2405. ヒューネリンガに集う ~④僧侶クフム道連れ契約・赦しの金の舟
※少し長い回です。お時間のある時に~
僧侶を連れて行くと決めた、イーアンの話。とはいえ、簡単に済ますつもり。
イーアンは龍気切れを起こしたので(※小石も粉砕)、今は少し戻ってきただけであり、状況把握したら空に帰るが、その前にダルナたちとも会わないとならない。
あの『半球龍気壁』で守っていたイングたちは既に出したが、これに伴い大急ぎの用事が持ち上がり・・・地上に降りたら降りたで、やること満載。時間制限付きで、『ホントに余裕がありません』今は少しです、と前置きした。
だが、少しの割に女龍の意向は充分、皆に理解出来るものだった。で、もっと分かりやすい現場を見ることになって、長引く―――
―――イーアンは彼を、使うつもり。本当にそれだけだった。
この僧侶をティヤーに連れて行き、ティヤーにも散らした『残存の知恵』を辿る。
見つけ次第、それらを壊して、二度と使えないようにする。関係者と接触する際は、クフムを行かせる。道案内、というには、一つの目的に絞った、案内役。
一から探すより、情報源を持っていてティヤーの言葉も問題ないクフムを使えば、時間も手間もかけないで良い。
当のクフムも聞きながら、『自分はティヤーの道案内、情報提供を引き受けた』と思っているらしき頷き方。
ケロッと、講義でもしているみたいなイーアンは、『あの人、使えますから』の一本調子だった。温情。同情。許し。余地。希望。救い。慈愛ではなく、業務的。女龍のあっさりした態度を、クフムは軽く捉えている。
ドルドレンとフォラヴは、イーアンにダビの影を見た(※懐かしい)。この無機質な感じ・・・相手が人間ではないみたいな、素材扱い。まさにダビだ、と変な重ね方をした。
タンクラッドやオーリン、ミレイオも、微動で頷きを繰り返しながら、くるくる髪の女をじーっと見つめ、既視感に浸る。あれ、あの、王城で暴れた時の解説(※675話参照)・・・・・
すごく心配して気にしたのに、当の本人から『じゃなくて』の、斜めな心情と状況説明をされた拍子抜けと言うか、冷める感じ。
今回は精霊が封じた知恵、その禁断にまつわる『罪を犯した僧侶を引き取った深刻な経緯』でもあるかと思いきや、そうではなかった。
ザッカリアとシュンディーンは、イーアンの話を素直に聞き『そうなんだ』で受け入れた。
だが、ザッカリアは先が見通せる分『確かに、クフムが要る場面はある』と捉えられるものの、シュンディーンは視点が異なるので、事情を聞いても反発する気持ちは消えず、それに悩んだ。
・・・イーアンの視点は、詳しく聞かせるまでもなかったが。
精霊に消されずに、今日まで続いた違法僧院は、何かしら意味あっての持続と解釈していた。であれば、ティヤーに横流ししていた話だし、罪悪感も薄そうな、言ってみれば『趣味に走って、違法と知りつつ犯罪を止めなかったオタクな僧侶』に、がっちり動いてもらうか・・・そんな感じ。
最初に話した時、見た目から察した印象で聞いてみた出身が、案の定、『ティヤー人との混血で育ちは向こう』と答えたのも、イーアンには都合良く思えた。
悪びれもせず、長い年月、軽く考えて行った危険と無知と、利己的欲求への、購いの時間が始まるのだ。私たちの役に立つことで・・・ そう捉えているイーアンの視線に感情はない。
また、旅の始まりに、ルガルバンダに言われた『同行者はこれからも出てくる。馬車に乗らず長居はしなくても、行く行くは救うきっかけ(※895話中半参照)』の言葉は、こうした時に脳裏を過り、イーアンはクフムもその立ち位置に感じている。
違法僧侶を連れて行くことは、彼の退路にも見える処置を遇したかもしれないが―― ここで一番感情薄く、尤も突き放した感覚で彼を見ているのは、イーアンかもしれない。
こう思ったのはドルドレン。人間だった時のイーアンの判別で、僧侶クフムに対応した印象が強かった。受けるべき罰は受けろ、と・・・龍の判断なら、そんな回りくどいことせず、一発で消すだろう(※男龍はそう)。
