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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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2401/2962

2401. アイエラダハッド決戦後 ~ミレイオたちの朝・ドゥージの弓矢を・ソドの浄化の結果と意味

 

 夜明けの南の山脈。リチアリが先頭に立つ舟を始め、精霊が渡した金の川を、内陸に進む幾つもの舟が連なる。龍頭の精霊キトラが見送った、静かな朝。アイエラダハッドの新たな門出―――



「もうそろそろ?」


 窓のない小屋――― 二部屋にそれぞれ、暖炉と寝台と机と椅子がある ――その片方で、暖炉の側にいたザッカリアがヤロペウクに訊ね、椅子に掛けていた男が彼にゆっくり顔を向けた。質素な木製の寝台に座るミレイオも、考え込んでいた沈黙を終え、最後の確認をする。


「私、()()なの?」


 その内容は、繰り返し話したこと。さっくり、確認と言うか、質問と言うか。ここを出る時、ちゃんと聞きたいと思った正否を問うミレイオに、ヤロペウクは少し間を置いて『問題はない』・・・ないだろう、と何か含むように答えた。



 行くか、と腰を上げたヤロペウク――― あっさり、終わる時間。


 世界が変わるかもしれない。

 旅路の危機に食い込むかもしれない。

 ここで命が終わったら・この状態で蘇生したら・万が一、こうなったら。

 何だったのかと思うほど・・・ 最後は軽く、この一件は閉じる。


『助かったな、最善の状態で』と、多くを語らない大きな男の背中の後に、肩透かし気分のミレイオが立ち上がって続く。


 ザッカリアは、ヤロペウクと過ごした数日の部屋を一度振り返り、『俺は』と小さく決意を呟いて、それまで一度も開いたことのない扉の向こう、光の外へ足を踏み出した。


 ヤロペウクは彼らに、外で何があったかを伝えず。

 ただ、魔物が終わったことだけを教え、魂の手前に敷かれた道を歩き、そのまま、ヒューネリンガの丘へ連れて行った。



 *****



 ソドは。

 明け方に戻った庵手前。普通は見かけない人間を、氷河の群島―― ほどなく自分の庵近く ――で見つけ、静かにその人物に近寄る。


「え」


 急に現れた毛皮服の人間に驚く顔。ソドは静かに『用があるのか』と質問した。

 戸惑う相手はじっと紺色の目で見つめ、『あなた、人間ではないですよね』と確認する。何者かと窺う質問者に、彼を守る大きな力(コルステイン)を感じたソドは、数秒の間を挟んで『いかにも』と答えた。



「あなたが探すのは、氷の時間に()()()()()()ですか?」


「なんですって・・・ドゥージさんのことですか」


「ふむ。名前は同じ。そう、と答えても」


「どこですか!ドゥージさん、どこに居るんですかっ!」


 吼えるように叫んだ赤毛の若者に、ソドは『探していたのですか』と訊き、頷いた必死な顔に決める。渡すのなら、彼にしよう――― ソドはそこで待つように言うと、ふっと姿を消し、すぐに戻って、手に持った荷物を彼に差し出した。


