2428. 異界の精霊の移動希望 ~『リョーセ・ムンムリク』の力・①エサイの相談
「な、な、なん」
なんだこれ、と言い終わる前に小山から腕が伸びて、イーアンのクロークを摘まむ(※小さい)。
巨人?! 理解したイーアンは、巨大な戦士の冑の前に、ぶらーんと摘ままれた状態で連れられ、大きな顔をガン見。古代の戦士は、古い古い冑と鎧をまとう、あの巨人(※2386話中半参照)。
「あなたも?あなたも一緒に(※裏声)」
少し微笑んだ口元の髭に、イーアンも頑張って笑顔を作る。巨人も一緒?と、若干戸惑うも束の間。
気付けば、彼の足元にも黒犬の群れや、『狼男系では』と思しき半獣半人、風変わりな木や小さい光、火の塊が動いていたり、人に似た小柄な姿や、合成的な動物が集まる。
先ほど水を噴き上げた海面を見れば、人の頭を持つ肩から上が出ていたり(※人魚系)、沖の水面下に妙な影が(※大型系)揺れる。鼻先を掠めた香り漂う空気に気付いて、ハッとして空を見れば、頭上もダルナが何十頭といた。
「目立つー!目立ちますよっ!ここ選んだ意味、ないです」
「移動するか?」
滅茶苦茶目立つよ!と慌てる女龍(※摘ままれ中)に、イングが横に来て、さっと見渡す。
急いで『そうして下さい』と頼む女龍に、了解したイングの片腕が振られるや否や、空中に『王冠』がポンポンポンポン何体も出て来て(※これも凝視)、続く一秒でイーアンは、全く別の場所にいた。
皆さん付き・・・ 『王冠』、いっぱいいるのか、とこれも驚くが。あれだけいたからこそ、全員同時に移動したのも分かった。
一頭でも、全員を運ぶに大丈夫そうな印象があるが、イング曰く『質が違う精霊に合わせた』ようで、水・土・火・気体・影・光、様々な性質に、『王冠』は対応していた。
それは、さておき。移動先は、アイエラダハッドではなさそうな風景で、どこぞの島。
ティヤーかしらと過ったが、位置確認の意味は、この集いにない。目的は、『一緒に今後動く者同士、顔合わせ』。イーアンは早速、本題に入る。
ダルナだけでも、30頭はいる。シャンガマックたちについているダルナは、この中に居らず、あくまで『女龍と一緒に動く』希望のダルナのみ。
「では、シャンガマックたちにも」
「そうなるな。彼らが呼べば、アジャンヴァルティヤ、あの連中はぞろぞろ出てくる」
ふぅん、と頷くイーアンは、そういえばフェルルフィヨバルや、キーニティも見ない、と眺めた。
自分サイド(?)は、顔見知りも結構多く、あの最後に解除したきっかけのダルナもいた。目が合うと、彼は側に来て『変わったろ?』と自分の見た目を指差す。
「お名前を聞きます。良いですか」
「あの時、聞いても答えたよ。リョーセ・ムンムリク」
「リョーセ・ムンムリク」
頷くダルナは、『自分の力は閉じ込めておく力じゃない(※2411話参照)』と話していたが。ここで見せてもらうのも違うので、力の内容は聞かずに、イーアンも『よろしくお願いします』と挨拶で終える。
解除後のリョーセ・ムンムリクは、シマヘビのようなはっきりした黒い線が体の中心・背中や顔、首、手足の後ろに走り、それを引き立たせる濃い黄色と真っ白な、羽に似た長い鱗が体を包む。解除前より、体は大きくなったし、色も然り。
手足が長くなるのは、この世界のダルナとして変化する特徴の現れで、彼もまた胴体から突き出た部分は長く、尾は体の倍近くに伸びている。
象徴的な枝角は、目のすぐ上から突き出ており、吊り上がった目を縁取る黒い模様、顔の黒い線は鼻筋にも下りるので、どこか野生動物のような雰囲気を滲ませる。ここで、ふと関係ないことを思うイーアン。
「あなたは、匂いや音のように、ご自身を示す何かを出しませんね」
「出すよ」
そうなの?と聞き返した女龍に、うんと頷く、人間っぽい仕草のダルナ。
