2412. ②約束と異界の精霊
巌に現れた精霊に、イーアンは問いを三つ出す。
一つは、まだ解除以前の異界の精霊が多いから、一斉解除の願いは可能か。
そして、関係ないと思うが・・・ 自我持つ魔物は、姿を変えても良いかどうか。
最後に、精霊の地に変わったが、修復できる大地は戻して良いかどうか。
後の二つは、この精霊に直接関係ない、と分かっているが。『精霊の時代』に入った国だから、この国の古い精霊に、許可なり理解なり、知らせたくて伝えた。アウマンネルはきっかけを作ってくれるが、こうした話には我関せずの状態。
女龍の問いかけに、精霊は応える。
『一つ。ここに於いて全てを解除するなら、今』
「あ。はい!」
『二つ。魔物は既にない。魔物の形を担うことはない』
「はい」
『三つ。人里は水を引き、山河荒廃は野のままに』
「・・・はい。人里だけは、良い、と」
そう言った、と頷く精霊に、イーアンは思いっきり頭を下げる。ありがとうございますっ!大声で礼を言い(※日本人的)顔を上げて、パッと皆を振り向いて、満面の笑みで片腕を空に突き上げた。湖岸から騒めく声が響き、イーアンは古代の精霊に向き直る。
「では、ここへ来ていない異界の精霊たちも、どこかで解除されるのですね」
『ここから発する』
やったー・・・! 良かったー!! 感謝で目を瞑ったイーアンに、古い精霊は『もう用はないか』と訊ね、アウマンネルがこれに応じ、イーアンの側のダルナが前に進む。
「俺はこの世界で存在を求める」
『お前の他も。この時まで残った者は同じ』
これも初めて聞く答え・・・・・ ハッとしたイーアンの目が瞬きするより早く、大きな湖全面、ブワーっと水が壁になって立ち上がる。
慌てて飛んだイーアンを、スヴァウティヤッシュの黒い影が横から搔っ攫い、『離れるぞ』と叫んだ。
「皆は」
「解除したやつ以外は、残る」
解除したダルナは少ないので、殆どが現場残りか、とイーアンが湖を振り向いてすぐ、『ぐわっ』ギョッとする光景に声が出た。
「スヴァウティヤッシュ!!!急いで!水が!急いで!」
「急いでる!や、消えるか」
物凄い勢いで、怒涛の水が高さをぐんぐん増しながら追いかけてくる。湖が津波を起こした嵐の海の如く、とんでもない水量を巻き上げて、次々に倒れては、地面にたたきつけて溢れ返り、地表を覆う。すぐさま次の波が連鎖で襲う、その速度、その勢い、その分厚さの幅。海かここは!と吃驚する。
飛行じゃ間に合わない、と呟いた黒いダルナは、イーアンをぐっと胸にくっつけ、ブン・・・と僅かな耳鳴り一秒後、上空へ移動した。
「これなら大丈夫だろ」
見下ろしても見えない高さに上がった黒いダルナに、イーアンも下をじっと見て『雲しか見えない』と微妙に困惑。
「スヴァウティヤッシュもですが、ダルナは皆、一瞬で移動しますね」
「・・・皆、じゃないと思うぞ」
そうなの?とイメージ固定しているイーアンが見上げる。鳥に似た顔を下に向けたダルナは『追々話すよ』と、これは終わらせる。
「それより今は。一斉解除の待ち時間だ。全頭となれば、どうなるやら」
「そうですね・・・なんか。ちょっと、思ったんですが。精霊の意向を慮るなんて出来ないので、これは私見ですけれど」
もしかして、古代の精霊も一斉解除する気だったかも、と教える。スヴァウティヤッシュが瞬きしたので、巌に龍気を注いだ時の話をし、いつもと違うと言うと、『あれか。俺の時は違ったよな』と彼も認めた。
「あなたも見たと思うけれど、空いっぱいに、赤い紐みたいのが飛んできたのです。ここを目指して。あれが、国中の」
「絵紋様か。そうか。じゃ、あのダルナ一頭解除した続き、イーアンに話を振ったかもしれないな。他の質問、したか?『保護した魔物の変換』とか、『被災地を戻す』とか」
