2411. センダラ北上・約束と異界の精霊①
シャンガマックたちが南東へ向かう時間、蛇の子ミルトバンを連れたセンダラは、北上中。
「仲間は、逆方向なんだよね?」
「だから?」
「何で俺たちは」
「逆へ向かう、って言ったんだから、それで納得しなさいよ」
ミルトバンは黙る。旅の仲間は、南から海へ進む話なのに、なぜ北上するのか。見当もつかないが、次の国に移動する時くらい、合わせても良さそうに思う。以前とは違って、祭殿以降は『関わる』回数も増えたのに・・・・・
センダラは、夜明けに泣いていた。泣いているだけなら、『かわいそう』で済むのが、消えかけていて焦った。
『ミルトバンがいないなら死のうと思った』と度肝を抜かれることを言われ、『俺は待ったんだから、センダラも待ってよ』と思わず注意したら、センダラの顔がいつもに戻った(※=仏頂面)。
ハディファ・イスカンで、俺はセンダラをずっと・・・ こう言いかけた側から、起き上がったセンダラは、あっという間に透けかけていた体を元に戻し『行くわよ』と、ミルトバンを妖精の布に包んで(※雑)飛び立った。
センダラは、せっかち――― すぐに思い通りにならないと、何でも極端。
ミルトバンは、自分が間に合って良かったと胸を撫で下ろす(※センダラ消える)。自分が岩に変わった時間など、思い出したくもないのか、センダラがミルトバンにあの状態に触れる質問をすることはなかった。
「心臓に悪いわ」
「センダラ。妖精なのに、心臓あるの」
「そういうこと言ってんじゃないわよ」
ボソッと言われた言葉に返したら叱られ、ミルトバンはまた黙る。こんな関係でも、彼女は自分を、本当に大切に愛してくれていて、それも分かるから別に良いけれど。
でも、旅の仲間と全く接触しない日々は、ミルトバンから見てもどうなのか・・・と思う。それについては聞くなとばかりに撥ねつけられるので、しつこく聞かないようにしている。
センダラも、ミルトバンに言われるまでもなく、頭から離れない―――
フォラヴが死にかけたと聞いて、もう交代の時が差し迫っているのを感じた。
もしフォラヴが馬車を抜けるなら、フォラヴの後は自分が埋めるため、今までのような『無関係』を決め込むわけにいかず、旅の馬車の動きに合わせないとならない。ミルトバンと離れる気はないにしろ、センダラにとって、非常に受け入れ難いことだった。
会話は途絶え、暫く無言になった状態で、北部の空を突っ切った。そして目当ての地へ着いたのは、真昼間・・・ 北部極東端の海、その上空に二人は止まる。
ミルトバンを包む妖精の布を、センダラはぐいっと深く下ろし、光も、これから現れる気も、彼に影響しないようにする。
見下ろす一体全てが、『火山帯』。ここへ来た用―― 魂の橋渡しフィガンと、氷河と火山のエジャナギュの面 ――この国を離れるに当たって、未使用の面を返すためだった。
*****
アイエラダハッドを離れる準備は、センダラだけではない。イーアンとダルナたちも、出国に合わせて大移動。
「全員解除は、可能かどうか」
ダルナ以外の異界の精霊(※居場所様々)は収集が困難で、とにかくダルナと、近くにいる異界の精霊の解除を先に頼もうと、巌の一つへ向かっていた。
「頼んでダメなら?これまで通りと言われたら。イーアンも、タンクラッドも移動しているのに」
「それは、戻ってくるしかないでしょう」
横を飛ぶレイカルシ・リフセンス―― お花をくれる赤いダルナ ――の質問に、イーアンは『呼ばれるごとに戻る』と言い難そうに答える。
実のところ、それは約束しづらい。だから、一斉解除してもらえるなら、後々、手間取らされずに済むと思って、頼みに行くところ。情けないことに、言われるまで思い出せなかった。取っ掛かりはイングの話で、『あ、それどうしよう』と思ったのだ。
