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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悲歓離合
2435/2964

2435. クフム、罪業回想・晩餐の夜・出発の朝 ~僧侶への忠告・乗船

 

 女龍が、嫌で仕方ない――― 



 絶対的な力の持ち主で、立ち向かえるわけもないし、逃げられもしないが、離れたかった。


 ティヤーで逃げたら、殺されるかもしれない。普段、笑顔でそんな素振りもないが、豹変すると、次の瞬間でも人を殺しそうな顔になる、あの女龍から離れるには。



 クフムには、既にイーアン自体が『恐怖』だった。

 殺されるかもしれない。奴隷のように使う。人を人とも思わない。だがこれらさえ、日常の上辺・・・ 嫌で・恐怖、と感じた、本当の部分。


 龍という強大な存在が、自分という小さな人間の握った罪を、()()()()抉り出して揺さぶり、記憶も選択も『お前自身が過ちではないのか』と迫るから・・・・・



「『呪い』かと、彼女が来たあの夕方は、内心、記憶が蘇って怯えた。その後に話して、穏やかで無害な人と思ったものが。全然無害じゃない。すこぶる有害だ。

 やっぱり『呪い』なのだろうか。なぜ、私にと思えば思うほど、運命の因縁に感じてしまう・・・いや、でも。イーアンから直に、十年以上前の過去を責められていないし、イーアンが知っているわけないんだ。

 単に、アイエラダハッド違法僧院と、私の罪の所在を思っていそうだから」


 少しは、期待もしていた。良くしてもらえる可能性。他の人から、(わだかま)りが消える進行。


 だが、現実は違った。側にいる時間が度々あったルオロフは、飄々として話が合わず、見た目美しいフォラヴと呼ばれる人は、誰より冷たく、全く目端にもかけてくれない。総長と呼ばれている男性も、一言も喋ったことがない。


 妖精の子、と皆が言う黄色い肌の彼は、自分を何より汚らわしいように避けている。


 イーアンが根回ししているだろうが、それにしても、誰一人、自分に近寄ろうともせず、話しかけもしない疎外感に、『違う人種』と思うよりなかった。


 ・・・この人たちに、馴染む気になれない。そんな無駄な徒労をするくらいなら、一日も早く脱退をするべきだ。



 クフムは、腹が鳴るのも気にならなかった。とっとと、『贖罪』と押し付けられた仕事を済ませる方法を、今は考えるだけ。彼らが、私抜きでも全く問題ないように、お膳立てすれば、手放してくれるはず、と―――



「どっちみち。私は、アイエラダハッドに残されても、見つかれば極刑だったんだ。貴族の効力のない時代に、私たちの僧院がやっていたことなんて、誰が守ってくれるわけもない。まるで解っていないような言い方をされたが、()()()()()()理解している。


 だから、国を出られると言う、イーアンの話に乗ったのに・・・蓋を開ければイーアンも、私を奴隷みたいに使い回すつもりだし、裏切り行為と見定められたら、即、殺す気でいる。かと言って、旅人(この人)たちから離れたら、いつどこで罪に問われて、牢屋にぶち込まれるか。


 ・・・船の事故は、放火犯が入って、動力を壊し誰かを殺すつもりだったと。生き残った私も、口封じで狙われてもおかしくないんだ。

 こんな状況でティヤーに、潜り込むわけで・・・ 武器製造?もっとマズい状態じゃないか。足を突っ込んだら、お役御免で放された後も、ティヤーですら生き難いだろう。これ以上は、もう関わらずに済む方法を、早く考えなければ。


