2398. アイエラダハッド決戦後 ~浄と祓いの空⑤ヒューネリンガの町と『矢』
少し声を潜めたオーリンは、部屋の前で『俺とあんたの部屋のどちらで話すか』を尋ね、タンクラッドがオーリンの部屋を指差したので、扉を開けて剣職人を中に通した。
親方は座ったら寝そうだったが、自分の部屋でなければ寝るわけにいかないしと、オーリンの部屋に入ったが、オーリンは気遣って『ベッドに座れ』と示し、寝落ちしないことを祈ってタンクラッドはベッドに腰を下ろす。
沈み込む柔らかいベッドに、そのまま倒れて寝そうだが、『動力』と、もう少し聞かせてもらう粘りで顔を上げた。
オーリンは水差しから水を汲んで彼に与え『それは清めた水』と、一口飲んだのを見て窓際へ行くと、少しだけ窓を開けて、部屋の熱に外の冷たい風を入れる。
「暖かいと寝そうだもんな。話の間だけ、窓を開けとく。今頃、シュンディーンは、動力の製造所じゃないか・・・何してるか分からないが。
夕方前。動力の話を俺がしたら、シュンディーンは何か察知していたようだった。彼はすぐに館に来て、結界を張った。勿論、これはヴァレンバル公と召使いの数人にも伝えたよ。
それでシュンディーンは俺に『この中から、出るな』と命じた。意味が分からず理由を聞いたら、シュンディーンは『夜が来る頃に、この国は浚われて浄化される』と」
「・・・彼が?知っていたのか、あれを」
「精霊の子だから。その時は、何のことやらと俺も思ったが、シュンディーンは俺とこの館・・・馬とかね。守りたかったんじゃないの。馬車は、彼の『実家』だから」
ちょっと柔らかな線を描く、オーリンの目元。
シュンディーンが『浄化が終われば、決戦は終わる』と教えて館を後にし、オーリンたちは言われた通り、館で待機。その内、空に現れた大きな影を窓から見上げ、度肝を抜かれたと話した。
タンクラッドはこの時、初めて『決戦が終わった』ことを知る。
異常現象(※重圧)が最後だったのかと思うと、テイワグナ決戦で大いなる力が介入した話を過らせた。オーリンは、窓の外から視線を動かさずに続ける。
「結果から言えば、皆無事だ。ヴァレンバル公と召使と俺は、食堂に集まっていた。裏口があるから退路兼ねて、って感じだ。だが、始まった『重圧』は退路どころか、一歩も動けない重さでさ・・・終わって体が自由になったすぐ、ヴァレンバルは俺に留守を頼んで」
まだ戻ってこないから、多分下にいるよ・・・と窓の外に広がる丘の麓を、黄色い瞳が見た。隊商軍や避難所を回るために出かけたそう。
精霊の結界がなかったら、ぐしゃっと行った重さだ・・・そう呟く弓職人に、タンクラッドは目を瞬く。
「それは。あんまり、結界の意味がなかったと思うぞ」
「そうなの?重いから動きが取れなくて、しゃがんだままだったが、あれ以上の」
「うーん・・・重圧以上の何か、となれば、見て分かる変化だろうな。俺の傷みたいに」
目を合わせた職人二人。顔を示したタンクラッドに、オーリンの片眉が上がる。『それ?』と訊ねた彼に、頷いて『俺は負傷直後だったと思う』と答えるタンクラッド。
傷を負った理由は重圧か、と質問を重ねるオーリンに、タンクラッドは『逆だ』と、負傷が治った効果を先に伝える。
トゥが守っていたが、それも大して意味はなかったかもと言い、自分は怪我を一気に治された気がした、と肩を触った。
「つまり、重圧自体、誰もが受けた感じ」
「じゃないのか?意識もなかったからな、俺はよく分からんが、トゥはそう話していた」
少し沈黙を挟み、見つめ合ったままの二人は、ゆっくりと窓の向こうを見た。
「シュンディーンも・・・じゃあ」
「精霊の子が受けるかは、不明だが。可能性はありそうだ。俺の勘だが。で?彼は動力を探しに行ったのか」
