244. パパの気持ち
ドルドレンは絶対にイーアンを離さない。がっちり体にくっ付けて、多少の歩きにくさは我慢してもらいながら、大事な大事な愛妻(※未婚)を隙間もない状態で動かす。
馬車の家族が、何回も二人の肩や背中を叩いて喜びと礼を伝えてくれた。ドルドレンは僅かな笑顔で答えて、イーアンも小脇に挟まりながら、家族の挨拶に返事をした。
一台の馬車の後ろ。足掛けのところにハイルが座っていて、膝に子供を乗せていた。近づくと、あの時に意識のなかった子供だと分かり、イーアンが動きそうになる。ドルドレンがしっかり肩を抱いて、『一緒に』と呟く。イーアンも一緒に、と思ってゆっくり側に行く。
「イーアン。この子だよ。ハジャクっていうんだ」
ハルテッドが微笑みながら子供の頭を撫でて、イーアンに紹介する。ハジャクはイーアンを初めて見たので、少し驚いている様子だった。ドルドレンには、はにかんで笑った。
「ハジャク。この人がお前を最初に助けたんだ。お前のお母さんもお父さんも」
頭を撫でるハルテッドに教えてもらって、ハジャクは大きな薄緑色の瞳をイーアンに向ける。怖がらせないように、そっと子供の高さに屈んだイーアンは『早く良くなるといいね』と笑顔で囁いた。
「ハールの友達」 「そう。友達になったんだ」
「そうか。デラキソスも家族って」 「うん。イーアンは皆の家族だ」
彼らのやり取りに胸が熱くなるイーアン。なんて温かい人たちなんだろうと彼らを見つめる。ドルドレンはイーアンをちょっと強く抱き、馬車の中を見るように促した。
奥でアジーズと奥さんがこっちを見ていた。二人とも寝台にいて、上半身を起こして手招きしていた。
「呼んでいる。中へ入ろう」
ドルドレンに言われて、イーアンは馬車へ入った。ドルドレンが最初に彼らに言葉をかけて、状態を尋ねる。
「妻はまだ3ヶ月はかかるだろう。私はそれほど。治るのにかからないかもしれない。ハジャクはもう大丈夫だ。休み休みだが回復している」
「イーアン、こっちへ来て頂戴」
スラヴィカが呼んで、イーアンが側へ行くと、スラヴィカは片腕を伸ばしてイーアンの背中を抱き寄せた。涙を少し流して、彼女はイーアンに礼を伝えた。イーアンも抱き返して『早く元気になりますように』と祈った。アジーズもイーアンを見て礼を言った。
「弟と息子をありがとう。デラキソスに聞いた。イーアンが龍で運んだと」
「彼が大事に連れて帰りました。私と龍は一緒にいたに過ぎません」
「また会う時、私たちが元気になったらお礼に来るよ。その時は一緒に食事をしよう」
アジーズと握手して、スラヴィカの腕を撫でるイーアン。ドルドレンはアジーズの背中を擦り、スラヴィカの手を握って、息子の無事を祈った。一人の息子を亡くした苦しさは消えないが、ハジャクがいてくれるから・・・スラヴィカは気丈に振舞った。アジーズも、弟と息子は神様と一緒だよと頷いた。
二人はお別れを伝え、旅の安全を祈りながら馬車を出る。
ハルテッドとベルは外にいて、子供たちと一緒に遊んでいた。『ベルたちは、馬車が動くまでここにいるだろう』微笑むドルドレンがイーアンを引き寄せる。
「帰ろう。俺たちは支部があるから」 「そうですね」
イーアンはドルドレンに少し寄りかかって、表にいる家族たちの中を縫って歩く。皆、ここでは泊まらないから、ちょっと休憩しているだけと分かる。立ち話をしたり、笛を吹いたり、外で絨毯を叩いたりしていた。
デラキソスと奥さんのシャーノザが、通り過ぎた一台の馬車から降りて寄ってきた。ドルドレンのイーアンを抱く力が強くなる。
シャーノザは色っぽい微笑でドルドレンの空いている腕に寄り添った。
イーアンはびっくりするけど(?)この人は普通の女性と何かちょっと違う気がして、焼きもちとかそうした感情が出てこなかった。彼女はこの前、自分と一緒にいた女の人だと思い出した(背中に貼り付かれて頬にちゅーされた)。不快そうなドルドレンは体を反らせて、腕を引いてシャーノザをどかす。
「シャーノザを見ろ。豊満な女だ。美しい。俺がイーアンと話している間、お前は」
「話などあるわけがない。この女をどかせ」
この女と言われて怒られたシャーノザは、ちょっと悲しそうな顔をしてドルドレンから手を引っ込めた。
イーアンはなぜか分からないが(??)、シャーノザの悲しそうな顔が可哀相に見えてしまった。イーアンの同情を引いたシャーノザは、イーアンの視線にめざとく反応し、ニコッと笑ってそそくさイーアンにくっ付いた。
