2415. 魔物の王幕間・ゴルダーズ公の鳥文 ~①シドゥヴェルフィの町経由
※明日2月1日は投稿お休みします。どうぞよろしくお願い致します。
☆前回までの流れ
ヒューネリンガに集まった仲間の報告それぞれ。たった一日に詰め込まれた、皆の役割。イーアンは異界の精霊一斉解除を終え、イングと共にアイエラダハッド復興に回りました。また、彼らと関わる貴族ヴァレンバル公たちも動きはあり。
今回は、一段落着いたところで、魔物の王の話から始まります。
『弱さとは、永遠』
骨ばった手が、動かすだけで切れそうな薄皮をぴんと張って、赤い石の玉に五指を被せる。面白いもんだ。勇者はあれほど繊細で、生き残れるのか・・・?
アイエラダハッドの軍配の傾きなど、全く意に介さないように、一頻り嗤った後で、ぐらりと石を揺らした手は離れる。
『あと。二ヵ国。それで駄目なら、天と地が。それでも駄目なら、もう一つだ』
余裕が増長するオリチェルザムは、三度目の勇者に浮き上がった心の付け入り所を、然も可笑しいとばかりに、嗤い止んでもまた声を立てて嗤う。
『甚振る甘さがあるとは。しばらく、翻弄も出来る勇者とな。以前もあれの属性に弱かったが、今回も。
以前は、結局のらくらと、掴みどころのない奴だった。弱い頭で姑息な男・・・最後の最後で、討たれたのは今思い出しても情けないが・・・三度目の勇者は生真面目で、姑息の欠片もないようだ。弱さに挫けたら、立ち直れないかもしれんな』
ドルドレンの甘さと弱さは、魔物の王の憂さ晴らしと積年の恨みをぶつけるに、全く以て丁度良く映る。池に石を投げる楽しみを得た子供のように――― 魔物の王は踵を返して、暗く湿る石の壁を通過した。
『面白な。勇者。お前は女龍を引き入れ、精霊を味方にし、仲間に守り固められているが。とんだ立役者か。弱味はお前の中に生きている。お前を真面目に仕上げた運命が、裏目に出る』
耳障りな雑音を笑い声に、冷たい石の城に響く嘲り。『少し休め』と余裕の労いを呟いて、魔物の王は、空気に滲む黒い霧に紛れて消えた。
*****
ゴルダーズ公の生存、そして彼からの書簡についても記す。一見、裏方の些細な話。しかし、これも巡りの重要―――
少し時間を戻す。ヴァレンバル公が受け取って、返事を出さず仕舞いだった、ゴルダーズ公からの書簡があった(※2374話参照)。
しかしこれは、『船が大破する前』のもので、『ヒューネリンガに到着次第、客人をもてなし~』とした、いわゆる接待取次の連絡で、ささやかに乗船名簿的、客人の立場と名が連なった書簡だった。
内容は大したことがなくても、この時に返事を出していなかったことが、今回の展開を早める、とは。
ヒューネリンガも魔物に襲われて、返事どころではなかったため、ヴァレンバル公は、ゴルダーズ公が飛ばした『鳥』を預かったままだった。
―――鳥文は、魔法使いが呼び寄せる、野鳥を使うのが、アイエラダハッドの一般的鳥文。
野鳥に書簡を付けたら、魔法使いが行き先を命じるのだが、これは片道だけの命令もあれば、往復の命令もある。目的地まで距離が遠いと、大体は片道。
鳥に無理がないように・・・と聞くと思いやりのようだが、書簡重視の意味であり、鳥の体力が持たなければ、書簡も運べない現実があるため、距離の遠い地へ飛ばす際は、片道だけ命じることが多い。
なので、逆を言えば、近ければ往復を命じるのが、通常の鳥文。これも、連絡の都合によって変わることだが、ただの手段なので厳密ではない―――
ということで。その時も、ゴルダーズ公と一緒にいた魔法使い―― 従者の一人 ――が放った野鳥は、船がヒューネリンガへ向かっている道程を前提に、『往復』を命じられており・・・ 受取先ヴァレンバル公に書簡を届けた後も、魔法は解けておらず、鳥は彼の元にいた。
町の被災で忙しかったヴァレンバル公は、これをすっかり忘れた状態で、『船の事故・ゴルダーズ公死亡』を緊急の鳥文で知ったため、出し忘れた返事の記憶は更に薄れた。
そうして数日経過。フォラヴから、『ゴルダーズ公は生きている』の情報が入る。これが今朝の話。
大急ぎで、知人に鳥文を出し(※2404話参照)遭難現場から近い町へ、船を手配するよう頼んだが。
