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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悲歓離合
2416/2964

2416. ゴルダーズ公の鳥文 ~②召使たちの繋ぎ・導きの連鎖

☆前回までの流れ

アイエラダハッドの旅も終点。魔物戦の後、場繋ぎのヒューネリンガで動いたのは、世界の旅人だけではありませんでした。貴族や彼らに仕える人たちもまた、重要な行動を巡る時間で繋いでくれました。

今回は、金の舟で朝に発ったヴァレンバル公を見送った、あの御者の一日です。

 

 この一日。この朝に、金の舟を見送った、ヴァレンバル公の御者の話も。それと、ゴルダーズ公の従者が関わったことも、ここに添える。



 御者は、金の舟に乗った主人を送り出した後、港跡から隊商軍施設へ寄り、館に増えた来客―― ミレイオやザッカリア他 ――の分、食事提供の申請に向かった。


 炊き出しは、日に二回だから、夕の炊き出しの時に配給を取りに来る約束をし、その時、隊商軍の仲の良い軍人に会い、挨拶を交わして『ゴルダーズ公が生きていたんですよ』と少し話した。


 ヒューネリンガは、ヴァレンバル公が町と上手く付き合っているし、大貴族ウィンダル家も根付いて長く、摩擦も軋轢もなくの関係で、貴族と隊商軍の温度差が少ない。なので、ゴルダーズ公の生存を伝えられた軍人も、素直に『それは良かった』と、生き永らえた貴族の情報に微笑んだ。


 そして『そう言えばね』と軍人からも、御者に打ち明け話。それは御者が耳を疑う情報で、二度繰り返して聞き直した。


『なんですって?ウィンダル家のご子息が』『そうなんだよ。昨日の夕方だったかな。今、()()に居るよ』と、隊商軍は声を潜め、横の寓舎に視線をちょっと流して頷く。まだ言わないでほしいから秘密にな、と囁く隊商軍に、御者は壊れた寓舎を振り返り『うちに泊まって頂いては』と思ったが、自分が口を出すことではないし、素直に『他言しません』とだけ答えた。


『近い内に、そちらのご主人にも報告は行くと思うから』隠しても隠し通せる存在じゃないし―― ウィンダル家の生き残り ――と少し笑って、内緒も今だけだよと立ち話を終えた。


 その後で、御者は『そうだ、あの人にも』と思い出した、ゴルダーズ公の従者の元へ寄った。


 従者は、ゴルダーズ公の会社で寝泊まりしていると聞いていたので、そこを訪ねたところ、粉砕した会社の脇に寄りかかる小屋にいた。物置小屋は、会社一階の荷置き場から続いており、冷える日々を彼はそこで過ごしていた。

 無事で良かったとまずは挨拶し、小屋から出て来た、くたびれた姿の従者に『ゴルダーズ公が生きていらっしゃいます』と伝えると、彼はぽかんとした顔のまま、涙を浮かべて頷いた。


 それが本当だとは俄かに信じがたかったか、『どこの町の避難所に?この町に運ばれてはいないですよね』と主人の重傷を懸念する質問で返した彼に、御者は静かに『いいえ。全快されております』と力強く微笑んで教える。


 何度も目を瞬かせる従者に、御者は今朝の話をし、二人は川の方を向いて『半月もすれば戻られるはず』と、ゴルダーズ公も、迎えに行ったヴァレンバル公も無事で、あとは距離の問題だけであることに感謝した。



 御者は少し考えて『きっとゴルダーズ公が戻るなら、うちにいらっしゃるでしょうから』と、従者も館に招いた。小屋は板も剥がれていたし、従者は数日でやつれて病気になりそうに見えた。慕う主が戻った時、彼が体を壊してはいけないと、自己判断に葛藤はあるが、御者は『私の部屋を分けましょう』と提案し、従者は有難くそれをお願いした。