 言葉もなく、荷物に釘付けの紺色の目に涙が浮かび、落ちる。


「ドゥージさん・・・・・ 俺は、間に合わなくて」


 鞄と矢筒と風変わりな弓を、両腕でしっかり抱いた赤毛の男は、その場に(くずお)れて泣き出した。泣きじゃくって謝る言葉も途切れ途切れ、その姿にソドは微笑む。


「あなたは、ドゥージの」


「俺は、ドゥージさんの友達でした。いつも俺を守ってくれて」


 言葉が続かない赤毛の騎士は、涙がボロボロ溢れて止まらない。

 ソドは―― 珍しい行為だけれど ――彼の前に跪くと、項垂れる彼の肩に片手を乗せ、『彼は死んでいません』と囁いた。ゆっくりと上がる、赤毛の頭。


「死んでない」


「はい。ドゥージの追う荷が、解消されるその時まで・・・危険を省くために、今は私が預かっています。あなたが抱きしめる()()()は、既に普通の木製品です」


「あなたが。あなたが?ドゥージさんは生きているんですか」


 しがみついた赤毛の男に、そうですと静かに答えたソド。ロゼールは再び顔を俯いて涙を堪え、もう一度顔を上げ『生かして下さい』と頼んだ。


「俺は、俺は、絶対にドゥージさんも世界も、危険から救うからっ」


「はい。待っています」


「・・・本当ですよ、絶対。絶対、ですよ!絶対に!」


「待っています。あなたの名前は?」


「ロゼール・リビジェスカヤです。どうか俺を忘れないで下さい。俺は絶対に、ドゥージさんも、ドゥージさんの背負った荷も、世界も、俺が必ず」


「信じています」


 う、と涙が溢れるロゼールを見つめ、両腕を掴まれたままのソドはにこりと笑った。その顔が、ロゼールには()()()()()()()に見えて、言葉も詰まって目元を拭った。



 *****



 赤毛の騎士が、ドゥージの荷物を胸に抱いて、黒い影の中へ入るのを見届け、氷河の祈祷師も庵に帰る。


 ソドの歩く前を、ぽわっと淡く暖かな炎の色が導き、先に浮かび上がる半透明の白い空間に続く。ソドは氷の入り口を潜り、揺れる火の側に腰を下ろした。


 真紫の目は、遠くを見つめる。庵は主を迎えて景色に溶け込み、精霊の世界と人の大地の、合間に混ざる。



 ソドが巡ったアイエラダハッドの大地は、精霊アガンガルネの頼みどおり『原初の悪』がいたずらに増やしたものを、全て消し去った。

 無かったように、とまではいかない。地に圧し潰し、岩に刻み、谷に埋め、崖に挟み、水に沈め、山に烙印の如く焼き付けて終えた。


 邪に触れていた者も皆、同じ処置。そして、中間の地に備えられていた『諸々の存在』の時を計るため・・・浄化の名の元、条件に満たない者はここで祓われた。



 多くの動物は、そのまま。動物は、土地の邪に侵されていれば消されたが、そうでなければ重圧にも晒されることなく、済んでいた。

 浚う大地で対象にされた生き物は人間で、『知恵の還元』を経過した、新たなアイエラダハッドに不要であれば、消滅。


 殆どが、貴族社会に生きていた人間だが、ソドが一人ひとり選別したわけではなく、あくまで『条件』から漏れた者が、無制限に続く過重に、その存在する時間を失った。



 余談ではあるが、治癒場へ連れて行かれた人々は、贔屓される何かがあったかと言えば、それは全く関係ない。


 治癒場で庇護を受けた人々が、何を思ったかは別として、精霊が与えたものは、『庇護の内に置かれた事実』だけであり、重視しようが無視しようが、人間の思考の行方。今後、民がそれをどう使うか、その要素でしかなかった。



 要は、『誰でも良かった』のだと・・・ただ、これを人が知ることもない。


 勿論、大地に取り残された者たちも、危険に晒され怯え、殺され、生き抜いた時間の理由を探してみたところで、結論は出ない。これも、誰でも良かったのだ、とは。


「人を計る」意味よりも、続く先、()()()()()()()()()()を想像出来れば、気付く者もいるだろうが、渦中に置かれた民はそれぞれ。受け取り方も衝撃も異なる。共通する理解の生まれる可能性は、とても低い。


 これについては、タンクラッドが感じたように、残った者たちの真っ直ぐな意識が、強い国の土台を造るに活かされるだろうし(※2375話参照)、イーアンが『答えは出ない』と感じたそのまま(※2357話最後参照)、選別の体験は十人十色で刻まれ、時は過ぎることになる。



