2430. 情報持ち帰り・『取引』~魔導士、ラファルの懐かしき夕食
※午後に熱が出て下がらず、明日はお休みします。もし明後日も投稿がなかったらすみませんが宜しくお願い致します。
―――稼働していないから・・・ 奇妙だ、とイーアンが思う部分。
稼働している現場がどこかにありそうなのに、何ヶ所か回った全て、止まっていた。
昨晩、ホーミットとエサイが一つの現場にいる時間は、ほんの数十秒で、人に見られることはなかったし、そうでなくても『夜だから人がいなかった』と気にしていなさそうだが。
今日、イーアンたちが来たのは、午後。
建物にも外にも人間はいて、魔導士が目晦ましをかけてくれているのだが。それとは関係ないのか、『モノ』がある部屋周辺に誰も来ない。別の現場も同じ。
「変ですよね。地下だからいない、わけではないでしょうに。物がある部屋に、人がいないどころか、近寄らないのも」
「言われてみるとな。埃はないから使っているんだろうけど。毎日動かさないのか」
「・・・にしても、変ですよ」
回った先は、潮風の匂いが辺りを包む、水に近い場所ばかりだった。
360度見回せば、近くに水はある。海、川、動く水の側に建つ神殿や修道院内に、この部屋が備わっており、近辺にも動力付き機械ものの影を探したが、見える位置になかった。
岸に係留するのは、普通の木製の舟が多く、やや大きめの船もあるが、バイキング船のような造りで、風と人力で動くのだろうと思った。
イーアンたちは、幾つかの現場で『同じ内容の部屋』を見て、どこでも、『何に使う気なんだろう』と分かり難い印象が残った。
エサイの話していた、ピストンに似た形は、多分、本当にピストン・・・ にしか思えないものだったが、前後の仕組みが理解できず、最初これを『私が知らないから』と思っていたイーアンは、別の視点に切り替えて『もしかして』の疑問を持った。
とりあえず。クフムに見せる―― 彼なら知っているかも知れない。
ミレイオも詳しいから、ミレイオにも同席してもらおうと考えたイーアンは、黒い鞄にあった設計図を思い出しながら、やはり『あれを見た後だと、余計に不思議』と首を捻った。
この後。他の現場にも移動し、魔法陣で情報を資料化してもらい、一先ずホーミットには『私が動くまで、待機してもらえるか』と頼み、獅子は渋々ではあれ、承諾した(※仕事<息子に会いたい)。
「では、エサイ。見当を付けたら、また会いましょう」
「俺に会っても、意味ないかもしれないけどね」
苦笑いする狼男に、イーアンも『それ言ったら、私だって同じ』と笑ってお別れ。エサイは、獅子の前腕のお面に戻った。
*****
時間はすっかり、夜。
魔導士付きで、イーアンと獅子も宿へ帰り、獅子は息子の部屋へ影伝いに向かい、イーアンは真っ暗な自室に、魔導士と入る。
「誰もいないな。この時間で、灯りもつけていない」
「食事かな・・・ここで食事はない、と聞いているけれど。表で食事先を見つけたかも」
「この宿に、食料がないのか」
そう、と頷くイーアンは、ドルドレンが戻った形跡のない部屋から、窓の向こうを見た。
魔導士はちょっと考え、『おい』とイーアンの角先を押す。かくっと上を向かされたイーアンが、据わった目で『何だよ』と嫌そうに首を振ると、魔導士は緑色の火の輪っかをポンと出した。
「あ。火円輪」
「ドルドレンたち・・・だろ、これ」
あっさり探し当てた魔導士に、イーアンはちらっと見て頷いてから(※便利の認識強まる)伴侶たちが食事する風景を、火の輪っかに見つめる。
この館の食堂、と言われたら、そう見えるが。伴侶たちの背景や、食卓の調度品、部屋自体がゴージャス。全員揃っているようで、少し離れたところにクフムの姿も見えた。
「あれ?クフム付き。彼も、部屋から出たのか」
「『クフム』?また何かいるのか」
これどこ?と顔を向けた女龍に、火円輪の浮かぶ方を指差し『あっちだ』と魔導士は答えた。
