2437. 船時間 ~②ドゥージの詳細共有・ルオロフ勧誘
思いがけないほど、立派な朝食―――
ドルドレンたち騎士は、何となく・・・アイエラダハッドが食料不足と思うと、こうした食事に若干、気後れするものの。昨晩もご馳走を頂いたし、船の朝食はティヤー人の気遣いと言われたし、躊躇いつつも、有難く頂く姿勢。
イーアン含め職人たちは、あんまり気にしない性質。出して頂いたらありがたや、と最初に感謝して、余計なことは考えずに味わうのみ。
ガラス窓の向こうに海を、青い空に滑る白い雲、差し込む明るい午前の陽射しを眺めながら、旅の一行は『海上朝食なんて』贅沢、とは言葉を選び言わないが、こんな体験もあるんだなと笑顔だけを交わし、美味しい料理を味わう。
「海の朝食ってさ。あったけど、あの時は」
ふとザッカリアが、テイワグナからアイエラダハッドに向かった『海分割(※1732話参照)』の日々を口にしたが、全然違うとフォラヴが笑って、シャンガマックも苦笑し『あれも貴重だ』とザッカリアに教える。
ザッカリアは、ティヤー料理の味付けに抵抗があるが、そこは何でも食べるシャンガマックが引き受けてやり、代わりに少年が食べ慣れた、アイエラダハッド料理を回してやった。これを食べながら、ザッカリアの手がちょっと止まる。
「お腹が、いっぱいですか?」
フォラヴが尋ね、ザッカリアは首を横に振り、『思い出していた』とフォラヴとシャンガマックを見た。
「ドゥージが。俺がね、デネヴォーグの宿で・・・その。夕食が食べられなかった時、ドゥージが親切にしてくれたことがあって(※2229話参照)。今のシャンガマックみたいに」
「俺みたいに?お前の好きなものを、と言うことか?」
褐色の騎士が彼の皿に、もう少し塩漬け肉を分けてやると、ザッカリアは懐かしそうにその動きを見つめ『そう』と短く答えた。
ティヤーの船で料理を頂いているため、多くは話せない。シャンガマックは知らないが、覚えていたフォラヴが微笑み『そんなこともありましたね』と頷く。
「ドゥージは、子供がいたようですから。彼もあなたを子供のように見守っていた気がします」
「うん。俺も分かってた。精霊の祭殿の前、門番と戦った後も、褒め方が(※2195話参照)・・・お父さんみたいだったよ。ギアッチに似てると思った」
懐かしみながら、しんみり。シャンガマックは、すれ違うことが多いので分からないが、思い出して食卓に手を置いたままの少年に『それは素晴らしい思い出だ』と囁き、ドゥージが勧めてくれた時のようにもっと食べろと促す。
これを背後で聞いているロゼールは、視線の重なったルオロフに笑みを向け、ルオロフもニコリと返した。
「ドゥージは・・・いつから一緒だったのか。でも、ずっと、あなたたちの仲間だったんですね」
「今も、そうです。これからも」
同じ席のイーアンとドルドレンは、二人の赤毛の男が話すのを聞くだけ。目を見合わせ、ちょっと微笑み、自分たちは脇役に・・・・・
ルオロフは、食べ終えた海鮮の汁物の皿を横へ少しずらし、次の蒸し煮切り身を一口食べて、赤毛の騎士に静かに促した。
「ロゼール。私に話があると、さっき。よろしかったら、今お話ししても」
「はい。聞こうと思っていたんですが・・・ええと。あの『狼』の話題に触れても大丈夫ですか?」
「問題ありませんよ。『狼』と、名詞で話を進めてくれるなら」
頷いたルオロフに、ロゼールはドゥージの一番最近の情報で知っていることがあれば、教えてほしいと頼んだ。
*****
ロゼールの質問は、理由も事情も飛ばしていたが、ルオロフは話した。
