬車自体、目立つけれど。じろじろっと見られて、終わり。入ってくる船で、乗客も見当がついているのは、慣れていそう。
観光地ではなさそうだが、近い分、気楽に来られる憩いなのかもしれない。
通り過ぎる看板には宿泊施設への案内があり、色とりどりの絵や、お代と思しき数字。きっと、こうしたのを見ながら、アイエラダハッドから来た客は宿を決めるんだな、とイーアンは思った。
料理だけだとアジアを連想したが、ここはアジアっぽくもない。イーアンの勝手なイメージ=中南米・南米の方が合っていそうな、賑やかな明るさが、建物にも風景にも溶け込む。
明るい色を使う家屋、というと、アイエラダハッド山間の町グスキークもだったが(※2171話参照)、土地が違えば、色の使い方もまるで変わる。
「遠くから見たら、ここは花束みたいに見えそう」
フフッと笑ったイーアンが窓の外を見て呟くと、ミレイオも隣に座って『そうね。でも全体的だから、花束より花畑っぽいかもよ』と微笑んだ。
「家は素朴なのね。屋根や壁や、階段の色が、鮮やか。模様なんてなくて、一色ずつ分ける豪快さが、底なしに明るくって素敵よね」
「そう・・・あのおばあちゃんの家も、黄色い屋根でした(※626話参照)」
窓の外を過ぎて行く、豊かな色彩に、イーアンはダク・ケパの換金所・・・あのおばあちゃんの家を思い出す。教えてもらったお宅は、色が鮮やかだった。
ミレイオはちらりと女龍を見たが、視線を外へ戻して『海賊のこと。気にしてるのね』と呟き、イーアンは一呼吸置いて『はい』と答える。
昨日のクフムから聞いた話は――― 夜の間に、皆にも教えた。
ティヤーはどこへ行っても、半分海賊、半分宗教。極端ではなく、そうした国なんだと言われた話。隊商軍が、賊の集まりで始まったことも、イーアンは話した。
宗教と言えば、騎士修道会だって宗教派生だが、ドルドレンが以前話していたように宗教的名称は『名残り』でしかない、現在(※546話後半参照)。騎士たちは僧侶ではなく、僧侶としての活動もない。
ティヤーの『献上』やら『供物』やら『支配』の宗教的動きは、かけ離れた印象で、ハイザンジェル出身の皆は、『そうした相手に頼るのは、後々大変そうだ』と困惑していた。
かと言って、『海賊頼るか』と言われても即答しづらい。把握できない危険を持つ可能性に、うかうか近づく気はないのだ。
だが、クフムの説明を聞けば、彼が嘘を言っているわけでもなさそうだし、誇張している感じもなかったので、選ぶなら海賊なのだろうと・・・誰もがこの結論で終わった。
この話の輪には、当然、ルオロフもいたので、ルオロフは『噂では聞いていましたけれどね』と難色を示した。
それも無理からぬこと。これから会いに行く知人も、『どちらかに属す』と思えば。
知人にこれを訊ねるかどうか、少し悩んだ若い貴族に、イーアンが『修道院にすぐ勧誘されるだろうと、クフムは言っていた』と教えたら、『では、急ぎます』と先に話すことを決めた。
怪しい宗教勧誘を受ける前に知人宅へ着けば、知人から先に内情を聴けるかもしれない。
仕事の付き合いが信頼も築いているし、おかしな展開には運ばないと、ルオロフは約束するように言った―――
「旅客船の船長さんや、船員の人たちも、海賊側ということですよね」
「でしょうね。船舶で営業してる時点で・・・海だし。ねぇ、あのおじいさんとおばあさん。海賊だったかもしれない、ダク・ケパの。彼らって、別に特別怖いわけじゃなかったのかもね」
「この国の実際の姿を聞いた今は、そう思えます。嵐の夜、外国人のタンクラッドを助け、騙しもせず、嘘もつかず、誠実に対応したおじいさんの話は・・・ 全員がそうではないでしょうけれど、下手な宗教関係より、ずっと信用できるような」
そうねと、ミレイオも同意したところで、表で『いいじゃないか。それで』とタンクラッドの声が聞こえ、二人は扉の隙間を振り返る。
「クフムだわ。ああ~・・・上からスポッと、被れる衣服を買ったのね」
馬に乗った僧侶を見たミレイオは、彼が購入した着替えを『上着感覚』とイーアンに教える。
イーアンも外を見たが、クフムの馬は後ろへ並んだらしく、もう見えなかった。シャンガマックと親方が何か話していたけれど、それも短く終わり、シャンガマックも馬車に乗り込んだ様子。
「元々、ティヤー人との混血って話だし。服さえ馴染めば、目立ちようもないか」
ミレイオがそう言って、荷台の板に座り、イーアンも横に並んだ。丸太作りのベッドでは、赤ん坊のシュンディーンが眠っており、二人はこの後も『海賊』に頼る今後について、少し話し合った。
そして、賑やかな通りが、徐々に人も少なくなり、店屋の間隔も広くなった頃。
長閑な道はさす又に分かれ、丘へ緩く上がる道に馬車は進む。ルオロフはドルドレンの横で、御者台から眺める前方―― 知人宅 ――に、少し緊張していた。
「ルオロフ。ここから、タジャンセ出入国管理局へ向かうだろう?ティヤー巡回の道を組むつもりでいる話だが、宿は近くで押さえるか?」
ドルドレンが尋ねた『宿』は、知人宅に泊まる・その知人のお勧め先への宿泊を、避けるため。その意味を理解する貴族は『そうですね』と、宿泊先の予定があることにする、と答えた。ドルドレンもそれが無難、と思う。
「出来るだけ。自分たちで動けるように意識していたい」
「私も同じです。貸し借りが足を引っ張るのは、困りますよね」
相手が相手・・・ 海賊か宗教連中か。どちらにせよ、借りは作りたくないと、互いの顔を見合って頷いた。
馬車はもう、ルオロフの鳥文で連絡済みの、艶やかな館の敷地に入る―――
お読み頂き有難うございます。
明後日、3月5日(火)の投稿をお休みします。
思考が途切れがちで、書くのも確認も遅くなり、度々ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願い致します。
今回出てきた『騎士修道会の現在』について、小さな記事にしていますので、リンクを貼ります。
https://ncode.syosetu.com/n7980iq/ (※読者の方専用なので、非公開記事です)
もう随分前に活動報告に書いた内容なのですが、説明用に使えそうと思い、修正しました。900文字程度の短いものですから、もし宜しかったらどうぞ~




