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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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2400/2964

2400. アイエラダハッド決戦後 ~違法僧侶と『知恵封じ』一幕・センダラの夜・民、夜明けの帰還

 小龍骨の面を使えるのが、アイエラダハッド国内と聞いていた(※2214話参照)のもあって、オーリンはもう少し使っておこうと、ヒューネリンガの館を出た夜。



 製造院の場所はヴァレンバル公に聞いていたし、地図でも確認済みだった。


 イーアンがそれを知った初日、製造院へ行ったはずだが、彼女と接触がなく過ぎた決戦の数日。

 製造院の状況はオーリンも気になっていたことで、港の『動力』についても、町を守りながらずっと気がかりだっただけに、シュンディーンが戻らない様子見を兼ねて、真夜中、南下した山脈端へ行った。


 ガルホブラフは休養中。小龍骨の面が使えるオーリンは、魔物も終わった空を遠慮なく飛び・・・シュンディーンの結界を見つけたところで、ふっと結界が消失。あれ?と急いで、小さな光を纏う彼を見つけたのがさっき。



 シュンディーンは、森林に響く大声で怒鳴っていて、近くに来たオーリンに気付かず、声をかけたら()()()()()()頼ってきた。


 シュンディーンの目には、まやかしの姿はさほど留まらない。『中身がオーリン』とはっきり映るので、小龍の姿は気にもしない。それどころか、目下の問題『部外者同行』が頭を閉めているらしく、出会い頭で『反対』を訴えられたオーリンは、とりあえず彼を宥めて地面に降りた。



「あわ・・・う、魔物が」


「バカ言うな。散々守ってやって、魔物扱いだと?」


 腰の抜けた僧侶が怯えて後ずさり、オーリンは面を外す。すぐに人の姿に戻ったオーリンだが、如何せん周囲は暗闇の森林で・・・側にいるシュンディーンの発光が自分たちを照らす、ぼうっとした淡い光の中、凝視する僧侶を数秒眺め見下ろした。僧侶もまじまじ、僅かな明かりに照らされる人物を、穴が開くほど見つめる。


「人間・・・・・ 」


「へぇ。この男が・・・ね。まぁ、頭良いやつって、碌でもないことするもんな」


「人間なのか?あ、精霊とかですか。魔物と言ったのは、失礼しました。見間違いでした」


 人の姿で、人の言葉。共通語を喋るオーリンに、僧侶は目を瞬かせながら、彼の後ろに立つシュンディーンと交互に見やり、大急ぎで()()を撤回。うっかり敵を増やしてはいけない。


 この反応に、シュンディーンは不満で舌打ち。オーリンも『態度がコロッと変わる、好きになれない人種』決定だが、後ろの舌打ちにちょっと笑って振り向いた。


「お前、舌打ちするんだな。()()()()()もやってる?」


「赤ん坊の時なんか、関係ないだろ」


「フフ、面白いな。そうだな、悪かった」


 赤ちゃんが舌打ちしていたのかと思うと、笑ってしまうオーリンは、少し恥ずかしそうなシュンディーンの背ける顔に『俺が話すよ』と僧侶を指差す。シュンディーンは『僕は嫌だ』と強調。


「まぁな。お前が嫌だってことは。よっぽど腹黒くて薄っぺらいな。だが、イーアンが何を考えているやら。彼女は使えるものは使うんだよ」


「あの・・・イーアンは、『ティヤーを一緒』にと言って。私を()()しませんでしたが」


 オーリンの歯に布着せない表現に気を悪くしたように、僧侶はすぐに小声で言い返す。

 それから、シュンディーンの片手にある黒い鞄を見て『あれも預かりました』と付け加えた。これが重要、と・・・僧侶はイーアンとある程度、会話済み。()()()()()、とはこの僧侶目線で思わなかったが、現状の展開で価値を塗り替えた。


 そんな僧侶を、オーリンの黄色い目は射貫くように見つめ『うーん。俺もこの男が()()()()()()()』とざっくり意見した。ギョッとする僧侶。頷く無表情のシュンディーン。振り向いて『要らないな』とオーリン、確認。