これにはドルドレンが驚く。『何してるんだ。イーアンから離れろ』再び怒られてシャーノザが凹む。イーアンは、一体どうしてか分からない(???)んだけれども、シャーノザに同情してしまう自分がいる。
「大丈夫です。怖くありません」
自分の片腕に貼り付いて可哀相な顔をしている美人に、イーアンが慰めの言葉をかけた。シャーノザは嬉しそうに微笑んで、イーアンにぴちょっとくっ付く。『私。イーアン好きよ』すりすりしているシャーノザに、なぜかイーアンは微笑んだ。
ドルドレンとパパは、目の前の女二人の状況が理解できないので少し固まった。
「あのな。あの、あれだ。イーアン。置いてけ」
「いや。何言ってるんだ。何だ、ほら。無理だから」
「無理じゃないだろ。見ろ。何か分からないけど仲良くなってるだろ」
「駄目だ。何これ。何」
「だから。仲良くなったんだろ。よく分からんが」
「分からない。いや駄目だって。駄目駄目」
すりすりしてイーアンに取り入るシャーノザを、何でか、なでなでするイーアンを見つめながら。パパと息子は変な会話でお互いの意見を主張する。
「何だこれ。イーアン、その。何かおかしくないか、反応が」
ドルドレンの一言に、イーアンが振り向く。
『あら。おかしいですか』本人もよく分かってないで、撫でる手を止める。シャーノザは急いでイーアンの頬に手を添えて、自分のほうを向かせてニッコリ笑う。イーアンも頭をやられたように、ぎこちなく笑顔を返した。
まるで、麻酔が切れた瞬間に次の麻酔をかけられる動物のように、イーアンはシャーノザに意識が連れて行かれているようだった。
「仲良くなったんだ。シャーノザは男だけじゃないから」
パパの呟きに息子が目を丸くして、パパを見る。パパは二人の女の様子を眺めつつ、うんと頷いている。
「俺も。目の前で見るのは初めてかもしれない。複雑な気持ちだな」
既に仲良くなっちゃった後の女同士の状態は、見たこと何度もあるけど・・・と、こぼす。
ドルドレンが慌てて止めに入って、イーアンを引っぺがして両腕に抱える。それも危ないから、一旦腕を離してすぐ抱き上げた。抱き上げられたイーアンは麻酔が解けたようで、きょろきょろしている。
「イーアン。まずかったんだ。間違いなく危険な場所に足を踏み入れていた」
イーアンを取られたシャーノザは、とても寂しそうにしょんぼりして、そこにいるデラキソスの腕にくっ付いた(※そこにいたから、ってだけ)。
自分を間に合わせのようにしてくっ付いた奥さんに、何となく複雑な気持ちのパパは、とりあえず奥さんを撫でてから息子に向き直る。
「ということだ。シャーノザもイーアンを気に入ってる。置いてけ」
「何が『ということだ』なのか。全く理解できない。もう話は終わりだ。帰る」
「イーアン。ドルドレンよりも俺を選べ。俺が好きだろう?俺と家族が」
「頷くと思ってるんですか」
ドルドレンに抱き上げられたまま、イーアンは額に手を当てる。シャーノザの麻酔が切れたばかりで、血の巡りが良くない。小さく溜め息をついてから、イーアンはパパを見つめる。
「気に入られたのは嬉しいことです。家族のことも、私は私なりに家族として一生大切にします。
だけど、ご一緒には行きません。私はこの世界ですることがあり、それはドルドレンとしか出来ません」
ちょっと業務的な言い方に、胸中が微妙なドルドレン。でも正しいので、顔には出さずに頷く。
「龍と魔封師か。そうするとドルドレンがお前の」
「そうです。私と一緒に動く運命の伴侶です」
「そんなのやだ」
パパはワガママ。
シャーノザがその一言に、ぷっと吹き出して『頑張って』とパパの腕を叩いて、どこかへ行ってしまった。呆れたのは奥さんだけではなく、イーアンもドルドレンも同じ。
「やだって言われましても」
「いい歳したおっさんが子供のようなことを」
「うるさい。やだ。そんなの許さん。駄目だ。イーアンは俺と一緒に来なきゃ駄目だ」
「何て言えば通じるのですか。お父さんとはご一緒する理由がそもそもありませんよ」
駄々を捏ねるのは親からなのか、とイーアンは悩む。
まだドルドレンの駄々の方が可愛い気もした。パパは自分よりも8つも上なのに、やだやだ言う。
「理由なんか要らない。俺が一緒がいいんだから、それでいいんだ。イーアンは俺のだ」
「バカ言うな。いつからお前のなんだ。永遠にそんな日は来ない」
「お前は黙れ。お前がいるからややこしくなったんだ。早くイーアンを下ろして帰れ」
「お父さん。ちょっと、ちゃんと聞いて下さい」
