2402. 旅の三百四十六日目 ~ヒューネリンガに集う ~①ザッカリアとミレイオ
旅の仲間で、選別された者が出たかどうか。結果から言うと、いる。
浄化の時間に潰されて、ではないが。
自分から選別の意味を重視し、『選別された機会』を以てして、身を引くことを選んだ。それは、ソドの浄化を知らずにいたはずのザッカリアだった。
彼は、外で起きた時間に晒されこそしなかったが、問われ、動きを決めるよう、聴こえた声に『自分は』と先を見た。
ザッカリアは、ヒューネリンガの丘に立ち、ヤロペウクにお礼を言ってミレイオと共に丘の上の館へ歩いた朝、それをミレイオに最初に伝えた。
当然、ミレイオはびっくりして止めようとした。だが、ザッカリアは『自分はどこかで抜けると分かっていた』と話し、今と決めたのは、バニザットとミレイオの未来、他複数の理由によるらしい。
他の理由については喋らなかったが、蘇った自分を熟考し、今が旅の馬車を一旦降りる時、と判断した彼は、皆が戻ってきたら挨拶するつもりでいる。
「シャンガマックにも会いたい」
「そうね・・・驚かれるわね」
「だけど、シャンガマックもお父さんと一緒に、ずっと馬車を離れているし。俺が抜けても似た様な感覚だと思うよ」
「ねぇ。ギアッチは?その・・・『抜ける』って、ハイザンジェルに戻るわけじゃないんでしょ?なんて言うの?」
「うん?ちゃんと話せばいいと思うよ。旅から抜けても、危ないわけじゃないもの」
そう言って、ザッカリアは軽い感じで空を指差す。空に行くんだから別に・・・と言いたげな、歩きながらの会話。溜息を吐いたミレイオは『心配するわよ、絶対』と否定したが、少年は表情を変えずに首を横に振る。
「俺は旅路に必要だから、生き返った。今は一旦抜けるけど『これっきり』と、俺は言ってないでしょ?また戻ってくるんだし、その間は空に居るわけで、ギアッチもそこまで聞けば、心配ないんじゃないかな?あ、そうだ!バニザットにも会いたい」
「んー・・・彼の方が気にしそうよね」
「ミレイオは心配するけど、バニザットは遠目で見ているから、気にしないと思うよ」
言うことは一人前。ミレイオは横を歩く少年を困って見つめ、『そうかもだけど』と言葉を探す。千里眼の龍の目・ザッカリア・・・彼に救われたことは、数えきれないのではと思う。
そんなミレイオの沈黙を知るように、ザッカリアは貴族の敷地に入るなり、ミレイオの手をちょっと触り、自分を見た顔に微笑んだ。
「たまに、だったんじゃない?俺が見通したの」
「たまに?そんなことないわ。あんたが、ぽんと言ってくれた時、私たち進む方を見定めたのよ。私はよくそうして進路を守ってもらっていた、って気がする」
「大袈裟だよ」
ハハハと笑うザッカリアに、ミレイオも少し笑ったが、何とも寂しいものがある。『嫌ね』と少年の肩を片腕で抱き寄せ、館の入り口まで並んで一緒に歩いた。
「着いた」 「うん」
割れた石畳、窪んで壊れた花壇、倒れた植木と塀、荒れた前庭を通過した二人は、大きな館の立派そうな扉の前、数段の階段前に立つ。
呼び鈴は壊れたのか、外されたまま、扉脇に置かれていた。大きな館だというのに、人の気配もない。被害直後だから当たり前かと、ミレイオは思い直す。
ヤロペウクはこの館に、タンクラッドとオーリンが滞在していて、馬車もあると話していた。
馬車は・・・?と少し奥へ顔を向ける。砕けて退かされた石畳横の地面に、薄っすら轍の跡がつく。馬車置き場は、斜めに倒れた塀の奥、館の横にあるのかもしれない。
