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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悲歓離合
2424/2963

2424. 旅の三百四十八日目~ 朝食の席・出発準備・『王冠』移動

※明日11日の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願い致します。

 

 もやもや問題を抱えて、夜更けに戻ったイーアンは、部屋に入り(※すり抜け物質置換)、起きたドルドレンに労われ、短い挨拶を交わすと、すぐ眠りに就いた。とはいえ、『夜通し続く』悩みは、夢の中に持ち越し。


 話もなく眠ったイーアンは、悩んでいる・・・これに気付いたドルドレンは、明日に話を聞こうと思いながら、布団をかけ直す。



 決戦終了後、イーアンは『小石がなくなった』と話してくれた。小石(それ)がないと、彼女の動きに大幅な制限―― 龍気の限度が掛かる。昨日も今日も思うに、小石を求めて空へ行ったのだろう。


 白い筒三回、その三回目の『龍の爪痕』は、男龍もいたからとはいえ、イーアンの大規模な爆発を引き起こす龍気あってこそと、何度も間近で見てきた壮絶な破壊力から、ドルドレンも想像した。


 彼女に、『これまで使えた()()()龍気』がない今後を考えると、本人が一番不安だろう・・・ 自由に動けるといいなと、女龍を両腕に抱えたドルドレンは、彼女が小石を持ち帰らなかったことを、気の毒に思った。



 翌朝。


 朝食の時にまだ獅子は戻っておらず、シャンガマックは皆と一緒に食堂へ行き、そこで食事を貰う。


 お父さんから連絡があり、もう少しで戻る話だったと、総長に報告した彼は、ちらっと部屋の端にいる僧侶を見て『食事は一緒なのですか』と小声で訊ねる。

 僧侶が同室している時点で、イーアンの話と違う・・・そう言いたげな視線を受け止め、ドルドレンは考える。


『イーアンが見張っている。館を今日出るから、彼も同席させて聞かせる』食事は別だと思うぞと、耳打ちで付け加えた総長に、シャンガマックはきょとんとして『でも、皿を持っていますよ』とクフムを見た。クフムは食卓に置かれた、重なる皿から一枚を手に・・・・・


「あれは、彼が()()()持っただけでは」


 冷静なドルドレンの横で、眉根を寄せたシャンガマックだが、一秒後に本当だと思った。

 部屋の奥にいたイーアンが、すたすたクフムの側へ行き、定型文の挨拶で話しかけつつ、皿を取り上げる様子に、離れた場所でミレイオが吹き出していた(※僧侶困惑)。


 イーアンは淡々と『話を聞いたら部屋に戻って下さい』『今日は出発で、準備と行き先説明もあるため、よく聞いておいて』と、クフムから取った皿を、自然体で後ろの食卓に戻し、戸惑う僧侶を見ず、食卓端に置かれた箱(※配給入り)を一つ、すっと引っ張り寄せ、それを彼の腕に乗せる。



 流れるような、実に見事な嫌味のない、『()()()()()から』の態度・・・・・


 苦笑するドルドレンに、シャンガマックは若干僧侶に同情しつつ、つられて苦笑した。二人の後ろにいたオーリンも横目で見ていたが、『イーアンは徹底しているからね』と一言残し、席に着く。


 ここに、ルオロフとリチアリはおらず、ルオロフはゴルダーズ公たちと、もう少し財産譲渡の話を進めるようで、後から報告の段取り。リチアリは今日帰るので、ゴルダーズ公たちとお食事なのだとか。


 序にシュンディーンも、この場にはいない。肉じゃないなら要らないと、理由はそちらだったが。

・・・若者の姿に何かありそうで、ミレイオはすんなり了解した。


 クフムに舐められたくないシュンディーンは、ずっと大人の姿で気を張っていた。後で、馬車から干し肉を持ってくると約束したので、シュンディーンは部屋にいる。



 僧侶が何を意見することも出来ず、立ちっぱなしを無言強制された状態で、全員が着席し、『移動』の予定をお浚い。

 出発は、朝食後に馬車の積み荷を整え、終わり次第『()()』でアズタータルへ向かう。



『王冠』の使用は――― 


 最初にこの案が出た時は却下だったが(※2418話参照)、続く午後の話し合いで、タンクラッドの意識に割り込んだトゥが、『()()()移動なら使ってやってもいい』と申し出てくれた。