理解を深めたドルドレンの眼差しに、嬉しそうに微笑んだイーアンは、背後の僧侶を振り向いて話を〆る。
「と、いうことですのでね。私が、クフムの管理をします」
「よろしくお願」
「どう管理するの?」
クフムの挨拶をぶった切るミレイオは、イーアンに『あんた空行くじゃないのよ』と、腕組みする手の片方で上を示す。
あんたがいない間は?と突っ込むが、ミレイオは『管理の意味』を、この場の全員に伝えておいてほしいだけ。反論ではない。イーアンも頷いて、『簡単にそれも』と付け加える。
「命令する、だけではありません。もし彼が、『逃げる・嘘を吐く・危険を隠す・他、これに相当する態度を取った』場合。罰は与えず、私が来るまで待って下さい。もし危険が降りかかるなら、それだけ払ってもらって、彼の処置は私待ちで」
え?とクフムが瞬きする。イーアンは片手を僧侶に向けるだけで、振り返らない。
「私が罰します。動けない状態にし」
「ちょ、ちょっと待って、それじゃ自由に動けな」
「あなたは優遇されたわけではないですよ」
「ええ?話が変だ。一緒に行くんですよね?場所へ連れて行ったり、僧院と交渉するのに。あなたたちの判断で、危険そうとか、言えないことを疑うとかで、私は罰されるのですか?寝起きも共にして見張られるんですか」
ここで面倒そうに振り返った女龍は、反論する僧侶にゆっくり呟く。
「私はあなたに、旅の道に一緒に来ますか?とは訊ねましたが、それ以上は話しませんでした。『来るか?』と聞いたのです。それに。『寝起き共に』なんて、一言も口にしていないでしょうに」
振り向いた肩越しの姿勢を崩さず、イーアンは腰に手をあてがって、椅子に座ったままの男に溜息。男は唖然として、不穏な出だしを告げる空気に面食らっている。
「クフム。時間がないけれど、誤解していそうだから要点は今伝えます。まず、あなたは馬車に乗りません。はい、そこ驚かない。馬をあてがいますから、馬でね。それとテントも、私が用意しましょう。
日々の食はご自分で用意、自炊して頂くので、って、ちゃんとお金や『金目の代物』持って来ていますよね?・・・うん、それそれ、いいじゃないですか。それだけあれば、最初は過ごせるでしょう。
『路銀の用意はしておいて』と、あの日に言ったのはこういう意味ですよ。え?そんなはずじゃ、って言われても。私が聞きたい。どんなはずだったのです。
私はあなたに、黒い鞄と設計図を確認させて、『ゴルダーズ公とヴァレンバル公の頼みだから、私があなたの後を引き取る』と言いました。あなたは自分から『殺さないでくれるなら、言うことを聞く』と約束しましたでしょう。
殺しはしません。傷めつけもしません。私はあなたに、贖罪の機会を提供します。エラそうに思うかもだけど、実際に私は空の最強なので、そのくらいは言いますよ(※人間でも言ってた)」
「それじゃ、私は本当に、奴隷のように」
「奴隷の境遇を、ご存じでいらっしゃるのですか?」
「いえ、知らないですが。でもイーアンの言い方だと、私は使われるだけで、無理やり付き合わされるんですよねぇ?いくら何でも、扱いが酷す」
「嫌ですか?ならね。ヴァレンバルさんに今引き渡して、大罪を擦り付ける格好の駒でしょうし、あなたは重罪人の科にでも」
「いやいやいや、やめて下さい!それ洒落にならないですよ、私の立場は弱いんだから」
「クフム」
イーアンは会話を止める。半開きの口のままで、不安な眼差しの男に向き合うと、腰に当てていた手を下げ、もう片手をゆったり持ち上げて、ひゅーっと白い龍の爪に変えた。目が落ちんばかりに見開いて、背凭れにのけ反る僧侶。後ろで見守る皆さんも『やりかねない』と少し緊張。イーアンは至って、普通。
「龍の爪で、何でも切れます」
切るつもりですか、とも言えないほど唇が震えるクフムに、白い角を生やした女は、顔にかかる螺旋の毛を首を振って払い、『あのさぁ』に口調が変わる。
