2422. 『龍境船』模型の役目と、アムハールとオーリン・宝情報・シャンガマック考察の夜
部屋で話しましょう、とイーアンはオーリンを見た。
三人の頭上、天井までの間に、陽射しを受けて淡く光る、白い模型船は、大人の腕ほどの全長があり、帆柱はあれど帆は持たず、龍頭の船首を持ち、船尾は鱗の尾のような模様があった。
ふわふわ浮いているけれど、材質は木製か草製で、植物を使った工芸である。どう見ても、浮くわけのない重さがあるだろうに、それは羽より軽そうに空中の一つ所で、まるで進む船のように自由に揺れる。
「階段の踊り場は、高さもあるし、イーアンに見せるには、丁度良い光加減だと思って」
神秘的でしょう、と微笑むリチアリに、イーアンもニコッとして頷く。オーリンは微笑みも頷きも出ず、ただただ、少年時代に眺めて過ごしたあの船(※1415話参照)と、ここで会うなんてと驚きに包まれる。
オーリンがここまで戸惑っているのは珍しく、ちょっと気にしたイーアンは『部屋に行きましょう』ともう一度言った。
黄色い瞳が女龍を見て『これ、あれだぜ』とようやく一言。その指差した船は、なぜか舳先をくるーっと回し、オーリンの指先に船は降りて来た。
「うお」 「え?何で」 「おや・・・ さて」
指差した手に近寄った船は、両手で止めようとしたオーリンの手に触れ、ピタリと止まる。イーアンもリチアリも驚き、リチアリはオーリンを見て『あなたは人間ですか』と、急に種族を訊ねた。
「俺?一応、人間じゃない。おかしな言い方だけど」
「話していなかったかも・・・彼は、龍の民です。人に近いけれど、彼は事情で地上にいるだけでして、普通は空から出ない種族です」
答えたオーリンとイーアンに、リチアリは何やら合点がいったか。龍の民と紹介された男を見つめ、ゆっくり頷いて『精霊との接点はありますか』と質問を変える。
これにイーアンは首を傾げてオーリンを振り向き、イーアンの視線を受け止めたオーリンは、『精霊の面か?違うか?』すぐ思い出せることを答えたが、リチアリは首を捻る。
「龍の種族で、精霊の道具を使う人」
「でもそれ言ったら、イーアンのこの青の布(※アウマンネル)も精霊だぜ。女龍が精霊付きの方が、効果大きそうだ』
「空神の龍が、精霊の道具(←誤解:アウマンネルは道具ではない)。ふーむ。でもあなたも、お面を持っているんですね」
「そうだけど・・・仲間は、大体が精霊の面を受け取ってるから、部屋に入れば、皆にも反応するかもな。船が懐いているのは、今だけとか」
懐いている、と聞いて笑ったリチアリは、『ではそのまま部屋へ行きますか』と、冗談を言ったオーリンに船を預け、模型船はゆらゆら、オーリンの手元付近から離れず、イーアンはそれを『ワンちゃんみたい』と思った。
部屋に戻った三人が、待っていた皆に一斉に質問されたのは、思ったとおり『船』の模型。
イーアンは真っ先にザッカリアと目が合い、彼のレモン色の大きな瞳が船に―― 普段以上の ――反応を示したのを見逃さなかった。ザッカリアは、女龍とオーリン、船を順々に見てから、横に立つ先住民のリチアリに『あなたの?』とすぐ聞いた。
「そうです」
「どこで手に入れたの」
「今からお話します。船は・・・ルオロフへの土産と思ったけれど、どうもオーリンさんが好きみたいだから、あなたたちが使うのかも」
ザッカリアの返事に、オーリンとリチアリの視線が合い、視線は龍の民の側から動かない船に移る。
「懐いていますね」 「そうみたいだね」
ハハッと笑う二人に、イーアンもおかしそうに首を傾げて『何でだろう』と背を屈め船を覗き込む。それから、側に来た精霊の子を見上げ『シュンディーン、じゃないのですね』と、その区別にまた不思議を思う。
リチアリは先ほど見て気になっていた、一人だけ肌の色も姿も異なる若者の顔を見て『彼は』と言いかけ、『精霊の子よ』とミレイオが即答。
そうだろうと思ったリチアリは頷いて、『精霊に会えて嬉しい』と微笑むと、シュンディーンは大きな青い瞳を真っ直ぐ向けて、むくれた溜息。反応が悪いので、皆が彼を見ると、シュンディーンは船とリチアリを指差す。
「クフムなんか要らない。ルオロフと、リチアリが一緒なら良いのに」
「あ・・・あははは!気に入ってもらえましたか!有難うございます」
笑い出したリチアリは、『クフム』が誰か知らないけれど(※隣室で爆睡中)精霊の子に気に入ってもらえて嬉しい、と礼を言った。
シュンディーンのクフム嫌いっぷりに苦笑する大人は、それはそれとして、オーリンから動かない船に興味津々。
「気にしているようですから、船について説明します。私と同じ精霊の部族で、広範囲を遊牧する民がいます。彼らのところを訪れたので、これを貰いました。
私は占い師ですし、私が受け取るのは問題なかったのですが、でも私はこの道具に、もっと良い使い道があると思いました。
それは『必要とされるところに渡す』と結論が出て、恐らく、所持するにふさわしく、進む道を常に確かめる、大きな運命に動く人たちだろう、と」
「ちょっと、話の腰を折るぞ。お前、これを貰ったのにいいのか?浮いてるのもだが、貴重だろうに」
タンクラッドが口を挟み、リチアリは尤もと頷く。『いいのです。作り替えるということで、私が貰ったから』と、引き取った経緯も教えた。
「作り替えた後、効果が消えるまで長いです。幾つかの仕事を果たした後、船は新しく作られ、古い船は徐々に効果を緩めながら、いずれ動かなくなります。そうなったら、火を焚いてくべて、燃やして灰にし、風に任せるのです」
「へぇ・・・空に返すみたいな」
ぽそっと呟いたオーリンに、リチアリも『そうです』と真剣な眼差しを向け、浮遊する船に手を翳した。
「すぐに効果が消えるわけではない、と言ったとおり、半年から一年は動きます。その間、この船が『予言』をくれるでしょう」
―――予言?