 私は。 私は、『ウィハニの女』の祠を()()()()・・・あの祠で・・・を見た日から―― 引き上げ時は、命の安全が保てなくなる時、と決めていたんだから」



 命あっての物種だ、とクフムは目を閉じ、掛け布を被る。呪いなんて、信じない――


 眠りは襲っても来ない。空腹は無視できる。

 ティヤーに入国後、いかに早く、自分を捉まえた彼らの輪を()()()抜けられるか。クフムは冷静に、慎重に、予定を立て始めた。



 *****



 明かりを消した部屋で、僧侶が寝床に蹲る間。


 一階の食堂では、真逆。笑い声あり、アイエラダハッド巡回の思い出話あり、今後の展開に向けた気持ちを伝え合う。


 ザッカリアは、食事を軽めに済ませると、誰より早く菓子に手を伸ばし、タンクラッドたちが手を付ける前に、全種類を取り皿に分けた。

 それを見た給仕の人が、少年に気を利かせ『まだありますから、お持ちしますか』と訊ねたので、ザッカリアは大きなレモン色の瞳を向けて力強く頷いた。


 美しい少年がお菓子大好き、と知った給仕の人たちは、大人には料理(※撒き餌)を持ち、少年のために『たくさん食べて次の国でも活躍を』と、励ましのお菓子を台車で運んでくれた。

 次の国は戦わないんだよな、と後ろめたさもあるが、ザッカリアは感謝してせっせと食べた。


 冷たくひんやりした、溶けるようなお菓子。

 固めた泡の、得も言われぬ食べ応え。

 爽やかな果実を、煮込んで冷やした甘味。


 ・・・絶対、早く戻ってこよう!!(※自分で抜けるって言ったのに)と目を瞑って誓う、アイエラダハッド最後の夜。


 帰ってきてもアイエラダハッドではないが、言えば、イーアンが作ってくれるかもしれない。もしかしたら、トゥも出せるかもしれないんだ、と少年は希望を胸に抱く。



 まさかザッカリアが、お菓子によって、早く戻る決意を固めているなど、周りの人間、露知らず。


 皆も『アイエラダハッドだけなのか』と、どこでも食べられた鹿肉との別れに驚き、名残惜しそうに鹿肉料理を頂いた。

 トゥがいるなら、ティヤーでもどこでも、食べられないことはないのだが。これが、お国料理だから感慨深く良いものであり、この国の人の味付けだから特別感があると、そんな話題も飛び交った。



 晩餐は、ロットカンドが予定していた時間より、一時間ほど長く続いた。


 いつも淡々と付き合うだけだった、ハイザンジェル人の団体が、この夜は打ち解けてくれた様子に心も温かく、晩餐を終えてお開きにした後、ロットカンドは鳥文をしたため、ヒューネリンガの親戚・ヴァレンバル公へ今夜の話を伝えた。


『明日。派遣騎士一行は、出国。祈りあれ。』


 最後にこう書いた手紙は、翼の大きな鳥の足に託され、鳥は星瞬く夜空へ飛んだ。



 *****



 そして―――


 アイエラダハッドを出る朝。

 朝食より早い時間に身支度を終え、別荘と本館の従業員に挨拶をし、馬と馬車の安全を最終確認。調べ終わった後、ロゼールはブルーラに乗り、馬車三台に旅の一行が収まり、クフムは。


「いいのですか」


 イーアンは微妙そうだったが、貴族の馬車に乗せられたクフムも、馬車の中でもう一度尋ねた。向かい合って座るロットカンドは、『居心地が悪そうですね』と涼しい顔で答えた。


「では、港へ」


 御者台に向いた馬車の窓を、ロットカンドはこんこんと杖の頭で叩いて合図し、馬車が動き出す。

 ガタンと揺れてすぐ、石畳を進む馬車に、クフムは窓の外をちらっと見て『歩いても大した距離じゃないですよ』と呟いた。貴族も窓の外を見ながら『そうですね』と返事。



「あなたと話す機会はありませんでした。僧侶さん」


「クフム・・・です。イーアンが私を、隔離していましたので」


 ちょっと嫌味を交え、クフムはイーアンのせいだと答えるが、貴族の横顔には微笑が浮かぶ。


「彼女の意図は、私に解りませんが・・・・・

 ここであなたを馬車に乗せたのは、私自身のため。あなたの恰好を見た町民は、()()()()()と思ったかどうか。それは気にならなかったですか?波止場から宿泊施設(うち)まで徒歩、昨日は配給舎まで、往復徒歩」