 タンクラッドが幾つか条件を確認し、それを踏まえて仲間に伝えたところ、勿論あっさり頼られた。


 いいの?とイーアンは気にしたけれど、ダルナが自ら『良い』と言い出したこと。イーアンもしつこく、否定はしなかった。



 ということで。

 出国はアズタータルから、ティヤー往復船に乗るが、ヒューネリンガからアズタータルまでは、『王冠=一瞬』。現地に到着したら、港湾事務局に行く。


 馬車三台と馬のブルーラを下ろすに良い所も、地図で教えてもらい、そこから事務局は波止場続き。急に現れる馬車に驚かれても、ルオロフが対応する分には問題ないらしい。


 ルオロフは、ヴァレンバル公の手紙と地図、その他証明するものを持参し、港湾事務局で申請したら、次はヴァレンバル公の紹介先へ移動。


 事務局から遠くない距離に、ヴァレンバルの親戚が管理する宿泊施設―― イーアンは内容を聞き『ラグジュアリーホテル』と理解した ――があり、『行けば遠目で見える』くらい目立つそうなので、迷わない予定。



 本日の予定、ここまで。出発して一瞬なので、あとは現地でどうなるか、だが。何かで時間を取るにしても、ヴァレンバル公も鳥文を出してくれた後で、ウィンダル家の案内付きとなれば、人間相手に心配も要らない。


 船待ち期間の宿泊施設は、隣接で貴族の別荘があり、多分、部屋の用意が出来次第、そちらへ移るだろうとヴァレンバル公は話した。


 こればかりは、人も必要・・・要は、建造物と通り、街並みが戻っていても、死んだ人々・・・従業員や召使は生き返らないし、食糧もここと同じ状態、と言いたかったよう。

 それについてはドルドレンたちも、無理はさせたくないと答えた―――



「ここまでで、質問か懸念はあるか。一晩経って、思い出したことなどは」


 ドルドレンが食事前の席で話し終え、一同を見渡す。皆は特に何も意見ナシ。あっても、行く道で確認する小さなこと。クフムはじっと、背の高い総長を見つめていたが、視線が一度合ったものの逸らされて終わる。離れた席に座るフォラヴは、クフムを一瞥もせず。


「では、食事にしてくれ。終わったら、表で馬車の準備だ。食糧はないが、水の補充は井戸を借りられる。シャンガマック、昨日の()()置いていくのだな?」


「勿論ですよ」


 たくさんあったから(※魚)と真顔の総長に、可笑しそうに笑みを浮かべ、褐色の騎士は『またどこかで獲りましょう』と控えめに答えた。


「じゃ。お先に食べていて下さい。クフム。二階まで一緒に行きます」


 カタッと座っていた椅子をずらし、イーアンが立ち上がって僧侶の側へ行く。え?と皆が見送るのを振り返らず、女龍はクフムの僧服の袖を掴んで食堂から連れて行った。



 看守のようだ、と囁き合う皆の声など聞こえないイーアンは、特に無表情でもないし、微笑みが出ないわけでもなく、クフムに態度で『お前は違う』ことを淡々と教え込む。



 ――あなたの馬はティヤーで買うから、国内は私が移動に付き合う。何があっても、下手に騒がないように。配給はここまでで、アズタータルに着いたら、食料買い出しは一緒に来るように。お手洗いその他で離れる際は、周囲に一言断る。他、常識的な動きを心掛けて――



 すっかり元気の失せたクフムは、『私は嫌われているんですか』と遣り切れない質問を呟き、部屋の扉を開けた。イーアンは彼の背中に『好かれる理由がありましたか』と質問で答え、食後にまた来ると言い残し、扉を閉めた。



 *****



 イーアンは、アズタータルの町で宿泊施設まで着いたら、一旦ヒューネリンガへ戻る。これは、仲間には話してあるが、クフムには言わなかった。リチアリを馬のいる草原まで連れて行くためで、クフムに言うようなことでもない。


 ただ、食後に皆が動き出し、クフムもイーアンが横にいる状態で、何をすることもなく馬車の忙しそうな準備を眺めている間、度々イーアンが話しかけられては、『こちらへ戻る際』『もう一度来た時に忘れ物があれば』などの戻ってくる前提の会話をこなす様子に、何となく気付いた。


 でも、気付いたからと言って。 クフムはそのことを雑談にするつもりもないし、まして逃げる気もないし。


 思ったことは、『完全に自分は蚊帳の外』であり、『本当に道具でしかない』認めであり、それは不満ほどはっきりした感情ではないにせよ、受け入れるには複雑だった。



「言葉の問題ですが」


 不意に、馬車の付近で数人がこちらを振り向き、クフムが自分のことかと顔を上げた後ろで、『あ。はい』と背後の壁向こうから返事がした。返事をしたのは、赤毛の若い貴族で、馬車と反対側で書類の準備をしていた人。


 クフムとイーアンの横を素通りしたルオロフが、馬車にいるシャンガマックと職人たちの側へ行き、笑顔で『そうですね』と答えている。シャンガマックが何度か、ティヤーの言葉で話しかけると、ルオロフも躊躇うことなくさらさら会話を続ける様子・・・・・