朝食のガヤガヤした雑談は潜まり、食器の擦れる音が静かに響く食堂で、ルオロフは『狼男』として動いたあの晩を幾らか抜粋し、ドゥージと接触したこと、彼が何を求め、自分が彼に手伝ったことを、嘘なく伝えた。
ロゼールだけではなく、この場の誰も、知らなかった事実。
ドゥージが怨霊を集め抱え、自ら死のうとして動いたと聞いた時、ロゼールの顔がぐっと俯いて涙を堪え、イーアンも悔しそうに目を瞑り、ドルドレンは重い息を吐く。
気にしたタンクラッドはオーリンを見つめ、オーリンは無表情だったが、彼が机の下で握る拳は力んで白かった。オーリンの茶をそっと注ぎ足すミレイオは、ドゥージの背負った宿命の重さに、心から同情する。
フォラヴとシャンガマックは、ドゥージとの接点が少ない方だが、彼が自分を責めたことには、胸が痛かった。彼が悪いわけではないのに。
ザッカリアも同じで、ドゥージの真相を告げられ、ただただ、悲しい。何か俺に出来なかっただろうかと、今更、悔やむ。
9割ほど話したルオロフは天井を見上げ、胸の痞えを出すように短く溜息を吐いた。
「最後。私が見た最後は、彼を森に運んだそこまで(※2338~2339話参照)。その後は・・・一度、大きな力によって引き離されましたが、もう一回同じ森に出ました。なぜか魔導士がいて、事情を話し、極北まで探しに行ったものの、魔導士は『ここから先は手を出せない』と」
「極北で。断られたんですね」
「そうです。だから私がドゥージに関わったのは。いえ、ドゥージと会話した最後は、引き離されるまでです。そこから先は知らなかった。先日、彼の荷物の件で、あなたが私に翻訳を頼んだ時、あの後をようやく知りました。
・・・ロゼールが極北で、彼の荷物をもらった。あの場所で正しかったのだと、それが分かって良かったです」
リチアリと会ったヒューネリンガで、『ドゥージは行方不明』の話は教えてもらったけれど、と赤毛の若い貴族は溜息を落とす(※2426話参照)。
それは、分かっていたことで―― 続きを知りたかった。依然として彼が行方知れずである事実が、辛かった。
「でも。ロゼールが彼の荷物を受け取り、精霊がドゥージを・・・守るのとは違うのか。だが、精霊の側にいるなら守られているのと同じ。また会える時が来てほしいです」
そんなに仲が良かったわけじゃありませんが、と寂しそうに微笑む若者は、窓から差し込む眩しい光を受け、真っ白い肌が透き通るように見える。
額を割られた大きな傷持ちの、牙むく狼の面影なんて、微塵もない一人の青年。
ロゼールの夜の森の如く、深い紺の瞳は彼をじっと捉え、彼はずっと孤独だったのではないかと、負わされた運命を透かし見る。
そう思うと、何だかとても胸が切なくなり、『現在を生きるルオロフ』であっても、『狼男として生きたルオロフ』を知る自分たちが、友達で側にいる方が良い気がした。だから―――
「ルオロフ」
沈黙に、名を呼ぶ。目を伏せて茶を飲んでいた貴族の若者は、すっと睫を上げ小さく頷く。ロゼールは唇を少し噛み、勝手に決めちゃうなぁと(※自覚ある)思いながら、伝える。
「ルオロフも・・・その、もう、あなたは普通の人かもしれないけど。ドゥージさんは、絶対にまた会えますから。俺は精霊に頼んだんです。精霊も『待ってる』と言ってくれました。いつかきっと、ドゥージさんがもう一度、現れる。
今、ルオロフに話を聞きたかったのも、ドゥージさんの詳細を出来るだけ知っておきたかったからでした。ルオロフと同じですね・・・すみません。話が前後してこんがらがっていますが、つまり俺が言いたいのは。