「そうする感じの言い方だったね。船の・・・船渠も結界を張ると。なぜ保護する気かまで知らない。とにかくシュンディーンは、人間の作った『動力』に反応して、動力をまだ持っていそうな場所の状況を見に行く、と言ったんだ」
「そうか。あの・・・さっきのな。アイエラダハッド浄化の。もしかすると、シュンディーンとしては、あの浄化に『動力』やそれを作った輩を、潰されないように動いたのかもな」
タンクラッドはそう解釈。欠伸をし上着を脱ぐと、大きく破れた方から背中を見つめ、そこをなぞった。
「人間の災い・・・ 精霊の子から見て、か。それとも、親の大精霊からの指示か。ただで済まない災いを、おいそれと一瞬で裁かせる気になれない、そんな理由もありそうじゃないか」
タンクラッドの言葉は、オーリンにも理解できる。オーリンもそれが過っていた。精霊が封じた知恵を使い続けた者を、簡単に処罰されないよう・・・そんなところか、と。
「見てくれ、オーリン。俺の顔と体を焼いて、この上着に跡を残した攻撃を。お前に話しておこう。俺を襲った矢は、鏃が当たるや否や、毒を流した。矢柄に仕込んだかってくらいの量を」
「なんだって?」
話が変わった、わけじゃない――― オーリンはタンクラッドがいきなり話し出した『負傷理由』に眉を寄せ、彼の側に行くと、ベッドに広げられた彼の上着に視線を落とした。
「その矢はどうした・・・・・ 」
「トゥが燃やしただろう。俺は覚えていない」
自分を見た黄色い瞳に、タンクラッドは呟いて上着を畳む。
「ミレイオに言い訳しないとならん。あいつに借りた上着だ」
「タンクラッド。お前に射かけられた矢。その作り」
「俺もそう思った。鏃の構造は、ダビが考案したあれ(※1433話参照)だろう。製品としての製造最初は」
「ダマーラ・カロ。・・・攻撃された時、タンクラッドはトゥに乗って、飛んでたんだろ?」
そうだ、と首肯した剣職人も、オーリンと同じことを思う。二人の、たった今持ち前で並べ立てる情報で、『動力と一見、無関係』の話題には共通点があった。
「別の可能性は勿論、多数ある」
徐に話し出すタンクラッド。オーリンもベッドの横の椅子に腰かける。
「俺もそう思ってる。だが、あんたと俺の考えているところは、似ていそうだ」
オーリンの繋ぎに頷く剣職人は、彼を見て、一つ例え話だと前置きをした。
「そうだな。例えば、の話だ。『ダマーラ・カロが、古代サブパメントゥに襲われた』」
「うん」
「考えるのも嫌だが、『カルバロの作る鏃(※1452話参照)、矢か・・・が、偶然でも、何かの形で奴らに奪われた』とする」
「いやだな」
「冗談じゃないな。だが、続けるぞ。地味な改良を、古代サブパメントゥがやるわけないと決めつけてみて・・・当たれば先端が押され毒の出る鏃を、矢柄全体に仕込んだ毒も圧し出す仕組み。いや、簡単に言えば、そうした機能だけを重視して、矢柄の重さ関係なく、飛距離と威力を保つ、もしくは上げる『要望のある弓を何者かに作らせた』」
「『アイエラダハッドで』か。在り得ない話じゃない」
「それが、だ。もしかすると、この国の」
『動力』。二人同時に呟いた言葉は重なり、オーリンは嫌そうに俯き、髪をかき上げる。タンクラッドも溜息を吐き、『ロゼールにも聞いてみないと』と別の確認も必要だと添えた。
「決戦前に、ハイザンジェルから集めて来た装備。ロゼールはアイエラダハッド中に配ったそうだが、その中に、テイワグナ産の弓矢があったかどうか」
「俺が見たこの辺では、無いね。一部だし、他に行ったかもしれないけど」
「そうか。俺は注意していなかったから、見落としている気もする。気になったのが、フォラヴだ」
「彼がどうし・・・あ」
椅子に前屈みの姿勢のまま、オーリンは顔を上げる。『彼は射られた』続く言葉に、タンクラッドも頷いた。すぐにオーリンは、向かい合う剣職人の傷を指差す。