鳥文を行ったのは、館に残した召使―― 隠れ魔法使い(※連絡用) ――で、彼が呼び寄せた鳥は、『ゴルダーズへ返信を運ぶ命じ』が、解けていなかった野鳥だった。
さらに魔法使いは、来た野鳥に『ゴルダーズ公を早く迎えに行けると良いのだけど』と呟きながら、魔法で行き先(※遭難現場近辺の町)を伝えて、放鳥・・・・・
鳥は。 ひゅうっと上昇気流に乗り、遠く、行き先の町へ着いたが、往復の魔法が掛かったまま。
町から目と鼻の先にある、倒れた残骸の船―― 鳥が出発した場所 ――を見て、そちらへ先に降りた。これこそ、ゴルダーズ公が運に微笑まれた瞬間。
ゴルダーズ公は、頭上から落ちた鳥の影に気付き、その鳥が何度か旋回して、離れた船の舳先に降りたのを見た。直感が告げる。『あの鳥は』と立ち上がり、鳥を呼んだ。
魔法は使えなくても、書簡を受け取るだけなら問題ない。
鳥が来たら仕草や音で導けば、魔法の効果で目的地の誰かへ、鳥は誘われるもの。魔法で命じられた先が、自分と異なれば来ないだけ。
こっちだよと・・・貴族時代は、屋敷や別邸でよくそうしたように呼び掛けると、離れた船から鳥はすぐに飛び立ち、真っ直ぐゴルダーズ公の元へ来た。
―――こうして、鳥の足に付けられた書簡を、(※自分宛だと思って)取り外して読んだ。
読み始めてパッと紙を閉じる。『私宛ではない手紙を読んでしまった』と、育ちの良いゴルダーズは気にしたが、しかし自分の名も見えたので、少し躊躇いつつ、もう一度開き、読ませてもらうことにした。この間、鳥は離れない。
「ヴァレンバル公は、そこの町から船を出すと・・・ フォラヴがすぐに知らせてくれたか」
『フォラヴが』。ここで感動一入。いや、そう話していたから、こうなるのは自然だけれど。でも、嬉しかった(※フォラヴは人助けの一環)。
手紙の内容と、自分に戻った鳥から、急いで察しを付けたゴルダーズ公は、その手紙を筒に戻す前に、シャツの薄い部分を細い帯状に裂き、燃えさしで短文を書いた。文字は見づらく、判別し難いが、貴族間のやり取りで短縮する地名や造語で目的を示したので、見る者が見ればピンとくる。
千切った布を慎重にたたみ、文字が崩れないよう願いながら、鳥の片足に結び、それから書簡を筒に戻す。鳥はきょろきょろしていたが、ゴルダーズ公の手がトンと背を叩くと羽ばたいた。
残骸の船とゴルダーズ公を背にして、次なる魔法の到着地である町へ飛んだ鳥は、ヴァレンバル公の知人が営む、会社の窓枠にとまる。
ここは、シドゥヴェルフィの町――― 南下するヒューネリンガまで、船(※動力なし)で一週間ほどの距離がある。
ヴァレンバルの知人は留守でいなかったが、留守を預かる兄弟が鳥を見て、その両足に首を傾げた。
書簡と、布切れ・・・? 丁重に結ばれた布切れは、汚れているが、その糸は細く強く輝きある繊維で、これは貴族の服とすぐに分かった。
彼は鳥の足から、まずは布切れを外し、それから筒の中の紙を抜き取って読み、筒も外してやった。鳥はここでお役御免。放されて空へ消える。
書簡と、もう一つの布切れに目を通した彼は、彼の兄弟の代理としてペンを執った。ヴァレンバル公宛で、『船の準備要一日』と、『ゴルダーズ公より、客と庭園、御地にて』の二つを書く。インクを乾かし、紙を丸めて筒に入れたこれを、会社横にある隊商軍宿舎へ持って行き、そこに待機する魔法使いに頼んで、鳥文を飛ばした。
薄青い空に発った鳥は、船で7日ほどのヒューネリンガであれ、直線距離であっと言う間に手紙を運ぶ。それを見送った後、手近な者たちに、本日中に上りの船の手配を、進めるよう話した。
「会社どころか。建物も、道も港も、壊れている。兄も、復興準備で回って戻れないし、連絡に必須の魔法使いさえ、宿舎泊まりしてもらってる状態だ。
船を出したいのは山々だが、すぐにとはいかない。荷役船の無事なのが、一つ二つあったと思うけれど、船員が足りないし・・・今日中に人手を募って、明日にでもゴルダーズ公を迎えに行けると良いが」
生きていたとは・・・ 驚きながらも、アイエラダハッド屈指の大貴族の無事が、どれほど貴族に心強いか。
