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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悲歓離合
2436/2962

2436. 旅の三百五十四日目出国 ~書簡の裏事実・船時間 ~①8つの指輪・海賊・神殿献上・朝食

☆前回までの流れ

アズタータル出発。クフムは一人、釘を刺されて気持ちも凹むのですが、旅の仲間は魔物のいない短い休息を楽しみます。

今回は、ロットカンドの独り言から始まります。続きは少し、のんびりした回。

 

 旅の一行を乗せたティヤーの客船が、輝く朝陽に呑まれ、新たな地へ旅だったのを見送った朝。



 風は甘く、含む潮の匂いが強く香り、河口からすぐ先の海を見て、皆さんがどんな気持ちになるだろうと、ロットカンドも楽しく想像する。


「ハイザンジェルは、海がないから。川が一部・・・東にあるけれど、海までは距離も。

 ティヤー行きがせいぜい半日旅でも、楽しい時間でありますように。死に物狂いで、アイエラダハッドの闇を戦い続けて、民を全力で救い切った大いなる旅人に、束の間の休息が、安らかで優しいものでありますように」


 ロットカンドの祈りは、あっという間に別荘に着いて短く終了。無事、出港を見送ったまでを文に書いて、ヒューネリンガへ鳥文で報告を出した。ロットカンドは書斎に行き、細い縦長の窓を少し開ける。


 船と同じ風を感じ、微笑み、そしてロットカンドの表情は、やや強張る。


 机の上に、この5日間中に届いた何枚かの鳥文。しばらく見つめてから、重ねた紙の上に置いた文鎮をそっと脇へ退けて、書簡を手に取った。



「クフムか。まだ少年の頃に、僧院に入ったようだが。あの年まで、僧院以外を知らないのも気の毒な。

 彼は、自分以外が全員、もう亡き者となったと、想像できるだろうか。消されたのは、『違法の知恵』関連施設・産物全てと報告にある。

 跡形も残さず消えた僧侶たちは、精霊に倒されたのかもしれない。南東の川に上がった()()()()のような僧侶の死体は、精霊ではないだろうな。誰の手によるのやら」



 ゴルダーズ公の船、放火――― それを、昨日の晩餐で、タンクラッドさんから聞いた。


 放火犯は人間ではなかったようだが、人間として船員に混じっており、タンクラッドさんの推測では、ゴルダーズ公と動力と『黒い鞄 ――設計図』を狙ったのではないかと。


「タンクラッドさんには言わなかったけれど。話してあげても良かったかな。彼の推測は当たっていたし」


 でも私も関係ないからな、と貴族は茶を注いで口を潤す。

 数日前の書簡のやり取りで、その人『ゴルダーズ公』から、船爆破(あの事件)についても報告があった。窓辺に寄りかかり、卓上のもう一枚の紙に視線を向ける。



「彼は・・・ゴルダーズ公は、自分が狙われているのを知っていた。魔物の増加と攻撃が激しくなった状況に、いつ危険の手が紛れ込むかと、ずっと準備していたなんて。

 彼らが保護してきた『僧院の知恵』を回収しようとするティヤーの神殿が、危険な分子として濃厚とは。


 でも。世界の旅人に委ねて、動力(あれ)から手が離れた今。ゴルダーズ公も、ただ私へ知らせただけだ。彼は、旅の仲間にヴァレンバル邸で再会して、この話をしていない。生き延びた期間の話はしたようだが。


 まあ、ね。物事は既に、大きく違う道へ。アイエラダハッドの貴族が、蒸し返す意味もない。タンクラッドさんたちも、向かう先はティヤーだ。行けば、()()()()()()()以上・・・狙った相手の正体を、皆さんが暴くのも時間の問題だろう」



 そう思えば。連れて行かれたクフムの荷は下りておらず、彼の責務は続いている―――


「世間知らずの僧侶か。君もきっと、自由になる日のために、苦痛の時間が長引いているだけだよ」


 ()()()()()のためにね・・・ ロットカンドは書簡を一つにまとめ、磨かれた机の引き出しに入れた。



 *****



 出港して、朝食までの時間――― 

 イーアンたちは、波を分けてゆったり進む、船縁に掴まり、遠ざかるアイエラダハッドを見ながら談話。


『そういえば。精霊のお面』とイーアンがミレイオに言い、ミレイオは『私は、ヤロペウクの面だから』と顔の前で手をサッと一振り。お面はティヤーに着く頃、誰かしらのが消えていたりするのかなと、首を傾げる。



「ね。8つの指輪は?どうなった?」


「え。あります。そうだ。忘れていたけれど、持って来てしまいました」


「これ・・・アイエラダハッドの、よね?だって、ダルナの力解除で手に入れたわけで」


 イーアンが腰袋の一つを持ち上げ、じゃらっと中で音がするのを、ミレイオもイーアンも見つめ・・・『でも何も言われてないから』と、この話は追わないことにした(※もう使わない気がしても)。