「あんたの傷痕。ええとな、精霊だとか浄化のおかげとか、そういうのあるとは思う。でも、通常の火傷痕と比べて、凹んでる気がしたんだ。毒が皮下で、体液や肉を凝固するような種類だったら、少し入った程度でそう反応もしたかもしれないぞ。それが浄化で、抜けて治ったとかな・・・・・
フォラヴは、彼は矢に倒れたという話だ。妖精の彼に、毒は効かないのかもしれないが、一部で留めた別の形で、彼を蝕んだのかもしれない」
「オーリン、隊商軍・・・一般も、敵からの弓の攻撃はあったか?」
「いや・・・ない、と思うよ。操られた人間が死体でも生者でも、弓矢じゃなくて大体は剣とか斧だ。狙いを定めて距離のある相手を殺す、そういう武器は操られた思考でこなせないんじゃないか?」
「お前が言うと、説得力あるな。要は、狙う相手は俺らみたいな・・・標準を絞った相手に、弓矢を使うとしても。俺とフォラヴ、たった二人の負傷で結論付けるには、あまりにも早計だろうが」
「どうかな。普通、あのデカさのダルナといる人間に、わざわざ弓を引くか?操られているなら猶のこと、命中率も的中率も下がるだろうに」
折り畳むように間髪入れない、職人二人の推測。
推測の域を出ないとはいえ。武器だなんだで、アイエラダハッドで印象的だった『レーカディ』の一件は記憶に新しい。あの男ではないにせよ、あの男のように『サブパメントゥと組む人間』はいるとして、おかしくない想像。
もし、それが。 動力絡みの仕掛け・仕組みを使える者だとすれば。
「弓矢の重さ関係なく、『知恵』とやらで」
鳶色の瞳が、オーリンに続きを促す。加担した輩が既にいると、鳶色の目がギラっと光った。
「充分、ある線だ。ドゥージは好きが高じて、あの独特な威力の弓を作り出した。彼は山奥の職人で、あの弓の仕組みは、独自の探求の産物だったけれど。
純粋な探求心じゃなく、『知恵』を見せつける武器目的で・・・ 『動力』だって、匿う貴族の保護下、製造が続いたアイエラダハッドだ。作る奴がいるかも」
「オーリン。ティヤーに移る前に、動力云々の話は、こっちが掌握してないとならん上に、『武器に関わるサブパメントゥ』の尻尾も、切れっ端は捕まえないと・・・ならなさそうだな」
共通点は、古代サブパメントゥが人の武器―― 動力も加えて ――手を出した可能性。
二人はここで沈黙を挟み、椅子を立ったオーリンは窓を閉める。その手が、窓から離れる前に、下から馬が上がってくるのが見え、ヴァレンバル公たちが戻ったと知った。
*****
ヴァレンバルの声が玄関で聞こえ、オーリンはタンクラッドに休むよう言ってから、貴族の帰宅を労いに階下へ降りた。
町から戻ったヴァレンバルは、姿を見せたオーリンに開口一番『ヒューネリンガを守ってくれて、本当に有難うございました』と礼を言い、それから一緒に食堂横の応接間へ行き、町の様子を手短に伝えた。
まだ襲われるかもしれないと、張り詰めていた緊張は、夜の町の状況を知れば知るほど、『終わったのでは』と期待を増し、最終的に確認出来たとヴァレンバルは微笑んだ。
「船渠は精霊の結界がまだありますが、魔物の被害が終わったことを、川の精霊が告げたのです」
少し意外だったが――― シュンディーンではなさそうで、シュンディーンが頼んだか。
船の様子を心配し、港へ足を運んだ貴族たちの前に、輝く明るい光が川から立ち上り、たった一言『恐れは国から去った』と教え、姿を消した。
「結界のある船渠は、私たちも入ることは出来ませんでした。でも守られていますから」
あれはあれでと、あまりこの話を長引かせたくなさそうに、ヴァレンバルは短くまとめる。
それから、オーリンやタンクラッドへの礼を改めてしたいことを話し、タンクラッドが戻っていることも聞き、今日はとにかく眠ろうと・・・ヒューネリンガでの、『アイエラダハッド魔物最後の日』は終わる。
この頃 ―――港の結界を張った本人は、というと。




