2418. 14人の晩 ~②ティヤー備え『クフム同行』『移動手段』『連絡』・センダラ情報
揃った皆に、まだ時間があると知ったドルドレンは、『ティヤーに行くにあたり』の話をする。
初っ端は、あれ―――
「既に知っている者もいるが。次の国の同行者が、隣室に眠る。僧侶で、名をクフムと言う。前情報として分かっていることは、彼は何の力もなく、自覚も薄く犯罪を続けた犯罪者である」
ざっくり、『彼は無力で犯罪者』と同席しない人物の紹介(※事実だけど)を伝えるドルドレンに、イーアンは無表情で頷く。
シュンディーンが派手に舌打ちし、それに驚いたシャンガマック振り返り、ミレイオが苦笑する。オーリンとタンクラッドも笑いそうな顔を傾け、フォラヴは冷ややかだった。
「何の力もない僧侶が、同行する目的は」
一発目の反応は、意外なセンダラ。彼女は気にもしないと思っていただけに、ドルドレンは目を瞬かせ、『あ、ああ、それは』と戸惑いつつ教える。
ティヤーに僧院が運んだ知恵の回収であり、ティヤーでの片付けが捗るよう、道案内に連れる理由を聞いたセンダラは、不機嫌そうに『地図に書かせれば?』と言う。同行に反対の様子。
「地図に書かれても、俺たちはティヤーを知らない。相手が神殿や僧院となると、秘匿の危険をすぐに見せるとも思えない。クフムに釣らせる」
ドルドレンの丁寧な返事に、センダラは嫌味な溜息を吐いて『誰か魔法使えないの?』と畳みかける。
「魔法で、僧侶の記憶を地図に落とし込んで、行き先を掴むのよ。その僧侶じゃなくたって、神殿の人間に似せて、魔法で姿を変えれば」
「お前がやれるならな。言いたい放題言えよ」
早口で捲し立てた妖精を、がすっと獅子が遮る。場は、獅子に賛同。センダラの意見が実行できる魔法を使えるのは、ここに居ないあの人(※魔導士)だけ、と全員一致の思考。
嫌味を言われたセンダラの、閉じられた瞼の顔が獅子に向く。獅子は面倒そうに首を傾げた。
「魔法は、妖精最強。だったろ?アレハミィ」
「私は『センダラ」よ。アレハミィと一緒にしないで。サブパメントゥの獅子は、魔法使えないの?」
この挑発的な質問に、イーアンとシャンガマック、ドルドレンは過去の一場面がふと過る。
獅子はかつて、シャンガマックと同じ姿をとったことがあった(※792話参照)。人を操り、姿を変えられる能力持ち・・・ だが、獅子はそう思われたのを払うように、そこは介せずセンダラ相手に矛先そのまま。
「お前を今すぐ闇に潰すくらいは朝飯前だ」
「いい度胸ね。光は一瞬よ」
やめて下さい・・・ イーアンが静かに割って入る(※顔見ない)。ドルドレンは奥さんに任せる。
ダメダメ、やめてちょうだい、と不穏な両者の合間に進み出て、シャンガマックは獅子に『バカにしたわけじゃないと思うよ』と、言葉の解釈で悪く取らないように宥める。
例え可能であれ、話題に触れなかった父は、関わりたくないと分かるから、シャンガマックも人に聞こえる宥め方を『言葉の意味』に合わせて流す。
イーアンはセンダラの側へ行き『私たちの魔法の種類が、センダラの意見に沿う質ではありません』と事実を伝えた。不愉快を顔に出す妖精は、はぁ、と大振りの息を吐いて眉根を寄せる。
「イーアンはどうしてそう、回りくどいの?僧侶を同道させる必要なんてない」
「センダラ、あれも(←クフム)使い様です。その・・・センダラは、馬車に乗らなくても、部外者同行がお嫌なのですか?」
ふと、気付いたイーアンの疑問。一緒にいない彼女が、なぜ拘るのかな、と思っての一言だったが、ハッとしたセンダラは少し顔を背けて『そうじゃないけど』と態度が変わる。
あれ?と顔を覗き込んだイーアンを嫌がって、『もういいわよ』とセンダラは黙ってしまった。