 歌声が流れてくる、海風と青い海。ドルドレンが甲板で、ザッカリアの楽器に合わせて歌う。


「風情も情緒もあって、特殊な民族で、歌声も素敵だけど。違和感あるわ」


 否定はしていないミレイオの笑顔が面白そう。イーアンも言いたいことは解る。ドルドレンは馬車の民・・・それが、船の上で歌うのは。


「そうですよね。彼らは大地を巡る人たちだから・・・でも。そうだ、思い出した。ティヤーにお引越しする人もいるんですよ」


「船?馬車の民が?」


 はた、と思い出した漁村フーシャ・エディット(※351話参照)。初めてティヤーに行った日の話をイーアンが教えると、ミレイオは驚きながら『へぇ、ステキ』と手を打った。


「そんなこともあるのね。好きな人が出来て、馬車を降りてまで、外国の漁村で・・・お墓に車輪が刻んであったの?」


「はい。とても感動したと言うか。でも、あの、その、経緯はちょっとあれなんですけれど」


 これは話さない方が良いのかと、人様の話だし躊躇うイーアンに、ミレイオは『何よ聞かせてよ』とせっつき、イーアンはドルドレンに聞こえないよう、コソコソと耳打ちして事情を伝えた(※350話参照)。ミレイオの顔が笑顔から曇る。顔を離した刺青パンクは、『それ』と蔑み視線。



「その人、災難じゃないのさ。愛層尽かした先にも、元旦那のふりして来る男って、どんだけアホなの」


「はい(※肯定)。だから、ほら。ドルドレンには言わないで下さいね」


 言わないわよと苦笑したミレイオは、ちらっと反対側の甲板を見て、歌う黒髪の騎士に『彼は本当に性格マトモで何より』と頷いた。イーアンもよく思うが、ここは話を戻して馬車の民。


「ドラガという女性なのですが、彼女も嫁いだ小さな島で、馬車の歌を歌ったと思います。故郷の歌を、潮風に乗せて」


「・・・何度も、帰りたいと思ったかもね。そのおっさん(※エンディミオン)抜きで」


 二人でハハハと笑って、『ティヤーでも馬車の民に会うかも』とここで思う。ピタッと止まって目を見合わせ、どちらともなく話し出すのは、馬車の民がいるとしたらどの辺だろうか、そのこと。



「そう言えばさ。ティヤーでまとまった土地なんて・・・そんなにないはずよ。この前、センダラが見せた地図も、大体が島の幅同じくらいじゃなかった?」


「ですね。私がまた上から視察しますが、馬車の民はどうしているのでしょう。船も使って移動するのだろうか。でも、そのたびにお金が発生すると思うと」


「行ってみないと分からないわよね。アイエラダハッドみたいに、精霊のご加護~とかさ。あるかもだし」


 その線が可能性ありそう、とイーアンも同意し、そして話は更に流れる。思い出し序、芋蔓式に。



「あのパッカルハン帰りの、覚えてる?ダク・ケパの(※626話参照)」


「私も今、そのことを考えました。おじいさん・・・タンクラッドと知り合いだった彼が、以前、話していたことを」


「『海賊』でしょ?」


 ひそっと声を落とし、ミレイオが背を屈めてイーアンを覗き込む。イーアンもミレイオをじっと見て『で、私が()殿()()()されるとか』と言いかけ、ミレイオが吹き出す。イーアンも一緒に吹き出した。


「くわッハッハ!あんたを捕まえる?!献上・・・って!」


「ターッハッハ(素)!面白い、やってみてもらえるなら」


 余裕綽々、二人で大笑いに変わり、腹を抱えてミレイオが笑い出し、『あんたを捕獲なんて』と手を目に当てて大振りに首を振った。


「あの時はね・・・どうなっちゃうかと思ったけど。今は、相手に同情するわ」


「同情しなくても良いですよ。相手が、そんな目に遭うこともないでしょうから」


 私に触れませんし・・・ 言いながら、また目を合わせてあーはっは、と笑う愉快な二人(※あり得ねぇ~って感じ)。



「うー、おかしい。でもね。おじいさんもおばあさんも、あの時はあんたのこと、本当に気にしてくれた言葉で」


「はい。そうですね。私も不安でしたが。今の私を見たら、きっと安心して下さることでしょう」


「そりゃそうよ。アイエラダハッド大陸、横一文字に()()()()()やつよ(※正確にはイーアン他4名龍族付き)」


「それ、言わないで」


 アハハと軽やかに笑うミレイオ。ふーっと笑顔払拭、仏頂面で額に垂れた髪を息で吹き飛ばすイーアン。


「は~あぁ。笑った笑った(※暢気)。どっちみち、あんたに手を出せる奴なんか、いやしないわよ。仮に、よ。いたとしても、あんたに何かあれば」


 ひょいと、青空に人差し指を向けるミレイオは『黙ってないでしょ』と頷き、イーアンも大きく頷く。『絶対に』と答えて、それでも自分に何かあるとは思えないなと、空を見上げた。