出た、とドルドレン以下全員、凍りつく準備。シュンディーンもハラハラしながら、ミレイオの横に隠れる。オーリンはゾクゾクする。
「どこまで、お前さんの我儘が通じると思う?」
「はぁ?我儘、って」
「無理だと思わない?あんたがやってたのは、貴族が求めた、『余興と特別感と大金見せびらかし』のために選んだ、犯罪なんだわ。その自覚はあるよねぇ。うん、無きゃ困るんだよ。あるじゃんか。じゃ、分かるでしょ、馬鹿じゃなさそうだし」
「そんな破落戸みたいな言い方で」
「感謝しろ。聞こえてないふりしてやる。龍を侮辱すると、一瞬であの世行くんだけど、もう一回聞こえるように言うか?おい」
「・・・・・」
長く白い輝く爪の付け根近くが、ぐーっと寄って、クフムのこめかみのすぐ横で止まる。クフムは汗を浮かべ、目を逸らして首を少し横に振り、イーアンも静かに続ける。
「うっかりすると、切れるんだこれが。風が吹いて当たるだけで、髪も切れるんだから」
「はい」
「じゃ、黙って聞いて。精霊はね。この世界を作っていて・・・あんたらが続けてた、やっちゃいけない危険物の知恵を、数百年前に取り上げたわけだ。
でもあんたらは、穴掻い潜った気で、貴族も金出すし、罪悪感も薄れて継続した。要はあんたら、犯罪一味なんだよね。
今回の『動力』、その知恵の出所始末。大貴族からの依頼も、この先『精霊の世界』に確実に足引っ張るから、でしょ?
これを私が、私の立場上、お預かりした。言ってる意味、理解しろよ。龍が、精霊の世界に背いた反逆の徒を、引き取ってやった。わかる?」
唾を飲み込むクフムに、何となく同情するオーリン。イーアンの白い爪は、彼のこめかみ真横から動かず、女龍は中性的な声で淡々と、罪を自覚させている。ドルドレンはこの状況に、テイワグナで出会った若者ユータフを思い出した。
「それを踏まえて、考えてごらん。お前さん、命もあれば、椅子にも座れて、この先出かけるなら、馬もテントも用意してくれる人たちに出会えて、食事がてめぇ持ちってだけ。
仕事もあるでしょ?散々、楽しく夢中で積み重ねた罪の知恵を、どこにバラまいたか・・・私たちに、行く先々で教えるんだよ。簡単じゃん、って思うけど。
バラまいた分、全部終わったら、あとは好きにどこへでもお行き。ティヤーは、母国なんだから。
『仕事なら賃金は』って、図々しいアホな質問しそうだから、序で教えておくか。『お前の生存率』ってところだ。裏切り行為と、こっちに迷惑かけたら、お前は死ぬ。確実に。私がお前を」
「う、裏切らないです」
「そう。じゃ、そんなところで。話は誤解のないように。裏かくとか、言った言わないで、龍がどうにかなると思うんじゃねえぞ」
「言わないです。誤解もしませんっ」
「・・・繰り返してみろ。間違ってたら、爪が動くかも」
クフムはようやく自分の状況を理解したようで、一縷の容赦もないことに、ひどく狼狽しキョロキョロと落ち着かず、そして俯く。だが『早く言えよ。時間ねえっつってんだろ』とせっつかれ、目も直視できなくなったクフムは、間違えないよう必死に要点を伝えた。
最後まで聞いたイーアンは、腕を戻して『約束しました』と皆さんに振り向いた。皆さんも『分かった』『良かった(?)』と固まる顔で目を逸らしながら何度も頷く。ドルドレンはやっぱりユータフのあの夜を思い重ねる(※907話参照)。
精霊の子だけ、頷くに頷けない。彼と目が合い、無言の訴えを理解するイーアンは側へ行って、接触しない合間を開け『シュンディーン』と名を呼んだ。青く澄んだ瞳は、嫌そうに見える。
「オーリンから事情を聞いています。あなたは既に、あの僧院を」
「うん、そのつもりだったから」
「はい。そうでなければ、私が破壊しました。精霊の思う所存を優先したの。・・・分かりますか?」
全て言葉に変えないが、『精霊が今日まで手を出さなかった状況を尊重した』とイーアンは伝え、分からなさそうなシュンディーンの横に来たオーリンが、砕いた言葉で耳打ち。瞬きする長い睫が、惑う心を表す。シュンディーンはそこに留意はなかったようで、女龍とオーリンを交互に見て黙った。