 こうしたことで、従者を乗せた馬車を出し、御者は館のある丘の道へ入る。


 従者は、御者と並んで座り、これまでのことを話し合っていた。話の途中、従者は馬車の上を掠めた影を目端に映して、言葉が途切れた。

 鳥文だろうか、と二人で見送った先は、館・・・()()が、ヴァレンバル公に書簡を出したのだろう、と思ったのはそれだけだったが。すぐに『誰か』を知ることになるとは。


 間もなくして、丘の裾に回る道を上がり始めた馬車は、館から馬が二頭駆けてくるのを見て、車輪を少し脇へ寄せる。


 召使二人が、二頭の馬それぞれに乗り、一人は館の魔法使い(※普段、召使状態)だった。

 馬車の横まで来ると足を止め、『ご主人様は中ですか』と訊き、御者は『ご主人様は舟で川へ』と言いかけたが、召使たちにはこれで充分だったのか、主がいない確認を得たすぐに、『ゴルダーズ公が』と次なる報告に移った。


 一瞬、『また何かが?』と肝を冷やしたが、召使は『客人に会いに、()()()いらっしゃる』と笑顔を見せる。御者と従者は緊張から一変、破顔した。



『鳥文が来たが、部屋に入るや、鳥が自分で筒を外してしまい、転がった筒から書簡が落ちた』と言う。

 見る気はなくても、巻きが開いた紙を追った視線は、そこに書かれた一文を読み、驚いたも束の間。『これは()()』と、馬を出したらしい。


 何が()()か。二人は、更に御者に質問する。


「確認しますが、ご主人様は、隊商軍に足を運ばれましたか」


「いえ、お立ち寄りには・・・なりませんでしたが。どうして?」


「ご主人様の慌てぶりから、もしやそうかと思い、私たちは今から隊商軍の死亡名簿を」


 召使いの言葉に御者はハッとし、隣の従者も『あ、そうですよ!』と声を上げた。

 そこまで頭が回らなかったが、死亡名簿の名前を削除しないと、記録から一週間で、ゴルダーズ公は()()()戸籍から消えてしまう。


 大貴族の死亡報告だけに、届くのは早かった。ゴルダーズ公が完全に戸籍を失うと、彼の財産や管理していた全ての行き先が変わる。あの規模の資産を持つ貴族でそうなると、『国に影響する』くらいは誰でも分かる。


 精霊の時代に変わった・大貴族の力はもう効力もない、とはいえ。復興にかかる様々を想像すると、貴族の知識や伝手を頼る場面は、現実的に多いはず。


 ゴルダーズ公の生存証明を求められても、口頭で証拠人(※フォラヴ)がいる以上、どうにかなる。

 書簡にも、本人が来訪する意思が書かれていたため、ここで生存報告が出来れば。一旦資産を失うと面倒な、損失を取り戻す期間や手続きも省ける。



 ということで、大急ぎのすれ違いざまに、報告を残した召使だが、はたと何やら思い出して、『これ』と手に握った物を差し出した。


 それは書簡で、『つい持って来てしまった』と御者に渡す。

 考えてみたら持ち出すものではなかった(※個人宛)と、書簡を館に戻してくれるよう頼む。御者は了解して受け取り、召使は町へ馬を走らせ、馬車は館へ。



『客人が二階にいる』と聞いていた従者は、ご主人様が来ることを伝えなければと、馬車を降りるなり、館の中へ飛び込み、御者も笑顔で後に続き・・・・・


 そうして、あの一階のホールの場面に至った(※2408~2409話参照)。



『船』についてはヴァレンバル公(ご主人様)への返事だろうが、ゴルダーズ公からのメッセージ『客と庭園、御地にて』。この意味は、貴族に長く仕える召使いたちなら、知っている。


 来客と会話を求めるから、留めておいてくれの意味。

 庭園は、肩を並べて歩く会話状態を示しており、『御地にて』と指定された以上、ゴルダーズ公が()()へ来る。

 ・・・この時、『書簡が誰の筆か』まで、召使たちは考えなかったが、それはこの事態でさほど問題にはならなかった。



 ここから、夜まで―― 忙しく、ご主人様が何日後に戻るかと、とにかく客人には『うちに居て下さい』と頼みながらの初日を過ごしたが、夜が来て・・・この日の驚きは連続だが、安心も同時に受け取った。