ピタッと、静まった空気。予言・・・呟き合って、互いに顔を見る皆の中で、ザッカリアはしっかりと頷いてニコッと笑う。
「そういうことか」
少年は、リチアリと船を見ながら『予言とは、連れて行く範囲の前兆のことか』と訊ね、そうですと答えを貰う。横のオーリンが何か聞きたそうなので、ザッカリアは船に理解したことを教えた。
「俺の代わりだ。俺は世界を見ることもあるけど、船は連れて行く地域限定なんだよ、きっと」
ハッとする全員。リチアリは眉を寄せて『あなたの代わりですって?』と驚き、これは軽くイーアンが教えた(※彼は未来見る人、と)。
「つまり。じゃ。リチアリが、ルオロフに呼ばれて来たのは、俺たちにも、ザッカリアの位置の穴埋めを」
ぽかんとした親方が少年を見て呟くと、少年もフフッと笑って『そうだね』と認めた。
・・・こんな形で、自分が離れても良い準備が揃うなんて。少し悲しい気もするけれど、これなら心配しなくても留守に出来るかな、とザッカリアは、皆の立場で考える。
リチアリは、船の用途と作られた理由など、この後に続けてくれた。
それは先住民の神話が色濃く発端にあるもので、これは簡単にだったが、用途自体は目的性が高く、上陸最初に会った農家と似ている印象と、皆は思い出した(※1737話参照)。
農家の男性は、先住民ではなかったけれど、極北のあの地を出たことがなく、守り人として石碑を読み、お告げで未来を知る立場だった。
船を使う遊牧民も、遊牧する範囲を、言わば『守り人』として見ており、石碑ではなく、持ち歩く船に『お告げと未来』を知る。
・・・オーリンが育った遊牧民は、話を聞いたリチアリが言うに、また少し違う民族なのか。
動かない船を持ち運び、龍の民オーリンに未来を訊ねるなどの思い出話から、『それは船を作る部族と、物々交換をして船を入手し、信じている人たちかも』とリチアリは推測した。
アムハールについては、確かに非常に有名な精霊の地であるため、山脈の隙間を移動する民族は、家畜と共に移動した先、精霊信仰でアムハールに留まって、一年の半分を過ごすことは、珍しくないだろうとも教えた。
オーリンは話を聞きながら、ずっと船を見つめており・・・ ドルドレンも遠い記憶で、馬車にいた不思議な少年を思い出す。
タンクラッドはドルドレン祖父から聞いた話を過らせ(※496話参照)、ミレイオはオーリンに直に教えてもらった、彼の子供時代を考えていた。
「オーリンは聖獣を呼ぶ紐もあるし、龍境船は空のものだから、オーリンに反応しているのかなと思ったけれど、また違う視点の理由もありそうですね」
リチアリの説明を終えた、静かな部屋の数秒。ふと響いた、イーアンの感想。
ゆっくり顔を向けた、リチアリが目を瞬かせ、『龍境船』と繰り返して黙る。ザッカリアは口元を手で覆った。
「龍境船民話は、ティヤーとアイエラダハッドの間よね」
唇に人差し指を当てながら呟いたミレイオに、ちらっと見たタンクラッドが『あの話は火山帯と近い海域だな』と続ける。
「センダラは精霊に、『火山の仮面を使う』と言われた、と」
妖精の騎士が面白そうに言葉を足して、オーリンは大きく息を吐き出し、皆を見渡した。
「俺は、小龍骨の面が消えても、ガルホブラフがいるけれど。精霊絡みで龍の入れない場所は」
「青い聖獣が連れて行ってくれるよ」
言葉を続けたのはシュンディーン。精霊の子は、何かを見通したように、それこそ自分の力の見せ場とばかり、頷いた。
「それに僕は、水のファニバスクワンの子だ。シャンガマックも、親の魔法を覚えている。海を分けることも出来る」
ティヤーで龍境船にまた近づく。
誰もが、忘れた頃に浮上するこの不思議話を思い出し、一人ピンとこないリチアリは、ルオロフへの土産として連れて来た船が、どうも世界の旅人に渡すのが本来だったらしいと、ここで気付いた。
午前は、リチアリの餞別―― 予言の船 ――の話題で染まり、昼前にゴルダーズ公が来て、船に驚きながら『食事を一緒に』と全員を誘ったので、ドルドレンたちは食堂横の大広間で昼食を摂った。