「それはどういう、意味で」


 ロットカンドの丁寧にそろえられた口ひげが笑みを作り、彼の水色の目は僧侶を見た。


 その目は笑っておらず、迷惑だと言いたげな鋭さを含む。まさか、と瞬きした僧侶に、『分かっていなさすぎる』と頭を振ったロットカンドは鼻で笑った。



「ヒューネリンガで、ヴァレンバル公と話すこともなかったでしょう。ゴルダーズ公もいらしたと聞きましたが。彼らがあなたに触れなかったのは、『後始末を、空神の龍に任せたから』だけではありませんよ」


「バレたら迷惑と聞こえますが・・・私は、南の山深い僧院を出ることは、まず、なかったですよ?ティヤーに行く際は、船でしたし。人目に触れる動きは避けて気遣い」


 言い返すクフムの足元、コツンと貴族の杖先が音を立てて、遮られる。



「クフム。『恰好』と、私は言ったでしょう。あなたの僧服は、『誰が』(あつ)えたのですか?それは目印ですよ。

 イーアンが、その姿で歩かせた理由はちょっと分かりかねますが、『外国人宿泊客の連れ』としてかな、と捉えています。つまり、私にも違法僧院の僧侶が滞在したことを、『単なる客』として貫け・・・とかね」


 静かなロットカンドの忠告に、クフムの頬は引き攣り、自分の服に目を落とした。


 これが? 僧衣に両手を当てた僧侶は、困惑。ロットカンドは『目印、ですから』と・・・ ()()()()()()目印かは口にしなかったが、『既に違法僧院から抜け出した、僧侶が居ると知れた』、そのことを教えた。


「着替えを。着替えないと」


 血の気が引く。なぜ考えなかったのかと慌てたクフムは衣服を掴み、貴族に頼んで上着をもらおうとしたが、貴族はそれを撥ね返す。


「私に頼むことはないでしょう。イーアンに聞きましたが、あなたはお金も持参されている。ティヤーの通貨も持っているようだし、ご自分で」


「ティ、ティヤーでも?この僧服が知れている、と言うんですか?でもあっちだって、修道院や神殿や神官の服は、似て」


()()()()()()ですよね」


 ぐらっとする一瞬。馬車の外はもう港で、短い会話は終わりの時間。窓枠に手をつき、クフムは貴族に焦って確認する。


「波止場は、大丈夫ですよね?朝早いし、他に船もいないし、人も少ないから。船は、ティヤー人で」


「どこなら安全か。そんなことを、私が知るわけないと思いませんか?」


 すぱっと切られた質問。クフムは口が乾き、貴族に身を乗り出して『違法僧院の僧服を着て歩いていると、どうなるんですか』と単刀直入に危険を聞いた。貴族の細面が突き放すように微笑む。



()()()()。私は、無関係です。ヴァレンバル公もゴルダーズ公も、とっくにね。動力関係に触れている以上、誰が情報を奪うために来るか分かりません。まぁ、私はあの関係には一切関与がありませんから、あなたがうちに泊まったことも、『知らなかった』で通用しますけれど」


「そんな」


「ん?着きましたね。それではごきげんよう。空神の龍と世界の旅人が、あなたの側にいることを、もっと感謝すべきですよ」


 ロットカンドは馬車の扉の掛け金を下ろし、扉を少し開ける。止まった馬車の外から御者が来て、その扉を丁寧に大きく開き、内にいる二人に外を促した。しなやかな動作で切り上げ、すっと外へ足を伸ばした貴族に、僧侶は慌てて声をかける。


