240. 新年夜会~ご馳走と音楽
さて。年に一度の大ご馳走。
立食なので、小皿に少しずつ取って食べる小ぶり一口サイズが、宝石みたいで可愛い。汁物はなし。ソースは小さな容器に入っている。大事な晴れ着を汚さない気遣いが素晴らしい。
いろいろ見てると、イーアンは生肉を見つける。ドルドレンが言うには、完全な生ではないという。『それと同じ魚もある』ほら、と横を指す皿を見ると透き通った魚の切り身がある。
あ、なるほど。気がつくイーアン。生だけど、生を干してる。熟成系だと理解して迷わず食べる。いやん、美味しいっ・・・・・
刺身ではないが、焼き魚でもないし蒸し物でもない。ねっとりした感触は、燻製で言うところの生ハムやカラスミのよう。でも燻製でもないし塩漬けというほどでもない。刺身枠である。
あまりの美味しさに止まらなくなるイーアン。人目憚らず、うんうんあんあん言いながら食べ続ける。
「イーアン。これを食べれるのか」
悶える愛妻(※未婚)をちょっと止めて、ドルドレンは、この料理は好き好きが分かれることを教えてくれた。ドルドレンはこの料理がとても好きらしい。
「私たち、夫婦になっても、同じ美味しさを共感できますね」
イーアンが嬉しそうに、串に刺さる魚をドルドレンに食べさせた。蕩けるドルドレンは、ホワッとピンク色の頬になって『もちろんだよ』と囁く。愛妻にも食べさせてあげる。
『頑張って、こういうの家で作れるようにならなきゃ』美味しさに悶えつつも、珍味に感動して張り切るイーアンに、ドルドレンはもう・・・・・食べちゃいたくて舐めちゃいたくて××××したくて(※パパ似)。ウズウズしてしまう。
あれこれとご馳走を食べていると、ダビが来た。イーアンを見て目を丸くする。
「これはまた。素材が良いんですね」
へぇっと笑うダビ。アティクと似たような誉め方で、剣とか防具を作る人には思えないと言う。
ダビも盛装していて、いつもよりも精悍に見える。
ピカディリ・ブラウンのベルベットの上着とズボン。丈が長い上着と同じくらいの長さで、金色の別シルクで、大振りの花が膨らむように段差を付けて織られたベスト。縦一列に白い布で包んだボタンが並んでいる。
上着の前合わせにも金の飾り紐が縁取って縫い付けられている。黒い丈のある革靴は何本ものベルトで留められている。
衣服が違うとホント、こんなに印象が変わる。何だか素材とその持ち味に半端なく懲るところがダビらしい感じ。イーアンは感心した。『ダビ。すごいイケてますね』かなりカッコイイですよ・・・イーアンが本気の眼差しで誉めると、ダビは珍しくちょっと赤くなって照れて笑っていた。
ドルドレンの放つ温度が下がり、周囲が過重圧になるが、この男には効果なし。
ダビはすぐ、料理に目を移して、ひょいひょいと小皿に乗せると、『はい』と皿を渡した。
「それ。私の地域の料理なんですよ。同郷のブローガンっていうのがいて、彼が今日ヘイズと一緒に作ってたから、多分あるなと思ったら。それ、美味しいんで。食べて」
ダビは自分用にも、同じ料理を2つ3つ皿に乗せた。難しい顔の総長をさておき、ダビに勧められるままにイーアンは小さなコロッケのような丸いのを食べる。
中にほぐした魚と・・・淡い紫色の何か。野菜のぽくぽくした食感。揚げてあるのではなく脂を付けて焼いてあるから外側の衣が揚がっているように感じる。
「美味しいでしょ」 「すごく美味しい」
新年もだけど、とダビは話す。目出度い席には、これを山積みにして出すそうだ。野菜は何かと聞くと、芋の一種だと教えてくれた。もともとの色は黄色だけど、鍋に入れて茹でると紫色になる、芋チックな野菜。