すぐに出発できる気もしないが・・・ザッカリアの別れを一番手で知ってしまったミレイオは、早く仲間に会いたい気持ちと、ザッカリアがすり抜けて行く悲しさに板挟み。
はーっと重い息を吐いたミレイオは、ザッカリアの肩に回していた手を下ろし、階段を上がって両開きの扉を叩く。
何度か強めに叩き、中から人が来る音が聞こえ、間もなく扉が開く。キィと軽い軋みで開けられた、彩色豊かな扉の隙間、訪問者と目が合った召使は、ミレイオの姿に目を見開いた。
「ちょっと。そんなに顔に出すことないでしょ」
「! オカマの人」
「そこじゃないわよ!私の仲間がいるって聞いたのよ。馬車は?タンクラッ」
「ミレイオ!来たか。ザッカリアは?」
召使に文句がてら、タンクラッドはと訊こうとした上に被さる、そのタンクラッドの声。後ろから大股で近づく背の高い男が扉をぐっと開け、戸口に立った二人に顔をほころばせる。
「ザッカリア、後ろにいたのか。こっちへ」
大きく広げた両腕で二人を抱きしめ、タンクラッドは『よく戻って来た』と心から喜んだ。そんな風にあからさまな喜び方をするのは滅多にない男だけに、苦笑したミレイオも片腕で彼の背中を抱いて『ただいま』と挨拶。
親方の胴にしがみついたザッカリアは、ぐっと抱きしめ『また会えたね』と・・・ その横で、悲し気な視線を向けたミレイオを気にせず、無邪気な笑顔で見上げた。
「ミレイオ、ザッカリア!」
シュンディーンの声と共に・・・と言えど。ミレイオはすぐ分かったが、ザッカリアは聞きなれない。数回聞いた事はあっても『誰?』と驚き、親方の抱擁の隙間から顔を出し、『シュンディーン』と目を丸くした。
「ずっと、その姿?」
「ザッカリア、生き返ったね!ミレイオも、僕がどんなに心配したか」
親方が笑って順番を譲り、背中に翼を畳んだ青年は二人の側に来るなり、親方と同じように両腕で二人を抱きしめる。ミレイオは思わず涙が流れ、『ごめんね』と彼を抱き返し、ザッカリアも『カッコイイ!』と精霊の子の姿に、違う方向で反応。
キョトンとして、少し笑ったシュンディーンは首を傾げる。この状態だと、ザッカリアより背が高くて、年齢も上に見える具合。
「僕が、かっこいい?」
「明るいところであんまり見たことないよ。本当に大人みたい!シュンディーンはもう、赤ちゃんじゃなくなるの」
「あー、うーん・・・それは」
斜めなザッカリアの質問は、蘇生した大きな事態の続きに合わない、普通さ。苦笑したタンクラッドが『中へ入れ』と、答えに詰まるシュンディーンとザッカリアに促し、一先ず、再会喜ぶ場所を変える。
玄関から広がる大きなホールも、決して手入れが行き届いているわけではなく、今は荒れ放題。玄関を通されたミレイオもザッカリアも、貴族の館の先入観から、荒れた現状の酷さに笑顔も引っ込んだ。
この間、『生き返った』の言葉を聞き、凝視して身動きできずにいた召使は、横を通ったタンクラッドに『ヴァレンバル公に知らせてくれ』と頼まれ、複雑な事情はさておき、主人に知らせに行った。
とりあえず二階へ連れて行くタンクラッドに、ミレイオは『いつもながらこいつは、我が家のように他人の家を』と思いもするが・・・小さな一つ一つを思うこの細やかな時間こそ、生きているからであり、何となくしみじみする。
タンクラッドは歩きながら、館に滞在する経緯―― 港に船が着き、ゴルダーズ公の友人の貴族が、宿泊を提供 ――を簡単に教え、自分とオーリンは館を拠点に動いたと話した。
簡潔な成り行き説明が終わると同時、ザッカリアは違うことを尋ねる。