時代の終わりを告げた今、茫漠と抱えた不安が晴れる思い・・・今は集結して、力を合わせる時期と思う彼は、荒廃して慌ただしい町を少し見つめてから、自分の持ち場へ戻った。
―――ゴルダーズ公は書簡の内容から、シドゥヴェルフィの中位貴族が迎えの船を出すまで、数日は見ないといけないと考え、筏作りを急いで、少しでも南下を試みようと、もう一人と話した。
「ヴァレンバル公が迎えを寄こしてくれるだろう。シドゥヴェルフィは、ここから一日ほど下れば見えてくる町だから、私たちもここで飢えて動けなくなる前に、筏で進もう」
もう一人の人は、シドゥヴェルフィより先の町の船員だったが、事故を聞き(※ゴルダーズ公の船)救援で来ていた。しかし、彼も船と仲間を襲われ、自分一人になり、ここまで来てゴルダーズ公と会った。
提案の『筏』は、大貴族が作れないと思っているので、自分が引き受ける。
ゴルダーズ公も手伝いながら、空腹に苛まれつつ、二人は筏になる木材を集め、綱が足りないと解いて撚り直し、水に浮かべては沈みかける筏を調整し・・・ そうこうしているうちに。
「ゴルダーズ公!」
川渡る風が冷たくなり出し、焚火用の木っ端も少し増やした頃だった。
川の下りから名を呼ばれ、ハッとして振り返った視界に、金色の小さな舟が見えた。手を振る人、一人。何度も自分の名を呼ぶ。誰かと思ったゴルダーズ公は、水際ギリギリに立ち、こちらへ舳先を向ける舟を待った。そして顔が見える距離に来て、目を見開いた。なぜこの人が。この金色の一艘は。
「まさか。ヴァレンバル・・・公ですか?」
「生きていて下さって良かった!!」
午後の冷たい風が吹く川面、滑るように近づいた金の舟は水際で止まり、止まると同時に喜びの声を上げた顔見知りは、舟を飛び出し水をざぶざぶ分けながら、ゴルダーズ公に駆け寄った。
「精霊が舟を貸してくれました!ああ、奇跡だ!再び、お会いできるとは」
精霊?と繰り返す驚きも、ヴァレンバルは遮り、大貴族の腕を掴むと『乗って下さい』と舟へ導く。唖然としているもう一人にも『あなたもです、火を消して』と急がせ、慌てて焚火を消した彼とゴルダーズ公を舟に先に乗せてから、ヴァレンバルも金の舟に乗り込んだ。
「もし、舟が途中で消えてしまったら泳ぐだけですが、まだ消えていないので」
「え。消えるんですか?」
「精霊の計らいまで、私が分ろう訳もないですから、そこは消えないように願いましょう」
消えたら夜の川に落ちる・・・と、保証のないヴァレンバル公の言葉に凝視するが、当のヴァレンバル公は、笑顔が絶えずに首を横に振る。
「ゴルダーズ公が生きていた!これが奇跡以外の何でしょうか。そして、あなたを迎えに行きたいと、願った私に現れた、この金の舟が、ここまで連れて来てくれたのです!
今朝ですよ、私がヒューネリンガを出たのは!上りの川で、10日は使うはずが、半日もかからないで着いたなんて、信じられますか?!でも着いたのです。
きっと私たちは、ヒューネリンガまで戻れる、と私は思います。もしも舟が消えて、川に投げ出されても、それさえ精霊の意図あってのこと・・・ここまで来て、私たちが死ぬ気がしないです」
一気に喋ったヴァレンバル公は、精霊の恩恵を信頼し切っていた。現実的だった彼の、この変わり様。以前なら、穴が開くほど見て驚いたに違いないが。今はゴルダーズ公も、しみじみ痛感する。フフッと笑って頷いた。
もう一人の人も『私も、心が安堵しています。泳げないなら、私が誘導しますから』落ちたとしたって大丈夫・・・そんな言葉で答えた。
こうして金の舟は、穏やかな川を滑り、三人を運ぶ。
不思議なことに、風景はゆっくり過ぎていても、舟は早く移動しているようで、彼らは通り過ぎる夕方、夕暮れ、夜、その風景を見ながらにも拘らず・・・ 視界にシドゥヴェルフィの町も入らないで過ぎ、続く町々のどこも、目に映ることはなかった。
金の舟に乗る彼らの目が捉えた、最初で最後の町灯りは、目的地―― ヒューネリンガ。
お読み頂き有難うございます。
明日2月1日の投稿をお休みします。アイエラダハッド編は、ひとまずここで区切りです。
次回も裏話と言いますか、そうした流れから始まり、徐々に出国へ向けて、話は動きます。
どうぞよろしくお願い致します。




