表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
悲歓離合
2441/2964

2441. 夜 ~夕食雑談・ロゼール帰国・津波予言・クフムによる、ティヤー警備体制と隊商軍逸話

 

 ドルドレンたちを乗せた旅客船は、ルオロフと船長の提案で、入港かと思いきや寄港・・・にもならず、素通りした。



 岸壁から、付かず離れずの距離を保ち、反対側に島の灯りの並び、穏やかな涼しい風を受け、『大河』と言われたら、そう見えもするし・・・『海の道』と言われても、そうかと理解する、広く穏やかな黒い波間を、旅客船は止まらずに伝う。


 タジャンセ出入国管理局の近くに、ルオロフの知人あり。


 彼への知らせは、今夜中に届けるようだが、旅の一行は湾に入って船を停めたら、そのまま船中泊決定。

 なので、夕食も船。甲板から戻った皆は食堂に先に入ったり、部屋に戻ったりで、夕食時間までの僅かな間を好きに過ごした。


 それから夕食。穏やかな一日と言え、暗い話題はつきもので―――



 ご馳走が並んだ船の食卓で、最初の話題は勿論、目の前の料理。


 ゴルダーズ公の船では、質素だった食事・・・戦時だったし当然とはいえ、ゴルダーズ公自身が『船で食材を保つのは難しい』と話していたのを思い出すミレイオは、ティヤーの旅客船は事情が違うのかと不思議だった。


 気になり続けて、ルオロフにちょっとだけその質問をしたら、ルオロフは少し考え『もしかすると』と窓の外の海に顔を向ける。


「渡航中、小型の船が来て売買をするのは、ティヤーでよくあるそうです。今回、『アイエラダハッドからティヤー』の最も短距離で済む航路で、それがあったか私は分からないけれど、商売船が近くにいれば、鮮度の良い食材は購入できますね」


「ああ・・・そういうのもあるか。船だらけの国だものね、何も荷積みの時だけではなくても」


 ミレイオ、納得。側で聞いていた職人たちも納得。ドルドレンは『ハイザンジェル東の川でも、小舟がそうして販売している』とやり取りを見たことがある話をした。ティヤーでは、もっと大きな船なのかと想像する。



「川を行き来するアイエラダハッドの船は、一般庶民の入れる川は少ないです。貴族が管理していましたから。主に安全の面で、漁業は認可していても、商業的な一般船は許可しない方が、行き交う船に安全ですよね」


 責任があるから、と話す赤毛の貴族の説明で、皆さんは豆知識を得る。川で十日使う移動、海と違って逃げ道もなく、幅が狭くなる箇所もあれば、そうした決まりが出来ても自然だねと・・・この話は『新鮮な食材の理由→商売船』で終わる。



 話一区切りするや否や、『じゃ。行ってきます』と口をパンパンにしたロゼールが席を立ち、食事中の皆は驚いて彼を見た。


「ハイザンジェルへ?」


 フォラヴが尋ね、頷くロゼールは、水を一口飲んで『急ぐよ』と言うなり、総長に軽く挨拶してさっさと食堂を出て行った。皆は少しの間、ポカンとしていたが、ロゼールの前にあった、主食の残りが消えているのに気づき『移動先で食べるのか』と笑った。


「私のために、彼を急がせましたか?」


 ルオロフが気の毒そうに、騎士の消えた出入り口を見つめ、ドルドレンは『そうではない』と微笑んで、ロゼールが仕事熱心だと教えた。


「テイワグナの情報(※武器強奪)も必要だし・・・ルオロフの同行も、また、アイエラダハッド復興に手を貸してほしい願いも届けるし、ロゼールの責任感だ。彼は満足している」


「そうなら良いのですが・・・私に、旅費は一切必要ありませんから、そこは機構の手間もないと思います。でも旅費程度は、個人的な話ですものね。アイエラダハッド貴族が、ハイザンジェルに経済の」


