2414. アイエラダハッド巡回の空 ~②ダルナから復興を・リチアリ再会
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『ドルドレンたちはここに』呟く声さえ、氷になって落ちるような、凍てつく風吹く氷河に立つ。
留まる暇はないけれど、なぜかイングは、人里のない氷河と群島に寄ってくれて、その風景に数分、二人は佇んだ。
イーアンは凍りつくそこに、何となく引き寄せられるものを感じる。シャンガマックを探してここまで来たドルドレンは、『氷河の祈祷師は私に似ている』と、話していた(※2014話参照)。
その人に私が会うことはなかったな、と氷河の世界を眺めて去りがたい気持ちを思う・・・・・
『行こう』と静かに声をかけられ、頷いたイーアンはまたイングの片腕に乗った。
ドラゴン状態のイングの小脇は、抱えられるというより、ちょこんと間借りして腕の一部に乗っかっている具合。イングはどうしてここに寄ってくれたのかな、と不思議だが、これを質問することもなく北東へ。
北東は、人の住まいがないため、ザーッと見て人の気配がないか辿り、確認後に中北部まで一気に移動した。
山間の町、村、集落を再現した時、グスキークで『あ!』と声を聞き、イーアンが下を見ると町民が手を振っていた。手を振り返した一回で、瞬く間に次へ行く。
そして。感傷、しみじみ、そんなの吹っ飛ぶ現場を前に、イーアンは固まった。
「たいしたもんだ」
「私は止めましたよ。でも、私もやったけど」
「ここに、町や村が」
「言わないで下さい。在ったでしょうけれど、跡形もないです」
「人もいないな」
「人間や生き物は、助かったと(※男龍が言ってた)」
「生き残っても、さすがに移動したか。住めないから」
「・・・・・ 」
どこからともなく囁かれ始めた、『龍の爪痕』の凄まじい規模に向かい合う。ひゅ~と吹き抜ける風の、やたら風通し良いことったらない。反省するところではないが、こんなになっちゃってと思う気持ちは、イーアンに一応ある。
これを前にしたイングは少し考えて、右から左を見ると、抉られた巨大な溝、山脈さえ消えたそこに、ふむ・・・と鼻を鳴らす。
「道でも敷くか?」
「え。はい?なんて」
「人間は、道が欲しいだろう。お前も馬車が超えられない山脈に悩んで、王冠を使った。今、ほら。これが」
「あっ。そうですよ、本当!これが道になったら」
「遮るものは、全て消え失せた(※事実)。西も東も、行き来は楽だ」
素晴らしい~ 大きなイングの鱗撫で撫で、イーアンは彼の素晴らしい思いつきを褒め、『道が造れるのか』を問い、イングは『傾斜が緩くなって、馬車が通れる平坦な角度と均し』その理解で良いなら、と答えた。
有難さ、感謝感激雨あられ。イーアンは拝む勢いでお願いする。と、イングは仲間を呼び始める。あれ?と思ったら、違う御方が登場した。地上に降りた二人の前に、わらわらと小柄な背丈の皆さん・・・・・
「あなたたちが?」
「んー・・・?女龍?そうだよな。昼に見ると、違うな」
わぁ!と手を打ち合わせたイーアンは、ここで再会した小鬼に『そうです私、あの夜にお会いしましたね』と生き残った彼らに喜んだ。彼らは見た目、変わりがなく、内包する力が戻った様子。とにかく無事で良かった、また会えた、と嬉しがる女龍に、小鬼の集団も微笑む。
やってきたのは、白い筒二回目の夜、人里をすっぽり地下に引き込んで守った、小柄な精霊たち(※2380話参照)。
「道だ。西と東の両端にある町か村から伸びる、その間の道を敷く」
「いいよ(※あっさり)」
前置きなしのイングの命令に、小鬼は何を訊き返すこともなく頷く。そんなすっきり引き受けられるの?と、潔い返事に驚く女龍だが、小鬼は女龍を見上げて『あんたがぶっ壊したから、手っ取り早い』と・・・喜びが真顔に戻ることを言った。
凹む女龍を気遣って、イングはイーアンを下げ(※小脇)、小鬼の精霊にあれこれ細かな点を注文すると、後は任せたと浮上する。
「じゃあな、ダルナ。道はやっとくよ。またな。女龍」
「頼んだぞ」
イーアンも表情が失せた複雑な心境で手を振り、ダルナは女龍を連れて、次へ移動する。デネヴォーグ近辺も、山脈沿いの古い町ピズラクや、工芸の町や村や集落も・・・ あのワタイー集落の舟が使う川は、岸壁が崩れていたが、『これは精霊の範囲』と切なく見送って、人里を再現して進む。
レーカディを追った道のりで通った、水運の町やオガジャクあの辺りも、海岸線の集落も・・・ 空を飛んで見て来た、多くの風景をなぞりながら、人里を巡り巡る午後の時間。
そうして、イングはヒューネリンガだけ順番を飛ばし、『あそこは最後』と南下。
南の海沿い、港町、中へ進んで、平原を跨ぐ辺りで『あれは』とイーアンは待ったをかけた。
