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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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2397/2968

2397. アイエラダハッド決戦後 ~浄と祓いの空④銀のダルナと剣職人・ノクワボの水回復・ヒューネリンガの展開

 

 銀色のダルナは、主を見守っていた。ダルナは無事だったが、主は。


「人間なんだよな。タンクラッドは」


 背中から落ち、落下するタンクラッドを急いで受け止めたトゥは、『その後に起こった衝撃』が、彼に()()()()()理解し切れていない。トゥが読める範囲を出ており、分かるのは、傷を負ったタンクラッドの()が・・・・・



「う・・・ぐ」


「タンクラッド」


 名を呼ぶダルナに、トゥ、と反応した声が戻り、瞼が僅かに開いた隙間、鳶色の瞳に血が濁る。覗き込むダルナは、大きな二翼で地面に倒れる剣職人を覆い、温度を保ちながらそっと尋ねる。彼の思考に苦しさを感じるが、それが()()()より弱い。


「痛むか」


「・・・でも、()()な」


 否定して冗談めかす返事は短く、静かな息を吐く剣職人。ちらっと、トゥの視線が、町灯りに向く。彼を人の棲み処へ連れて行くべきか、それを考える。行ったところで、剣職人を手当て出来る場所はない。



 ―――夜中の南西平原。視界に入る大きな町があり、僻地ではないこの場所は、大型の町と中規模の町が点々とあり、首都よりも南に位置している。


 僻地以外は、人間の棲み処に人間が残っていたため、トゥとタンクラッドはそうした地域を巡っていた。

 表現は皮肉だが・・・トゥは、自分の双頭を見せる目的で、人里でも、()()()()()()()()()()()()()()を選んでいた。


 町に人間は残っているものの、どこも被害に遭っているのは変わらず、誰もが生き延びるだけで精一杯の状況。古代サブパメントゥに操られ、土地の邪に翻弄され、トゥとタンクラッドがそれを見つけ、倒して回ることの繰り返し。


 妖精の使う檻が出現した朝以降、檻のために若干は敵も減ったが、古代種は檻以外の場所に出ていた。妖精の檻は夕方には消え・・・ここまで寝ずに動いていた乗り手の不眠を察したトゥは、もう終わる頃だから休ませようとした矢先。



 ―――薄暮の中に動いた人間の影が、番えた矢を放った。 


 こんなことは、どこへ行ってもあった。操られた死体、生きたまま操られている場合でも、人はトゥやタンクラッドに攻撃した。

 死体の場合は倒し、生きている場合は、トゥが相手の意識を閉ざして止めていたのだが、この時、簡単な言い訳をすれば『うっかり』だった―――


 トゥは、主の途切れがちな思考を気にしていたし、タンクラッドは、眠気と疲労の限界だった。

 どこからともなく放たれた矢は、矢羽根の音に振り向いたタンクラッドの横顔に刺さりかけ、同時に腕で払ったにも拘らず。


 体勢が崩れ、ダルナから落下した剣職人は、()()()()()毒に顔を焼かれ、共に落ちる矢が垂らした毒液を背中に受け、服と皮膚を焼かれた。タンクラッドに分かったのは、『テイワグナで作った鏃』であると・・・意識を掠めたそれだけで、疲労と焼かれる衝撃に思考は消えた。



 落ちる主を背に受け止めたダルナは、矢を放った相手を燃やし、大急ぎで移動しようとして、ぴたりと止まった。


 この瞬間。東から近づく異様な圧力が、ダルナの力を制御した。


 危険を感じたトゥは下へ降り、主を地面に下ろして翼で包み込み、炎の壁を周りに出した。しかしその壁は、呆気なく解かれて霧散し、トゥの二つ首が向いた夜空に、一面覆い包む、あの影が映る。


 ダルナの長い首は、空から圧し掛かる力に歪み、思わず呻いて、逆らわずに地面に頭をつけ、潰されそうな重力から、主をひたすら守りに入った。


 思考の途絶えたタンクラッドが、無事かどうか。

 確認することは適わず、顔の位置が主に向く方向ではなかったため、この圧し潰される異常事態の間、トゥはタンクラッドが心配でならなかった。



 そうして、空の圧力がゆっくり、ゆっくりと・・・遠のいた後。

 体が動くと分かり、トゥの首は自分の下にいたタンクラッドをすぐに見た。横向きに寝た姿勢の背中は、焼けた服の内側に傷が見えるが、その傷は血が消えていた。彼の髪が掛かる顔も、傷がそのままだが。


 何が起きたのか。やはり、町へ連れて行くべきか悩んだのが、冒頭―――


 この後、タンクラッドは呻き、トゥが名を呼ぶと、剣職人も名を呼び返した。意識が戻った主の思考に、痛みより苦しさが大きいため、それが何によるものかと気になるが。



「トゥ。俺の傷は」


「ある・・・血が出ていたように思うが、それは今、消えている」


「そうか。()()()()残ったんだな」


 意味深な言い方をした主に、何か気付いたのかとトゥが思考を読みかけるが、タンクラッドの疲労は激しくて意識はやはり途切れがちだった。


 呟いて目を閉じ、タンクラッドがもう一度目を開けた時、不審げなダルナの顔が一つ、その目を覗き込む。息がかかる距離に下ろされたダルナの大きな顔に、『どうした』とタンクラッドが尋ねると、トゥは首を傾げた。