あっち・・・示された指先を視線で追うイーアンは、壁の向こうを想像する。本館続きの両翼の建物と、少し方向が違う?と思ったすぐ、ピンときた。
「あ。もしかしたら。別荘に移動したのかも知れない」
そういえば、ヴァレンバル公が『宿泊施設から、隣接する親戚の別荘へ移るだろう』と言われていたのを思い出し、だからクフムも連れて行ったのかと理解した。イーアンはこれを魔導士に伝え、魔導士はじっと女龍を見下ろした。
あっちへ行こうと、言うより早く、魔導士が大きく頷く。その頷きは何?一瞬警戒したイーアンに、バニザットは命令。
「お前。じゃ、俺と来い。後払いの取引を思いついた」
「げっ。今?」
「どうせ、ドルドレンたちは食事だろ。まだ時間があるってことだ」
取引と言われて、イーアンは戸惑ったが、魔導士はそれを丸きり無視し、ひょいと女龍を小脇に抱え、やめろ下ろせと嫌がるイーアンを連れ、さっさと風に変わって夜の空へ飛んだ(※拉致)。
*****
せっかく帰ったのに。ぶすくれる女龍だが、抵抗はしなかった(※嫌がるだけ)。取引と言われてしまえば、そういう話だったし。
そして、暖かい海を渡った十分そこらで下ろされる前に、目隠しされたので、また機嫌が悪くなったが。
「あ。ここ」
急に目隠しされて、何も見えないまま地面に足をついたイーアンは、サクッと足が潜り込む柔らかい軽さに『砂』と気づく。魔導士に目隠しの魔法を外され、目の前にある家にポカンとした。
「バニザットの・・・ 」
「そうだ。ラファルがいる」
ハッとして魔導士を見ると、彼はイーアンを見ずスタスタと平屋建ての海の小屋に歩き、イーアンも慌てて付いて行く。ラファルが?と灯りのつく小さな小屋を見ながら、開けられた扉の奥へ入った。小屋は木製で、アイエラダハッドで見た『部屋』と雰囲気が少し違い、素朴な印象だった。
歩くと軋む床の廊下を通り、戸のない部屋の入口で、魔導士が横に退いた。
先に入れと目で室内を示され、イーアンは魔導士の前をすり抜けて部屋に入る。煙草の臭いがする、と小屋に一歩入った時から分かっていた。それが魔導士の煙草と違うのも。
「ラファル」
「ん?おお・・・イーアンか?」
よく来たな、とメーウィック姿の男が嬉しそうに椅子を立ち、イーアンの側にすぐに来た。が、イーアンは彼の椅子の向こうにサブパメントゥの気配を感じ、そちらを見た。
「あれはリリューだ」
気付いたイーアンに魔導士が教え、リリューはいつもラファルを見ていてくれる、と言う。イーアンは窓向こうの暗がりに、ニコッと笑って頭の中でお礼を言った。返事はすぐに戻り、イーアンがいる間はリリューは下がる。
「で。さて、取引だ」
「取引?イーアンは取引でここに来たのか」
パンと両手を打った魔導士の掛け声に、ラファルが先に反応する。むすっとした女龍は『何?』と低い声でぼやき、魔導士は女龍の手を掴んで『こっち来い』と部屋から出す。
せっかく来たのに、と後ろで止めるラファルに、『お前も来て良い』と肩越し呼ぶ魔導士は、イーアンを連れて廊下をくるっと、コの字型に進んだ。そこは。
「台所・・・?」
「他の部屋に見える方が不思議だ。さて、お前。料理を作るだろ。作れ」
「え、ここで?今?」
後ろに立ったラファルも、意外な言葉に『料理するのか』と聞き返し、イーアンは『何の料理?』と、訝しげに魔導士を見上げる。
「ラファルも俺も、食えないことはないんだ。食べなくて済む形であれ」
「分かってるけど。材料どうするの。魔法で出すんでしょ。何を料理するのが、取引な」
の?と聞く前に、魔導士が少し背を屈め、女龍の顔の高さに合わせる。黙ったイーアンに『ズィーリーが作った料理だ』と彼は言った。
*****
「ズィーリーの料理ぃ?」
はー?と驚く女龍に、魔導士は屈めていた背を起こし、台所を指差した。
