2440. 船時間 ~シャンガマックの古代剣資料・夕暮れ『クーバシュ港』
フォラヴの横の部屋では。
『今日、着くんだろ』部屋は広いはずなのに、狭く見えるデカい獅子が絨毯に寝そべって、仰向けに転がり、息子に訊ねる。頷く息子は、年代物の机に資料束を開いて見ており『そうだね』と答えたが、また黙る。
「バニザット」
「うん・・・?」
「いつまでそんなの見てるんだ」
「気になったことを少し・・・ふーむ。タンクラッドさんは、この時代と言っていたけれど・・・どうかな。あれも」
「バニザット!」
仰向けの獅子が嫌そうに止め、振り向いたシャンガマックは椅子の背に片腕をかけて、ちょっと笑う(※獅子が可愛い)。
「何笑ってんだ」
「いや、かわ・・・もうちょっと読んでから」
脳内に流れ込む息子の意識が、自分を可愛がっていると知ったヨーマイテスは、ブスッとして『早く読み終われ』と顔を逸らした(※でも仰向け)。
フフッと笑って、そうだねと褐色の騎士は資料に戻り、またじっくりと図を眺める。
随分前に調べた資料と、テイワグナで館長に教えてもらった時の資料、そしてアイエラダハッドの来てから集めた遺跡の資料。それから、つい先日出かけたアイエラダハッド中央歴史博物館の・・・書き留めて来た資料。
タンクラッドが説明し続けたことで、シャンガマックも違う視点で、重視すべき部分を見つけ、それならこれはと連想した質問に、事実に基づくよう剣職人は、他の時代の産物を比較して教えてくれた。
「あんな見方もあるんだよな・・・一緒に行って良かった」
「俺で足りてないのか?この前も、あのジジイ(※魔導士)を」
「そうじゃないよ。ただ、ほら。ヨーマイテスは一緒に館内を歩けないから」
獅子連れではさすがに無理だった、入館(※普通、動物禁止)。館内はタンクラッドと回り、彼に学んだ『職人の視点』は貴重な意見だった。
二人が見て回っている間、放っておかれたヨーマイテスは無論、機嫌が悪かったが、息子のためと思えば我慢したため、今も放っておかれていることに不満。その上、タンクラッドばかり、息子の意識に上るのがムカムカする。
ごめんね。怒らないで、と笑って資料を閉じ、シャンガマックは獅子の側へ行くと、鬣を撫でて『怒らないでくれ』と顔を覗き込む。
「俺に聞け。俺は見ている。お前たちが空想と妄想で膨らませている過去を」
「そうだね。だけど武器や防具は、ヨーマイテスに必要ないだろう?気にならなかったんじゃないかと」
「見ている、と言ったんだ。見た物は覚えている」
そう?と獅子の機嫌を取って、シャンガマックは絨毯に資料束を運び、獅子の頭の横で広げる。寝そべる獅子は横目で眺め、図にされた武器やら防具を『そんなのなかった』とか『それと似たのはよく見た』とか、ブツブツ呟く。
これまた貴重な意見なので、そうなのか、とシャンガマックはペンを机から取って、ヨーマイテスに聞き始め、気付けば、獅子も機嫌を直して息子に答えてやる、夕方前。
暫くそうしていたが、ヨーマイテスは息子の頭の中をちょいちょい読みつつ、熱心に書き込む彼の思考から読み取れないことを・・・一つ疑問に思い、質問した。
「お前。剣が欲しいのか?」
「え?」
「古代武器だろ、お前が俺に聞いているのは。アイエラダハッドの博物館ってだけじゃなくて、テイワグナもハイザンジェルも。何で、古い剣に絞っているんだ。お前が剣を片付けたから」
「違う」
さっと遮った騎士の、漆黒の瞳は茜色を帯び、光に当たる横顔は白い輪郭線で縁取られ、ヨーマイテスは息子の神聖な雰囲気を見つめ『何が違うんだ』と静かに聞いた。ミレイオを切ったあの後、バニザットは剣を捨てた。今、また剣を・・・それも古代の剣を調べている理由は。
小さく息を吸いこみ、視線を資料に移す騎士は、一つの絵に指先を当てて『俺じゃなくて』と呟く。
「ルオロフが。剣を使うから」
「お前がお膳立てする気か?わざわざ古い武器を選ぶのは」
言葉を止めた獅子の続き、合間を挟まず、シャンガマックは座り直して答える。
「剣鍵遺跡、あっただろう?アイエラダハッド以外の国もある。あれではないが、似たような意味を持つ剣が、資料館の情報にあった。それを見つけたタンクラッドさんは、『これもか?』と立ち止まったんだ。
彼は、複製も作ったからだけど『意味合いが異なるような』と不思議そうだった。彼も、資料にまとめて考えると話していた。