―――イングは人魚のオウラに、『解除していない場合、いつ力を戻すのか』と聞かれ、それでイーアンに伝わった。
余談だが、昨夜イーアンが、『龍気壁』で守ったイングたちは、さっきまで中に居たため、することもなく、今後を話しながら出た話題。
イングは常にオウラ付きなので、オウラを起こして(※起こされるまで寝てる)見える未来を聞こうとしたら、オウラはそれより『力はもう戻るのか。イーアンたちがこの国を出たら、そのままか』と―――
言われて思い出したことは、他にもある。芋蔓式に、あれもこれも。
気付いた側から口に出したら、イングたちは耳を貸しながら『自分がそれは』『じゃ、連れて行くか』の協力体制を取り始め、今、集められる全員で移動している。
飛行できない者は、一つ所で待つよう伝えた後。報せも、状況によって、ダルナが回してくれる手筈は整えた。
「言われるまで気付かなかった・・・というか。やること連発・多過ぎて、頭が付いて行かない」
はー、と溜息を吐く女龍の右に、黒いダルナが回りこんで、ちょいとイーアンの体を引き寄せる(※=胴鷲掴み)。なに?とくたびれた顔を向けたイーアンに、『翼を畳んで休め』とスヴァウティヤッシュは労った。
龍気切れを起こして落ちた姿に衝撃を受け、気配り著しいダルナは心配する。
イーアンは『大丈夫ですよ』と遠慮したが、胴体を掴まれているので、これでもいいかと思い直し『重ね重ねすみません』と翼を畳んで任せた。
「俺に言え」
横に面倒なのが来て(※イング)女龍を渡せと手を出すが、スヴァウティヤッシュは眇めた目で見ただけで、取り合わなかった。
スヴァウティヤッシュから見ると、イングは濃い。言い方を変えると、重いのだ。
疲れているイーアンを気遣うはずが、彼女に気遣わせる本末転倒が、彼には度々ある。
・・・加減を知らないイングに、疲労する女龍を渡す気もなく、すまなそうに見上げるイーアンに『問題ない』と頭の中で伝え、横から離れない青紫のダルナを無視しながら、見えて来た巌の湖へ急いだ。
この大移動。距離ではなくて、数を言う。
空に集ったダルナと、異界の精霊の群れは、アイエラダハッドの浄化を免れた者たちで、飛行可能な能力持ちだけだが、それにしたってこれほど数がいるのかと、向かい合った時、イーアンは魂消たし、嬉しかった。
圧巻で、壮観。空を流れる雲の上に飛ぶ彼らは、地上に影を落とさない配慮で、群れになって空を進み、その様はモザイクのカーテンを広げたように色とりどりで、地上から見上げれば、きっとオーロラが動いているように見えると、イーアンは何度も振り返って微笑んだ。
―――同じように空を覆うとはいえ、あの、悪魔のような影とは違う。
恐ろしい姿をゆっくりと大空に広げた、巨大な重さの時間。あの影も、帯を引くように美しい色の粒子を星屑のようにまき散らしていた。
見た目はとても恐ろしく、パッと浮かんだのは『悪魔』のイメージだった。どう見ても、それしか思い当たらなかった。
あの影を見た者は、きっと怖れを抱いただろう、とイーアンはぼんやり考える。恐怖に見える形があるならあれだ、と言われたら納得する。それくらい、分かりやすい『恐ろしさ』だった。
それなのに・・・イーアンは自分と共鳴するものを感じていた。
どこか私と同じ波動があったような。だから、『悪魔』の見た目で『違う』何かなのかと・・・正体の確認は出来ないけれど、強烈で不思議な印象が残る。
スヴァウティヤッシュが下降し、他のダルナたちも次々に下降する。雲の上を移動していた異界の精霊は、高度を一気に下げ、湖沼の水辺へ大きな色のカーテンが、空気を孕んで落ちるように、滑らかに地面へ皆が下りた。
湖は広く、周囲に木々は少ない。かなり離れたところから、地面が傾斜を作って上がり、斜面には同じ樹種の林が見られる。ぽかんと開いた場所に水が溜まった雰囲気の湖で、開放的。波打ち際は、近くに火山もないのに、火成岩に似た多孔質の石が埋め尽くしていた。