「ま。待って。そうなぜ簡単に、あなたが決めるんです?イーアンは」


「イーアンは、俺が何したって許すよ(※ウソ)」


「話しましょう(※必死)!ちゃんと、私の話も聞いて下さい!イーアンは聞いてくれましたからっ」


「お前、絶対にホントのこと言わないだろ。もしくは、言い包めるか」


「何てこと言うんですか、初対面なのに。あなた一体」


「俺より、お前だ。『違法僧侶』」


「あ」



『違法僧侶』――― 黙る若い僧侶。オーリンは彼をじっと見て、その皮膚の色や目の色から、この男がアイエラダハッド人ではないと判断した。


 フードを背に垂らしているので、顔も髪も分かる。頭髪や眉毛の色は、焦げ茶。肌は日焼けした茶の要素が強く、鼻の付け根は高い。瞳は明るい青だった。

 テイワグナ人でもない。ハイザンジェル人でもない。ヨライデ人は知らないが、この流れで言うなら、彼はティヤー人かもしれない。イーアンはこの僧侶を逃がしてやる気はないだろうが、使()()()はあったなと彼女の性格から想像した。


「話してみろよ、イーアンが()()お前に持ち掛けたか。最初に教えておくが、彼女に後で洗い浚い報告する。適当なこと言うなよ」



 埒が明かないと思ったか。僧侶は黙っていた口を開き、抜けた腰が戻ったのでよろっと立ち上がると、『私は』と名乗り、女龍の来た午後の話を始めた。


 ちらちら黒い鞄に視線を向けつつ、話を途切れさせることなく流暢に説明する様子は、オーリンに『信用ならない相手』の印象を植え付ける。だが肝心の内容は、嘘ではなさそうなのも分かった。


 イーアンに報告されるから、必要な箇所以外は抜いて話している内容の飛び方。飛ばす流れの均しが上手く、貴族のような卒ない喋りで、どこか自分を優位に見せようと、端々に耳障りな自慢が潜む。その辺の猪口才な口振りが、オーリンの視線を蔑んだものに変えた。が。


「分かった。そうか」


 分かった、と相手の話の終わりで相槌を打った弓職人に、僧侶は少しホッとした。間髪入れず、シュンディーンがオーリンを覗き込む。


「オーリン、馬車に連れて行くのはダメだ」


「・・・ちょっと、シュンディーン。いいか」


 不安気な精霊の子に、弓職人は付き合うよう、後ろに顔を向けた。少し僧侶から距離を取った場所で、オーリンは肩越し、背後の僧侶にちらっと視線を流す。


「イーアンが連れて行こうとしているのは、道案内だけじゃなさそうだよ」


「でも。あいつも馬車の中に入るなんて」


「それはさ。馬でも良いじゃないか。どこかで馬を買うとか、出来るし」


「オーリン、連れて行くの?あんな信用できないやつを?」


「イーアンは。使うつもりだ。彼女なりに、あいつを利用して、働かせる気だ。で、な・・・シュンディーン、今からイーアンに連絡をする。意味、分かるか?イーアンが来れない事情かも知れないから、あの男をヒューネリンガに」


「やだ」


 即答の必死。ハハ、と短く笑ったオーリンの片腕が伸び、シュンディーンの首の後ろに手を引っ掛けて、自分に少し寄せる。嫌、丸出しの、青い目を覗き込み『分かってる』と同意を示す弓職人は、自分だって嫌だと言った。


「だったら」


「でもな。馬鹿と鋏は使いよう、ってさ。あいつを()()()()使い切って、捨ててくことも出来るんだ」


 情もへったくれもないことを、さらりと口にする弓職人。でも青い目は抵抗。ちょっとでも嫌だ、と反抗する精霊の子だが、ぽんぽん頭を叩くオーリンに『イーアンに連絡するけど、お前に先に言っておこうと思った。お前の心も大事だから』と囁かれ、凄く嫌だけど溜息で頷いた。