ミルトバンは、この反応が分かる。ミルトバンの思念が伝わるコルステインも、話自体は聞こえなくても、皆の心を読みながら理解した。センダラがフォラヴの代わりに、馬車に近づく日は、もう遠くないこと。
そして・・・ 獅子もそれを読み取った。コルステインから届いた質問に頭の中で返事をし、それでかと、生意気な妖精の意見に納得。宥める息子にも、頭の中で教えてやり、息子も瞬きして『交代』と困惑しつつ頷いた。
「話を戻そう。センダラは反対かもしれないが、クフムを連れて行く意味はある。彼の管理はイーアンがする」
「犯罪者でも?」
ちょっと理解出来なさそうに、まともな突っ込みを入れたシャンガマック。イーアンもドルドレンも、彼ならそうだろうなと思って同時に頷き、顔を見合わせ、『イーアンが説明して』と言われたので、イーアンが話す。
「はい。犯罪者ですから、ボロ雑巾同様に使います」
「雑巾」
「馬車に乗せません。食事も自分で買ってもらうし」
「外に置いて連れてゆくと言うのか」
「そうです。縄付けて引くような感じ」
「縄」
「実際は馬を渡しますが、印象は縄付けて引っ張り回す具合、と思って頂いて」
償いですもの、とケロッと言う女龍に、褐色の騎士の端整な顔が歪む。獅子は『まぁまぁだ』と女龍に同意し、女龍も獅子にニコッと笑った。
「シュンディーンも嫌がっています。ですから、用が済んだら捨てます」
「捨てるって、ティヤーで?」
「彼の母国なのです。母国で捨てられても、彼は言葉に問題ないし」
「あ。あ・・・そうか。言葉」
ここで我に返って、目を逸らした褐色の騎士と、つーんと顔を背けた獅子(※拘束中)。イーアンは話の流れで伝えたまでだが、皆は『イーアンが二人を畳んだ』と捉えた(※言語問題)。
「そうか・・・その僧侶が居ないと、ティヤーの言葉に不自由もあるか」
シャンガマックがボソッと呟き、ちらっと女龍を見る。女龍はじーっと彼ら二人を見て、力強く頷いた。
「そうですね。言い難いですが、私たちは共通語しか」
「バニザットを責めるな」
お父さんが斜めに割って入り、責められてないよと、シャンガマックはすまなそうに止める。
どこの国でも、読み書き解読自由自在な言葉の達人が、二人揃って拘束の身柄。となれば、シャンガマックたちに、とやかく言うことは出来なくなった。
『早めに出られるよう、努力するから』と約束するシャンガマックの黒い瞳に、イーアンは仔犬の懇願を想う(※懐)。同情しつつ『待ってますね』と短く答えて、クフム同行についての話は終わった。
「さて。ティヤーへ行くにあたり、船を使うと思うのだが、これは貴族と相談だ。魔物が出るまで、少し猶予もありそうな話を精霊から聞いた。この期間で移動する予定である」
「ダルナの『王冠』は?」
ドルドレンが切り出した移動手段、貴族の船に対し、ミレイオはちょっと口を挟む。さっと見たタンクラッドとイーアンは『王冠』と同時に呟いたが、その表情は肯定的ではない。この二人は、ダルナと付き合いが濃いので、少し躊躇う。イーアンは賛成ではなさそうで、窺うようにミレイオに尋ね返す。
「『王冠』の利用ですか」
「山越えもすぐだったじゃない。山脈の幅に比べれば、海峡なんて狭いわよ」
「だがな。考えろよ、ミレイオ。アイエラダハッドに来る際も、俺たちは『普通に入国』を選択しただろ?」
タンクラッドが返事を代わり、出入国時に意識することを思い出させると、ミレイオもはたと止まって『ああ、言われてみれば』と頷いた。イーアンは親方が正当な形で話を逸らしてくれたので、ちょっと安心。散々、頼ってしまっているけれど、ダルナたちを、こちらの都合良い道具にしてはいけないと思う。
それまで黙って聞いていたオーリンが、それならと『剣鍵遺跡?』皆の忘れていた、別の移動を提案する。これはミレイオとドルドレンが振り返って『どこに出るか分からない』と、これまた正当に聞こえる反対を返した。
