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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悲歓離合
2419/2962

2419. 旅の三百四十七日目 ~寓舎の朝と三人の貴族・『狼男の臭い』

 

 ルオロフが、目を覚ました明け方。廊下も表も騒がしかった。

 ベッドに体を起こし、欠伸しがてら何気なく窓に目を向け、手で擦った顔を戻してから・・・ギョッとして、窓を二度見する。朝の始まり、その薄明るさの中。



 ―――外は()()()()()()ように。


 窓の向こうの風景を凝視し、『戻っている?え?直った・・・?』いやそんな、と混乱して、駆け寄った窓枠を掴んだ。ガラスの向こうは荒廃などしていない、魔物が悪化する前の建物があった。


「嘘だろ」


 昨日までは、悲しくなるほど建物が破壊された、荒んだ町だったのに。今は、石塀が視界下半分を隠し、上半分は、寓舎並列の建造物が影を作り、レンガ造りの壁がきちんと敷地を閉ざす・・・・・


 夢かと一瞬疑ったものの、起きている自分を疑うのも難しい。赤毛の髪をくしゃっとかき上げ、ルオロフは寝起きの頭で忙しく理由を考えたが、背後でノックが聞こえて、不明な理由を考えるのも束の間で終わった。


「はい」


 扉の側へ行き、把手を回そうとして、先に開けられる。失礼かどうか、は貴族意識で一瞬過るが、これもすぐ掻き消えた。


 開いた扉を境に、内と廊下で向かい合う。廊下に二人の紳士が立っており、その後ろに隊商軍の数人が付き添う。一人は知っているが、もう一人は記憶が曖昧で、ルオロフは紳士の一人に『もしかして、ヴァレンバル公ですか?』と戸惑い気味に呟いた。壮年の貴族は、品良く口端を上げると頷く。


「ご挨拶も抜きに、大変失礼しました。まだ眠っていらしたところを」


「いえ・・・あの。私を?私を訪ねていらしたんですか?」


「ルオロフ・ウィンダル。あなたと最後に会ったのは、あなたが()()()()()()時でしたね。成人されてからは、私もお会いする機会がなかったから。でも、こちらの・・・ 」


 急な展開で、頭が付いて行かない赤毛の若者に、ヴァレンバルは流れるように挨拶して、横の紳士に話を振る。半歩前に出た中年の紳士は、戸惑う若者に温かな微笑みを向けた。


「私は、エルドニール・ゴルダーズです。何度かお見かけしたと思うけれど、覚えていらっしゃらないかな」


「ゴルダーズ公?!覚えています!失礼しました!デネヴォーグの会席で、ご挨拶したことが」


 申し訳ありませんと、目を丸くして謝った若い貴族に、ゴルダーズ公はちょっと笑う。

『良いんですよ、あなたは飛び回る忙しさだったし、かわした挨拶も一言くらいでしたから』と、覚えていなくても問題ないことを先に言い、小さな咳払いを落としてから、隣のヴァレンバル公に視線を向けた。


「昨晩。偶然、こちらの隊商軍に寄りましたところ、ウィンダル家のご子息が避難されていると聞きました。

 あなたの父上、エルー・ウィンダルは・・・心からお悔やみを伝えます。私も彼を失って寂しいです・・・あなたが実家のあるヒューネリンガへ戻った理由は分かりませんが、ヴァレンバル公はあなたを心配し、お招きしたいと話していまして。

 私も・・・あなたに相談があるので、失礼と知っていて、朝一番でこちらへ来ました。もし、あなたの都合に差し障りないようであれば、彼の館で朝食を頂きながらお話できませんか」


「・・・勿体ないお言葉です。その、でも私は」


「朝食と言っても、町の配給を頂きますから、隊商軍の食事と同じです。気負わないで下さい。お気持ちも複雑でしょうし、こうして無事に会えたのも運命かも知れません」


 ルオロフは何が何だか。急すぎて断ろうかと、間合いを取りたかったのに、大らかな紳士はあっさりとそれを流してしまう。流されると言うことは、半強制的に誘いに応じる意味でもある。まして、二人とも、父親の繋がりの大貴族。断り難い。