「はい。関係ないと言われるかなと思ったけれど、この・・・青い布、見える?これ精霊(※紹介軽い)。この精霊が大精霊でして、話す機会を作って下さいました。それで耳を貸してもらえた感じ。
自我のある魔物については、『この国に魔物はもういないから、姿を担うことはない』と」
「お。それ、いい意味か。だよな?」
「だと思います。解釈通りで。多分、今日この時まで残っていない時点で・・・事情推察が曲解じゃないことを祈りますが、『存在を問われるに満たなかった』。そう、判別されていそうな」
「逆を言えば・・・俺たちは、イーアンの龍気に守られたが、あれがなくても残ったやつは『存在を認められた』か?」
うん、と頷くイーアン。スヴァウティヤッシュたち数頭は、イーアンが守った状態だが、他でも皆さんは無事、残っていた。
ただ、イーアン同様に動けない重さに圧し掛かられた時間を過ごしてはいたし、それを越える前に消滅した者を見た、という声も聞いたので、選別されたことを知った。それにしても、とダルナを見上げたまま、じーっと見つめる。
「なんだ?」
「思うに。私が龍気壁で守っても。ダメだったら、きっとあの中で」
「そうかもな」
「皆、残って下さって良かった。これからも、一緒・・・ 」
言いかけて、イーアンは黙る。イングは絶対くっ付いてくると(※拘ってた)思うけれど、スヴァウティヤッシュには聞いてなかったな、とふと思い出した。少しだけ微笑むように長い嘴を歪ませ、黒いダルナは『一緒だ』と続けた。
「一緒にいないと、お前がイングにまたいつ悩まされるか」
「ハハハ。そうですね、彼は真面目なのだけど、ちょっと」
「ちょっと、何だ?」
ハハハと笑ったままピタッと止まるイーアンの後ろに、あの高貴な香りが渦巻く。
黒いダルナが困った目で向かいに現れた青紫を見て『そういうのが重いんだよ』と(※はっきり)告げた。人の姿をとって現れたイングは舌打ちし、気まずそうなイーアンを覗き込み『オウラも解除した』とぶっきらぼうに教える。
「オウラ!オウラは?そこに居ます?」
パッとイングの腰のベルトを見たイーアンだが・・・水槽が、ない。
「いない。置いて来た」
「え。置いて、って。彼女、水槽なのに」
「湖に放した(※放人魚)」
ええええ~ そんなので大丈夫~ 慌てるイーアンに、イングは『人魚同士で集まったから』と下方へ視線を落とす。他にも人魚に好かれたダルナがいたそうで、人形数匹(?)湖に先に放していたらしい。
人魚って恋愛のイメージあるものね、と呟く女龍に、イングは冷たい目で『お前がどこへ行っても、俺はついていく』と宣言した。それも、うん、と無表情で頷いて往なし、据わった目のスヴァウティヤッシュが、『話の続きだ』と戻す。
「とりあえず、解除の崩壊が静まるまで、待つだけだ。一斉解除で、ブラフスたちも今頃、洞窟で驚いている頃だろう。終われば、何かしら俺に思念が来るから、それでいいとして。
その続きを決めておいた方がいい。イーアン、魔物はブラフスに姿を変えさせる。いいな?」
はい、とお願いして安堵する。あの重圧の後でも、『自我を持つ魔物たちが残った』と聞いた時は、涙が零れた。彼らは在ることを許された。本当に良かったと感謝して、彼らが今後、存在出来る限り自由であってほしいとイーアンは願う。
恐ろしい姿では過ごし難いから、ブラフスが『貢献』の流れで、形を組み換えてくれる。ブラフスはこれを前から気にしていてくれた(※2280話参照)。
「俺の力のことは?訊いたか」
横からイングが差し込む。イングしか出来ないこと、その質問の結果は。
「イングの申し出も、大丈夫です。ただ、自然はそのまま手をつけず、と」
「・・・人間の棲み処は、戻していい。そうか?自然は、破壊されたまま放置」
「その様です。『人の棲み処は水を引き』と言われました。命を繋ぐ道筋は良い、と思います。自然は多分、この世界の精霊の持ち分だから、彼らが」