「剣鍵遺跡って、世界中だろ?」
「でも今は、危な」
言いかけたドルドレンがピタッと止まり、暗がりに顔を向ける。青い霧がフワフワしていて・・・コルステインから止められた。
「使わない方が良い、とコルステインが」
サブパメントゥがよせと言うなら、使えない。オーリンも納得し、剣鍵遺跡移動手段は却下。ダルナの『王冠』も却下。
と言うことで、話は戻り、無難に貴族の船を頼れないか、相談することになった。
「最後に、連絡と報告共有について話したい」
ドルドレンは、個人的にもよく思っていたし、皆の状況を見ていても感じたこと。連絡珠があって、本当に何度助かったかと思うが、にしても、顔を合わせることが、これほど稀になるとは思ってもいなかった。
正直に吐露した、これまでの感想に対し、皆は顔を見合わせて『今更』くらいの反応の薄さ。
「ドルドレンは総長だからな。共有していないと落ち着かないんだろう」
タンクラッドがおかしそうにそう言ったが、総長はちらっと見て『そうではない』と、理由がその程度だと思わないよう、注意する。
「決戦はテイワグナとアイエラダハッドで、二回経験したが。今回は、開始時点でバラバラだった。そうそう簡単に、互いの状態を確認し合えるわけでもなく、俺もそうだが、誰がどこに居るか、皆目見当もつかないとは。
笑ってるけれどね、オーリン(※注意)。フォラヴが死んでしまったかと、その現場を見た俺の胸中を想像してみろ。フォラヴ、何も言うな。俺がどれほど悔やんだか。彼は生き延びたから一安心したが、それも束の間だ。
息吹き返したフォラヴから、ザッカリアが死んだとかミレイオが危険だとか、次々に心臓が止まりかねない報告を聞いて、俺は非常に悩んだのだ。
ドゥージは行方不明で、ゴルダーズ公も爆死・・・彼は生還して何よりだが、耳を疑うとはこのことだ。報告が死後なんて、冗談じゃない」
ドルドレンの言葉で、シャンガマックも沈鬱な面持ち。自分も、シュンディーンから聞いた時は、憤怒でどうにかなりそうだったのを思う。オーリンは『ドゥージ行方不明』の一言に、頭を殴られた気分で顔を背けた。
嘆息したミレイオは『そうよね』と自分の失態を認めたが、シュンディーンが背中を撫でて『ミレイオが悪いわけではない』と慰めた。
「だから。もう少し、だ。もう少し、接点を増やす意識を、全員が持てないかと願う。
種族の違い、状況の判断で、言うに言えないこともあるのは解っているが、それでも、状態の把握が可能なほど、お互いを助け合える。間に合う、と言えば通じるか?」
「ティヤーって。陸続きじゃないのよ」
ぼそっと声を落としたのはセンダラで、場の全員が彼女を見た。先ほどの反論的な態度はなく、センダラは事前に教えるように、自身の知るティヤーの環境を簡単に教えた。
片腕を前に出し、パッと手を開いたと思うや否や、妖精の魔法陣がくるりと回り、水色の細い輝きを伴って空中に現れ、皆の目は驚きで奪われる。
「ティヤー全体の地図。アイエラダハッドはここ・・・ティヤーを空から一望した図ね」
センダラ、と呟いたイーアンに、妖精の女はそちらを向き『イーアンは上から見ればいいわ』と、地図を覚えなくても良いと言ったが、話が続かないのか口ごもり、『連絡したいなら、フォラヴ経由で』と呟き、魔法陣を消す。
度々、意外な行為を見せるセンダラに、ぽかんとする一同。イーアンはお礼を言い、見せてもらった地図から、改めて思うのは、頻繁な連絡が必要と、ドルドレンに伝えた。ドルドレンもゆっくり頷く。
「説得力があるのだ。センダラ、有難う。人間の手書きの地図では、ああもはっきりと分からない。数秒だったが(※魔法陣)船の使用が増える気がした。皆が船に乗るとは思えないし、今後の別行動はさらに多くなるかもしれない。
