2432. 5日間の出来事 ~クフムの予測・銃の影・レーカディの資料
三日目の夜は、クフムを除き、別荘に宿泊する全員が、集まって話し合った。シャンガマックも呼び、お父さんも勿論同席。
―――いつもと少し違ったことは、クフムを端から相手にしなかったわけではなく、彼に同席したいかどうか・・・イーアンは尋ねていた。イーアンはドルドレンに事情を話し、ドルドレンも彼に質問することを同意した。
質問は単純ではあったが、クフムが内容の重さと危険さを感じるに充分だった。
『あなたが手掛けていた物が、ティヤーで作り替えられています。これを追うと、あなたも私たち同様、敵の狙う対象に入るでしょう。これから皆で、三日間の結論を話し合いますが、クフムは同席しますか?』
『いいえ。今のままで』―――
クフムは、敵が誰かは知らない。だが、人間ではないのも分かっていた。イーアンと二人で、多角面から探り続けた『ティヤーの改造目的』その結論、魔物と近い厄介な相手が絡んでいることを知ったから。
今のままなら。狙われても、相手はせいぜい人間止まりだろうが、これ以上、首を突っ込めば、無力な自分が正体不明の敵に、捻り殺されるのは予想がつく。
これまでの罪滅ぼしが理由で、旅の仲間に自分がこき使われるのは諦めたが、それ以上は望まなかった。
こうしたことで、クフムは自室にいた。イーアンが説明に悩むことがあれば、彼の元まで聞きに来るとして、クフムの夜はいつもと同じ一人の時間。
「武器製造か」
気にならないと言えば嘘になるが、関わりたくはない。今までは石炭燃焼による動力、水流の利用による動力などが楽しかったからやっていただけで・・・・・
「私が犯罪者と言われた理由は、今もピンとこない。遠回しに『ゴルダーズ公の事故死』原因が、動力の暴走とは聞いたから、それを指摘されたら返す言葉もないけれど。ゴルダーズ公は生きていたんだし・・・まぁ、でも。恐ろしい状態で生き延びた話を聞いた後で、『生きてたから良いじゃないですか』とはさすがに言えないけど」
袋叩きで済まなそう、と自分に刃(※龍の爪)を突き付けた女龍を思い、身震いする。
そう。この上、武器を作り始めたらしいティヤーの連中に、もしも私が関わる流れになったらと、想像しただけで現状より厳しい立場なのは目に見えている。
「一つ一つだったら分からなかったが・・・イーアンが揃えた資料(※魔導士スキャン)を並べたら。イーアンとミレイオが気付いたから、私も想像を膨らませられたけれど、一人じゃ見抜けなかったな」
ここから関わるのは、本当に嫌だな、とクフムは顔を手で拭う。でも・・・ 自分がこれまで続けていた延長か、と思うと。
「罪。か」
薄かった自覚が、なぜか濃くなる。自分が、僧院に誘われた、子供の頃を思い出す。罪の原点はそこにあった。
*****
「率直に言いますとね。クフムも、これが『武器を作るためだ』と言いましたし、私もミレイオも同意見で」
―――見に行った現場で、イーアンが『何となく』勘で捉えたことは、イーアンの知識や学歴(※ここで引っかかったけど)よりずっと正解に近かった。
ティヤーは、製造機を造ろうとしていて、雛型、製造したい道具の部品を、現在手作業で行っているのではという、それ――
イーアンは、シャンガマックと獅子の横。反対側の隣には、ミレイオ。シャンガマック親子を横に並べたのは、彼らが『呪われた町(※2197~2199話参照)』を見たからだった。
「これが武器」
首を傾げたフォラヴに、イーアンは机に広げた紙の資料をちょっと指差し『武器の部品、です』と言い直す。ミレイオも、ふう、と溜息を吐いて『私でも考え付いたんだから、不思議じゃないのよ』と資料に眉を寄せる。
「ミレイオが考え付いた、ってのはあれか。『肋骨さん』?」
オーリンが反応したのは、テイワグナで作った『肋骨さん(※名称~1016話参照)』、つまり銃を示す。明るい金色の瞳が、ゆっくりとオーリンを見て『あんたも、イーアンの弓を組み立ててるから、見たことありそう』と呟いた。
「言われるとね。俺の弓に、あるよな。この・・・これか。ここんところとか」
オーリンが仕組みの部分を担う部品の図に、指を置いてイーアンを見る。イーアンも首をゆっくりと傾けて『そうですね』と認める。職人の言葉を聞いていたシャンガマックは、ちらっと獅子に視線を送り、獅子が視線を捉えたので、これについて質問。
「呪われた町で使っていた、あの武器のことか?(※2197話参照)」
「私たちは直に見ていないですが、それです」
「その武器を作るための・・・ティヤーで開発が始まっていると」
「クフムが届けていた時の状態から、かなり変化していると言っていました。私とミレイオ、クフムで頭を付き合わせて考えたから、辿り着いたけれど、これは銃を造ったことがないと分からなかったかも。