小さなテントが無数にある。テントは移動式の生活の民族か、もしくは、放牧か。壊れたテントを脇に置いて、少ない数のテントが群がる小さな民族を見つけ、イーアンは『あれも』と指差す。
もしかして、リチアリの・・・ リチアリの部族は南部と言っていた、と過った時、『イーアン』と聞こえた声にパッと下を見た。
「あ――――っ!」
リチアリ―――っ 叫んだイーアンは、イングが掴むより早く飛び出し、草原へ急降下。馬に乗った男が手を振る笑顔に、イーアンは抱き着いて『また会えました』と喜んだ。リチアリも笑って抱き留め、体を少し離し、女龍の顔を見た。
「あの高さでダルナの影。現れて止まったから、もしかしてと名を呼びました」
「嬉しいですよ!ここ?ここがリチアリの」
「いえ、ここは私の部族とまた違うのですが。馬で、知らせを運ぶために訪ねていました」
抱き着いたまま、馬の上で満面の笑みのイーアンに、笑い出したリチアリは『挨拶しに来たところで』と、テントから自分たちを凝視している人々を示した。うん、と笑顔で振り返ったイーアンに、空から声が降り注ぐ。
「イーアン。時間が」
「あ。そうだった」
イングが下りて来たので、リチアリは大きな青紫のダルナに少し緊張。何となく面白くなさそうな感じなので、このダルナはイーアンが好きなんだと思った。
「行くぞ・・・ここも戻すか?」
不満そうな顔で『戻すなら戻す』と言うイングに、イーアンはお願いする。そして、凝視しているテントに人たちは更に驚いて騒ぎ、テント再現で慌てふためく姿に、リチアリも目を丸くした。
「すごい」
「国中を回りました。彼が・・・素晴らしい能力で、民の生活の基盤を戻します」
「有難うございます。急いでいるんでしょう?行って下さい。またもしも、私が必要になったら、いつでも探して下さい。アイエラダハッドを守ってくれて、ありがとう。空神の龍。有難う、ダルナ」
イーアンは抱き着いていた腕を解き(※忘れてた)、ニコッと笑ってお別れする。リチアリも笑顔で『最後に会えた導きに感謝します』と言い終わるなり・・・ 目を彷徨わせた。あれ?と思ったイーアンに、また視点を戻したリチアリが微笑む。
「あ・・・もう一回、会えそうですよ」
彼はそう言うと、騒がしくなったテントから、数人の人がこちらへ来るのを見て『早くいかないとお礼で捉まる』と笑って、女龍に行くよう急かした。
「私たち、また会いますか?そう見えたの?」
聞きながら浮上する女龍に、リチアリは笑って頷くだけ。青紫のダルナにひょいと胴体を掴まれた女龍は、答えも聞けないまま『さようなら~』と手を振る。
飛び立つダルナとイーアンに手を振るリチアリは、『きっと。ルオロフがあなた方に頼むから(※2409話後半参照)』小さな独り言を落として、こちらへ来る人たちに向き直った。
リチアリの馬に掛けた荷袋・・・そこに収まった、木製表紙の書と、忘れ形見になり切らずに済んだ、若い貴族の刺繡布を、また取り出す時を楽しみに。
―――それと・・・『ルオロフ』で、『イーアン』と来れば、頭に掠めたことも。
イーアンの顔を間近で見た、二度目。一度目は餓死寸前の空腹、そして民の先導役で、気にする余裕もなかった(※2346話参照)。
今はゆとりが心にあって、しっかり思い出す。紺色の僧服を着た精霊の顔と、彼女の顔が被ったあの日(※2330話参照)。
「ルオロフの言ったとおりだ。イーアンの表情にある優しさは、あの精霊になかったな」
人種が似ている、と精霊相手に言うのもおかしいが、よく似ている気がしても、近くで見れば全然違った。
あの精霊が気になるが・・・ もし話せるようなら、ルオロフと再会する時に聞いてみよう。リチアリは考えるのを止め、挨拶に来た部族と話し始めた。
イーアンはイングと、南東部を回り、最後にヒューネリンガへ戻る。
その頃にはもう、日も暮れる。イングは疲れたようで、ヒューネリンガの町を戻した後、騒ぎ出す声が空に響くのを聞き、『またな』と短く、大業をこなした終わりには、あまりにも謙虚な挨拶を残し、高貴な花の香りと共に夕暮れの空に消えた。
この夜。ヒューネリンガのヴァレンバル公の館には、主が留守の状態で、イーアン、シャンガマック親子、コルステイン、そして意外な人物―― センダラとミルトバンが集まる。
ヤロペウク以外の仲間全員が集った、ヒューネリンガの館。
町の中では、破壊されたはずの町が、いきなり元通りの姿を取り戻したことで、隊商軍は慌ただしい。施設の一部屋で、眠っていた若き貴族は起こされることなく、この日はこのまま・・・
出かけたヴァレンバル公は、夜も遅くにゴルダーズともう一人を連れて、金の舟で町へ到着。
見えてきた町の灯りの多さと、瓦礫だった町影が、なぜか整列した状態に戻っている様子に驚きながら、川岸へ降り、静かに消えた金の舟の続き、『奇跡』をまざまざ感じる心と共に歩いた先は、馬車を借りに隊商軍で―――