「ロットカンドさん」


 肩越し、水色の瞳を向けた貴族の顔に、同情もない。小首を傾げて、『下りて』の合図を手で軽く済ませると、彼はとどめを刺した。


「私の名は()()()()()下さい。あ、ルオロフ!こちらへ!皆さんが乗る船は、あれです。一緒に乗船確認を」


 あっさりと、ルオロフに笑顔の声をかけ、ロットカンドはスタスタと赤毛の貴族の元へ行く。御者が見ているので、クフムも下りて『有難うございました』と礼を言い、旅の馬車の側へ行った。


 胸中は騒めく。さっと見回した波止場には、自分たちと船員や港で働く数人がいるだけだが・・・ 彼らの視線が、急に怖くなり、フードを深く被って馬車へ急いだ。


「どこ行く気ですか」


 近づいたはずが通り過ぎかけたらしく、女龍がクフムを止める。ハッとして背の低い女を見たクフムに、イーアンは『何かありました?』と怪訝そうに眉を寄せたが、クフムは目を逸らして首を横に振った。


「ま、なら。いいんだけど。クフム、自分の荷物に食事は入れてありますね?私たちは船に乗ってから、食堂へ行きます。あなたの部屋に先に案内しますから、部屋から出ないように。お手洗い他、用事があれば今」


『イーアン』と思わず、素っ気ない案内を止めた。クフムの遮りに、女龍は口を閉じ、彼を見上げ『はい』と答える。


「私の衣服を替えたいと言ったら、ティヤーで店に買い物に行けますか」


「勿論です。私なら、()()()そうしたもの」


「へ」


 当然とばかり、流した女龍の言葉に拍子抜けする。女龍は今頃気付いたのかと言いたげに、ちょっと笑った。



「クフムは世間知らずですよ。私があなたの立場なら、危なっかしい状態の見た目なんて、()()()()()()


「・・・知ってたんですか?言って下さいよ!」


「人のせいにすんなよ」


 声を荒げた僧侶の後ろから、低い声が掛かる。ドキッとして振り向いたクフムを見下ろす、黄色い猫のような瞳の男が『イーアンに八つ当たりか。自分が解ってないことを』と詰った。


「オーリン。いいのです」


「イーアンの言い方が丁寧だから、つけ上がるんじゃないの?甘やかしてないか?君が怒ったの、最初だけだし」


「そーう?言葉遣いは、これ通常なのですが。()()()厳しい方がいいかしらね」


 やめてくれ、と目を見開く僧侶を無視し、オーリンはイーアンの背中を軽く押して『馬車に乗って』と荷台へ行くよう促す。それから僧侶を振り向き『お前も、早く船に上がれよ』と、舷梯を顎でしゃくった。



 ―――クフムの見上げる前に。青と白、紫の波と渦模様に彩られた、大型旅客船。


 帆船は帆が立派で、船体よりも大きく目立つ。アイエラダハッドの南南東一、本当なら朝っぱらでも賑わっていそうな広さの港に、堂々と佇むティヤーの船は、人も僅かな戦後の朝に、眩いその美しさを称えられることもない。


 これから・・・ 自分たちがティヤーへ行った後。この船も、木材の残骸に変わるのだろうか―――


 見たところ、ティヤーの船に動力らしいものが備わる影もない。この船は無害なんだと、とクフムは思う。『無害』と何の気なしに過ったが、ずん、と重く沈んだ。


「私の責任」


 私だけじゃない。魔物に襲われたら、封じられた知恵なんて雑魚みたいな害だ、と心に言い聞かせ、クフムは重い足で快適そうな白と青の船に進んだ。



 馬車も奥の舷梯から船に入り、波止場の従業員が、忙しく確認し終わった後。


「無事を祈っています!」


 手を振る貴族の大声に、『お世話になりました』『有難うございました』『楽しかった』『元気で』と高い甲板から、旅の仲間が口々に別れの挨拶を返し、手を振る影。

 ロットカンドも召使も、動き出した船を照らす朝陽に目を細め、彼らがわぁわぁ、挨拶を言い続けるのを聞き、笑いながら馬車に戻った。



 船は出港し、光差す海原へ向かう―――

お読み頂き有難うございます。

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