2425. 午前 ~『王冠』と魔力量・南南東アズタータル港湾事務局・火山帯の昔話
ここか、と呟いたダルナの頭一つが下方を見下ろす。首元に乗る剣職人は、『そっちだな』と建物も何もない、空いた場所を教え、ダルナは『王冠』に命じる。
パッと、空中に出た仲間の馬車と馬は、『王冠』によって、大河沿い波止場の端に下ろされた。
「(タ)デカい川だな」
「(トゥ)もう、向かいが海だからな」
「(タ)この前来た時は、眺める暇がなかったから、こうして見ると」
下で呼ばれているのを気付いていつつ。タンクラッドはトゥの上から、アズタータルの川と町を見渡した。
決戦後半、トゥと回った南にここもあったのを思い出す。地名など知らないが、風景は覚えており、ただ、川の幅や町との雰囲気まで気にする余裕もなく、通り過ぎた。
晴れていると、南は、アイエラダハッドであっても青空が広がる。灰色の空はなく、青い空に、白っぽい町、そして悠々とした広い河。支流の川も、すぐ横に沿って走るため、『川』も『河』も、表現にさほど区別しなくて良いが、滅多に見ない大きな水の流れと風景に、美しい場所だと記憶した。
「呼んでいるぞ。タンクラッド。下から俺の姿は見えていないが」
「ということは、俺も見えていないわけか」
「だが、真上にいる、とは思ってるだろう」
そうだなと笑って、姿を見せないまま、トゥに下へ連れて行ってもらい、馬車の側へ降りかけた時、トゥの首が一つ振り向いた。
「度々『王冠』を使う条件。お前が判断しろ」
「ん?ああ、あれか。分かっている。魔力の消費だろ?距離と運ぶ数に、比例して使うから、と」
そうだ、と頷くトゥに、タンクラッドも『問題ない』と答える。
―――昨日の内に、少し説明があった、ダルナの魔力量。
一度に大きい魔力を消費する場合は、その存在が魔法で作られている、『王冠』を使うのが合理的。ダルナは、自分たちが魔力を大量放出するのを避ける。
ヒューネリンガへ船を移動させる時、『一回なら良いが、連続は別の手段』と断った理由(※2373話参照)も、それで使う魔力のために、他の用事が間に合わなくなるような消費は避けたい、とした理由だった。
とは言え、『王冠』を使うにも、考え足らずは無論良くない。
広範囲・大型の対応ができる『王冠』だが、そもそも、国を一秒以内に粉砕するほどの威力がある。命じ方一つで、『王冠』は驚異の兵器。
もっぱら、移動手段のみ使用しているが、慣れによる曖昧さが出ては非常に危ないので、トゥは条件として『慎重』『正確な表現』『明確な行き先』、そして、『自分たちダルナを理解する者において、使用を許す』と伝え、他、『国を跨ぐ使い方への拒否』や、『事故誘発原因の排除』など、細かいことも、タンクラッドに約束させた―――
「じゃあな、トゥ。朝の話は任せた」
「任されるようなもんでもない」
首元から飛び降りた剣職人の『任せた』を軽く往なし、銀のダルナは姿を消し、タンクラッドは馬車の後ろから仲間に声をかけた。
「ドルドレン、人がいなくて良かったな」
波止場の端は人っ子一人おらず、その先の真ん中あたりから反対側にちらほら人影が見える程度。
町は戻っても人は戻らない。その意味を、ここでもすぐに思うが、人目につかずに到着できることだけは助かる。配慮ない言葉でもないが、剣職人の言い方にドルドレンは、ちょっとだけ注意した。
「タンクラッドは、はっきり言うから少し気にした方が良いのだ」
「分かってるよ。で、あいつどうするんだ。徒歩か」
ドルドレンに、後ろのクフムを視線で示す剣職人。頷いたドルドレンも、どうかと思うところ。イーアンは目立つので荷台に乗せたいが、クフムを馬車に乗せないため、イーアンも歩くのかと・・・ 思いきや。
「イーアンは馬車に乗って、私が彼に付き添います」
荷台からルオロフが下りる。タンクラッドとドルドレン、他、皆の注目を集める中、僧侶横に立つイーアンを荷台に下がらせ、自分がと、ルオロフは僧侶クフムの隣を選んだ。
すみませんねぇと謝る女龍の声と、どうせ通訳しますから表で・・・と明るく返すルオロフのやり取りが聞こえ、総長と剣職人は顔を見合わせる。
通訳―― 今は、シャンガマックがまだいるけれど・・・(※ついでに僧侶も通訳のはず)。ちょっと笑った二人だが、ルオロフが気を利かせたので馬車を出す。
横に乗れと、ドルドレンは御者台へ誘い、タンクラッドも彼の横に上がると『思った以上に、貴族らしい』と冗談でルオロフを褒めて笑った。ドルドレンもおかしそうに頷く。
「彼は、彼女が目立つとか、龍とか、そこではなく、女性として見たからの態度のような」
