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魔物資源活用機構  作者: Ichen
悲歓離合
2413/2964

2413. アイエラダハッド巡回の空 ~①ダルナから復興を・イングの再現魔法

 

 崩壊で大きく広がった湖の水は、一時間もしない内に引き始めた。スヴァウティヤッシュの捉える思念にも、守り続けた仲間の声が届く。



 こんなこともあるんだなと、動き出した()()()時間に、スヴァウティヤッシュは自分と同じように、以前の世界での形態を維持する、『キーニティ・スマーラリ』を思い出した。

 絵を描くダルナ。絵に見たものを封じ込め、思いのままにするダルナ・・・・・ 彼だけは、創世の時間から今に至るまで、力を封じられることもなければ、その姿を前世界から変えることもなく、存在している。


「あいつも、もう何に憚られることない。全員解除だ」


 子供もいたし、彼は自由になれて良かった。イーアンの手伝いに来た彼が、まそらたちと一緒にいたので知ったが、経緯を読み込んだ時点では複雑な相手に感じた。が、キーニティ・スマーラリもまた、()()()()()()()()でしかない。


『あれの子供も、元の世界の体ってことか』思い出し序、子供もそうだと気づいて、黒いダルナは関心を持つ。


 どこかで会うことがあれば、貴重な残存同士(?)・・・『親交を深めるのもな。イーアンのためになりそうだ』ふふ、と笑って、黒いダルナはブラフスが呼ぶ、北方の洞窟へ向かった。



 黒いダルナは瞬間移動で、初っ端()()()()を聞きそびれたが―――


 彼が姿を消した時と同時くらいで、アイエラダハッドの冬空を揺さぶる、龍の雄叫びが始まった。

 ガアアアアア・・・ 最初の叫びは大地を洗うように空から降り注ぎ、一旦止めて息継ぎした、白い女龍の二度目の咆哮は、ゆったり飛ぶ速度に合わせて空の隅々、東西南北へ流れて行く。


 それは、威風堂々と。雷を越える轟き。

 大気を揺すって満たす振動。白い龍が力の限り、息が続く長さで『アイエラダハッドの魔物の終わり』を告げる、大鐘の声。

 風が回り出し、龍を包む雲は、楽し気にまとわりついては離れて散る。昼でも明るさの足りない冬の灰色、女龍は大気の水分に聖別を与え、それを回る風に乗せ、煌めく銀の粒で大空を祝福した。


 咆哮届く地上にちらちら降り注ぐ、温かな銀の雨。たなびく雲の間に霞む、通過して行く大きな白い龍。あれは空神の龍だと空を指差し、銀の輝きを浴びるように両手を広げる民。どうぞこれからもお守り下さいと・・・頭を上げて、誰もが祈った。



 イーアンとイングは、スヴァウティヤッシュが飛んだ、反対側の空から国を巡る。白い龍に変わったイーアンは、終了の鐘として、長く大きく咆哮轟かせた後、人の姿に戻り『テイワグナでもこうだったんですよ』と教えた。


 あの時は、青い龍(※ミンティン)と一緒で浄化したけれど、今回は、浄化の清めが必要ないからこれだけ(※咆哮合図)・・・ニコッと笑って、『さぁ行きましょう』と女龍は続きへ促す。


「アイエラダハッドの人たちは、私を『空神の龍』って呼ぶのです。私の声が届いた後で、イングの魔法を使って頂いたら、人々も()()()()ときっと思うから、やりやすいはず」


 改めて―― この女龍が、従う相手としてふさわしいと、イングは感じた。

 出会った時から、全力で駆け抜けた女龍の日々を見てきた。最後を締める、龍の声に胸を揺すぶられる。自分の立ち位置を知っているイーアンが、『イングがやりやすいように』考えていたことも。


 見事だと女龍を褒めたイングは、ダルナ姿に体を変えた。雲から差し込む光に、青紫の鱗が光を撥ねてキラキラ輝く姿は、いつ見てもきれいだとイーアンは思う。


「イングは、ダルナの姿の方が、力が増しますか?」


「そういうわけではないが。人間に有難みが()()()()()()()方がいいだろう」


 言いながら笑う青紫のダルナに、イーアンも笑って頷き『あなたの姿と香りが、アイエラダハッドの伝説に刻まれるかも』と、下方に見えた人里へ降りた。と言っても、地上には足をつけず、少し上の空で仕事開始。


