2423. 撒沙の如し知恵 ~①獅子とエサイの夜・魔導士ティヤー移動・女龍の小石と過去の書庫
おい、と獅子は振り向いて呼びかける。横に立った狼男に『これもか』と確認させ、頷くとそれを消した。
「これ。いつまでやるの?」
灰色の狼男は飽きている口調で終わりを訊ねる。獅子は、『お前の嫌気の限界』と素気無く返事をし、狼男は軽く溜息。
「どれだけあるんだか・・・ まだ、最初の島、二つだよな?ここ、島だらけなんだろ?」
「そうだ」
「全島にあるとは思わないけど、先に片付ける理由がさ。理解し難いんだよ」
『何がだ』と睨むデカい獅子に、エサイは頭を掻いて『だって、イーアンたちが来るのに』と、顎をしゃくる。しゃくった方に―― ヨーマイテスに消されて塵も残らずだが ――消された機械があった。
「俺が連れ回してるのが全部じゃない。俺が知った所、だけの話だ」
獅子の答えに、エサイは唸る。それ、結構あるってこと?とぼやくと、獅子は『次だ』と返事を変えて姿を消した。エサイも続き、時空移動に付き合う夜。
―――シャンガマックを連れてはいけない、時空移動。
獅子面を取り上げられた息子連れでは出来ない、ヨーマイテスの行動。
船の動力云々の話を聞いた後、呪われた町(※2197話参照)の『知恵』の名残りが、ティヤーで足を引っ張ると予測した獅子は、先に潰せるだけ潰すことを選んだ。
そうでもしないと、いつまた面倒が降りかかって、思い通りにいかないか知れない。
ただ、悲しいかな。息子同伴は難しかった。エサイは自分にくっついている道具で、都合の良いことに『滅ぼされるべき知恵』を知っていた。だから、彼には付き合わせている次第。
質の違いくらい、ヨーマイテスにも見抜けるが、エサイの方が慣れで確実。
彼の以前の世界には、これが普通だったと言うくらい、どこもかしこも『封じられた知恵』だらけと聞いたため、狼男を連れ回しての、ティヤー巡業である。
「一日に何ヶ所、とか決めてある?」
次の場所で、狼男がまた質問。そちらを見ず、獅子は吐き出す息と一緒に答える。
「お前次第って言ったろ」
「ああ~・・・あのさ、こう、細かいのもあるとね。俺が思うに、かなりの数が出回ってそうだよ」
「・・・なら、もう少しやって、明日だ」
バニザットと、何日離れないといけないのか。それを思うと、とっとと片付けたいが、ヨーマイテスはエサイの言葉に舌打ちしながら、数日に分けることにした。キリがないとまでは言われないが、『数がある』と察しを付けられては。
行くぞ、と次の場所へ動く獅子。付いて行くエサイは、従うしかないけれど複雑。
ティヤーと呼ばれる国は島だらけで、今は島の二つめらしいが。最初も次も、着いた先の神殿で見た物は、電気を使っていそうな代物だった。
ただ、『多分その目的だろう』と感じるだけで、本当に電気を使えているのか、分からない。見た時点では、稼働していなかった。他に、電気を作る装置と思える道具など。
これがどう、ではなく。エサイが思うところは『神殿以外に出されていないなら、まだしも』の部分。
こうしたものは、大枚を叩いて買うやつがいそうである。
どこの世界だって、同じ罪の臭いで染まる輩はいるのだ。科学を封じた世界とは見当をつけたが、その科学紛い、いや・・・科学出だしって感じの微妙な道具が、ちょこちょことある様子に、これは全土にまき散らされていそうだとも思ったし、それであれば地道に潰すより、『一斉に潰す』方が良い気がした。
「それは、イーアンだろうな」
ボソッと呟いて、出来ればイーアンに話したいと、エサイは思うまま・・・ 強引な主人の獅子に、付き合う夜。
*****
その頃。同じティヤーの奥、中心に近い島の一つ―――
「ここも、あんたのか」
メーウィック姿のラファルが、夜の海と島を眺め渡す。そうだと答えて、魔導士は指を鳴らす。パキッと音が響くと、何もない海辺の砂浜に、パッパッと壁や建物や天蓋が現れた。
魔法使いに、魔法みたいだと言うのも気後れするが、つい言いたくなるラファルは、ちょっと笑って『毎回驚く』と控えめに褒めた。
見慣れているようで、見慣れない。魔法も、以前の世界も、境界線はあって・ないようなものか、とこうした場面の入れ替わり時には感じる。