「ああ~・・・そうなるか。まぁそうだな。理由は俺が気にするところじゃない。人間の棲み処だけ、戻しておいてやろう」
上から目線ダルナ(※大体そう)はフムフム頷き、イーアンは宜しくお願いしますと頼む。
イングの力を知らないのだが、これまた非常に驚かされる提案で、彼は『俺が望んでいる間は持続』という、過去の状態を戻す力を持つという(※2283話参照)。
どうも後付けの力と聞いたものの、彼が使いこなすには問題なく、イングは、壊れた道や人の棲み処を、ある程度直してやれると自分から言い、これの許可が出れば、出国前にイーアンと国を回る話だった。
無事、許可は下りたので、イングは『先に回るか』と促す。
スヴァウティヤッシュに胴体を掴まれたままのイーアンは、ちらっと下を見て『待っていないと』と呟いたし、黒いダルナも『焦らせるなよ』と微妙に注意したが、イングは息を大きく吐いて頭をゆっくり左右に振ると『分かってない』と小ばかにするように目を細めた。その目つきに、黒いダルナは大振りな首の傾げ方で応じる。
「何が。分かってない、って。イングは何か分かるのか?」
「解除したら、女龍についてくる者もいる。俺が知っているだけで、そこそこ」
「だから?」
「一度に来てみろ。話だなんだ、時間が無くなるぞ」
黒いダルナは質問を止める。アイエラダハッドに留まる理由はない、約束の続きがある以上―― 『貢献』したら、国外移動可 ――慕う者は、解除も終えて力も戻し、その先は行き先を選べる。
「アイエラダハッドで解除待ちは、もう、ないですものね。一瞬でどこでも行けるにしても」
「・・・それさ。さっきも言ったが、皆が皆じゃない。イーアン。瞬間移動できるやつも、そうじゃないやつもいる。そう見えて、宙に紛れてるだけとかあるんだ」
そうなんだ、と教えてもらったイーアンは頷き、それじゃ、一瞬で場所を移れないタイプのダルナたちは、と考える。
もしあのまま『解除待ち状況継続』だったら、自分の封じられた力をアイエラダハッドに残して、遠くへ行こうは思わないかも。
でも、もう。一斉解除済み。封じられた力は戻され、心置きなくどこでもお行き、と送り出される、彼らは。
「瞬間移動が使えないダルナと、飛行しない精霊は、解除で力を戻せば。在留を拘る理由が消えるからな」
理解したらしきイーアンに、黒いダルナがそう言うと、イングがすかさず続ける。
「一緒に来たがる者も、当然いる。すぐにでもな」
それがいっぺんに・・・・・ イーアンとスヴァウティヤッシュは顔を見合わせる。
二人の表情に、余裕なイングが片腕を差し出し、手の平を上に向けて『女龍をこっちへ』と無言で示し、渋々、スヴァウティヤッシュはイーアンを渡す(※譲渡)。なにこれ、と思いつつ、女龍は黒から青紫に移動する。
片腕に乗せられたが(※インコ状態)『飛びたければ飛んでも』と、イングに選択肢を与えられて、イーアンは飛ぶと伝え、翼を出した。後にいるスヴァウティヤッシュが鼻で笑い、イングは面白くなさそうに、さっさとその場を離れる。
「(イ)では、アイエラダハッド巡回しますので、皆さんを宜しくお願いします」
「(ス)後で追うよ」
「(イン)来なくても問題ない」
「(ス)イングに言ってない」
それではね~・・・ イーアンが手を振りながら遠ざかる背に、スヴァウティヤッシュも手を振り返す。
「絶対。俺が一緒じゃないと、振り回されるな」
龍気の補充対策が出来ていないと、心配そうに話していたイーアン。
イングの重い思い(?)は足枷みたいなもんだと、辛辣なぼやきを落とし、黒いダルナの視線は地上の湖―― 溢れ返った一面水浸し ――が、引き始める様子に移る。
「案外、早かった」
お読み頂き有難うございます。