 最初の安堵は、なんと屋敷が元に戻った奇跡。


 夜が来る頃、町が明るく光を含んだと思ったら、目に飛び込んだ次の風景は、長く見慣れていた、以前のヒューネリンガ、その姿。館の壊れた壁や塀、抜けた床や落ちた階段は、木材の破片一つ残さず元の状態へ。


 急いで外に出ると、庭も植木も石畳も、何もかも一切が、記憶のずれもなく蘇った光景に涙した。

 丘の下の町でも灯りがいきなり増えたので、町もそうでは、と召使たちが話していたところへ、空神の龍イーアンが戻り、何が起こったかを教えてくれ、縋りついて拝んで・・・感謝した一時―――


 そして続けて、奇跡は起きた。召使たちが忙しく館の中を駆け回る間で、表に馬車が到着し、来訪者?と玄関を見たら、ご主人が戸口に現れ、後ろにゴルダーズ公までいた。


 たった一日で。目的地までの往復を叶えたご主人と、奇跡的に生き延びたゴルダーズ公が戻ってきたのだ。



 彼らは隊商軍へ寄ったらしく、『もう一人、救出したけれど、彼は施設へ』と話しながら・・・復活した館に揃う、世界の旅人たちと、貴族二人は向かい合った。


 だが、『遅い夜に戻ったから、挨拶だけでも』と、短く留める。

 生還を互いに喜び、長くなりそうな話を『今は敢えてやめましょう』ゴルダーズ公はそう言って、客人たちの集う部屋を退室。出る時、妖精の騎士の空色の瞳に見送られたことで、ゴルダーズは微笑みを押さえることは出来なかった(※フォラヴは見てただけ)。


 客人―― ドルドレンたちの夜は、もう少し先で・・・・・



 *****



 ヴァレンバル公の館に泊まることになったゴルダーズ公は、機転を利かせてくれた、召使二人(※一人は魔法使い)に礼を言い、召使状態で使われることを厭わない、貴重な魔法使いに『今後も活躍を』と称賛した。


 余談だが、ゴルダーズ公は『私にも、魔法使いより魔法を使う、優れた召使いがいた』と寂しそうに微笑んで、力を驕らない性格は金銀に勝る、と呟いた。リチアリの無事を心に祈る一時。


 機転を利かせた、と褒められた魔法使いは深々会釈し、部屋を出ようとしてヴァレンバル公にも引き留められ礼を言われた。その序、『シドゥヴェルフィに()()()が無くなったと送ってくれ』と仕事を命じられ、退室。



「さて。明日はウィンダル家のご子息を、招かないと」


 召使たちが下がった部屋で、ヴァレンバル公は興奮冷めやらぬ上気した頬で、『時が運命を紡いでいる』と静かに拳を握り締める。水を貰ったゴルダーズ公も、近くの椅子に腰かけると、大きく肩で息をついて頷いた。


「そのとおりです。隊商軍に寄って良かった。『ルオロフ・ウィンダル』まで、この町に来ていたとは」


「お導きですよ・・・!間違いない。ここに集うなんて、古王宮は()()()()けれど、これこそ知恵の交代の大いなる段階。私たちは生き残り、今、この地に揃いました。私たちが排除されずに残った理由は、もう考えなくても見通せることです」


「ヴァレンバル公、少し落ち着いて」


 ハハハと笑った、嗄れた声。ゴルダーズ公は暖炉の側へ移動し、ヴァレンバル公も上着を脱いで、襟元の布を緩めると、暖炉の上に置いてあった酒瓶に手を伸ばした。


「今日くらいは・・・きっと。あなたの生還を祝って、酒を口にするのも許されましょう。是非そうさせて頂きたい」


 ここに置いてあっても、この酒は割れなかったんですから、と冗談めかして、瓶の栓を抜くヴァレンバル公に、疲れ切って空腹でもあったが、ゴルダーズ公も苦笑いで受け入れる。とはいえ、さすがに。