 イングが命じる、過去を戻す言葉。それを誰が聞き取るのか・・・言葉が終わるや否や、眼下に再現された町が広がる。


 目を真ん丸にしたイーアンと同じように、再現される前から町にいた人々が、これに驚き、わぁわぁ騒ぎながら通りに飛び出す。

 声は恐れのようでもあり、しかし、間違いなく喜びも混じる。言葉は分からないけれど、喜んでいるのが伝わる。空を見上げた人々の目に、青く深紫に光った『偽龍』が掠め・・・ 長居しないイングと女龍は、次へ行く。


 イングは再現後の数秒間は空に佇み、影を人目に晒すと、『行こう』と女龍を伴い移動した。


 この動きは、これからアイエラダハッドでもこの国以外でも、ダルナが()()()()()存在と教えるよう・・・イーアンには、そう思えた。



 壊された町は、イングの力で再び現実の物体として呼び起こされる。


 最初に見た時、我が目を疑った、奇跡の魔法・・・・・

 イングが手に入れた魔法は、5つめの指輪(※2283話参照)の主不在が齎した能力。イング曰く、『俺がダルナ()()だから使いこなせる』ようで、受け取っても、使い切れないダルナがこの力を手に入れても、中途半端だったと話す。


 話の流れで『使い切れない方が()()場合もある』と一言添えたイングに、イーアンも同意した。

 そう思う。ダルナの魔法は、決して人間にとって良い・楽しい、のために、在るものではない前提だった。再現、再生は、いったい何に使われたのか。これを問う気にはなれなかった。


 だからこそ、イングのように思慮分別が優れた、広い視点で数多の魔法を使うダルナが、この力を引き取ったのは、安心もする。

 今や、世に残ったダルナたちが『安全なダルナ』と認定されたにせよ、やはり、イングのような感覚のダルナが手にしてほしい力ではある、とイーアンは思う。



 二人で灰色と淡い青の混ざる、冷たい空を飛びながら、人里の破壊された跡を見つける度に止まり、イングが側へ行って魔法を使う。使うと、壊れて瓦礫の山になった風景は、水が湧き、建物が立ち、平らな道、整った橋、目地を合わせて積まれた壁が蘇った。


「イング」


 片っ端から再現するダルナに、移動中でイーアンは話しかけ、自分を見た大きな青紫の顔に『魔力は』と残量を訊ねた。イングはすぐに首を横に振ったが、『出来るところまでは』と限界がある言い方をしたので、女龍も了解する。


「私。ちょっとだったら、龍気を魔力に変えられるのです。あなたに」


「それはするな。俺は大丈夫だ」


「でも、イングが疲れます」


「知ってて提案したことだ。イーアンは龍気の操作が、今は難しいと言っただろ。何もするな」


 かつっと断られて、はい、と答えたイーアンに、青紫のダルナは『無理はしない』と約束し、それは互いのためにと添える。微笑む女龍にイングも微笑み返し『スヴァウティヤッシュが煩くなった』と冗談を言い、イーアンと笑った。



 この後も、イングは女龍の()()()で、人里のどこに回復が必要か、重要な個所を押さえながら、魔法を使う。イングが『終わりを命じるまで、途切れることなく続く魔法』を。


 ―――『俺が終わりを命じる頃には、建物も入れ替わるくらい、時が流れている』


 魔法を使う際に、魔力を使うだけで・・・ イングは持続するための魔力は使わないと話した。つまり、命じなければ、再現された場所は終わらない。()()()()で壊れることがあっても、それは俺ではない、別の理由。



 二人はアイエラダハッドを順々に回り、僻地でもどこでも、『人の棲み処』と確定できる場所は対処した。


 西の南部は馬車が行かなかったので、殆ど知らない町や村ばかりだったが、イングは『指輪があった場所は向こう』とか、『タンクラッドと探したのは、あの先』とか色々教えてくれた。


 イーアンが、決戦前に多くのダルナを倒した地域の上を通った時は、女龍に守られた人々が、再現された町から声を上げて手を振っていた。


 南西、西南西と済ませ、瞬間移動も使いながら、西部の中央、北西、西北西、首都やルツヤ、パーミカ、既にないモティアサスは無理だが・・・再現は続く。



 ―――大型の町が蘇ると、驚きが半端ない。


 首都はもう、諦めないといけないほどの壊滅で、建物も道も何もかもが、まともな形を保っていなかったが、人々だけはどうにか動いていた。

 病院もなければ、テントもない。瓦礫が揺れる危険な重なりの影で、人々は負傷者を手当てし、死者は町の中に積まれていた。イーアンはこの範囲も戻るだろうかと、さすがに無理を思ったが・・・・・