小さなゆで卵の酢漬けと黒い木の実の酢漬けの串や、エビの太ったやつと柑橘類の果物が刺さった串も、大変に美味しい。黄色い穀物のボールも、食べると中から刻んだ肉が出てきて、美味しくて驚く。『それ内臓』イーアン好きでしょ、とダビは笑った。
二人の世界が盛り上がって、ドルドレンはいい加減面白くないので、そろそろ良いかなと割って入った。
ダビはあっさりサヨナラして去って行った。イーアンはドルドレンにも美味しいからと勧め、あーんで食べさせると機嫌が直った。
「ところで、ずっと気になっているのですが。音楽は誰が」
ご馳走を食べながら、音色の響くほうを探すイーアン。ドルドレン的には、あまり気がついてほしくなかった。料理を食べてる間に演奏が終わればいいなと思っていた。
「今年は、音楽付だ。これまではなかったのだ」
大道芸や道端で演奏する人たちが好きなイーアンは、是非近くで見たいとドルドレンに言う。已む無い。ドルドレンはちょっと離れた場所へ連れて行く。
「あ」
「そうだ。彼らは音楽の才能も持つ」
暖炉の側、少し段差を作った台の上に、男女が楽器を奏でていた。男女・・・男、男。ベルとハイル。
ドルドレンを見上げたイーアンの顔つきがもう大喜び。ドルドレンはしっかりイーアンを掴まえる。逃げたら最後、感動した勢いであいつらに抱きつきかねん。
側に行きたい、近くで見たい、離して、とイーアンが喚くが、ドルドレンはがっちりホールド。大人の声でちゃんと言い聞かせる。
「彼らに飛びついてはいけない。彼らは自分たちの民族の歌を聴かせているのだ」
真面目な理由なので、イーアンが聞く耳を持った様子でぴたっと止まる。灰色の瞳をじっと見つめて『そうか。そうですね』ウン、と頷いて納得したよう。静かに音楽鑑賞するイーアン。
――ドルドレンは一安心。
やれやれ。危ない危ない。理由に素直な気持ち(例:『触るなダメでしょ』)を混ぜたら、絶対反抗期になる(例:『私悪いことしてない』『感動しただけ』)。
伴侶が他人に、抱きついたり握手したりするのはイヤでしょ・・・と言ったところで、また凹む。それもせっかくのお祝いには宜しくない。
感動しやすい奥さんを持つと、旦那はあの手この手で、奥さんの理性を保てる状態を作ってあげねばならない。なぜなら愛してるから。穏やかに円満に、常に旦那は奥さんをリードするのだ(※そうすると夜が実る)。
ベルとハイルは演奏してるが、多分、金をもらっているはずだ(※タダで動くわけのない兄弟)。
現金なやつらだから、そう長く演奏しないだろうと思っていたけれど。久しぶりで楽しくなってるのか、何だか気前良く長々続けている・・・・・
懐かしい音楽だけど。でも早く終わって。イーアンに感動の波を押し寄せかねないこの時間。
ドルドレンはイーアンをホールドしながら、兄弟の死角で演奏を聴いていた。イーアンも大人しくしている。でも、感動しているのが伝わるようなウットリ感は漂わせていた。
ベルとハイルの演奏を聴きながら、ザッカリアの楽器のことを思い出すイーアン。お祝いにあげた弦楽器。
ベルが小型の弦楽器を弓で弾いているから、もしかしたら教えてくれるかも、と思う。ハイルは抱え込むような弦楽器を指で奏でる。時々、ハイルは、鈴が沢山ついた輪を振る。それもタンバリンっぽい使い方で素敵。
どの世界にも似たような楽器はあるし、似たような音楽で好まれるんだなと感動する。違う世界でもこうして音楽を聴ける喜びに、イーアンは豊かさを感じる。
ベルは盛装というか、演者の服装。ハイルも馬車の女性の豪華な服装。
緩いドレープの多い白いシャツの袖を捲って、赤茶色の光沢のあるベストを着たベル。大きなベルトで、ベストごとまとめて、淡い赤の刺繍の入ったズボンを穿いている。
ハイルは、アガット・レッドのブラウスとスカートに、金色の別シルク生地を縫い付けてあるドレスを着ている。