「良かったら、少し何か食べるものを分けて頂けたら、私も()()()寝落ちしなくて済みそうなのですが」


「あ。すみません、そうでした!失礼を。すぐ戻りますから、お待ちください」


 二人の貴族は、緊張から解かれた疲れと、生きて帰った無事への喜びで、動きも何もちぐはぐ。笑って部屋を出て行ったヴァレンバル公に、笑顔で頷くゴルダーズ公。まだ、自分たちが誰かの役に立てる、その許された立場を感じる。



 戻ったヴァレンバル公は、皿に取り分けた配給を乗せて、少し恥ずかしそうに『今は配給で』と言い訳しながら、それでも食べられるだけ有難いものでとか、ぼそぼそ付け足しつつ、空腹のゴルダーズ公に渡した。

 無論、ゴルダーズ公は喜んだ。目を瞑り、数秒感謝の祈りを捧げ、すぐに添えられた突き匙を手に取ると、瞬く間に食べ切った。はー・・・と大きく息を吐いて、笑顔のゴルダーズ公。


「いきなり来て、あなた方の食事を、横取りしてすみません」


「いいえ。横取りなんて言わないで下さい」


 さぁ、飲みましょうと、曇った容器を布で乾拭きし、酒を注いで、二人はささやかに無事を祝った。


 ヴァレンバル公も、朝から食べていない。だがそれは、気にならなかった。喉を焼くように、熱く滑り落ちた酒は、冷えた体を内側から熱し、胃袋に行き渡るまでに、呼吸が酒の香りに染まる。


 これが死に別れの酒ではなく、弔いの酒でもなく、生還者と再会した祝杯であることに、二人はしんみりと少し黙った。


()()。この場に呼びたかったですね」


 しんみり続き、ヴァレンバルが呟く。隊商軍施設にいるとは聞いても、時間も時間で会わなかった。『明日会うのだし』と答えるゴルダーズ公に、ヴァレンバルは容器を揺らして、暖炉に凭れ掛かる。


「ゴルダーズ公、貴族(私たち)は、これから立場も薄いでしょう?だけどまだ、もう少し粘れると思うのです。精霊が私たちを後押ししてくれたのは、他ならぬ」


「この館の二階にいる、()()()()()のため」


 口を挟んだ年上の貴族に、ヴァレンバルも視線を移して小刻みに頷く。


「そうです。彼らがこれから、どこへ向かうのか。まずはそれを支えたいと、思います。復興も勿論大事ですが・・・一先ず、()()()()()しているようなので」


 ちらりと窓の黒い夜を見た、ヴァレンバル公。その視線を追い、ゴルダーズ公も外の明かりを見つめる。


 奇跡と言わず、何と言うのか。町はほぼ、完全に、復活した。避難所を不要とするほど、壊される前の時間まで巻き戻した姿へ。これがどこまで本物か、いつまで保たれるのかは、不安もあるにせよ・・・・・



「元通り・・・ではないかもしれませんが、限りなく、そう見えますよね」


「イーアンが、彼女の仲間の魔法で()()()()した、と話していましたから、そうなのでしょう」


「魔法が解けたら、残骸だらけ?」


「いや・・・どうでしょうね!龍の仲間の魔法ですから、そんなことは」


 ハハハと二人で小さく笑い、消えたら大変だと、金の舟に続く心配を口にするが、内心は『例え消えても大丈夫』と信じている。もしもいつか、掻き消すように町が瓦礫に変わっても、自分たちはその時までに、建て直せるだけの地盤を作り上げているはず。それだけの力を得ているだろう、と思える。


 酒瓶の横に置かれた、水差しを手に取り、ヴァレンバル公は『この水も』とゴルダーズ公に教える。ここに泊まってくれている客人が、聖なる水で清めてくれたから、飲み水を切らさずに済んだ話。川を死体が埋め尽くした恐怖の地獄絵図さえ、精霊が消し去った。


「消し去ったのは、『動力』もですが」


 ヴァレンバル公は、ここでゴルダーズ公から受け取った、黒い鞄の話に移った。

お読み頂き有難うございます。

本当は絵を添えたかったのですが、間に合わないので、後日この回に添えたいと思います~

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