何言ってんだ、と軽く流され、魔導士は宙を引っ掻くと食事と酒を出し、煙草を銜えた口に、指先の炎を近づけて、煙を上げる。
「バニザットが魔導士で、すごい男だとは知っててもな。まじまじ、思う瞬間があるよ」
「そうか?慣れないんだな」
「慣れてきたけどな・・・育ちってのは、どこかで現実の比重を保ってるんだろう」
現実とは、科学か魔法か。ラファルは、現実の下敷きから目を逸らした時間のない人生を歩んだ。それがこんなに、もう何ヶ月も魔法やらファンタジーやらに、どっぷり浸かっていても・・・意識には『非現実』に捉える瞬間がある。それの方が奇妙だな、と自分に可笑しくなりさえするが。
「なぁ。お前の現実だが。もしお前が元の世界に戻れるとして、そうしたら、どっちを選ぶんだ」
魔導士が、不意を突く。家の外で、まだ部屋に入る前の玄関前。壁に寄りかかったラファルは、組んだ腕の上で頬杖をついて、『こっちだ』と夜の海を眺めて呟いた。その声はどこか明るく、メーウィックの横顔に笑みが染みる。
そうか、と答えたバニザットは、扉を挟んだ反対の壁に背を付けて、『食えよ』と紙包みの食事を手渡し、波打ち際の砂浜を前に、二人は家に入らず、暖かな海風を受けながら暫くそこで話した。
*****
イーアンは、夜も半ばにイヌァエル・テレンへ飛び、どうにかしないといけない問題を交渉に行く。
「小石が壊れた私は、この状態、制限付きです。これから、世界の魔物退治後半。ザッカリアもいなくなって、ルオロフは動けそうだけど、お荷物(※クフム)もいるのに・・・龍気の心配して、しょっちゅう留守なんて」
ムリムリ、とイーアンは男龍の家へ向かう。
ビルガメスに手っ取り早く交渉して、小石を貰おうと思って。だが、やっぱり邪魔は入るもの。
今回のアイエラダハッドで協力したルガルバンダは、彼女が空に来たのを察知したすぐ、待ち構えており、ビルガメスの家手前で現れた。
夜なのに、なぜ。イーアンは、立ちはだかる薄緑色の男龍に溜息。溜息をつかれた男龍は、心外とばかりに眉を寄せ、『その態度はないだろう』と注意した。
「ルガルバンダ。単刀直入に、大急ぎです。私は小石が必要ですから、ビルガ」
「俺に言え。俺は中間の地へ降りられる」
「えー・・・それは、『あなたが手伝う』の意味ですね?小石が必要なのは、『私が一人で対応する際』でして」
「イーアンは、頼らなさすぎるぞ。全然、頼らない」
だって、と思うイーアンの言い分は通らない。『滅多に地上へ降りない男龍』を当てには出来ない・・・『頼れば100%来る』なら、まだしも。時と場合で、放っておかれるイメージの彼らに、むざむざ頼る気もない。
ここで、真夜中なのに、ファドゥも来て(※子供部屋担当)『ビルガメスたちも、もう知っているよ』と苦笑いし、続く言葉に『龍気がなくなって、ミンティンに運ばれたから』用事はお見通し、と言われた。
イーアンは昨晩もイヌァエル・テレンに来たが、ザッカリア付き。ザッカリアが旅を一時退場する話で終わり、後は龍の島にいたため、小石の件には触れず。男龍は、『次に一人で来た時がそうだろう』と見抜いていた(※当)。
そして、ルガルバンダたちが行く手を阻んだ、この状況―――
要は、ビルガメスも承知済みのイーアンの願いなので、『ルガルバンダが答え』とばかり、早い話が『小石お断り』と理解する。イーアンは、銀色の男龍の寂しそうな微笑みから目を逸らし、ルガルバンダの『頼れよ。応じるから』の伺いがちな視線に困った。
少し押し問答はしたが、イーアンは今夜は諦めることにして・・・どうして、なんで、と慌て出した二人の男龍にサヨナラし、温和にお別れを選ぶ。
「イーアン・・・俺を信用しているだろ?」
「しています。でも、そこではないのですって、最初に言いました」
「私は速いよ。タムズよりも速く、中間の地に降りら」
「ファドゥ、分かっています。でも。話は、また今度にします」
イーアン、と背中に声を受けながら、イーアンは早々引き下がった。
追いかけてはきたけれど、女龍も速度を落とさず、ちょっと微笑んでは首を横に振って、彼らの追走を引き離した。イヌァエル・テレンの境目で二人は止まり、ちらっと肩越しに見た女龍は、そのまま・・・・・ 雲の中へ。