長い鉤爪が一本、すっとイーアンの顔に向き『喉』と言う。喉がどうしたのと、自分の喉に手を当てたイーアンに、彼は怖いことを教えた。
「喉が乾かないか」
「・・・まぁ、そうですね。でも、よく乾く方なので」
「俺が側に行くと、乾き続ける」
「え。何ですって」
調整は出来るけどね、と言うが、それ干上がるってことではと慄く女龍に、『俺は相手の体の時を進める』と続けた。目を見開くイーアンが後ずさるのを笑い、イングが横で『やめろ』と苦笑した。
「イーアンは龍だ。こいつの力は効かない」
「あ、ああそうか。忘れてた。でも喉が渇くって、水分を」
「イーアンは、仮に水分がなくなったって生きているだろう。偶々、体水分が反応しているだけで。お前は血も出ないと」
「はい・・・もう、今は。人間の体の要素は、殆ど私にないと思うし」
「なら、全く問題ない。龍はこの世界の大きな存在で、こいつがどうにかいじれる対象じゃないんだ」
イングに説明されて、一瞬焦ったイーアンも『そういうことなのか』とホッとする。
聞けば、リョーセ・ムンムリクは、相手の体を維持する構築成分の消費を早めてしまう。
同じダルナ相手だと、『魔力消耗ってところか』と、本人も意識しているわけではない様子。早める速度は秒で終わるらしく、相手によっては消滅する。
「消滅。時間を奪われて」
「ちょっと違うけどな。維持する成分の時間を早送りしてるだけだから、奪っているわけじゃないよ。大体は、秒で回復できないだろ?」
鳥肌が立つ能力だが、イーアンは真顔で頷いて『私だって他から見れば、怖い存在なんだし』と自分を引き合いに、恐れないよう頑張る(※干上がる相手=老化)。
「リョーセでいいよ」
軽く名を縮めてくれたダルナに、イーアンは了解して、今後は彼を『リョーセ』と呼ぶ・・・そういえば、キーニティも『自分の力は、龍に効かない』とか不穏な試しをしたし、リョーセもそうだったのかなと、ちょっと思ったが、聞くのは嫌でやめた。
『閉じ込めておく力じゃない』と話していた意味も、本当は気になるのだけれど。魔物退治のために使う・・・と、そう捉えて、敢えて質問はしなかった。
思えば、まそらたち堕天使の能力とも似ているし、対象を大きく定めて使える力なのかもしれない。
リョーセの紹介はここまでで、他、皆さんの紹介が、イングによって促される。
この場にスヴァウティヤッシュはいないが、彼は、この国に残る『自我持ち魔物変換系(※長い)』の最後のお世話をしているようで、後から来るそう。同じ理由で、まそら・ブラフスもこの輪に居なかった。
なので、初でお目にかかる精霊が多く、イーアンは皆さん一人ずつにご挨拶して回った。
これだけ揃うとハリウ〇ドも、びっくりだろうな~と、壮観なファンタジーキャラ勢揃いに、心から感動する。
いや、この世界がファンタジーそのものなのだけど、『異世界の精霊』は、まさにイーアンの元居た世界で、架空の存在とされていた御方たち・・・ これが感動しないでいられようかと、目を瞑って感謝する。人魚のオウラに会った時も感動したのだ。
そのオウラはどこかというと、イングの腰の水槽にはいなくて、海だった。
「オウラは海ですか」
「あれでいいらしい。力がな、発揮しやすいから」
「ああ~・・・解除で」
そう、と頷くイングは、憑き物が落ちたようにさっぱりしていた(※憑き物=オウラ)。でも、『会いたがる時は、仕方ないから会ってやっている』裏話に、やっぱりオウラはイングが好きなのかと、イーアンは納得した。
地上の皆さんは、狼男らしき存在もいたが、エサイやビーファライとは印象が違った。こちらは、もっと人間的な雰囲気。『人間になることもあるか』と訊ねたら、『満月』と、これまたファンタジー好きが喜ぶ答えが戻った(※王道の決まり)。
海は海で。海面すれすれに浮かび、オウラにも挨拶した。一緒に行くわと、笑顔を向けた人魚は・・・『ちょっと変わりました?』見た目が以前と異なった。