「目も、血で濁っていた。だが、治っている」


「血が?」


「血・・・だけか?タンクラッド、顔と背中の痛みは」


「ないな。麻痺したかもしれん」


 少しずつ、じわじわと、変わってゆく・・・トゥの水色と赤の混じる瞳は、主の体の変化を追う。

 眼球の血曇りは、もう見えない。彼の焼けた肌から溢れた血もない。そもそも、肉の上に皮が貼り始めている時点で、回復している・・・としか思えない。


「タンクラッド。町へ行くか。俺は、お前の治療は出来ない」


「・・・町も医者がいると限らないだろう。病院も、救助活動もままならない場所ばかりだぞ」


 そう言うと彼は、傷を負っていない方の腕を持ち上げ、顔を少し逸らしたトゥに触れる。銀色のダルナの金属のような鱗に触れ『乗せてくれ。戻ろう』と頼んだ。


「乗るのはいいが。お前が言ったように、ヒューネリンガも稼働してはいない」


「休めば、治る。傷は痛まない。戻ろう」


「治癒場は?」


 はたと思い出したトゥは、精霊の治す治癒場へ行こうと提案したが、タンクラッドは少し笑って『大丈夫だ』と断る。


「そこまでしなくて良い。自分で見れない暗さだが、俺の傷は、少しずつ治っているんじゃないか」


「俺が見ている限りで、だ。()()どうか分からない。なぜ、治りつつあるのかも」


「トゥ。帰ろう。馬車とオーリンが待つ場所へ」


 心配しているダルナに微笑みかけ、タンクラッドが上げていた腕を下ろした。それから、大きく息を吐いて上体を起こす。浮いた背を支えてやるダルナは彼の背も見たが、負ったはずの傷は、既に損傷に見えないほど戻っていた。



「ヒューネリンガだな?」


 首を地面につけ、タンクラッドが跨りやすいようにしてやり、行き先をもう一度尋ねる。ダルナの確認に『そうだよ』と簡単に答え、剣職人は太く大きな首に跨ると、片手でポンと叩いた。


「疲れた。落ちるかもしれないからな。移動は、一瞬で頼む」


「当然だ」


 長い首をそっと持ち上げ、もう一本の頭がタンクラッドを心配そうに見て、剣職人が頷くと、銀のダルナは主を乗せた姿を消す。ブゥン、と空気にうねりを立てた次の一秒で、二人は貴族の館の上空にいた。



 気遣ってゆっくりと降りるダルナに感謝し、タンクラッドは自分に起きたことを思い出す。


 焼けた痛みを食らった後・・・痛みは急に引き払って、『止まるな。正邪眼の剣』と聞こえた。タンクラッドには、痛みと傷を引っこ抜かれる奇跡の出来事が起きたと、そう、記憶に残った。

 ただ、急速に変化する体の容態は苦しさを伴い、それが終わったのが先ほど。


 そして、着地。振り返ったダルナに、『ありがとう』と礼を言った主が、背を下りようとしたのをトゥは止める。もう一つの首は、館の上に顔を向けた。


「精霊が。結界だろう、これ」


 俺は入れたが・・・館周辺、すっぽりと精霊の結界に包まれていると、タンクラッドに教えた。



 *****



 シュンディーンが張った結界を潜った者―― タンクラッドとトゥ ――に、最初に気付いたのは、オーリンだった。


 ダルナはそもそも気配らしい気配がしないので、オーリンは急に現れたトゥに気付くのが遅れた。だが、結界に振動を感じ、オーリンは部屋の窓から外を見て何もないのを確認し、部屋を出て、裏庭側の廊下の窓を覗いた。


「タンクラッド」


 窓越しに双頭のダルナと剣職人を見つけ、すぐに外へ走り、裏庭へ出て彼らを迎える。

 おかえり、と笑った弓職人がトゥの側へ行き、タンクラッドが緩い動作で下りようとする様子に、察したオーリンは片手を差し出し、彼の腕を支えた。


「大丈夫か。ヘロヘロって感じだ」


「遠からず。オーリン、結界があるのか」


「そうだ。シュンディーンが戻っ・・・彼は、出かけているが」


 シュンディーン?と聞き返した剣職人の片腕を支えながら、夜目の利くオーリンは顔を顰める。その表情に瞬きしたタンクラッドが答えるより早く、オーリンの思考を読んだダルナが『()()治っているようだ』と先に伝えた。黄色い瞳が、さっとトゥに向いて、それからタンクラッドの顔を見上げる。


