2420. ルオロフ参加・貴族幕引きに向け・リチアリを迎えに
さてこの時、囚われの僧侶はどうしているかと言うと・・・まだ、寝ているので放置。これはコルステインによって、眠らされているままで、合図をかけない内は目覚めない。なので、クフムは置いておく。
ルオロフの紹介は、あまり類を見ない始まり方もあり、食事後半の皆は気にしていない様子だし、ゴルダーズ公は『緊急の話』を早速伝えた。
掻い摘んで、的確に。僧侶を連れて帰ったことから、次の行き先がティヤーなら・・・喋る速度を緩め、頷いた皆の反応に頷き返し、『それなら、こちらで船を用意し、手伝うことが可能』と持ち掛けた。
聞いている側は、これぞ、文字通りの渡りに船と顔に出たが、口は挟まず、貴族の話に耳を傾ける。
ゴルダーズ公とヴァレンバル公が代わる代わる、流れるように話して伝えたのは、ヒューネリンガから南下した、アズタータルの町に行き、そこからティヤー行きの船に乗船してはどうか?と、これが一つめ。
返事をしたのはドルドレンで、簡潔に『それが願えるなら、頼みたい』だった。
ニコリと笑みを深めたゴルダーズ公は、隣に立つ赤毛の貴族の背中に手を添え『もう一つ提案があります』と、若者の緑色の目を見ながら、彼を同行させられないか、その理由も話す。
二つめの提案にちょっと騒めいたが、机の端に腰かけていた剣職人が、ふふんと笑って『面白いじゃないか』と賛成。
「運命ってところか」
「まさしく」
剣職人の一言に、腕組みして話を聞いていた女龍も、笑顔で同意。ドルドレンも『ほう』と、面白そうにイーアンと目を合わせ、他の者も不思議そうだが、この導きと展開に『それもあり』と良好な反応。
満場一致と見て良さそうな、好反応に――― ルオロフは顔を下に向けて、こみ上げる嬉しい笑顔を押さえようとしたが、ハハッとやはり声に出た。笑い声に、旅の仲間もくすくす笑って『よろしく』と声が掛かる。
その様子を見ていたゴルダーズ公は、どうも彼は、自分が届かない繋がりを持っていると感じ、『適役だったのだね』と後押しする。
「どうかね。ルオロフ。嬉しそうですが、君も行きますか?先ほどは、皆さんの反応を見てから、と言ったけれど」
「行きます」
すぐ、ミレイオが拍手する。続いてイーアン、フォラヴ、ザッカリア。タンクラッドがパンパンとゆったりした拍手を打ち、ドルドレンもロゼールもフォラヴも拍手して迎えた。
オーリンとシュンディーンは見ているだけだが、この貴族―― 狼男が参加するティヤーは、僧侶クフムの躾に、上手く運ぶ予感を感じた。
ルオロフ自身も、話をされた時は付いて行くべきか、少し考えた。
説明は現実味一本で、根本の問題に『知恵の始末。造船、動力』・・・とあり、それはルオロフも警戒した。ウィンダル家に造船は関係なく、この事情あっての話の流れ、そして付き添い・肩書き保証の立場は、果たして自分に合う役回りか、ピンと来なかったから。
ただ、ゴルダーズ公の話は先を見据えているし、今は自分が動き、国に残す貴族に後を任せる方が良い・・・とは思えた。
ゴルダーズ公は、ウィンダル家の資産を買い取ると申し出て、条件諸々の確認もした。
古王宮がどうなったか分からないが、ゴルダーズ公は『そこは再現されていないはず』とし、しかし、買い取る対象に入れていた。
ウィンダル家が終わるのではなく、奪うのでもなく、アイエラダハッド復興に使えるものはまとめて使おう、と彼は嘘がない瞳を向け、失うものなど疾うにない若いウィンダルの跡取りは、これを了承した。
古王宮の権利、譲渡費用云々・・・そうとなれば。
「連れて行って下さる皆さんに、決まったすぐで、こんなことを言うのも失礼ですが。どなたか、『リチアリ』の行方を知りませんか」
リチアリ――― その名に、旅の仲間と同時で顔を上げたのは、ゴルダーズ公。
え?と顔を向け、彼の名がどうして、と瞬きする大貴族の反応を、ルオロフも分からない。リチアリとゴルダーズ公が主従関係とまでは。