「そうかな。こういう模様、なかったかしら」
「なかったですね。きれい~」
有難うと微笑むオウラは、元々美人ではあるが、体中に美しい渦模様がラメのように入っていて、金髪は髪の毛というより、水の流れそのもの。人魚はどこまでも美しいのだと、惚れ惚れする。
オウラと話していたイーアンに、他の人魚もわらわら寄ってきて、少し逞しい男の人魚も挨拶する。
若干、おさかな要素込みの男の人魚だが、元の世界の本にあったようなブサイクではなく、全然かっちょ良かった(※独特イケメン)。
「ティヤーは海だらけです。何千と在る島の間は、確実に海や川が。皆さんに頼ることもあると思います。どうぞ宜しくお願い致します」
頭を下げた女龍に、オウラが頭をナデナデ。人魚の力は、未来の可能性を見たりもできるから、海や水に関係なくても頼ってね・・・と気前良く、快諾頂けた。イーアン、感謝。
未来を見る。ザッカリアみたいだな~と思いつつ、ここでまた『龍境船』が脳裏を掠めた。
こんな具合で、皆の顔を見て挨拶回りした女龍は、巨人が小さくなったのを『挨拶時間終了』の合図とし、皆さんとお別れする。
「私はもう少し、アイエラダハッドにいます。今は南の海岸近くの町ですが、何日かしたら、仲間と一緒に船でティヤーへ渡ります。まだ魔物は出ないそうですが・・・皆さんも、好きな時にティヤーに移動して下さい。魔物退治が始まったら、またお会いしましょう」
それではねと、6翼を広げた女龍が浮かぶ。集まってくれた異界の精霊たちも、それぞれ独自の帰り方で姿を消し、女龍の側にいたダルナたちも、軽く挨拶して消えた。
「イングは?」
「お前と一緒に。今は宿か」
「宿・・・ですね。宿って言うには、お城みたいな」
ドラゴンとお城は似合うかもと、ちょびっと想像したイーアンの思考を読んだか。イングはイーアンに首を傾げ『人間がいない城ならな』と条件を教えた。
この後、イングはイーアンを小脇に抱え、瞬間移動。イーアンの新しい宿泊先、アズタータルへ。
そして、落ち着く間もなく、イーアンは戻るや否や駆り出される。
駆り出したのは、町の水問題に対処していた、ドルドレンたちではなく―――
*****
「ホーミット」
アズタータルの宿、その大きな建物の脇に降りた女龍を呼び留めたのは、影にいた大きな獅子。
「イーアン、お前に話がある」
「私に・・・ はい」
「俺じゃない。エサイがな」
獅子の右腕が少し持ち上がり、狼の面、手甲のようなそれを見せた。エサイが何の話を?と、手甲と獅子を交互に見た女龍の前、からんと面が外れたすぐ、シュウッと灰色の煙が渦巻いた。
「エサイ」
現れた灰色の狼男。その名を呼んだイーアンに、『久しぶりだ』と軽く挨拶した。
その場で話を聞いた、数分間―――
イーアンは話だけで繋ぎ合わせた色々の他、もう少し食い込んで聞きたくて、ちらっと横の獅子を見た。
「ホーミットが、席を外すわけにいきませんか」
「俺に話を聞かせないってのか。エサイの主だぞ」
「はっきり理由を言いますとね。あなたはこの世界の住人ですため、私とエサイがいた世界の『封じられた知恵』について、知らない方が良いと思うのです」
ああ、それか、と獅子は理解したようで、少し考え『若干、離れるなら大丈夫だろう』と遠過ぎない距離間を教え、耳に入れないことを選んだ。
こういうところは、物分かりが良いホーミット。さっさと離れて影に消えた。消えた壁の一画を見つめるエサイは『でも近くには居るんだ』と女龍に言い、小声で話してくれと頼む。イーアンも了解。
「ちょっとね。ホーミットに迷惑かけたくないので。何が迷惑になるか分かりませんから」
「・・・分かるよ。あれだろ、物の呼び方とか」
「そうです。では早速、質問です。先ほど、エサイも遠回しに話してくれましたが、『電気』?」
お読み頂き有難うございます。