 ぼうっと見ているクフムの横で、イーアンは僧侶をちらっと見て、彼の心境を考えた。


 クフムは通訳も兼ねている。そのつもりではあるが、ルオロフもティヤーの言葉を話せると昨日聞いた。シャンガマックは、朝にでも、ティヤー標準語で彼と練習の会話をしたいと話しており、それがこの場面。


 さくさく話す二人は、取り巻きの職人やロゼール、フォラヴ、ザッカリアにも『すごい、心強い』と笑顔を生む。


 シャンガマックはいつ抜けるか分からない(※お父さんと拘束期間)ので、ルオロフがこのくらい話せるなら大丈夫、とそうした実演紹介でもあり、ルオロフはルオロフで『すごいですね!ハイザンジェルで学んだのですか』と、褐色の騎士の達者な発音や、無駄のない正確な言葉に驚いていた。


 シャンガマックは笑って『知っていたのもあるし、魔法の恩恵もあるし(※お父さんとおそろいの指輪)』と少し謙遜し、ルオロフに『では頼んだ。どうぞ、俺がいない間は、()()()()皆のために言葉を伝えてほしい』とお願いする。



 この一言・・・ シャンガマックらしい、とイーアンは頭を掻く。


 あの爽やかな笑顔。あの濁りのない、お願いの仕方。他に目もくれない、真っ直ぐな信頼。

 皆も笑って『頼むよ』『頼もしい』『安心』と、ルオロフ万歳・和気あいあい状態・・・別に良いんだけど、こっちまで聞こえちゃってるなー。


 イーアンは、真横でじわじわショックを受けていそうな僧侶に『クフムは()()()()()だから』と、連れ回す絶対的な目的を伝え、寂しく俯いた僧侶は返事ではなく、溜息を落とした。



 *****



 そして、旅の一行は見送られる―――


 クフムと女龍は馬車の荷台に触れた状態で、クフムの片手をイーアンはガッチリ握る。ルオロフ含め、皆も馬車に乗り込み、ロゼールはドゥージの馬に乗って、その手綱端を、オーリンが御者台から手を伸ばして掴んだ。

 荷馬車はドルドレンが御者、寝台馬車はミレイオ、食糧馬車はオーリン。タンクラッドは乗らず、地面に立つ。



「誰も離れていないな?」


 先頭の馬車のドルドレンが確認し、全員がまとまったのを見てから、近くにいる貴族二人とリチアリ、それと貴族の従者や世話になった召使たちに顔を向けた。


「仲間が長く世話になった。本当に有難う。俺たちにも居場所を提供してもらえたことを、心から感謝する。あなた方の無事を祈る」


「いいえ、総長。無事を祈るのは私たちの役目です。ヒューネリンガに、この私の館を選んで下さって有難うございました。町も戻して下さって・・・ 感謝の言葉もありません。あり過ぎてどういえばいいか」


 ハハハと笑うドルドレンは、ヴァレンバル公の寂しそうな笑顔に『後でイーアンが来るから、またその時に』と添え、ゴルダーズ公に視線を移す。


「あなたと再会できるとは思わなかった。あなたのような人物が、この国を支え導けるのだろうと俺は思う。貴族の時代は終われど、あなたもヴァレンバル公も、アイエラダハッドを建て直す。出会いに感謝して、今は別れよう」


「勿体ないお言葉です。総長、どうかフォラヴに宜しく」


 最後までフォラヴ重視の冗談にドルドレンが笑い、ゴルダーズ公も笑う。フォラヴは荷台で聞こえたが、苦笑して顔を見せるのは控えた。生き延びた貴族に、この先、彼を求める人々が慕うようにと祈って。


 そして、従者や召使たちにも挨拶を短く伝え、最後にリチアリに微笑んだドルドレンは頭を下げた。


「リチアリ。素晴らしいお守りを有難う。精霊の栄えあれ」


()()があなた方の役に立ちますように。私が必要な時はいつでも探して下さい。精霊に導かれた、世界の旅人よ」


 笑顔で送り出す、先住民のリチアリ。彼の行く手が精霊に守られ導かれるように、ドルドレンは呟いて祈り、それからタンクラッドを振り返った。頷いた剣職人が真上を見たのと、同時。



 きらっと陽射しを撥ね返す、大きな双頭の影が空に浮かぶ。見上げるタンクラッドが片腕を上げた一瞬で、ダルナはひゅっと彼を攫って空へ舞い上がり、真横にぽんと丸い影が現れ(※『王冠』)、貴族たちがそれを見たのも束の間―――


「消えてしまった」


 一秒前、目の前にいた、馬車と馬は何一つ残すことなく、ヒューネリンガの丘から風の如く消え去った。

お読み頂き有難うございます。

明日はお休みします。どうぞよろしくお願いします。

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