「あ、イーアン!ミレイオもここか」


 後ろから声が掛かり、二人が振り返るとロゼールが小走りで来た。『食事できたみたいですよ』とそばかすの笑顔で教えた彼は、手に品書きを持つ。それ何?の視線にロゼールはパカッと開いて見せた。二人びっくり。


「わぉ」 「これが朝食?」


「じゃないんですが。先に食堂に行ったら、それぞれの食卓にお品書きがあったんです。厨房の人に聞いて、一冊貸してもらいました」


 ロゼールが広げたお品書きは、美しい布張りの厚い表紙と裏表紙に挟まれた、手描きの料理絵と解説が並ぶ。きれい~とイーアンが顔を寄せ、ミレイオは『へぇ、共通語なんだ』と不思議そうに覗き込む。


「ここ・・・『ヒューネリンガ』って書いてない?」


「あ、みたいですね。船自体はティヤーの船ですが、普段はヴァレンバル公の港まで行くんじゃないですか?ヒューネリンガとアズタータルは、そんなに離れてないようですし」


 ミレイオが指をトンと立てた絵の下、店名『ヒューネリンガ』のどこそことあり、『船で出す食事がヒューネリンガの店でも食べられる』といった内容だった。

 イーアンは字が読めないので(※覚える気なくなった)ミレイオとロゼールに教えてもらいながら、ふむふむ頷く。


「絵だけど。ふつうに、美味しそう」


「朝食も美味しそうですよ。ティヤーの料理かなと思ったら、アイエラダハッドの料理と半々みたいでした。じゃ、行きますか」


 ロゼールがお品書きをパタンと閉じ、薄く煌めくリボンをくるりと巻く。イーアンとミレイオ、それから、甲板にいたドルドレンとザッカリアも呼び、五人で船内へ入った。


 他、タンクラッド、オーリン、フォラヴ、シャンガマックも廊下の途中で会い、ぞろぞろと廊下を進む。シュンディーンは最近、一緒に食事をしないので、この朝も同じ。言わずと知れたクフムも然り。彼は自室。


 食堂で待っていたルオロフが、廊下の賑やかな声に微笑み、アーチ型の扉のない入り口をくぐる皆に、『あちらへ』と給仕の如く、慣れた仕草で的確に食卓を示し、それにちょっと笑う皆も、礼を言ってそれぞれ食卓へ。


 4人掛けの食卓三つ、海に向いた窓側で、客は自分たちだけ。ルオロフはイーアンの横に座り、ドルドレンは彼の隣。ドルドレンの横にロゼール。


 タンクラッド、ミレイオ、オーリンは三人で一つの食卓。フォラヴ、ザッカリア、シャンガマックも三人一組。


 ロゼールはこっちだろう、とシャンガマックが呼んだが(※騎士仲間として)、ロゼールは『話があるんだ』と首をルオロフに傾ける。ルオロフは意外でもなさそうで、『では、食事をしながら』と答えた。



「ゴルダーズ公の船は、主食の焼き生地と、煮込んだ果実だったのよ。でもここは違うのね」


 横の食卓のミレイオが、厨房近くの台車に乗せられた料理を見てイーアンに言い、イーアンが答えるより早く、ルオロフが『ティヤーは()()でしたから』と小声で答えた。小声の意味に、ハッとしたミレイオは『そうだった。ごめん』と口を押さえる。


「謝らないで下さい。彼ら・・・厨房の料理人も、気を遣って労います。魔物戦が激化した期間、私たちが碌に食べていないと思っています」


 ()()()と聞こえたら、気遣いに失礼・・・・・ 遠回しにそう聞こえ、ミレイオは『ごめん』ともう一度。イーアンも『うっかり私も言いそうでした』と首を竦め、ドルドレン他、発言に気を付けようと無言で頷き合う。



「すみません、ちょっと緊張させてしまいましたね。さ、運ばれてきましたから。頂きましょう。軽い朝ですので、気負わず寛いで食べて下さい」


 給仕が運んでくれた皿の料理を振り向いたルオロフが、彼らに三つの食卓へ分けるよう、ちょいちょい合図。


 二人の料理人が主食や肉をその場で分け、大人しく座っている各人の前に、ざっくりと織られた白い美しい布巾を敷き、伝統の赤土色食器に料理を盛り、次々に並べる。


 料理人は、ティヤー人。若干、肌の色が濃く、頭髪も黒っぽい。龍のイーアンを見つめて、目が合うとニコーっと笑顔になり、イーアンもニコーっと返す(※毎度)。


 全て分けた後、彼らはルオロフとイーアンの側へ来て、手を前掛けで拭い、握手を求め・・・女龍と赤毛の貴族と握手し、ティヤー語で短い挨拶、そして共通語で『()()()()にお目に掛かれて光栄』と告げ、厨房へ下がった。


 周りはこれを見て、さすが、とか、力のある人にだけ、とか囁いていた(※力ある人=女龍・大貴族)。苦笑するルオロフが『どうぞ』ともう一度、皆に促し、朝食は始まる。


お読み頂き有難うございます。


挿絵(By みてみん)

 お品書きの雰囲気だけでも。


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