薄青い空に、なびく雲。アイエラダハッドは冬なのに、ここは暖かく少し変わっている。目的の巌は、湖の中から突き出ており、水から出ている岩の上部は、絵が描かれていた。
下ろしてもらったイーアンは翼を出して、皆に待ってもらい、巌の側へ飛ぶ。この後ろに、顔見知りのダルナが一頭続く。
振り向いたイーアンは『あなたの解除の際に、訊きます』と、ここへ来る前に伝えたことをもう一度言い、ダルナは揺れるように長い首で頷くと、女龍に並び『俺の名前は尋ねないか?』と、水色と赤の混じる目を向けた。
このダルナは、イーアンを南西へ連れて行った、『ダルナ退治の群れ』の一頭(※2326話参照)。
「解除し終わったら、伺います(※急ぎ)」
「聞いても聞かなくても良さそうだな」
そんなことありませんよと首を横に振り、イーアンはニコッと笑う。名前・・・今さら、聞かなくても。やたらドライで人間的なダルナなので、あっさりこのまま、会いたい時に会って、何となく付き合っていける軽さがいいや、と思うくらい。
当のダルナは少し残念気に『そう』としつこくはせず、ぷいっと首を下に向け、自分の力が籠る巌を見下ろした。
「俺は。存在を変えてこの世界に残るが」
「はい。アイエラダハッドを出るのですよね」
「そうだ。俺の力は閉じ込めておく力じゃない」
ふうん、と返したーアンは、そう言えばこのダルナの戦闘方法を見ていなかったと思い出す。一緒に戦いはしたが、離れていた。
力の種類はいろいろあるのがダルナなので、知らなくてもそれはそれ。ちょっと彼を見つめてすぐに巌に向き直り、『では、始めますよ』と開始する。
今回で、解除業務は最後になるかも知れないし、今後も持続するかもしれないし(※持続=呼び出しで戻る)。
出来れば最後にして~と願いながら、女龍は湖に突き出た巌の赤い絵紋様に、白い龍気を当てた。
ぐぉっと吹き上がる風と飛沫。水中に沈んでいる分の紋様が岩を離れて絡みながら立ち上がり、ばらけては繋がって輝いては散って、水飛沫は宙に留まりぐるぐる巌の上を回転する。
いつもと違う、とイーアンが驚く横で、ダルナも不思議そうに目の前の光景を見守る。湖岸にいる他のダルナも、解除した数名は『?』の視線を見交わし、何かが異なると気づいた。
龍気が注がれる白い紐を潜っては遊ぶように、気付けば奏でる音が聞こえ、水から撥ねる飛沫と、落ちてはまた跳ぶ飛沫が音楽を作っている。絵紋様はどんどん散って、集まっては絡まって蔦のように空へ広がりながら・・・・・
「え?まさか」
イーアンの鳶色の瞳に映った、空八方から輝くリボンのような物がこちらへ来る様子。それらは光を受けて赤く閃き、どんどん集まって、あれよあれよという間に湖の真上は絵紋様が透かし天蓋を組む。
「きれい」
ビックリして笑ってしまうイーアンは、見事な美しい光景に、思わず拍手。感動して『なんてきれいなのか』と圧倒される。並ぶダルナは、イーアンの嬉しそうな笑顔に『へぇ』と可笑しそうに笑みを浮かべた。
「いつもと違うのか」
「こんなの初めてです。もしかすると、アイエラダハッド中の」
感動の笑顔で返事をしかけた時、赤い絵紋様の作る透かし天蓋は、ふわーっと花咲くように中心から開き、ひゅおっと風立つ音共に、あの大きな古代の精霊が巌の上に現れた。
『伝えよ。封印を終えた時に。何れを選ぶか』
あ、と緊張する一瞬。いつもと違う光景の続き、いつもと同じ質問が直球。慌てたイーアンが『その前に』と声を張り上げた。声に応じて、青い布がクロークの内側でふーっと真っ青な光を膨らませる。精霊の顔が向き、女龍を見下ろした。
『イーアンの声を先に』
青い布が古代の精霊にきっかけを出す。有難うと心で感謝したイーアンに、見下ろす大きな顔は少し頷き、イーアンは急いで用を伝えた。
お読み頂き有難うございます。