もし、その。あれだったら、俺たちと一緒にルオロフが行く・・・は、だめですか?」
思いがけない誘い。ルオロフの薄い緑色の瞳が、きらっと輝く。だが、すぐに返事が出来ない。
瞬きしてロゼールを見つめる若い貴族の反応が読みにくく、横にいるイーアンとドルドレンはドキドキする(※ドラマのように)。
後ろの職人も、卒なく自分たちの話を続けて食べつつ、耳は大きめ(※聞き逃さない)。
シャンガマック、ザッカリア、フォラヴは既に食べる手も止まって、じっと見守る(※純粋な人たち)。
赤毛を片手で撫でつけ、ハハッと笑ったルオロフは、一呼吸置いて困り気味の笑顔を向けた。
「ロゼールがそう言ってくれるのは嬉しいですが。しかし、私はもう、何の力もない若造で」
若い見た目のルオロフが、自分を『若造』と呼ぶ。この違和感。皆も、ルオロフが『今を生きているはず』なのに、進まない時間を抱えている過去の人のように感じていた。
ロゼールは彼の返事を最後まで聞きたくなくて、遮らせてもらう。やっぱり彼は、独りぼっちだと。
「そんなことありませんよ!言葉だって通訳してもらえるし、頭も良いし、それにザッカリアが教えてくれたけれど、聖蹟の騎士団で動きも」
「あ!すみません、騎士団の名前は伏せて」
なぜかここで止められ、ロゼールはすぐ口を閉じる。うん、と頷く貴族は『騎士団は高飛車で、ティヤーでも良く思われていない』と困った顔で囁いた。それから、『でも』と続け、ちょっと微笑む。
「動きは・・・どうかな。ザッカリアが特別な力で、私を見たんですか・・・そうか。『狼』に比べれば、全然大したことないですよ。少しは使える程度」
「じゃ、あの!良かったら。俺と手合わせしませんか?俺じゃなくてミレイオとか、総長でも良いし(※勝手に)」
え、私? 何、俺が? と側で聞こえるが、ロゼールは貴族を見つめて笑顔で返事を待つ。言われたルオロフは、なぜ人選が確定(※ロゼール、ミレイオ、総長)?と戸惑ったが、ルオロフより先に声が飛ぶ。
「武器がないなら、良いかもしれないな」
良く通る声は、シャンガマック・・・ お前が言うな(←拘束理由これのはず)と視線が集中するが、シャンガマックは『武器なし手合わせ=危なくない=騎士の演習』の倣いで、背凭れに片腕をかけた清々しい笑顔で頷く(※天然)。
褐色の騎士の反応は意外で、ロゼールも振り返ってビクッとしたが、とりあえず意見は賛成なので、ルオロフに向き直って『武器は使わないよ』と条件も足す。
「ドゥージさんがまた現れる時、その場に『狼』がいたら、絶対嬉しいと思うんです。あなたは、旅の役に立たないような言い方をするけれど、動いて戦える人なら大歓迎ですっ・・・で、すよね?総長」
いきなり話を振られて、ドルドレンはすぐ頷く(※面接)。動きが良ければ問題ない、と答えた総長に、ルオロフも苦笑して『そうですか』と頷き、ロゼールの期待を籠める紺色の瞳に視線を合わせた。
「私が、皆さんのような強さを、持っているわけがない。でも、誘いはとても嬉しいです。身の置き所が今や全て消えた私、ルオロフ・ウォンダルは、単なる若造・・・通訳以外で役に立つ場面があれば良いけれど。さて、これは面接ですか?つまり私が希望すると、試験を受けて、判定で、旅の道に付き添う許可をもらえる、とそうした解釈で正しいですか」
きちっとした質問と確認に、ぴたっと面食らって止まる、朝食も終わりの数秒間。
「もちろんだ!」
真っ先に答えた褐色の騎士が立ち上がり、笑顔で右手を伸ばし『そうと決まれば、手合わせだな』と嬉しそうにルオロフと握手した。
お読み頂き有難うございます。