配給は日に二度だが、『リチアリが長居しないかも』と、これに配慮した貴族は、食料を求めて召使に買い出しを頼み、木箱一個分の根菜を得て、復活した台所で、根菜の汁物を用意してくれた。
質素な昼食。一皿に盛られた、同じ汁物を前にした昼食は、貴族としては実に物足りないにせよ。
リチアリは主人ゴルダーズの思いやりに感謝し、ルオロフも『昼は難しいでしょうに、有難う』と礼を言った。旅の仲間もそれぞれお礼を伝え、心温まる昼食を歓談で過ごした。
午後は、ティヤーまでの具体的な旅程を相談し、ヒューネリンガからアズタータルの町まで、アズタータルでの船待ち期間、乗船日数、入港する地域と管轄役場などの話を、筆記しながら整えた。
この間。さすがにクフムも起こしており、彼に昼食を与えたついで、見張りにはタンクラッドがついた。
タンクラッドは、コルステインにクフムを起こしてもらった後、彼に食事を摂らせて、話しかけるクフムとそれなりに会話を続け・・・ どうやら、こいつは本当に使い様だなと、『見方によっては美味しい話』の数々に内心ほくそ笑む。
―――クフムが『知恵の授け』で、何の関心なく見ていた風景は、宝探しにうってつけ。
*****
この夜、シャンガマックが一人戻ってきて、珍しいと驚かれながら、久しぶりに皆と一緒に夕食を摂った。貴族とリチアリは別で、旅の仲間だけが集まる。
建物は復活していたので、部屋はある。昨日は寝台の用意など間に合わなかったが、今日は召使が準備を整えてくれたので、シャンガマックも部屋を一つ借りた。
食糧は、まだ追い付かない配給頼みだが、シャンガマックは『良かったら』と、血抜きの終えた魚を箱から出し(※1503話参照:お父さんのブラックボックス)、貴族の召使いは鮮度と量に仰天。感謝し、配給と併せ、夕食には魚料理も加わった。
「父は探し物があるとかで」
「一緒じゃないなんて、ほんとに珍しいよね」
隣の席のロゼールが笑い、シャンガマックも笑いながら魚を頬張る。『俺はちょっと、控えた方が良さそうな話だったから』・・・何やら、理由が秘密めいており、シャンガマックも多くを話さず。皆もそれを敢えて聞こうとはしなかった(※お父さん絡み=遠巻き)。
ということで、シャンガマックも、クフムと顔合わせを済ます。
シュンディーンは食事の席にはいなかったが(※基本肉以外は食べない)、クフムもまた、昼食の席も夕食の席も外されており、顔を見たのは食後。
警戒対象の犯罪者。道案内に連れるのみと(※2418話参照)言い切られた男は・・・ なるほど、苦労知らずというか。鈍そうな印象が伝わった。ただ、自覚がないことは罪であれ(※かくいう自分もそれで監禁中)、悪人の質ではないのも分かる。
一先ず、名を名乗って、素っ気なく終わった面会。タンクラッドとオーリンが交代で彼を見張るが、夜間はコルステインの催眠と守りで、彼は一人、と聞いた。
クフムに関しては、以上。
シャンガマックは、貴族に紹介された後で部屋を一つ貸してもらい、滅多にない一人の時間の夜を過ごす。寝台に座った時、扉を叩かれてフォラヴが挨拶し、二人でこれまた久しぶりに話をした。
内容に、『あの重圧の時間。皆も受けたのか』が主題になった。フォラヴも、事情ありで参戦拒否した身。その辺りからも含め、自分の事情や、重圧をかけた『大いなる力』について話す。シャンガマックも聞きたかった、『皆は、あの重圧に影響があったかどうか(※2410話参照)』。
計画された展開だったかどうか、与り知らぬ精霊の領域。
だが、あの強烈な浄化の時間は間違いなく、メーウィックの手記にあった『三ヵ国目は人を計る』であったし、人以外の種族も同時に秤に掛けられた。
続くティヤーは四ヶ国目。淘汰の言葉が手記にあった。時間を気にせず喋る二人の会話は、その話にも続く。
フォラヴと二人、寝台に並んで腰かけて話す夜なんて、支部以来・・・ 会話の隙間に目を合わせ、微笑むたびに、時の流れをお互いが思う、夜の一時。
それは、離れた地に入り込んだ獅子も同じ。ただ、こちらは思いもしない相手と、微笑みなんて皆無―――
お読み頂き有難うございます。
11日はお休みします。毎年この日は、私の個人的な…誕生日なので、休息として~