「怒らせたのかな」
呟く銀色の男龍に、雲に消えたそこを見つめ続けるルガルバンダは、溜息で返す。
「怒っていないだろう。哀しそうだったが」
「『小石』は、私たちを頼るより、容易いから?私たちが足手纏いではないよね?」
「ファドゥ。ズィーリーよりは、イーアンは男龍に頼っている方だ。ただ『頼る』のも・・・彼女たちの立場では、遠慮するのかもしれない」
人間の思考というかね、とルガルバンダは息子のファドゥに寂し気な微笑みを向け、ファドゥも肩を落とした。
頼ってほしい。何度そう話しても、イーアンとはどこか、溝が開いたままのような気がして、ファドゥにはそれが辛く感じられた。母のために手伝いたいと思った、遥か昔の記憶が、今、自分が動けるようになっても叶わないこと。
そんなファドゥの心を知るルガルバンダは、少し夜風に吹かれた後で、一緒に子供部屋へ行き、『小石ではなくても』と、『イーアンが、自分たちを頼る方法を考えよう』と前向きな思案に話を変えた(※とりあえず、恋心はある)。
―――意外にも。 このルガルバンダの方法は、功を奏す。それは、お互いにとって。
*****
そう。イーアンは、小石以外の方法と言えば、魔法しかない状態を懸念していた。あれだって龍気がいるのに。
龍気を引き寄せる魔法を、始祖の龍もズィーリーも習得していた話を聞いたが・・・・・ 始祖の龍は、何でもあり、本物の最強だったから、疑問もない。でもズィーリーは『小石』もなければ、『イヌァエル・テレンへ行く』こともほぼなかった人。
その彼女が、龍気を補充していたのは、ルガルバンダに教わった、始祖の龍の絵から成る、魔法だけだった。
「書庫で調べるしかないんですよね。で、この書庫も、ですよ。これ、アイエラダハッドにしかないの?」
空から降りて向かった先は調べもので、イーアンの城―― 夜の暗さにほんわりと白い輝き放つ、幻想的な美しい書庫で、自分の角の発光も併せて、あれこれ調べては、本を棚に戻すイーアンは、一冊戻してからくるっと見渡して、眉根を寄せた。
「ティヤーへ行った後、私は一々、戻るのだろうか。イングや誰かに頼んで、瞬間移動で近くまで連れて来てもらうことは出来るけれど。でもここの時間は曖昧で、送迎のために待たせるのもいけませんよ。どうなんだろう、書庫」
考えて、調べて、関係する項目だけ、ズィーリーの記録も、少し読ませてもらって。
イーアンはパタンと本を閉じる。ゆっくり深呼吸し、真夜中の書庫に差し込む星明りを、大きな縦長の窓から見上げた。
「駄目だこりゃ」
ズィーリーがルガルバンダに教わった方法を使い、龍気を地上まで引き込んでいたのは不思議ではないが。その回数たるや。
「あー・・・何が何でも、ルガルバンダは避けて通れない、ということですよ。始祖の龍は例外。彼女は、創始者だからですよね。うー・・・ぬぅ~~~ ビルガメスではないのね。ここはルガルバンダ。うぐぅ。引き離したのに~」
空に上がらない女龍ズィーリーに代わって、その役目を引き受けた、献身的な恋する男龍ルガルバンダ。ここへ来て、彼が重要ポジションと知ったイーアンは、ギューッと目を瞑って『仕方ない』と、自分に言い聞かせた。
・・・小石さえあれば。タンクラッドがまた見つけてくれたら!(※ここ掘れワンワン)
とりあえず、タンクラッドに相談しよう、と額を押さえたイーアンは書庫を後にする。親方で無理そうなら、諦める=男龍に頼るよりない。
魔法魔法と、言ったところで。 ルガルバンダにその自覚があったか分からないが・・・彼がいてこそだった事実。そう読めた、ズィーリーの記憶と記録の綴り。
「よく考えてみれば、そうです・・・ 最初に気付いても良かったんだ。ルガルバンダが、なぜ『始祖の龍の島にある絵』を、中間の地にもあることや、崩すと違う使い道があるのを知っていたか(※2046話参照)。
あの時は、ズィーリーが使った話に気を取られて・・・直後に、小石もタンクラッドが手に入れてくれたから、そこまで思わなかったけれど」
龍気引き込みが、まさかの、ルガルバンダ経由とは。
お読み頂き有難うございます。