話を戻す。ルオロフは超人的な動きが可能だと、今朝知った。彼は、剣も使える。今は丸腰だが、彼に剣を持たせるなら、普通の剣ではなく」
「あ~・・・皆まで言うな。そうか。意味ありげな剣を見つけたお前は、ルオロフに帯びさせて、もしも、剣を使う場面がとんでもない場合でも、ルオロフなら問題ないと」
「そんなところだ。ルオロフは拘らないかもしれない。騎士の称号を持っているそうだが、剣を帯びずに俺たちと行動している。その方が都合が良いのか、それとも、剣に頼る気もないのか、俺に分かることでもないが。
これから、一緒に戦うなら、剣を用意して使う場面もあるだろう。どうせ、剣を持ってもらうなら」
「なるほどな。お前らしい。タンクラッドが教えた剣は、ルオロフに都合が良いのか」
どこから話そう、と少し考えて頷き、褐色の騎士は資料の図に手を当てる。そこには、短い期間に見られた違う形の剣の図が並ぶ。
「形、見た目というべきかな。その都合も合う、これは勘だ。
タンクラッドさんは、若い頃にアイエラダハッドで剣作りを学んだ経験がある。そこでは反身だったと(※929話後半参照)。でも、ここまで俺たちが見たアイエラダハッド剣は、全て真っ直ぐだ。
彼が過去に訪れた地域は、ハイザンジェルに近かった。土地柄もあるだろうし、古い製造方法とも、タンクラッドさんは話していたが、アイエラダハッドではもう見かけない。
でもテイワグナは、片刃反身の剣と、直刀の使用率が半々。ティヤーも古い伝統を続けている国だから、同じではないかと。ティヤーの伝統剣も展示してあって、それはやっぱり反身だった。
だから、『古すぎない中間の時代』、一時的に世界に広まって定着した形を選んでおけば・・・ それが、『複雑な役目を担う剣』にも応用された形状なら、都合良い。ティヤーで持ち歩いても目立たないのでは、と思った。ルオロフに持たせて、目立ってしまうと彼も気にする」
「ふむ。意味あり気、の意味は何だ。遺跡に鍵穴、と似たり寄ったりか?」
細かい織りの鮮やかな絨毯の上、寝転がっていた体を起こした獅子は、息子の横に座る。絵にあるか、と息子に訊ね、『これが』と博物館の剣の模写を教えられた。
それは、ヨーマイテスの目に、最初は『普通の宝剣』として映ったが――― 何か。引っかかる・・・確か、これと似たような剣が。あれのことか?
「・・・他は?」
「こっちも。『何に使われたか、判然としない』前提で、『儀式誘導では』と意見が出ている。
特徴が同じ装飾なんだよ。時代の傾向もあるだろうけど、不思議なのは、柄が小さくて獣頭が握りにある。反身に、剣の樋が入る部分に、文字。
でもこれは、文字ではないんだ。俺は読めなかった。だよね?」
「だな。模様だ。『儀式誘導』の意味付けは?」
文字に似せた模様。ヨーマイテスも同意し、次へ促す。
シャンガマックは淡茶の髪をかき上げ、資料のページをめくりながら、横に置いた別の地図付き資料と併せて説明。
「発掘で出土した場所が、いつも祭壇奥、表へ通じる窓や出口だそうだ。ほら・・・時代がそんなに昔ではない分、出土品もわりと損傷がない。見つかった環境は、海が見える海岸から、海と離れていない遺跡だ。それもね、遺跡と言っても」
海岸沿いでしか見つかっていない、この剣は、祈祷所や土着信仰の遺跡、つまり人間が造った遺跡から発見されていた。
ティヤー、テイワグナ、ヨライデの海岸付近でも似たものが出土している。だが、本数は少なく世界で10本もないため、研究が始まった日も浅かった。
「ちょっと判別が難しいにせよ、『模様も同じ』と言うのがね。儀式で使用と仮定したのは、剣を切るために使っていない共通点と・・・ 窓辺、出口近くにある岩に、剣を横向きで置いた正確な窪みがあるからだ。
それも模写したよ・・・これだ。剣鍵は差し込んで使うけれど、これは寝かせるだけ。切るために造られていないにしても、刃はちゃんとあるのも、万国共通。誰が造ったのかは、全く不明」
ここまで聞いて、獅子は、今これ以上の質問はやめることにした。大きな肉球で、ぽんと息子の頭を叩くと、『ルオロフに誂える剣だな?』と質問を絞る。
そう、と答えた息子に『お前が思う特別はどれだ』と切り替え・・・茜色の光が濃い橙色に変わる部屋、二人は絨毯の上に広げた資料を捲って、これかあれかと話しながら過ごした。
「お前。これ・・・もしかして、狙ってるか?」