ルオロフが知って・・・正確には、見当をつけているだけだが、『リチアリは、知恵の還元を行った=旅の仲間の誰かは、知っているに違いない』尋ねた理由は、そこだった。
「リチアリですか。どうして彼の行方を?」
真っ先に返事をした女龍に、ルオロフは『彼と、最後の古王宮の瞬間に、私がいたからです』とはっきり答えた。
「私は・・・あの後で先住民の彼が狙われると思い、彼に託したものがありました。アイエラダハッドに重要なものです。それを今も所持しているか、知りたいです」
ゴルダーズ公も、それでかと、ゆっくり頷く。ウィンダル家とリチアリ・・・ ルオロフが『知恵の還元』を行ったのだと、この瞬間に知る。
横で聞いているヴァレンバル公は、若干複雑。『リチアリ』その人は面識ないが、『ルオロフが貴族時代を終わらせた』ことに、やや抵抗があった。だが、もう全ては済んだことと、時代として受け入れるだけ。
『なるほどな』と合点のいった剣職人が、振り向いたイーアンに『あの布は、彼の持ち物か』とルオロフを指差した。そうですね、と返す女龍。
「布?」
鸚鵡返しの若い貴族に、イーアンは、リチアリが持っていた貴族の布のことを教える(※2348話参照)。ルオロフの顔にふわっと安堵が浮かび、見つめる女龍は、リチアリが『もう一度会える』と言ったのはこれだったのねと・・・大した占い師だと苦笑した。
「あのですね、リチアリは。私たちはまた会えると、言いました」
「イーアン。リチアリは無事なのですか?彼の居場所は」
「・・・了解しました。私が彼を連れて来ましょう」
善は急げだわよ、とイーアンはニッコリ笑顔で頷いて、皆を背に翼を出す。
神々しい6翼は、広い部屋にひゅっと白い光を引いて左右に突き出され、貴族は感嘆と共に拍手。ささっと窓を開けたドルドレンに振り返り、イーアンは『ちょっと待っててね』の挨拶を置いて、すたすた窓へ歩くと、伴侶にお礼を言って――― カッと、白い閃光を放って消えた。
「眩しい!!」 「見えない」
わぁわぁ驚く貴族に、旅の仲間も閉じた目を片方ずつ開けて、窓の向こうの空に笑った。
「派手である」
『目立つところ知ってんだよね』と目を押さえて笑うオーリンに、皆も笑って同意する(※イーアンはパフォーマー)。
「では。リチアリが来るまで、そちらの話をもう少しお願いしよう。行き先はティヤーで、真の目的は魔物退治だが、形式は魔物製品普及の派遣団体であるため、出来れば、正当に・問題ない形で入国したい」
ここからはドルドレンが、業務的に進める。この手の話なら、滞りなくすらすらと答えるゴルダーズ公とヴァレンバル公は、机に置かれた配給の箱を片端に寄せながら、総長の向かいに促されて着席すると、出国へ向けた会議に入った。
さっさと話し始めた大貴族だが、その顔に出さず、庭師が来ることを・・・心から嬉しく思いながら。
淡々と話が続く、小一時間―――
ルオロフの胸中。出国への細かな予定や予想を、横で聞きながら・・・別のことに想い馳せる。魔導士がこの地を勧めて、何か言いたそうだった顔は、世界の旅人がヒューネリンガにいると、知っていたからか。
告げられないままだった理由は分からないが、多分、会えるか会えないかは運の傾きとでも思ったのでは。魔導士なら考えそうだなと、気遣いある緋色の魔導士に、心で感謝する。
先に『彼らがいる』と伝えられて、会えず仕舞いですれ違ったら、仕方ないとはいえ、胸の内は切なく寂しいはず。
再びこの場で、彼らと自分の運命が絡んだ。大いなる世界の舞台に、また上がったこれに、胸は騒ぎ、喜びを抱く自分がいる。逆の状況で悲しくないわけがない。
龍の仲間の力で、アイエラダハッド中を再現した話も聞き、復興は半分以上、終えたも同然・・・自分がアイエラダハッドで残って行う仕事はないかも、とも感じた。会社は主不在だし(※ゴルダーズに売った)。