「有難うな。帰ったら、肉食べよう」


「肉は食べるけど(※大事)。僕は、連れて行くのが良いとは答えない」


「お前の判断をずっと信じている。何かヤバいと思ったら、すぐ教えてくれ。()()()()()()()見えないこともある。な」


 オーリンの説得。シュンディーンは受け入れ難いが、渋々了承。そしてオーリンは、イーアンの連絡珠で・・・なぜか応答したビルガメス相手、緊張の会話の後―――



「いいんですか!イーアン待たなくてっ」


「お前、どっちみち人任せだったんだろ」


「だけど!」


「イーアンがアイエラダハッドから『逃がしてくれる』から一緒についてく、って感じだぞ。もし来ないなら、鞄をこっちに引き取らせて、お前はケツまくって逃げる気でいたんだから」


「うう、ぐっ」


 そうじゃないの?と骨の顔をした、小龍の黄色い目が振り向く。オーリンは乗せたくなんてなかったが、腕が翼なので、仕方なし、僧侶を首の付け根に跨らせて、飛行中・・・・・


「どうしても抵抗あるなら、落ちても」


「いえいえいえいえいえいえ!!!ダメです、落ちるなんてとんでもない」


 荷物小脇にしがみつく僧侶に、気持ち悪いから貼りつくなと注意し、オーリンは真夜中の空をヒューネリンガへ向かう。



 そしてシュンディーンは鬱屈とした気分で、仕事を終わらせた。


 僧院の地下を引っ張り出し、親を呼び、渓谷の川を逆流した金色の水が、全ての悪事を丸呑みする。それは以前、シャンガマック親子が見た、あの町のように異次元へ閉ざされる(※2197話参照)。


 続けて、ヒューネリンガへ移動し、そこでも同じようにシュンディーンは親を呼び、水の精霊は『愚かで危険な知恵』を丸ごと沈め、先の異次元へこれを加えた。


 与った仕事を終え、シュンディーンは館へ向かう。もうオーリンと僧侶が戻っていると思うと、気が沈んだけれど。

『馬車に戻れば、ミレイオとザッカリアが戻ってくる』――― そう聞いていたのが、今のシュンディーンの心の支えだった。



 *****



 大いなる力。妖精の女は、南の荒野に仰向けに寝そべって、金髪を大地に投げるように散らしたまま、夜空を走る青白い雲の群れの下で、じっとしていた。


「もう。動ける?」


 大の字の左手が、そっと地面に突き出る岩を撫でる。岩は何の反応もせず、センダラは小さく息を吸いこみ、閉じたままの瞼をゆっくりと持ち上げる。虹色の瞳が、真夜中の空を見つめて寂し気に瞬きした。


「ミルトバン」


 ねぇ、と空に顔を向けた顔で問いかけ、『まだなの』と・・・祈るように呟いた。


 まさか。ミルトバンは、あの大いなる力に閉ざされたのではないか。そう考えてしまうと、自分も死にたくなる。

 大いなる力が動いたのを感じ取ったセンダラはすぐさま、ミルトバンの岩がある場所へ戻り、彼の岩が僅かに見えた地面に覆い被さったが―――


「もし。あんたを守ったつもりが・・・何の効果もなかったら、よ。私はここで消えよう」


 涙が出ない。涸れ切った目元は、涙の乾いた跡で引き攣って、白い頬に風に吹かれた砂がついている。


「あんただけだったのよ。私を待っていたのは。ミルトバンだけが、私を許していたの。私が、どれだけ楽だったと思う?」


 息を吸いこみ、細く吐いて、見えていない虹色の瞳が世界の行方を映す。自分たちがどうなるか、それは見えないのに、世界が進んでいく大まかな進行方向が映るのは、今のセンダラに皮肉で、どうでも良かった。