 今、この繋がりで手を組んで、()()()()()()と思えない。


 精霊の時代に、貴族が集まったって・・・ ルオロフは目を泳がせるが、考える暇も与えられていないのは解る。彼ら二人は直に迎えに来ており、たった今返事をしないといけないのだ。


 丁度良い断り文句が出てこないルオロフは、結局しどろもどろに言い訳を口にしたが、それらは呆気なく粉砕されて、三十分後には寓舎を後にする。


 町は、本当にどこもが、嘘のように以前の状態を再現していた。話題に勿論出たが、年上の貴族は、含み笑いを意味ありげに見せるだけで、『後で説明します』とかわしていた。



 こちらの質問には答えもないし、半強制的だと思いたくなるが。

 揺られる馬車の中、彼らは『是非会わせたい人たちがいる』と、勿体ぶった―― 何やら期待気な ――言い方を繰り返すので、それが自分の、次なる展開を開いてほしいものだと、ルオロフは願った。


 願いは、予想以上―――



「イーアン?」


「え。あ、あ!ビーファ」


「(シ―――――っ!!※手振りで)」


 食堂に降りて来ていた、『会わせたい人たち』の一人に驚いたルオロフが、うっかりその名を呼んだ、次の瞬間。


 振り向いた白い角、黒い巻き毛、人と異なる薄紫の白い肌の彼女は、目を真ん丸にして()()()を思いっ切り叫びそうになり、慌てて止めた。


 まさか彼女がいるなんて。では、もしや、これから会うのは・・・ 驚愕したルオロフを見つめるイーアンは、パッと口に両手を当てて、うん、と頷く。


「ご、ごめんなさい。でも、そうですよね?()()()、なんですよね?」


「イーアンは・・・私が()()()んですか」


「当たり前ではありませんか・・・! 嬉しい~~~!また、会えたなんて!」


 わっ、と弾けた笑顔。白い両腕を大きく広げた女龍が、二人の貴族の間をすり抜けて、後ろのルオロフをギューッと抱きしめる。


 凝視する貴族二人なんて、気にもしない。

 ルオロフはタジタジするものの、前世の自分を覚えていて、尚且つ、即見抜き、再会をこんなに喜ぶ女龍に、素直に嬉しく、照れ笑いしながら『私も嬉しいです』と、女龍の黒いクロークの背中を撫でた。



 この二人に、目が釘付けの貴族は、暫しぽかんとしていたが、ヴァレンバル公が『二人は知り合い?』と横の貴族に訊ねる。機転の利くゴルダーズ公は、『もしかして』と滞在した町繋がりの可能性を思った。


「・・・()()()()()デネヴォーグにいたから、そこで会ったことがあるのかな?」


 はた、と後ろの反応に気づいたイーアンが振り返り、無言で頷く(※ウソ)。ルオロフも、え?って感じであれ、とりあえず話裏を合わせるため『ちょ、ちょっと』と軽く同意した。


『イーアンと顔見知り。話が早そうだ』ふむ、と満足げに頷いた、ゴルダーズ公の呟きは聞こえず・・・ イーアンは、皆の朝食配給を取りに、食堂へ降りて来ただけなので、ルオロフの挨拶は一先ず後にし、『また後で会えるか』を聞き、笑顔で頷いた若い貴族に笑顔を返した。


「それでは、私は皆の食事を持って行きます。ゆっくり話が出来ることを祈っています」


「はい!あのイーアン、『皆』とは」


 受け取った配給の箱を両手に持ったイーアンは、赤毛の貴族に『()()()ですよ』とニッコリ笑った。ルオロフも・・・『皆』の言葉に、妙に懐かしい。笑顔をそのまま、女龍にちょっと手を振って食堂へ進んだ。



 *****



「なんと。ビーファライが」


 部屋に食事を持ってきた女龍が、やたら興奮している理由を聞いて、ドルドレンも驚いた。『そうなのです。良かった、私早く戻ってきて~』下にいるのよ、ゆっくり話せるかも、とイーアンは笑顔で喜んでいる。


 昨晩話した広い部屋は、オーリンの借りている部屋。オーリンとドルドレンは、この部屋で休んだ。シャンガマック親子も外にいるし、食堂で話すのは控え、今朝はここで朝食にしようと決めてあった。