自分は彼らと関わるため、それだけを導かれ、ここに来たのを疑いようもなかった。
―――話をてきぱき進めるゴルダーズ公も、自分の視点が間接的に『時代の波』と繋がっている・・・そう信じている。
フォラヴの救出申し出を断った朝も、根底にそれがあった。
彼に、ヒューネリンガへ連れて行くと言われ、『ヴァレンバル公は無事』と知ったすぐ、『公には後で会える』として、取るべき動きを切り替えた。
魔物戦後、どれくらいの貴族が、無事に生き残っているか知れない中。
ヒューネリンガまでの間にある町で、他の貴族の生死確認をして回ろうと・・・生きていれば、連帯の取っ掛かりを掴み、動き出す時に一致団結出来るよう、止まらず推し進めることを重視したため。
だが、不思議な巡りで、そこは省かれた。
時宜に合わせたような鳥文を見て、便乗した書簡で『客人引き留め』の要望も送った数時間後。なんと、ヴァレンバル公が迎えに来て、あっという間に着いたヒューネリンガには『ウィンダル家生き残り』が戻っていた。
昨晩のゴルダーズ公はこれが何を意味し、どう行動を固めるか、頭を働かせ、ウィンダル家の財産を引き取り、自分の資産と合わせ、国の経済復興の基盤を整えるのが、貴族終焉の最後の仕事と理解した。
国のために、最後の一絞りを使い切るべき、とゴルダーズ公はそれをルオロフに話し、了承した彼との譲渡を約束した。まず、まとまった資金が必要。アイエラダハッドを逸早く整えるに、国内の町や村が形だけでも取り戻したなら、次は経済。
ハイザンジェルの派遣騎士たちを後押しする、もう一つの事情。魔物騒動で債務国に変わったハイザンジェルに、債権国として付き合ってきたアイエラダハッドの繋がりを、ここで使う。
ルオロフは関係ないが、父・エルーは、西のクレイダル卿の親戚で(※2068話参照)、彼はハイザンジェル王の実弟とやり取りがあったはず(※1976話参照)。ルオロフ同伴の旅路を報告に、面倒を飛ばした早い話を願う。
こうして―― シュンディーンやザッカリアからすると退屈な ――ティヤー出発へ向けて、根底にある動機や希望から、具体的に可能な手段の幾つか、それらに合わせて変わる情報の有利不利など・・・ 貴族の二人は、騎士修道会総長と小会議で話し合い、そろそろ、子供たち(※年齢的に)が欠伸しかけた頃。
窓の外が、ふーっと白い光を帯びた。
*****
部屋の会議の一時間。南部へリチアリ探しに出かけたイーアンは、早々現地入り。昨日、彼の移動中で出会ったので、まずはあの草原を目安にした。
彼と同じ部族が、テントを張っていた場所まで行き、『すみません、リチアリいますか?(※普通に)』と訊ねてみるつもりで、昨日のテント群を発見。あれだ、と側へ向かった。
が。そんな手間も要らず、イーアンは魔法の網にかかる(※龍なのに)。
「あらっ。やだ。何です、これ」
「ごめんなさい、イーアン。そのままじっとして」
「ええ?リチアリですか。これ何?私、捕まったのですか、もしかして」
低空飛行で、変なクモの巣みたいのに引っかかったイーアンは、草原にどこからともなく現れた男を見つける。よく見えないが、声がリチアリ。これは捕獲かと大声で聞くと、しーっと手振りで返事が戻り、騒がないでと示された。
・・・よもや、龍の私が、ハエ取り紙のハエさながら魔法の網(※だと思う)に捕まるとは、誰が思うだろう。
するする手繰り寄せられながら、何だか寂しいイーアンは、キラキラと精霊色に輝く素敵な網(※でも龍なのにとは思う)に収まったまま、地上のリチアリが笑う腕まで辿りついた。優しい褐色の笑顔がツライ。
「軽く自信が消えます。龍ですよ、私」
「ハハハ。そんなことありませんよ。イーアンの癖ですから、それをちょっと使わせて頂きました。それだけのこと」
癖?と聞き返したイーアンから、キラキラ網をしゅーっと消したリチアリは、午前の光に眩しい誠実な笑顔を浮かべて『そう』と頷く。