どれほど別行動するにせよ、とにかく連絡をする癖をつけてくれ。目的は『何かの時、間に合う可能性がある』からだ」
ドルドレンがここで話を結び、皆も頷く。連絡を怠ることはないが、『頻繁に』の意味は、誰もが思い当たる。
「話は終わった?私が来た理由を伝えたい」
不意に、センダラがまた口を開き、何やら伝えたいことがあったと知ったドルドレンは、彼女に促す。再びセンダラに視線が集中し、妖精の女は、皆をツーッと指で示すと『精霊の面』と教えた。
「アイエラダハッドを出る時、精霊の祭殿で受け取った面は、消えるのもあるのよ」
「なんで知ってるの」
思わず聞き返したザッカリアに、センダラは『今日話を聞いたからよ』と続ける。彼女は、使用しないままの面を返しに行った先で、持っているようにと受け取り拒否されていた。
「私は、アイエラダハッドでしか使えないと思ったから、返そうとしたのよ。でも精霊は、ティヤーでも使えるから持っていろと言ったわ。それで、他の精霊の面でも、アイエラダハッドから出た時に消える場合と、そのままのものがあると」
「おお・・・それは頼もしい情報だ。俺は多分、このままだ」
ドルドレンも感嘆し、自分の腰に下がる精霊ポルトカリフティグとムンクウォンの面に触れる。自分の場合は、ポルトカリフティグが、今後の約束もしてくれたから、一緒だとは思ったがと話す。
「私は、お面ではないから」
イーアンは、青い布。お面を与える側だったので、関係なし。流れでタンクラッドが、ベルトにかかる龍気の面に視線を落とし、『お前のだもんな。俺も大丈夫そうだが』と、首を傾げる。シュンディーンとロゼールは関係なし。他の皆は、各自受け取った面を見やって、あれこれ言い出した。
「(ミ)私も・・・持ち出しかもね。使ってないけれど、これはヤロペウクのだし」
「(オ)俺は分からないんだよな。アイエラダハッドだけ、みたいな説明だったね」
「(ザ)俺もせっかくもらったけど、使うまで行かなかった。お面、消えちゃうかな。ここから旅も、抜けるし(※退場)」
「(フォ)うーん。私はシーリャの面だから、大丈夫そうな気もしますが」
「(シャ)俺も関係ないような気がする。コルステインの力の面だ」
「(獅子)問題ないだろ。地域の精霊じゃない。俺も同じだ」
各々、受け取った面の推測はするが、使っていない者もいて、どうなるやらと答えは出ない。だが、センダラが教えてくれたことで、全部の面が消失はしない、と分かったのは良かった。
ざわざわする場を、少し待ったセンダラは―――
「私は帰るわ。ミルトバン、行くわよ」
「あ、もう」
止めようとしたイーアンに、センダラはちょっとそちらを向き『妖精が二人揃うと良くないの』と・・・核心の一言を告げ、ギクッとしたフォラヴを無視。
コルステインが離れた場所で、ミルトバンを抱え上げ『何かあったら呼んで』と素っ気なく、妖精はしゅうっと水色のきらめきを残して部屋から消えた。
フォラヴの表情に複雑な色が浮かぶ。言い難くなった、『自分も旅路を抜けるかも』の言葉。
離れたくはないし、まだ皆と共に続けたいが、忠告された今は真剣に悩む。完全に抜けなくても、呼ばれるまで離れる状態にしようかと考えていたことを、この場で話したかった。
言い出せずに未消化の気持ちを抱えたフォラヴを、シャンガマックがそっと見ていた。
この後、シャンガマック親子は表で休むからと外ヘ出て、タンクラッドは久しぶりにコルステインと休むために退室。他、部屋の用意がない数名は、それぞれ散る。イーアンは龍気の都合で空。ザッカリアも一緒に行くと決まり、彼も空。ロゼールはフォラヴの誘いで、一部屋に同室。ミレイオはシュンディーンに地下の自宅を勧めて、シュンディーンは赤ん坊に戻った。ドルドレンは、オーリン部屋に間借りする。
長い長い日は夜更けを過ぎ、一時の安息ヘ。
お読み頂き有難うございます。