「ありえるな。ルオロフは、ビーファライの時も貴族だったわけで、染みついているのかもしれん」
なかなか面白い同伴がついた、と笑いながら先頭の荷馬車が進み出す。徒歩の二人に気遣って、ゆったり馬を歩かせた先は、最初の目的地・港湾事務局―――
見通しの良い通りに、三台の馬車と馬一頭(※ブルーラ)がのんびり進む。通りもやはり、人は少なく・・・午前でも往来もないし、建物の多さに比べとても少なくて、胸が痛む。
すれ違った人々は、十人程度。『どこからか現れた』ここを怪訝に思われそうだったが。
派手な馬車列に、アイエラダハッド馬車の民が使う馬車も混じっているので、こちらを向いた顔は『ああ、馬車の民か』といった感じで、反応も薄く、見送って終わった。
白い外壁の通りは、青い空の下で光を受けて、爽やかな印象。ルオロフは歩きながら、自分が旅の仲間を守る場面はなさそうだなと感じてた。それくらい、町は穏やかで、話しかける人さえない・・・・・
港湾事務局は、白い壁に青い塗料の直線が引かれた模様があった。
他より少し大きめの建物で、波止場の真裏。
路地から波止場と川が見えるが、少し狭い路地で、前まで来た旅の馬車は、路地の様子から馬車を入れず、その場で停まった。
「ルオロフ。俺と来てくれ」
ドルドレンはタンクラッドに手綱を預けて馬車を降り、ルオロフも彼の側に来た。クフムはポツンと残されたが、荷台の後ろから『こっちに寄っていて』とイーアンの声で指示があり、馬車影に入る。
「総長と私と、もし機構の連絡を先に出すなら、ロゼールも一緒にいた方が良くありませんか?」
「あ。そうだな・・・ 連絡を先に出す?」
鳥文で、と普通に頷く若い貴族に、そういう手があったかと了解したドルドレンは、ロゼールを呼び、ティヤーの出入国管理局宛に出す書類を訊ねた。
鞄から封筒を出しながら、ロゼールは『こちらの身分証明と、特定指定活動目的の在留申請は、鳥で運ばせるに、抜粋しても内容が多い』と躊躇ったが、ルオロフはロゼールが手に持つ書類を覗き込み、ざっと目を通して、何枚か引き抜くと『これだけ先に出しましょう』と提案。
「三枚も?鳥が運べないよ?」
驚くロゼールは、さすがに鳥の足の筒に入らないと止めるが、若い貴族はニコッと笑った。
「いえ、大丈夫・・・ティヤーにも、魔物資源活用機構の概要は一年前に届いていますよね。うん、私もアイエラダハッドで受け取った時がそのくらいですから、同時期だと思いました。
ですから、この三枚の表題と活動目的と、代表者他人数だけ。ティヤー出入国管理局に出して、向こうで書類の照らし合わせと確認を先にお願いします。
アズタータル滞在中に返事を受け取れるか分かりませんが、送迎船の連絡が届くでしょうから、それでティヤーに入国する日にちが定まったら、後日またこちらから鳥文を飛ばす、として。
鳥文作成に若干、時間が掛かりますが、ここで済ませてしまえば、手間は少ないです」
へぇ・・・ ドルドレンとロゼールは何を言い返すことなく、ルオロフの慣れた感じに一任(※丸投げ)することにした。
アズタータルの町は、川の続きの海がもう視界に入っており、水平線に見える陸地がティヤーと分かる。鳥文で何日もかかる距離ではない、とルオロフは路地から見える、淡い青に視線を投げ、それから格子組みの厚い木製の扉を叩いた。
手続きに長く掛かっているドルドレンたちを待つ皆は、それぞれ雑談で過ごす。こんなに何も気負わず喋っている、暇な時間はどれくらいぶりか。
そんなことを、ちらほら言いながら、シャンガマックはザッカリアやフォラヴと、タンクラッドはミレイオと、オーリンは赤ん坊のシュンディーン相手(※荷台の丸太ベッドにいる)暫しの休息。
イーアンはクフムの見張りについているが、特にこれを気にしない。
側にいるにせよ、無言で通す。余計なことは言わず、クフムも話しかけづらいので、だんまり。重い沈黙は、晴れ晴れした空の下で続く。
高級ホテル――― ヴァレンバル公の親戚が経営する宿泊施設は、なるほどあれね、と本当に見て分かる大きさで、イーアンはそちらを見ながら、この後のことを考える。
迷う要素もない、あのラグジュアリーホテルへ入って、クフムを部屋に案内した後は、リチアリを迎えに行く。
彼を草原に戻した次は、ちょっと空へ行って・・・それからダルナたち、異界の精霊と会う予定。これは、タンクラッドのトゥが先に伝えてくれる話なので、行けばすぐ集まってくれる。
ティヤーへ移る際、一緒に行く精霊たちとの顔合わせと言うか。打ち合わせではないけれど、結構な数が付き添ってくれると聞いているため、揃う全員のお顔と性質を知っておく必要がある。