「オーリンは・・・どこなの?」
罅が入った壁に手を滑らせながら、手摺の落ちた階段を上がり切ったところで、ザッカリアは姿を見せない弓職人を少し心配した。名前は出るのに、彼が見えない・・・タンクラッドは『部屋にいるよ』とだけ、答えた。
何でオーリンは迎えに出なかったの?とは聞けないが・・・別に迎えに来ないといけないものではないし。
でもザッカリアは、気になる。ミレイオも黙っていたが同じ。横を歩くシュンディーンと目が合い、彼に微笑まれたが、その顔は若干曇っていた。
館は貴族の家だけあって、壊れていようが荒れていようが面積はある。
部屋まで数分の沈黙が流れ、タンクラッドは並ぶ客室の一つの前で止まると、扉に手を添え『説明が終わるまで、質問はナシだ』といきなり言った。
「何の説明?今話してたことじゃなくて?」
「質問ナシ、って言ったぞ」
はぁ?と返したミレイオに、サクッと返し、親方は意味ありげな溜息と共に、扉を開けた。何があるのかと、ミレイオとザッカリアが部屋を見るが、視界に入ったのは質素な客室とオーリン・・・・・
「オーリン!・・・あれ」
オーリンだ!とザッカリアの顔がパッと明るくなったも束の間、扉に振り向いた弓職人、その向こうに見知らぬ男がいて、ザッカリアは笑顔が固まる。
ミレイオの目は、ちらっとシュンディーンを見る。なんとなし、男の視線がシュンディーンに向いている気がして。
そのとおりで、一気に表情が曇る精霊の子は、大きな青い目をスッと伏せて、ふん、とばかりに顔を背ける。シュンディーンと男を交互に見てから、ミレイオの手がタンクラッドの袖を掴んだ。鳶色の瞳が『何も言うな』と圧をかける。
「誰よ」
小声のミレイオに、剣職人は小さく首を横に振って、そのままオーリンの側へ行った。オーリンも立ち上がって笑顔を向け、剣職人と交代するように戸口に来て、立ちっぱなしの三人を迎え、座るように・・・その腕は、知らない男から離れた反対側を示す。
「ザッカリア。生き返ってくれて有難うな。ミレイオも大丈夫か?」
「なんかこう、腑に落ちない間が開いた気がするんだけど。心配させたわね。ええ、もう私は大丈夫よ」
「オーリン、無事で良かった。俺も」
うん、と頷いたオーリンはザッカリアにゆっくり腕を伸ばして抱き寄せ『よく頑張った』と褒めた。滅多に誰かを抱きしめない男の、抱擁。ザッカリアは照れて俯いて頷く。静かな喜びを伝えるように、腕の内に入れた少年の黒い巻き毛をオーリンの手が撫でた。
「すごいぞ。死に立ち向かって戻ったんだろ?お前はもう英雄だ」
「そんなじゃないよ。俺の力じゃない」
「自慢していいんだ。大した男だ、ザッカリア」
嬉しいやら恥ずかしいやらで笑みが抑えられない少年は、俯いたまま震えて我慢。見通すように小さく笑ったオーリンは腕を解いて、彼の両肩に手を乗せると、焦げ茶の肌が無邪気な笑顔を浮かべる顔を覗き込んだ。
「よし。まずは、お前の生還を確認した。ミレイオ、本当に大丈夫か」
「平気よ、皆が頑張ってくれたって聞いたの。有難う、って言葉じゃ・・・絶対に、感謝を伝えきれないわ」
「何言ってんだよ。生きててくれて御の字だ。さて、本当は飛び上がって祝いたい気持ちだが、事情が複雑でね。せっかく戻ったばかりで済まないが」
「僕が言う」
オーリンとミレイオの会話に、それまで黙っていたシュンディーンが割り込んだ。
お読み頂き有難うございます。
体調不良(しょっちゅうで申し訳ない)で確認投稿の続き、前書きも後書きもなくて、申し訳ありませんでした。