「俺に確認させただろ(※1947話参照)。彼女が作った料理を、お前も作れると話していた」
「ああ~・・・よく覚えてるね。でも味が違うかもよ。私と同じ国の人じゃないし」
「作れるって言ったろ。料理が作り手によって違うくらい解ってる。お前の味で良いから、やれ」
やれ、と命じられ、イーアン困惑。でもまぁ、『餃子・シュウマイ・炒飯』の話をしたし、冗談だったけれど『作ってやろうか』とも自分で言ったし、これを取引と言われたら。
「味、ホントに違うかもしれないけど」
もう一度、釘をさす。老人は(※バニザット)味が違うといろいろ煩そうで。
「解ってる、って言ってるだろ。やれよ」
超・命令だが、イーアンは約束したので取りかかることにする。良かった、名前だけしか知らない中国料理とか確認しなくて(※作り方知らない)。
材料は何がいるんだ、調理器具は何だ、と魔導士に聞かれ、思いつくものを出来るだけ彼に分かりやすく伝えると、瞬く間に台の上に材料と調理器具が並んだ。箸は当然、セイロと中華鍋、鍋持つ時に熱くない用の布巾まである(※ズィーリーがよくそうしてた)。
「うわ~・・・ここまで揃ったら、絶対再現しないと」
ということで、イーアンは睡眠不足もそこそこ、自分の覚えている限りで、『餃子シュウマイ炒飯セット』(=日本の中華屋さんセット)に取りかかった。
が。作ろうと材料を分けるなり、止められる。
「あ、別のが良い?」
何やら魔導士なりに思い出したとかで、餃子とシュウマイが似ている材料、炒飯の粒が微妙だったことを気にし、メニュー変更・・・ セイロがあるから、シュウマイは作ることにした。
違う料理を考えるイーアンに、止めた手前からか、魔導士が『これ使うか』といきなりエビと菜っ葉を出す。
これを見てイーアンは、辛い野菜(※唐辛子)、生姜とニンニクが欲しいとイメージを伝え、唐辛子、ニンニクはすぐ出してもらい、生姜っぽいのもゲット出来た。これは斬新、限りなく生姜に近い。
さすがに豆板醤や甜麺醤はないだろうけどと、ダメ元で『コクのある調味料をズィーリーは使っていなかったか?』と尋ねてみたら、遠い記憶を遡ったらしき魔導士は『海の味で良いか』の一言と共に、なんと、オイスターソースを出した。ティヤーの一部で、昔から使われている調味料とか。
味見すると、醤油の風味はない。塩と糖分が使われているのは分かる。それと、牡蛎にほどなく近いあの味凝縮。完璧な、完璧な、発酵調味料である。
いや、例え、本体が牡蛎ではなくても、今の私には充分、『これで牡蛎』だと通じる(※海鮮飢え)!
イーアン、すこぶる感動・・・!瓶を握りしめ、真っ先に神様に感謝。
続いて、感激を示すために魔導士に抱き着き、頭グリグリ。苦笑する魔導士にも感謝を捧げて(※会釈)、調理、いざっ。
『米がないから、炒飯は麦だった話』も聞きながら、ズィーリーも食材に工夫したんだと共感持ちつつ、魔導士は麦炒飯がお好きではなかった豆知識も蓄える。
ちなみに、麦炒飯が悪いのではなく、この世界の麦がモソモソした食感であることが理由。そして彼は、エビが好きなのも知った。
今回食材として出された麦は、イーアンが謹んでお引き取りすることにした(※例えどんな麦でも)。
調理が始まり、近くで見ているラファルは、面白げに眺めていたが、シュウマイの皮に反応し『今の俺に、味覚は分からないかも知れないが』と前置きしつつ、自分の国で似た料理があったと教えてくれた。
イーアンは、ちょっと記憶を掠めた料理があり、ササッと一つ、ラファル用に形を作って見せると、これが当たる。
「そうだ、そっくりだよ」
ラファルが珍しく嬉しそうなので、すぐに茹でて食べてもらった。ラファルは口に入れ、感慨深そうに静かに咀嚼する。魔導士もイーアンも彼を見つめ、言葉を待ち、伏せていた目をあげたラファルが微笑んだ一瞬、一緒に笑顔になった。