クフムは、何を作っているかまで知らなくても、元の大掛かりな装置の目的を理解しました。それと、一見関係なさそうな、この小さい代物を並べた時」
「ピンと来たのよね。似たような物が生産されているのを」
シャンガマックに説明していたイーアンに、続きをミレイオが引き取る。頷く女龍に、シャンガマックは獅子を見て『どうする』と訊ねた。
意味は、『今すぐ潰しに行くか』。獅子は息子を見つめてから、自分たちに集まる視線を見渡し『イーアンの対策は』とまず聞く。
「対策というほどではないですが。予想はまだありまして、それも話しておきます。銃の部品を大量に作るとして、今度はそれを使うために・・・これ、言いたくなかったのですが、火薬と呼ばれる爆発材を使うでしょう。
これが『既にどこかにある』想定は、行きすぎではないと思います。火薬がある、銃の存在を知っている、だから量産、と逆に考えると、まずは火薬が問題です」
褐色の騎士は、自分と父で片付けた町を思い出して唸り、もう少し質問する。
「銃を使うには、火薬がどうしても必要なのか」
「どうしてもではないでしょうが、普通、使います」
「火薬ね」
イーアンに続いて、オーリンが厄介そうに一言落とし、黒髪を両手で撫でつけたまま、イーアンに訊ねた。
「俺が行こうか。俺が調べるなら」
「なんでオーリンですか」
「イーアンより、この世界に近い視線で『火薬』を見つけられそうじゃない?」
「あ・・・そうですね。でも、私も行きます」
そうだねとオーリンが頷き、イーアンも頷く。これは、この世界で火薬を作り出したことのあるオーリンが適役かもしれない。イーアンも、作る土台に何があるかは分かる。
二人で探す方が良い、とこの場で決定し、シャンガマック親子には『先に私たちが行きます』と答えた。
「サブパメントゥの・・・弓矢。正確には矢だが。それで終わらなかったな。もっと面倒か」
黙っていたタンクラッドが口を開き、イーアンもミレイオも溜息で答える。ロゼールがオーリンをじっと見つめており、ルオロフの薄緑の瞳も、その視線と沿う。
オーリンは二人の視線の意味を理解しており、『ドゥージの荷物に』といきなり話を変えた。パッと見た皆に、『さっきさ』と二人の赤毛を指差して、ドゥージの荷物を一緒に見た話をした。
これに反応したのはドルドレンで、続いてフォラヴが『見せてほしい』と頼む。
ドゥージの持っていた、レーカディの資料が持ち込まれ、ティヤーの資料を机の脇に寄せて空け、今度はレーカディのサブパメントゥ遺跡から取った図案を展開。
フォラヴとドルドレンは、実際にあの矢を見ている。
背を屈め顔を寄せて、じっくり見ながら、二人は机を挟み、向かい合う顔を度々上げては、『これは』と確認し合った。
結果、フォラヴが射られた矢にあった模様が見つかり、はっきり見ていたドルドレンが『覚えている』と憎々し気に一つを指差し、それは矢の模様だったと皆が知る。
ミレイオとヨーマイテスが同じような表情で沈黙・・・ここにコルステインはいないが、ロゼールはサブパメントゥの二人が同じ印象を持ったなら、これは危険なのだろうと感じ、コルステインにも聞きたかった。
苦虫を嚙み潰したようなミレイオは、『武器・矢の仕組み、銃がサブパメントゥに渡った』の理解で留まらない。
レーカディの資料を広げる騎士二人が、他にも探し続ける間。机脇に寄せられた、先の資料―― ティヤーの装置やら機械やら、何かの道具の図 ――を見つめて考えていた。
銃・・・ 銃は銃でも。あの形。あれが部品だとするなら、その構造の完成形を私は知っている―――
「思ったんだけど」
ボソッとミレイオが呟き、頬に手を当てたまま、視線だけイーアンに移した。イーアンもその視線を捉え、同じことを考えていたとばかり頷く。女龍もミレイオも、表情は重い。
「長筒銃。確か、あったわよね」
「ギールッフでしょう?ロプトンと、ディモが作った(※1094話参照)」
ミレイオの問う確認。イーアンの合間ない返事。オーリンとタンクラッドが眉を顰め、顔を見合わせた。
「ダマーラ・カロから輸送する、首都への道が襲われたんだから」
オーリンが徐に口を開き、彼を見たまま、タンクラッドが片眉を少し上げて続けた。
「ギールッフ・・・アギルナン地区からウム・デヤガの方が近いよな」
察しを付けた職人たちが、溜息を大きく吐く。ドルドレンはロゼールに『ティヤーへ移動してからで良い。機構に連絡がないか、パヴェルや貴族の出資者にも、テイワグナの情報をもらってほしい』と頼んだ。
肋骨さんを改良した、長筒銃。威力が、飛距離が、とあっというまに改造した、ギールッフの職人は、長筒銃の扱いは規制をかけると約束していたが、かけたとしても製造していれば、誰かが動かす事はある。
それが、たまたま―― サブパメントゥ、なんてことも。ないとは限らない。
お読み頂き有難うございます。