 イーアンはザッカリアと共に夜明けに戻っており、他の皆にも声をかけながら、部屋に集まりつつある時間。


 ロゼールは、精霊の祭殿を知らないが、フォラヴから説明されて、『ドゥージさんの話していた狼男か』と合点がいった。ミレイオたちも地下から上がってきて、挨拶そこそこ『ビーファライ?赤茶の狼男でしょ?』とびっくりする。コルステインと久しぶりに一緒に寝た(※添い寝だけでも)タンクラッドが部屋に入り、『下から()()()()がするな』と余裕の冗談を呟き、ミレイオが胡散臭そうな目を向ける。


「狼の臭いなんか、するわけないじゃない」


「気配だよ。狼男は、気配自体曖昧だったが、今は独特に感じ取れるな」


 意外なことだが、ビーファライ・・・と言うべきか。狼男らしい、とタンクラッドは言い、イーアンもそれを聞いて『そうかも』と、自分もすぐ分かったことを話す。


「顔や背格好は、当たり前ですが、違うのですよ。気配は・・・狼男の時は、さほど分からなかったと思うのですが、でも今は、見た瞬間に『彼だ』と判りました」


「驚かれただろ」


 配給の箱を開けるオーリンが笑い、イーアンは『思わずビーファライと言いかけた』と笑い返す。


「現在は、()()()()()()()()ですよね?」


 側に来たフォラヴが尋ね、勿論ですと苦笑するイーアン。話していると、シャンガマックから連絡が入り(※表にいる)『人目が多いから、食事を届けてもらえますか』と頼まれ、ドルドレンは表の仔牛に届けに行った。


 届けた先(※仔牛、馬小屋にいる)でシャンガマックは、狼男の話に驚かず『父が、狼男が来たと言った』と可笑しそうに笑った。


「父は・・・総長、覚えてないかな。灰色の狼男の面を、受け取っています」


「おお、そうだった。彼が反応するのか」


 多分、そうなんですよね、と自分の物ではないから分からないと首を傾げ、シャンガマックは『食後に町の外へ出る』と話し、ドルドレンも了解して戻る。


 館の廊下を歩きながら、『シャンガマックはいつも服装が先取り』と、特に説明もなく・・・彼の衣服が軽装に変わった(※でも目立つ)ことに感心するドルドレンは、首を振り振り、元通りに変化した広い館を二階へ進み、そして。


「あ。()()()()()である」


「え?あなたは・・・ 」


 ばったり、部屋の前で貴族ゴルダーズ公とヴァレンバル公、そして赤い髪の若い男と鉢合わせ、ドルドレンは納得。


 なるほど、『狼男の臭い』とはよく言ったもの。()()は生まれ変わってもまだ彼を包むのか、と感じ取った。赤い髪の若者も、こちらを覚えていて・・・でも名前を教え合ったわけではないから、少し笑って会釈に終わる。



「総長。良いでしょうか?今はまだ、皆さんが食事中ですか?」


 ゴルダーズ公は、部屋の扉をノックする手前だったようで、ドルドレンは少し考え『もう大丈夫だろう』と三人を促した。


 扉を開け、一緒に中へ入る。ざわッとしたのも一瞬で止まる。誰もが『赤毛の狼』その人を直視。集中する視線に、ルオロフはたじろぐと同時、また辿り着いた感覚・・・郷愁と求めで、胸が満ちた。ただ、一つ、気になったことは除き・・・・・


「皆さん、すみません。まだお食事中なのに。いつあなた方が出発されるか分からないので、急ぎの用をお伝えしたいと思い、失礼しました」


 謝ったゴルダーズ公が、次の言葉を続けるより早く―――



「ルオロフ・ウィンダルです。世界の旅人にお目にかかれて、人生の光栄です」


 赤毛の若者はそう言うと、嬉しさで破顔した。皆も驚くより笑い出し、彼の側に集まる。

『はじめまして、かな』『また会えた』と・・・ 他人が聞いて、顔見知りだったような挨拶を繰り返すが、しかしルオロフは『はじめまして』の言葉で挨拶する。


 その噛み合わなさに、ゴルダーズ公もウィンダル公も、どう言うことやらと目を見合わせたけれど。とりあえず、初対面ではなさそうとは伝わるので、それならそれで話を進めることにした。

お読み頂き有難うございます。


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