暫くして、獅子が気付く。もしやそうかと、碧の瞳がきらっと光って息子を見ると、資料を覗き込んだまま、ふふっと褐色の頬を緩ませる息子が頷く。
「それでか。何に使うとも知れん剣に値するルオロフ、だけじゃなくて」
獅子の確認に、シャンガマックは淡い茶色の髪を振って顔を上げ『そう』と可笑しそうに獅子に顔を向けた。
「材質がね。使えそうじゃないか?先祖の教えてくれた『残存の知恵対策』に」
「お前ってやつは・・・ 俺の息子よ」
獅子も笑って息子を抱き寄せ、シャンガマックも笑顔で獅子を見上げ『ルオロフなら、度胸もあるから。狼だし』と、彼にうってつけの武器であると付け加えた。
こうして、夜が来る頃。
夕暮れの向かう先に、陸地が黒く線を引き、船員たちは灯台の光に合わせて舵を取り、大きな旅客船は、ゆったりとティヤーの港へ―――
*****
「降りないの?」
ザッカリアが、ルオロフを見上げる。宵の時間に、船は港まで来たのだが、皆で甲板に出た後、ルオロフは『正確には降りないまま』と言う。
ルオロフの横に、きちっとした制服を着こんだ、ティヤー人の船長が紙を一枚手にして立っていて、ルオロフは彼にまた少し話しかけ、返事をもらって頷くと、言い直した。
「進みましょう。ええと、見てもらった方が早いですね。現在、この港前です・・・で」
船長が両手で広げてくれた図を、皆で覗き込み、ルオロフの指が一つ所を示し、すぐ横へずれた。タンクラッドが『なるほどな。河か?』と呟き、ルオロフは『これは海なんですよ』と少し笑った。
「河みたいな形状でも、海なのですよね。合間を通る幅のある水は、全てが海です。河があるのは、もっと北や中心の陸地で見られますが、それ以外は海水です」
「地図では、小さい島が繋がっているように見えるが・・・これは、別々なのか」
「はい。島を割って流れる印象ですが、この合間は浅くはなく、深さがあるため、この船で続きを行った方が、時間も手間も減ります」
船長の意見は、馬車がある以上、もう少し陸地がある島へ動いた方が良い、とした話。
最初に寄る、出入国管理局が理由。
ティヤーは、地方支分部局が幾つかあり、アイエラダハッド南から一番近い『タジャンセ出入国管理局』が、ルオロフの鳥文を飛ばした先。
アズタータル港湾事務局から送った書簡は、タジャンセ出入国管理局から返事も来ており、この港―― クーバシュの町だが、裏手の湾岸にある。
入出港届は、船を降りないで済ませたが、局で『入国した』の報告と、形だけの書類を受け取る必要がある。
滞在期間中の派遣団体が支払う税金の決定書は、ルオロフ・ウォンダルを経由してハイザンジェルへ申請としたので、ルオロフの管理。その辺の話は、総長たちにはせず、ハイザンジェルへ戻るロゼールには伝えた。
手を出し過ぎかなとも考えたが、『ハイザンジェル王の印章が利かなかった』の一件を耳に挟んで、耳を疑った。
それはテイワグナだったそうだが、ティヤーも貴族・王族は影薄い国―――
警戒しておいた方が良いと考え、ルオロフは『(※ハイザンジェル王と)二重仕立てで』と、アイエラダハッド貴族同行の立ち位置を強調した。
「ここを通過すると、ルオロフの話していた知人は、どうなるのだ」
ドルドレンが、夜にちらほらと灯りを浮かばせる町を見つめて尋ねる。船はクーバシュの岸壁に沿って、減速しながら進み、通り過ぎて行く波止場の影を見送る。
「彼はこの町にいます。船長が、そこから近くの湾まで、船を進めてくれるそうなので」
そういうこと、と頷く総長。ただ、夜に下船もなんだからと、『湾に入った後、今日は船で休んではどうか』と、ドルドレンは逆に聞かれ、『町に宿泊出来なくもないけれど、馬車を下ろしたり何なりは、明るい方が』の理由に、これも了解した。
半日で、着く話だったが。 確かに着いた。が。
朝に出国し、夕方にはティヤー接近。夕暮れ時に港。そして、どんどん宵が深まる現在。
港に着いた時点で、馬車を下ろしたとしても、全部が終わる頃にはとっぷり夜か、と想像すれば、そこから宿泊施設やら食事やらで、出入国管理局は確実に明日。
その管理局も、港から離れていて、その移動時間を乗船している間に埋められるなら、効率的かと思う。
ということで――― 初っ端から、話が変わること、度々のティヤー入り。
ゆったりと大きく、島の側面を通る船は、夜の海の道を、町灯りを見ながら奥へ進む。