「固い話はよそう。当然なのだ、ルオロフ。と言いつつもだが、どうだ、イーアン。()()()()()か?」


 いきなりイーアンに話を振ったドルドレン。皆の視線が総長から女龍に動き、料理を口に運びながら、イーアンが何を話すのかと待つ。イーアンは厨房を気にし『声は聞こえないでしょうか』と躊躇ったが、ルオロフが『静かに話せば聞こえませんよ』と促した。


()()()、か?」


 切り身魚付きの突き匙をちょいと向けたタンクラッドに、女龍は『次の魔物です』と小さく首を振る。


 場は一瞬、凍りつく。もう?と目を見交わすそれぞれの反応に、夕食の席で言うことではなかったかなと思いながら、でも早く知らせるに越したことないわけで・・・イーアンは、午後の人魚の話をした。



「ドルドレンのさ・・・ 一緒にいた精霊(※ポルトカリフティグ)は、『暫く剣を使わない』と言っていたんでしょ?」


 聴くだけ聞いて、ミレイオが黒髪の騎士に確認する。頷いたドルドレンだが、これはイーアンにも部屋で訊かれており、同じように答える。


「精霊の時間は、俺たちに曖昧だ。『暫く』が、人間の感覚では」


「あ、そうね。サブパメントゥ()が訊くのも変か」


 そうでした、と片手を軽く振ったミレイオにドルドレンが少し笑い、『ミレイオは人の感覚が強いから』と気遣い、『考えてみれば、決戦と開始までの間が、十日以上あるだけでも長いのかもしれない』と思うことを話した。


「言われてみれば、ですね。ハイザンジェルの魔物がいつ終わったか。俺たちに、明確ではなかったし、テイワグナの大津波は、魔物戦が一旦静まったと思わせて、いきなり始まった印象でしたからね。今回も、似ているのかも」


 シャンガマックが思い出しながら、旅立ちの境目の話をし、皆もそれに頷く。ルオロフは知らないので、そうだったのかと黙って聞くのみ。


 人魚が教えた予言は、心構えする有利がある、と続けた褐色の騎士に、オーリンが『それな』と少し話を変えた。



「人魚、か。異界の精霊が味方に付くと、未来も予言もらえるとはね」


 そこに感心するオーリンに、『海の変化も感じ取っているみたいでしたよ』と見た感じを伝えるイーアンは、彼らが未来を知る力に加え、生息環境の異変も予知してでは、と付け足す。


「ザッカリアの『未来予知』と、少し印象が違います。オウラも今回のメリスムも、『()()()()ある未来』と言いました。可能性が一番高い未来を教えてくれて、他の可能性として浮上する未来でも、注意点を伝えましたが、それが現実になるかどうかは、別なのかも」


『未来が変わるからだね』とザッカリアが言葉を挟み、イーアンは尤もと頷く。女龍がザッカリアから視線を動かさないので、次は彼かと、皆の視線もそちらへ集まり、少年は肩を竦めた。



「少しは見えたけれど・・・ 多分、()()()俺の方が高いと思う。でもイーアンが言ったみたいに、人魚と、また違うんだ。同じ目的(未来予知)の力であっても。

 俺には、降ってくる風景や、見ようとした先にある状況だけが映る。人魚は、『その時点で起こりうる可能性』を何個も拾うようだから、幅が広いよね」


「ザッカリアも見ていたのですね」


「いつ、とは分からなかったよ。ただ、『ティヤー開戦は嵐の海と魔物』、とは」


 もうすぐ・・・かな、と付け足し、目を伏せ、豆と貝の煮込みを食べる少年は、『これは美味しいや』と話を変える。何となく元気が失せていそうで、イーアンは、彼はもう抜けるから、余計なことを言わないのかな、と感じた。



 *****



 この後、嵐と開戦の話題はひそやかに続き、しかし、気を引き締めるくらいしか出来ない今は、それ以上の話題を生むこともなく、『固い話』で笑い声も途絶えた夕食は終わる。皆は、料理人に礼を言って、各自部屋に戻った。