 ソドは浄化を行ったが、もしソドが動かなかった場合は―――


 紛れた魔物の名残が大地に蔓延る状態へ移行し、それは古代種の変種系として、これまでの時代より、人間の生活を脅かし食い込んだだろう。


 アガンガルネは懸念し、これを望まず、ソドに頼んだというところ。


 また、応じたにしても、ソドのあの姿、その成した結果は、アイエラダハッドの大地で仰ぎ見た全ての目に、どう映ったか。


 ソドが善にも悪にもなる、恐ろしい姿であり、精霊の浄化を担った所以まで、民の解釈には届かず・・・一部の者―― 祈祷師や占い師 ――は正しく理解したが、他は『最後まで容赦ない終結』と暫くは記憶する。



 精霊の大地として最初に誕生した、『イヒレシャッダ』、貴族の統治する危険な知恵の『アーエイカッダ』に移行、再び精霊の大地に戻った『アイエラダハッド』。

 いずれは、精霊の声を聞く祈祷師たちから、大いなる力の介入を紐解く解釈も与えられるだろうが、その日まではまだまだ遠く。



 ソドの浄化によって、続く統一の世界に向けた『不要』の判別に、その存在を失った多くは、貴族の社会に属しており・・・旅の仲間に、僅かに関わった中で名前を上げるなら、エカンキのジュディスは消えた(※1838話参照)。一つ例を取ればだが、この女性に近い感覚は、処分の範疇にあった。


 だが、貴族意識・その社会に染まった者だけが、浄化で姿を消したかというと、これもまた違う。


 ヒューネリンガのヴァレンバル公は生き残ったし、ジュディスの主人である、ローケンも生きている(※1890話参照)。他にも少なくはないし、理由が『旅の仲間に都合の良い相手』だからではなく、生き残った彼らに共通した『条件』に見合うだけのこと。

 


 今回、人が気にするところとして『精霊は、浄化の対象だったか』も、少し付け加えると、勿論そうなる。


 土地の精霊も、異界の精霊も、先を見越した意志がなければ、それらは消されていた。

 元からこの世界にいた精霊でも『条件外』で篩の目を落ちたなら、それは浄化で終わった。パーミカの町にいたサヴァンキ(※1943話)のような、存在しているだけで()()()()を忘れた地霊も消えている。


 稀ではあったが、アイエラダハッドのその時に地表にいた()()も、実のところ、裁きに掛けられもした。これは、フォラヴやセンダラの知る由ない一面。


 これは、龍のイーアンも圧力を受けたのと同じ。イーアンは助かったが、圧を受けなかったフォラヴと比べると、『選別対象』だったことになる。


 民を守った異界の精霊もまた、『守った意味』さえ()()()()ていなければ残り、守っていたにせよ、履き違えた感覚が軸にある者は、呆気なく消えた。


 とはいえ、人々の目から見る時、精霊までも無差別だったのを知らないので、もっぱら『浄化で選別された』印象は、自分たち人間に焦点が当たる。




 精霊だから。

 精霊を崇めているから。


 だから守られるんだろう、とパーミカの職人が差別と贔屓に怒鳴ったが(※2348話参照)。

 逆を忘れていては、同じことである。いつだって、別の視点と別の常識で、免除も犠牲もあった。


 リチアリが、ルオロフに見せられた、先住民虐殺の歴史は、どこで始まったか。何が始めたのか。


 ドルドレンが理解を持った、白い仮面で呼んだ聖メルデ騎士僧会のように、区別がつかない虐殺の言い訳は。


 差別の上に石を敷き、その上を闊歩し、それ当然と悪気もなく生活を続けた人々は、踏みつける一歩ごとに何も思わなかったことを、誰が思い出すのか。


 人は、どこかで狂う。何かがおかしくなると、誰もが言い訳を探し、誰もが手を引こうとする。



 浄化されたのは表面的なものだったが、内面的な浄化は、ソドのような大いなる力ではなく、それぞれ残った存在に委ねられる。


 そして忘れてはいけないのは、アイエラダハッドは『統一手前までの時を計る』が故に、中間の地の小さなものまで多くを浚った最後を迎えたが、続く四ヶ国目は、残った者たち種族ごと『淘汰』の対象であり、どう動くかが問われるのだ。


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