ドルドレンの腕から降りたら危険なので、あんまり人と対話する格好ではないにしても、抱き上げられた状態でイーアンはお父さんを諭すことにした。
「なんだ。聞いたら一緒に来るのか」
なぜそう極端なの・・・笑い出すイーアン。もう、無茶でイヤ。『こんな親ですまない』ドルドレンが小声で謝る。イーアンはドルドレンの頬を撫でて、その頬にキスした。
「あ。なんで。なんでドルドレンにそんなことするんだ。俺が好きなんじゃないのか」
「お前が好きなわけないだろう。何がどうなると、そんな花畑回路の脳みそになるんだ」
「イーアン。俺が好きなのに、なんで息子にそんなことした。駄目だ、もう二度としちゃ駄目だ」
眉根を寄せたパパは、イーアンに命令する。息子の腕に抱かれているのも嫌そうに腕を取ろうと掴むが、息子に撥ね付けられて、困惑気味に立ち尽くす。
――ドルドレンの中で、何かものすごく違和感があった。こんなこと言うヤツだったか・・・? いや、言わない。浮気し放題で奥さんが他の男といても気にしないような奴だ。なんだか変だぞ。本当にベルが言ったみたいだったら、かなりまずいかも知れない。
困るイーアンは、パパを見て『私は彼を愛している、と言いました。彼と口付けしても、抱き合っても自然です。お父さんを好きだと言ったことはありません』しっかり「パパ好き説」を否定した。
「何てこと言うんだ。イーアンは俺が好きなんだ。俺もイーアンが好きなんだから、一緒にいなきゃ駄目だ。そいつ(※息子)と口付けなんか、絶対やめろ」
実際のところ。パパ自身も自分がどうしてこんな気持ちなのか分からなかった。
一緒に来ないと言われるのも理解できないし、なぜ自分が息子より優位じゃないのかも理解できない。いつだって、女は自分を選んできた。何でイーアンがこんなに頑なに自分を遠ざけるのか、全く分からない。でも頭に来ても、イーアンが息子とキスしたり、息子を愛してるというのは許せない。そんなの嫌だった。
ドルドレンが何かを言おうとした時、イーアンがちょっと手で口を塞いで止めた。
「お父さん。ご自身のこと分かりますか」
「何を言ってる」
「ですからね。お父さんは、山のような女性と生きてきたのでしょ?今もあんなに綺麗な人といます」
「それとこれは別だ」
「お父さんは多分。欲しいものを何でも手に入れたのでしょう。でも時にはそれが無理な相手もいます。たった今、そうですね。わかりますか」
「イーアンは俺が嫌いだというのか」
「嫌いなんて言っていません。でも好きかと言われたらそれも違います。私のことではないのです。
お父さんはたくさんの欲しいものを手に入れています。今、欲しいものが一つ、手に入らないから嫌な気持ちなのです。でも良く見て下さい。お父さんは、有余るほどの愛情も絆も望みも持っているんですよ」
「お前の話は難しい。よく分からない。なんで俺がお前と一緒ではいけないのか。こんなに一緒にいたいんだ。分からないのか」
「いい加減にしろ。黙って聞いてれば、いつまでも子供のように。イーアンもう無理だ。帰ろう」
話が進まない上に、ワガママ一本のパパに呆れたドルドレンは、大袈裟に溜め息を吐き出して門へ戻る。パパはすぐに追いかけてきて『一緒に来い、絶対楽しいから』と説得し続けた。
ドルドレンはウンザリしながら、歩く速度を速め、門の内側に入った。入ったと同時くらいで、パパは声を大きくした。
「絶対、大事にするから」
抱き上げられたままのイーアンと、ドルドレンの目が合う。パパは門の中には入らない。そこに立って、切ない表情で石の壁に手をついて二人を見ている。
「イーアン。俺と来い。絶対、絶対大事にするから」
搾り出すような声で、少し俯きがちにパパはもう一度そう言った。
『イーアン。やばいかも』聞こえないくらいの声でドルドレンが教える。イーアンも動かないまま『そういう言葉ですよね』と認める。そっと息子は後ろを振り返る。パパが切なげに見つめ、溜め息をついた。
「頼むよ。一緒に行こう。返事が聞けるまで待ってる」
パパはそう言って、壁の向こうに戻っていった。前庭に立つドルドレンと、腕の中のイーアンは暫く固まる。
「あれ。もしかすると本当に馬車、動かないかもしれない」
息子の不安そうな声が午後の冷たい風に流れた。
お読み頂き有難うございます。
『Wherever I Go』~(OneRepublic)という曲があるのですが、この曲を聴くとパパの心境と重なります。素敵な曲です。もしご関心がありましたら是非!!
 