「未来を見る、と言えば。ルガルバンダもそうなのよね」


 ドルドレンはルオロフと話があるそうで、一人で部屋に戻ったイーアン。

 深い赤茶色の艶が見事な、木製のベッドに寄りかかって、小さな窓の外に呟いたが、この話はここまで。


 金属で窓枠を囲った円い窓から見える外は、黒く揺れる海と、陸の町灯り。そろそろ、湾に入るらしく、船のゆったり方向を変える重さが体に伝わる。


 赤と白で幾何学模様に織られた、大判の布が掛かるベッドに腰かけ、低い天井に渡された梁の迫力ある装飾を、何の気なしに見上げた。船の動きにつられ、ランタンが少し振られて、橙色の温かな光が、装飾の凹凸を浮立たせる。


「お話・・・なのかしら。ストーリーがありそう。お船と、海と、あと・・・これは?海なのに、翼があるみたい」


 彫り物の影を目で追い、不思議なお伽噺のような流れに、イーアンは微笑む。旅に出た最初だったら、すぐ食いついたなと思う、心境の変化。今は、ちょっと距離を取って眺められる、自分がいる。



 色んなことがあった。未来予知繋がりで思う、ルガルバンダもそうだけれど・・・ 各地に『龍の人』と民話の残ったテイワグナでは、山奥の町でルガルバンダの姿が、未だに人々を尊崇させていた(※1462話後半参照)。


「伝説は錯誤し、交差する。4本の角のルガルバンダは、ズィーリーをよく手伝いに来たから有名。でも、ダマーラ・カロの、プフランの工房にあった彫刻と話では、女龍に角があり、肌の色は私と近い。その姿は始祖の龍でも、時代はズィーリー。ズィーリーには角がない、肌の色も普通だった。あの話の続き、後から知ったけれど・・・って」


 取りとめもない思い出に、ふふっと笑って止める。と、このタイミングで。



 コン。 扉が一度、大人しめに叩かれ、イーアンは顔を向ける。


 はい、と答え、ドルドレンかなと思ったが、扉は開かない。こちらの声は聞こえたのか、また『コン』と遠慮がちな一回ノックがされ、誰かと思いながら、イーアンは扉を開けた。そこに意外な人物が立つ。


「クフム」


「話があります」


 部屋に入るわけにいかない、と態度で示すクフムは、用件を伝えながら自分の部屋の方を見て、イーアンは一秒考え、了解した。クフムは、ドルドレンがいるかいないか確かめたようで、同室の総長を探す視線はなかった。


 ランタンが点々と並ぶ、明度の低い廊下を一緒に歩く。廊下に長く敷かれた、青い染料染めのふかふかした敷物が音を吸収し、二人は足音を立てることなく、昇降口近いクフムの部屋に入った。



 彼の部屋も―― 最初に見たが ――広さや室内の様子は同じ。違うことと言えば、人目につかない端の部屋、その位置だけで、クフムが示した一人掛けの椅子にイーアンは腰を下ろす。


「話とは何ですか。今日は船中泊です」


「それは先ほど、私も甲板に出たから聞いていました。序に、食事も終えました」


「はい・・・それで?」


「ティヤーは、海岸線国境管理で、警備隊がいます。主に巡視船で動く組織で、陸の展開は自衛と言う名目で、僧兵団体がありますが」


「ちょっと待って」


 いきなり何なの、とイーアンは眉根を寄せて止める。クフムは一度頷いて『もう少し聞いて下さい』と急ぎの様子。


「ご存じないと思って、前置きから始めています。私の聞いてほしい話は、ここに繋がります」


「・・・そうですか。分かりました」


「私が加わってから、どなたもティヤーの軍や警備組織の話をしていないと思いました。貴族のルオロフも、この話題に触れていない気がして、先に伝えました。

 アイエラダハッドで言う、隊商軍。これが、ティヤーでは『国境警備隊』と呼ばれている集団です。国境と名はついているけれど、島だらけの国なので全体が対象とされています。陸の僧兵団体は、ハイザンジェルの騎士修道会に近いですが、もっと宗教色が濃いです」