微笑んだ女龍は『あなたの、純粋で真っ直ぐな気持ちはとても大事』と理解を示し、顔を上げた精霊の子に一層優しく笑いかけた。さっきまで、威圧で拷問した人と思えない別人ぶりに、ミレイオ(※他数名)が失笑する。
「シュンディーン。馬車には、あの人乗らないです。お食事も別。バイラ、覚えてる?」
頷く精霊の子に、『バイラは自分から律して、そうした行為を選んだけれど、状態として想像するに、バイラ状態(?)ですよ』・・・と教えた。
「バイラを比べたら可哀相だよ」
「ぬっ、ごめんなさい。本当です、真逆ですね。バイラは素晴らしく、ご自身に厳しく、誠実でしっかりした人です(※クフムは項垂れる)」
精霊の子に注意されて、イーアンも謝る。躊躇いつつも受け入れたシュンディーンに『分かってくれて有難う』それを挨拶として、背中を向けた。
「私はダルナに会わないと!もう行きます。時間かなり使ってしまった」
急がなきゃ~と焦りながら、窓へ寄ってミンティンを呼ぶ女龍に、ドルドレンはお疲れ様の労いをかけ、笑顔を貰った。
ザッカリアとミレイオが蘇生し、再会して一気に熱が沸いた、感動の大きな場面だったはずが。
ぎこちない皆は、やってきた青い龍と共に、手を振り振りお空へ飛んだイーアンに、『気を付けて』『無理するなよ』『早く戻ってね』と、当たり障りない声をかけ手を振り返した。
ここで――― ヒューネリンガに於いて、顔合わせ・再会一度目が終わった状態。
シャンガマック親子とセンダラはもう少し後。ロゼールは・・・もうすぐ。この後、各自の過ごした決戦、その報告が続くのだが。
その前に。場面は打って変わり、ゴルダーズ公を探しに行った、ヴァレンバル公の話を少し。
フォラヴに報告を受けたヴァレンバル公は、召使に客人の食事の世話を言いつけてから館を出て、魔物も終わった道を馬車で急いだ。行く道で港へ寄ったが、ヒューネリンガから船が出せない、と知った。
港は船渠諸共、精霊の子が消してしまっていた。ごっそり、そこに何も作られたことがないように、すっぽ抜けていた。ただの抉れた川岸に、変わり果てた跡地。夜の間は入れなかったから、どうなったかと思ったが、朝になって来てみれば・・・ しかし仕方ないと、心では覚悟していたこと。
ゴルダーズ公を迎えに行く船だけでも出せたら。
下りた川岸に辛い気持ちを呟いて、馬車に乗ろうとした時、御者が目を丸くして口を開ける。振り返ると、無かったはずのものがあった。
『ご主人様。あれは、ご主人様のためのですよ!きっとそうです』
御者はそう言って、ヴァレンバル公も信じられない気持ちで川縁に戻る。近寄っても消えない、幻のように現れた、美しい一艘の金色の舟。
川面に揺れる舟は実在かと、何度も瞬きしたヴァレンバルは、恐る恐る手を伸ばした。舳先を掴み、水に入った足首を気にせず、引き寄せた小舟に濡れた足をそっと下ろした。
舟には櫂も棹もないが、彼が乗ったのを知るように、くるーっと方向を変え・・・上流―― ゴルダーズ公のいる方向 ――へ金の舟は進み出す。
行ってらっしゃいませ!と大きな声で送り出す御者に、訳も分からない内に川を滑る舟の上、貴族は振り返って手を振りながら『お前は館に戻って、客人のお世話をなさい』と言いつけ、頷いたであろう遠くなる姿を見つめた。
遠くなるから、見えにくいのは確かだけれど。ヴァレンバル公の目に涙が滲む。
私は精霊を痛めつけ、侮辱した側だと思う。あからさまな行いを取ったことはないが、何度か人生で意識したことはあった。この地位も、仕事の内容も、『動力』で巨大化した資産も。
それでも、精霊は。 金の舟を撫でて、すみませんでしたと、落とす涙に紛れる声で呟いた。今、助けに行きたい気持ちを汲んでくれたことに、ヴァレンバルはこの先、貴族の時代が終わった自分が、まだ出来ることを探そうと決めた。
こうして、ヴァレンバル公は何の邪魔をされることなく―――
午後の冷え込み始める風の中、古い朽ちた船着き場に見える、焚火の煙を見つける。