ティヤーで・・・ どんな環境が待っているのか、分からないのだ。
あちらにも精霊はいるだろうし、『原初の悪』のような存在がいないとも限らない。異界の精霊たちがどう動けるか、イーアンの責任ではないにしろ、手伝えるところと守れるところは固めたいと考える。
「あ。ねぇ、イーアン。ちょっと」
「はい?」
考え事をしていると、ミレイオに呼ばれた。何でしょうかと開け放した荷台の扉前に行くと、ミレイオはタンクラッドと買い出しの話をしていたらしく、『アズタータルで両替しておこう』と言う。
「通貨ですか」
「ここは大きい港だし、すぐティヤーだからさ。町に人はいなくても、外貨両替所はやっていそうじゃない。宿に着いてから聞いてもいいんだけど、もし遠かったらあんたに連れて行ってもらおうかって」
「ああ~・・・龍を呼ぶとかではなくて。私が飛ぶのも、目立ちそうですけれど」
「そこじゃなくて、よ。空神の龍と一緒だと、手数料まけてもらえそうじゃないの」
そっち、と頷くイーアンに、二人は笑って『空神の龍がアイエラダハッドを救ったから』と持ち上げる。皆さんで守ったんですよとイーアンは答えたが、まぁそれもあるのかと(※龍効果=手数料なしの可能性)了解した。
『昔は、そこかしこで両替所があったんだけど』と話すミレイオに、イーアンちょっと興味が向く。クフムをちらっと振り返り、彼がぼーっとしているので、このまま話を聞いた。
彼らが若い頃の話だそうだが、港は小さくても大きくても、どこでも両替所はあったらしい。とは言え、それはミレイオたちが回った先のこと。
「今更だけど。地図も大体でしょ?こうして改めてアイエラダハッドに来たら、私が若い頃に旅した順路なんて、ほんとに一部なんだって思うわ。タンクラッドもそうでしょ?」
「全然、違うな。俺は、アイエラダハッドの中部から向こう(※北)は行かなかったし、ハイザンジェルから入れる地域と、ティヤーと海を同じにする地域を旅したから、内陸はほとんど知らなかったと」
ハハハと笑う親方とミレイオに、イーアンはふぅんと頷く。二人とも、世界を旅した話だったが、言われてみれば。
この世界の地図は手描きだし、親方たちが回った期間を照らし合わせれば、行けた範囲は『行ける範囲』かと納得する。それでも、この二人はあちこち旅した方だろう。今や、空も飛べる移動が可能だから、昔を思い出して笑ってしまうのも分かる。
「行った気になってたのよねぇ。実際、旅はしてるんだけどさ」
「龍で飛ぶとかな。ダルナがいるとか。こんなに世界中動けるようになると、いかにちっぽけだったやら」
カッカッカ・・・ 笑い飛ばす、若い頃の旅路。さばさばしている二人に、イーアンは一緒に笑うわけにいかず(※無理)。思い出話と現在の比較の複雑さに、無言で頷くのみだが、ここで話は重要なポイントに触れた。
「そう言えばさ。オーリンに懐いた船。リチアリの。あれで思い出したけど」
荷台に座って組んだ足に、前屈みになるミレイオは、ちょっと声を落とす。クフムに聞こえないように配慮しているので、イーアンも背を屈めて近くで聞く。
「あの火山帯の渦・・・渡航船、まだ出ているのかしらね」
「あるんじゃないのか?ただ、魔物がいたからな。休航しているかもしれん」
ミレイオと親方の交わす言葉に、イーアンはドキッとする。ロデュフォルデン―― 忘れた頃に持ち上がる、この話題。またここで私たちは、龍境船とロデュフォルデンに近づくのだろうか、と。
「あ。戻って来たわよ」
続きは宿でね、と微笑んだミレイオに、イーアンは続きを聞きたいとお願いし、事務所から出てきた三人を迎える。
ルオロフが抜かりなく手続きをしてくれたおかげで、いろいろと先に用事を済ませられたとドルドレンは話し、ロゼールもルオロフ・ウィンダルの威力に驚かされたと、本心で褒めた。
事務局で手続きしたそれだけが、何を見せたのか。詳しく話される前に、少し照れるルオロフは『では次へ』と流した。
ロゼールも馬に乗り、クフムの横にまた並ぶルオロフ。
歩かせるつもりはなかったな、と荷台に足をかけて、振り返ったイーアンに、ルオロフはニコッと笑って『体力はあるんですよ』と察した一言を伝えた。
ルオロフは・・・狼男のままだったら、アイエラダハッドから出られなかったのかもしれない。
だから、人間の状態で自由を許されたのかなと、イーアンは彼に少し微笑み返して荷台に入る。
馬車はそのまま真っ直ぐ、どの建物より煌びやかな宿泊施設へ。
お読み頂き有難うございます。