「味、薄っすらだが分かる。中身が違うから少し違っても。旨いよ。ソースが掛かったら、充分近い」
普段は感動から遠い男・ラファルの言葉。イーアンは、ソースはどんな?と聞いて、材料を魔導士に頼む。これこれこんな風味でと伝えた一秒後、宙を引っ掻いた魔導士の手に、香草ディル(※っぽいもの)とサワークリーム、塩漬け肉。
サワークリームをこの世界は何て呼ぶの?と思ったが、魔導士は『フィゴル』と名を言っていた。
材料も入ったので、女龍は塩漬け肉と玉ねぎをちょびっと炒め、サワークリームと刻んだディルにこれを合わせ、今や笑みで見つめてくれるラファルに、もう一つ茹でて、ソースに絡めて食べさせる。
ラファルの教えた料理。イーアンはこれを『ペリメニ』と覚えているが、ラファルは違う名で呼んだ。
ソースと食べたすぐに喜んでくれ、イーアンと魔導士にも食べて欲しいと言い、シュウマイ材料は半量が、ラファル故郷料理に変わる。
シュウマイも勿論、作った。
干しシイタケはないが、干しキノコはある。ズィーリーは愛用していたそうで、これと豚肉、長ネギに似た細い葱。タケノコもごま油もないけれど、ゴマは近い香りの種子を擦って使った。
横で離れずに見ている魔導士が、何を思うのか―― イーアンは下ごしらえしながら、彼を振り向くことなく、黙って横に立つその胸中を想像し、少し温かい気持ちになる。
彼は、遠い遠い昔、一緒に旅した女龍が作る夕食を、こうしていつも見ていたんだろう・・・・・
茹でる料理=ペリメニ(※と近い料理)を最初に作ってから、『食べてて』と二人に渡す。
大きなエビの、足と殻と背ワタを取って、頭の角も切り落とし、これを同じ湯で湯通し。湯は捨てず、これは鍋ごと一先ず脇へ置く。
次は中華鍋に油を熱し、刻んだ葱と生姜とニンニクと唐辛子を炒め、エビを戻して少し蒸したら、皿に盛る。これはこれで完成。
同じ中華鍋に油を少し足して、芯に切り込みを入れた菜っ葉を油通し。ざっと通して取り出して、戻したキノコも油通し。
これも取り出して、油を油受けに移した鍋に、ペリメニ→エビを茹でた湯をお玉3杯熱し、オイスターソースと塩、酒(※魔導士にもらう)を入れて、菜っ葉とキノコも加え、一煮立て。で、完成。
ちゃっちゃか、ちゃっちゃか作るイーアンが、シャカシャカ鍋を振るって料理を皿によそう頃、ペリメニ後に蒸し始めたシュウマイも揃う。シュウマイは、菜っ葉前にセイロに入れたので、丁度良い時間。
「できた」
はい、と魔導士に三品の皿を並べて見せ『これで取引は良いか』と女龍が尋ねる。可笑しそうな女龍の顔に、魔導士はふんと鼻で笑って、満足そうに頷いた。
着席して食べるのかと思いきや、立ったまんまで・・・エビに手を伸ばした魔導士が、一本摘まみ上げて口に入れる。
ハハッと笑ったラファルも『旨そうな匂いしてるもんな』とマネして、エビの頭を掴み『こうか?』と持ち上げたエビの胴体を食べた。
旨いな、と頬張った大きなエビの感想を聞き、魔導士もどこか柔らかい表情で、取り皿を出し(※空中から)菜っ葉を所望。箸を使って取り分けてあげると、魔導士とラファルは突き匙で食べ始める。
まだエビ出汁・オイスターソース味のスープがある・・・と、鍋を振り返ったイーアンは、余った卵ちゃんをちょいちょい溶きほぐして、スープを熱して卵を流し、これも器によそった。片栗粉ないんだよなーと思うが、なくても美味しい。はいどうぞ、と二人の男に渡すと、彼らはすぐに口を付けた。
食事中。料理で思い出す会話が始まる。似たもの、似た味、その時代―――
魔導士も楽しそうで口調は穏やか、ラファルも普段に比べるとよく喋る。イーアンも食べてくれる人の、喜ぶ顔を見ると楽しい。
楽しさを感じながら、イーアンは『エサイも、好きだった料理が、食べられたらいいな』とちょっと思い、今度会ったら聞いてみることにして。
魔導士の『大したことない、取引』は、砂浜の小屋で静かに続く―――