 何だろうと思いつつ、確かに誰からも聞いていなかった話なので、イーアンは頷いて続けるよう頼む。クフムは座らず、壁際に立ったまま、『もし、協力を願うなら、僧兵団体ではない方が良いです』と言った。


「陸の僧兵団体ではない方が良い?騎士修道会と近いんですよね?」


「仕組みや成り立ちが近い、という意味でした。中身は、先ほども言ったように『宗教色が濃い』から厄介です」


「あ・・・なるほど。では、海岸の巡視船で動く、えーと。警備隊?でしたっけ。そちらを」


「どちらかがお勧めかとすれば、『警備隊』です。でも聞いて下さい。彼らは、海賊と繋がっています」


「はい?」


「はっきり言います。陸は、宗教。海は、海賊。ティヤーはどっちかに分かれます。この船も、私が思うに『海賊寄り』で合っていると思います。イーアンたちは、この国に貴族がいないことに気づくでしょう。いるとしても、それは諸外国の貴族の親戚で、ティヤーで成長した貴族社会はありません。

 そして、外国の貴族に会った場合、彼らは今話した『海賊』か『宗教』、どちらかに関わっているはずです」


 唖然として見つめる女龍を、クフムはちょっと観察してから、視線を外して小さな溜息を落とした。



「私は、僧侶ですから、当然関わっていたのは『宗教系の僧兵団体』でした。でも私が戦うわけではなく、身を守る・・・すなわち、自分の戸籍や所属などの情報を与え、ティヤーを行き来する安全を守ってもらうため、彼らと関りました。

 イーアンたちは、これから僧兵団体を敵に回すかもしれません。入国したら()()が来るので、その前に、海賊・・・警備隊と手を組んだ方が良いです。

 海賊と言っても、悪さをするばかりではないです。宗教団体と対立してもいません。単に『棲み分け』が自然と定着している、と捉えて下さい。

 宗教団体の暗い根深さを思えば、海賊は決め事も明快で、破らなければ、イーアンたちの動きだと、彼らと関わる方が、合っている気もします」


 さりげない嫌味なのか。海賊の方が合っていると言ったクフムは、若干、イーアンの反応を気にしたが、イーアンはそこではなく違うところに引っかかった。


「ちょ、ちょっと質問させて下さい。どうして隊商軍が、海賊の国境警備隊と重なるのですか?」


「隊商軍は、昔、()()だったからです」


 ・・・イーアン、絶句。商人の団体から立ち上がった、と聞いていた。イーアンの表情を見て、クフムは『知らなかったんですか?』と意外そうだが、歴史を教えてくれた。



「もう、アイエラダハッドを後にしたから、今更話しても意味ないですが。彼らは、商人が雇った山賊や海賊から、大きな護衛集団に変わりました。

 身を隠すには、丁度良い長距離の移動、賃金の弾み方で、どんどん人数は増えました。

 貴族の時代が始まった辺りで、急成長です。貴族の征伐もありましたが、結局は王政が崩れ、あらゆる意味で賊軍の方が有利だったので、国が認める姿を得て、現在の『隊商軍』になったんですよ。

 僧院にいた私は、貴族の傘下ですし、貴族側の話を聞いているかも知れないけれど、そんなに間違ってないはずです」


 クフムの話は、裏話にも思える内容で、イーアンは驚いた。

 それでか・・・ それで、騎士団や貴族を嫌っていたのかと、隊商軍の極端な差別感覚を思い出した。


 賊集団でも、護衛が仕事で定着した彼らは、『成り上がりの犯罪者の集まり』と叩く貴族に、何もしない貴族連中の攻撃を本当に嫌っていたのかもしれない。現在は、賊の名残も見られない、一般人・民間の有志とした印象だが。



 一気に喋ったクフムは、女龍の反応をちらっと見て、彼女が黙っているので、先を続けた。


「前置きが長引きました。話を戻します。私の用は――― 」

お読み頂き有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