金色の布を丁寧に細かくアップリケのように縫い付けてあり、段毎に縫われた真っ赤な生地が、長くて広がるスカートを彩り、縁を飾る金と緑のフリルが重なっている。胴体の部分は細かい幾何学柄がキラキラするビーズで埋め尽くされていて、胸が大きく見えるようにぎゅっと締まっている(※イーアンには絶対着れない服)。
大きな耳飾りと何連にも付ける腕輪や指輪は、背が高くて綺麗なハイル(♂)にとてもよく映える。
今日一日を過ごして。凄いお正月だとイーアンは感動していた。こんなに新年を喜んだことがあっただろうか。いや。いつだって喜んだけれど。でも、でも。
そう。でも・・・と何かが。否定がついていた。
有難いと思わなきゃ、と。無事に生きていると喜ばなきゃ、と。自分がいてもいなくてもって、それを私自身が感じていただけって。そんなことどうでもいいと思わなきゃ、と。
それ以上を願ったら贅沢だと思っていた。
だけど今年は。このハイザンジェルで、ドルドレンに抱き締められてここにいる正月は。
なんて素晴らしいのだろう。非の打ち所がないとはこのことか、と思う。正直に、素直に、本当に嬉しかった。本当に、生きていて良かったと。心から思うお正月・・・・・
ドルドレンの腕の中、温かい温度に、美味しい満腹に、豊かな音楽に、みんなの笑顔に、幸せの満足に。安心したイーアンは段々眠くなってくる。
腕の中でちょっと、くたっとしたらしい奥さん(※未婚)に気がついたドルドレン。あれ?と思って、顔を覗き込むと、瞼を閉じている。感動してるのではなく、寝てる。
ふむ。
風呂はどうしよう。でも寝かせてあげたい。朝早かったしな、と思う。
ドルドレンはイーアンを抱きかかえて、暖炉の側に運んだ。そこで抱っこしたまま椅子にでも座るか、と思っていたら。
寝てるイーアンに気がついた騎士たちが、暖炉側にベッドを一台運んできた。その辺にある布を敷いて、イーアンを寝かせる。白いドレスを着た細いイーアンは、この世の人ではないみたい(別に死んでない)だと、皆が思った。
さながら。白雪姫と50~60人の小人状態。
「総長」
一人の騎士が、ベッドに腰掛けるドルドレンに聞く。『何だ』イーアンを見つめたまま答える総長。
「彼女は。イーアンは。この世界じゃないところから来たんですか」
ドルドレンは少し黙っていた。『どうしてそう思う』それだけ呟く。騎士もイーアンを見つめて、そうですねと考える。
「この人が、自分たちを助けに。どこからか来たような気がしたから」
子供っぽいですけど、とちょっと笑う。ドルドレンも少し笑って『いや。お前は合っている』否定をせずに答えた。騎士は驚かなかった。『そうかなって思ってました』だとしたら、と続ける。
「この人が動くの、全力で支えます」
誰かな、と思って振り向くドルドレン。ディドンがそこにいて、総長に微笑んでいる。ドルドレンもフフッと笑い、『お前は俺の隊に来い』と根負けして伝えた。こいつも純愛組だな、と笑う。
ディドンは嬉しそうだった。静かに頷いて、灰色の瞳を見てから『ポドリック隊長に言います』と微笑んだ。
イーアンは眠り続けた。風呂は早朝。眠るイーアンを博物館の展示物のように、騎士たちは見ながら夜会を過ごした。
ドルドレンはクローハルその他諸々を撃退しながら、お開きまでイーアンのベッドから離れなかった。
最後のほうで、ベルとハイルが来て『綺麗だ』とか『うわ可愛い』とか不謹慎なことを騒いだので追い払った。追い払ってもめげないので何度も撃退し、ドルドレンはとうとうイーアンを抱えて部屋戻った。
会のお開き直前まで待ったのだから良いだろう、と。イーアンを抱えて寝室へ戻るドルドレンだった。
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