 イングは、ここでも変わらず。『戻れ、消えた喧噪。戻れ、霧散した水。戻れ、かつての影』ダルナの呟いた、詩のような命令の後、瞬く間に首都を包み込んだ魔法が、消えた面影を現実に呼び戻す。


 イーアンは驚き過ぎて声が出なかった。開けっ放しにした口をイングに指摘されて閉じたが、それでもまた口は開いた。


「凄すぎる」


「使う魔力は変わらないんだ」


 そうなの?とまた驚く女龍の顔に、『集落だろうが、この大きさの町だろうが』とイングは軽そうに顎をしゃくり、一斉に声が上がった首都を見下ろした。


「だが、イーアン。お前も見ていて分かったとおり、俺は形を戻すことは出来ても、人間が生きるために必要なものまでは、ここに揃わない」


「それでも。充分です。充分過ぎる、祝福の魔法です」


 再現したところで、食べ物までは無理。水や建築物や道、木々など粉砕したものは戻せても、さらに細かな持ち物・家にある品々等、戻るわけではない。


「命じれば、そこまで戻すことは出来なくもないが」


 イングの言い方で、イーアンは首を横に振り『充分過ぎる』ともう一度言った。

 彼の魔力をどれほど使うか、見当がついていないイーアンは、これ以上、彼に求める気はない。無くなった建物が無傷の状態に戻る、道が使える、水が帰ってくる、これは既に素晴らしい奇跡なのだ。


 何百箇所を経て感じたが、イングは恐らく、最初から全土を対象にした、自分の魔力で持つ条件を設定している。

 だから彼は最後まで回る気で、最後までどこも等しく同じような環境に再現するだろう。


 偉大なダルナと、イーアンは思う。首都の回復を見てから、誰かが気付いた声を合図に、二人は移動・・・・・



 魔導士と数週間滞在した、西の平原も僅かに目端に捉え、ラファルと話した西の御堂、始祖の龍とグンギュルズの記録がある遺跡ら辺・・・湧くように思い出しつつ、干渉に浸る間もなし、先へ進む。


「あれは」


 通り過ぎた、馬車の民・・・ ふっと目が捉えた、数十台の鮮やかな馬車の列に、イーアンは嬉しくて少し笑った。アイエラダハッドでは、関わる頻度は低かったが、ドルドレン(勇者)の汚名返上、その切り口で一緒に動いたイーアンは、変わった思い出になって心に残る。


 コートカン、チディナ夫妻の記憶は痛烈だが、アイエラダハッドの馬車の民も優しいのだと思う。



 そして中北部、北部、極北と到着する頃には―――


「早い。早いです。すごい。時間が、関係ない」


「そうだな。移動に一秒使わない」


 まだ午後だよと、時間を全く感じられない移動速度の恩恵に、イーアンは心から感謝する。今更、驚かれることでもないと流すイングは、北部の町も村も、さっさと魔法をかけ、女龍を連れてさっさと次へ行った。


 本当にしんみりする暇、一分もない。イーアンが『あ、エカンキ』『コートカンです』『イグリヤックは高炉が』『あれはキマウボーグ』と懐かしく口にする一言程度の時間で、ダルナは業務(魔法)を終えて、女龍小脇に移動した。



 広大な森林の中にある集落は、イングには『精霊の範囲』と感じたらしく、イーアンも精霊アガンガルネの領域と思い、手をつけずに通り過ぎた。アガンガルネは優しいから、多分、集落に手助けしてくれる気がする。


 瞬間移動するちょっと前、イーアンの視界の端に、金色に光る森が映ったが、その直後に移動・・・あれはアガンガルネの森、と精霊のお別れの挨拶に微笑むに終わった。


 森と言えば、アンバリの角も、きっと解除されただろうと思う。彼女は良い性質だったし、無事なはず。どうぞ棲み良く、ここから末永くと祈る。



 国の西側を南から北へ、外側→内側→外側→内側の順で、ジグザクに移動した続き、二人はあっさり山脈向こうの、極北東に入った。

お読み頂き有難うございます。

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