「あなたは、私が姿を変える魔法を使うの、見破れませんでした(※2254、2347話参照)。あれの応用」
「ぬ。まさか。実は私、引っかかっていなかった、とか」
はい、と呆気なく肯定され、イーアンは悉く自分の隙の甘さに、嘆かわしくなった(※魔導士にも注意されてた)。
ぐったりした女龍に驚き、リチアリは背中を撫でながら、項垂れる顔を覗き込んで、『でも実際に魔法は使っていましたから』と、決して幻影だけに引っかかったわけじゃない、と慰めた(※引っかかった時点で微妙)。
「イーアンは、素直なのだと思います。警戒心が昂る時は、蟻の子一匹通れないほど強い意志ですが、普段は自由な感じです。それで」
「すごい前向きな言い方ですが、はっきり言えば、普段は抜けてるわけですよ」
違いますよ!すみません、もうしません! 想像以上に傷ついたらしき女龍に、リチアリが一生懸命謝まって、ようやく本題(※リチアリ、話逸らした)。
「ところで、イーアンは私を探していらしたんですよね?占いで見えたのですが」
「あ・・・はい(※消沈中)。そうです、ルオロフ・ウィンダルという貴族が」
「やっぱりそうか!ルオロフは生きていましたか!分かりました。ご用は、私も一緒にどこかへ?それとも伝言ですか?」
げんなりするイーアンと対照的に、明るく喜んだリチアリは眩しい・・・人種的にシャンガマック似なのもあり、やたら清々しくて、悲しく微笑む女龍は『良ければ、ご一緒にルオロフに会いますか』と誘った。
彼は子供のように喜び、さっきまで『静かに』と示していたあれはなんだったのか、とイーアンは見上げる。
「ちょっと嬉しすぎて、少々騒いでしまった。近いところに人がいますから、移動しましょう。今は私の魔法で、二人とも見えないはずです」
声は聞こえていそうですね、と離れたテント手前、人が少しずつ立ち止まる様子を眺めたリチアリに、ああそういうこと、と(※これも判らなかったイーアン)落ち込み気味で了解。
「先に確認します。布、持っていますか?ルオロフの用事は、あなたに預けた荷物と」
「ええ、勿論持っています。これが私たちを結びつけるとは」
フフッと笑ったリチアリは、急続きでも何も抵抗がない。『いつ会うか分からないから』と背中に回した荷袋に、何やら色々仕舞いこんであるようで、背中の荷を片手でポンと叩く。
「ルオロフの預かり物、他にも・・・お守りになるかも知れないし、何かに使えるかもしれない品が。出かける用意は済んでいます」
「本当に、会うと分かっていたのですね。リチアリは凄いです。馬はどうしましょうか」
用が終われば戻るし、馬は置いていきますと、それもあっさり返答。
昨日は泊ったから、馬も預けてあり、滞在中に急用で姿を消す可能性も伝えてある・・・ 何から何まで手配済み。イーアンに、他、質問はなかった。
「では安心して出発。空中は、飛んでいるし寒いと思いますから」
「それは大丈夫ですよ。寒さ対策・・・以前も見せましたね(※2253話参照)」
背中から抱えたリチアリが振り向いて、自分の首元を指差す。あーそうでした(※棒読み)と、無表情で返すイーアンは白い翼で宙を叩く。
びゅーっと青空に駆け抜ける速度で、うわあと感動の声を上げるリチアリ。ここから暫く、彼の楽しそうな空中飛行体験感想を聞くに付き合った。
そうして――― たくさんの川を越えて、ヒューネリンガ到着。飛べばすぐで、ゆっくり気遣っての空の道でも、一時間要らない、川辺の町その丘『ヴァレンバル公の館』へ降りる。
「ちょっと、目を閉じて下さい」
館が視界に入ったところで頼んだイーアンに、はい、と素直にリチアリは目を瞑る。イーアンは発光量で、戻りを知らせ・・・午前の明るい空に、輪をかけて白く輝く穏やかな、龍気の光を広げた。
館の窓はすぐに開き、笑顔のドルドレンとミレイオが手を振る。イーアンもニコッと笑って『もう目を開けても』と抱えた彼にそう言うと、一直線に窓へ突っ込んだ。
お読み頂き有難うございます。