「私ね。魔物の王を倒したら・・・ミルトバンと、ハディファ・イスカンに戻りたい。言ったこと、あったかしら」


 センダラの指先が、冷たくざらざらした岩の表面をなぞり、ミルトバンの鱗と違う感触に悲しさで止まる。どうして岩になんかなったんだろう。敵から逃げたから、の理由・・・そんなことではなくて。


「精霊は、アイエラダハッドの魔物が終わったら、あんたが戻るって言ったのよ。なんでよ」


 ぎゅっと目を閉じ、センダラは震える声を呑み込んだ。何で戻らないのか。

 想像していなかった、あの最後の力による一掃・・・あれで、世界の不要を弾かれたのを理解しているゆえに、ミルトバンが戻らないのは苦しくて仕方ない。


「誰に必要じゃなくたって!私にはあんたが必要なのよ。そうでしょ、ミルトバン。あんただって」


 そこまで言って、詰まった喉。センダラは腕を顔に戻し、また流れ出した涙を押さえた。


「ひどいわ」


 ひどい、と。大地に仰向けになったまま、センダラは夜空の下で泣き続ける。

 ・・・朝日が差す前。 悲しみで身体が薄くなり始めた妖精の横に、とぐろを巻く姿が浮かび上がるまで。



 *****



 夜明けが始まる前に、薄く明度を上げた極北の地を、光の(そり)が出発する。


 氷窟の外に、何台も縦列する橇の先頭は、イジャック。凍えるどころで済まない気温なのに、治癒場の氷窟からすぐ外は、空を覆う氷粒の吹雪を無視する暖かさに包まれ、治癒場から次々に出てくる民は橇に吸い込まれてゆく。


 振り向いて微笑むイジャックの橇が、すうっと光の道を走り出すと、その後に並ぶ橇が続いた。ここからは、氷窟にぎっしり詰まっていた人々―― 小型状態 ――がどんどん消えては、外を走る橇に元の大きさに戻った体で乗せられる。



 見送る妖精の騎士と、精霊の老婦人。時折、氷窟の足元で聞こえる挨拶に答えては、皆さんの無事を心から祈って送り出した。


 氷窟で順番待ちの状態では、親指大の人間だったのが、目の前に橇が来るや姿を消し、橇に普通の大きさの人間が数名乗る様子。フォラヴも不思議なものをたくさん見てきているが、実に不思議で、実に感動した。



「今頃・・・リチアリも」


「んん?リチアリ。あ、南に行った人ね」


「ええ。彼が先でしたので」


「フォラヴ。あんたも戻りなさい。よく手伝ってくれたわ。お疲れ様」


 普通に労うおばちゃんの精霊に、ちょっと笑って頷く。フォラヴは精霊にも頭を深々と下げ『それでは私も』と、改めてお礼を言い、踵を返す。北の治癒場は全員、アイエラダハッドの大地へ戻され、自分の仕事は終わり・・・・・


「あ!そうだ。ダメダメ、ちょっと来なさい」


『はい?』振り返ったフォラヴの片腕を引っ張った精霊は、反対方向を指差して『うちに寄って頂戴。シュンディーンにお土産あげなきゃ』と・・・気が抜けるようなことを言い出し、ぽかんとしている内に、フォラヴは腕を取られたまま浮かび、精霊のおばちゃんの家がある峠へ連れて行かれた。



 大仕事をこなしたというのに、緊張感のない終わり。


 フォラヴは帰りに荷物を抱えさせられて、夜明けの光が氷河を照らす銀と白の風景に、さよなら、と挨拶を叫んで空を飛んだ(※両手ふさがってる)。



 この少し前。おばちゃんがフォラヴを家に入れていた、僅かな時間―――

 

 極北の群島に紫色の風が吹く。氷の銀と雪の白を輝く粒子に塗し、精霊の色である淡く鮮やかな緑色のふんわりした気をなびかせ、紫の風はひゅうっと黒い群島の一つに降りた。


 そして、その風は・・・氷河の埋める黒い岩場の端っこで、しきりに下を見て動き回る人物の側へ。

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