「顔もかよ。肩から背中の」


「ああ。これか。うっかりな。トゥが言ったように、()()()()大丈夫だ」


「あんた、頑丈だからな。でも火傷痕って感じだ。明るい場所で見せろ」


「もう平気だ、って。薬もないし、医者も」


「・・・タンクラッド。『ノクワボの水』は持ってなかったのか?馬車にまだあるし、火傷にかけておけ」


 獣の脂でもありゃ良いけどさと、山暮らしらしい手当てをぼやき、とりあえずノクワボの水をかけようと、オーリンは剣職人の片腕を離して、服の破けていない方の背中に手を添える。


「龍気の面は、イーアンみたいな()()()に使えないのかな。あれは意思がないと出来ないのか」


 思う所を呟きながら、剣職人の背を押して歩くオーリンは、銀色のダルナの横を素通り。


 小さいことを気にするのが珍しい男(※オーリンのイメージ)にここまで心配され、タンクラッドも苦笑して『どうだろうな』と答えつつ、トゥを振り返って、空へ・・・と目で合図だけする。


 ダルナの顔は何やら言いたげだったが、一先ず、主を運んだダルナは退場・・・館の上の空へ。トゥも一つ、用事がある・・・・・



 トゥが館より上に行くと、何もないように見える夜空の一点が、すぽんと薄い緑色の輪を作って、すぐ縮んだ。目端にそれを見て、分かり難いが結界は館全体を包んでいるのかと、タンクラッドも思った。



 裏庭から館の横を通って、馬車まで行くと、オーリンは荷馬車のつっかえ棒を開けて荷台へ入る。ノクワボの水、少し使ったんだ、と暗い荷台から小さな壺を一つ持って出ると、戸口に寄りかかるタンクラッドの横に降りた。


「川もだけどよ。町の井戸が、かなりやられてね。だから壺の半分くらい」


 手にしたのが使った壺らしく、オーリンは栓を開けて中を覗き込む。片手に掴んだ小さい壺の下半分、聖なる水がゆらっと暗がりの光を撥ねる。タンクラッドも少し微笑み頷く。


「それで間に合ったなら何よりだ」


「まぁね。使用量、俺は知らないし。適当だ。流した途端、川はきれいになったから、慌てて傾けたの戻したよ」


 ハハッと笑って、弓職人は壺を少し倒し、もう片手を受け皿に、手の平の窪みへ水を少し注いだ。開けたままの荷台の端に壺を置いて、オーリンは手の平の水を指につけ、タンクラッドの横顔を見る。


「男に塗られても、嬉しかないだろうな」


「この場合、我儘は言わん」


 二人で少し笑い、タンクラッドの頬骨から顎にかけての引き攣れに、オーリンは水をつける。指の腹でなぞる引き攣れは、妙な凹み方をしていて、普通なら盛り上がるだろうにとオーリンは思った。ノクワボの水で湿した皮膚は、数秒してから潤いを含む。


「お。利いてるんじゃんか」


「そうか?そうかもな・・・ふむ、張る感じが消えた」


「肩も。背中は、服が多めに破けているけど、食らった傷自体は肩甲骨とその下、って感じだよ」


 後ろ向けと言われて、背中を向けたタンクラッドの千切れた上着と下の衣服の隙間に、オーリンは丁寧に水を擦りこむ。『ちょっと服が邪魔だが』多めになと気を遣い、水を何度か塗り広げる。


 水が付くと、そこだけ寒いが(※水は水)タンクラッドは有難く終わるのを待ち、もういいよと言われて向き直った。


「すまんな。だが、つけて良かったかもしれない。突っ張る感じが消えた」


「精霊の水だから、だろうな。怪我に効くとは想像してなかったが、要は水分に、()()()()の働き掛けがあるってことか」


 皮膚は水分だもんなと、壺の栓を閉めたオーリンは壺を荷台にしまい、馬車を出る。


 部屋に戻る間、オーリンはここまでの経過をタンクラッドに訊ねたが、タンクラッドは少し考えて『それよりシュンディーンは』と自分の話を後に回した。



「彼は、いつ戻ったんだ。青年の姿か」


「そうだ・・・昨日の午後から、土地の邪が増えたんだよ。それで夜には、何か知らないけど、この辺を守っていた精霊の効力も薄くなった。武器なんかは精霊の恩恵を保っていたが、他は精霊の加護もなくなってさ」


 オーリンの話では、土地の邪が妙に増え出したきっかけで、精霊の力も引いてしまったことから、ヒューネリンガも周辺の町や村も危険な状態だった。

 夜の間に、死体が川に流れて来て埋め尽くされ、それは異臭を放ち、空は味方のダルナらしき攻撃で守られていたが、地上は人が操られる頻度も上がり、立て続けに危険を増した。


 それで夜明けを過ぎた辺りで、『あれが最後の攻撃だったんだろうな』龍気の爆風が空を吹き飛ばし、異時空の亀裂も粗方なくなったと話す。続けて、『檻』が川の向こう岸に一つ見え、妖精の気が充満した。



「龍気が渡るまで、ほんとにヤバいと思ったんだ。俺一人じゃどうにも。半日だったけど、精霊の加護が消えた時間は厳しかった。朝っぱら、龍気がこの国の空を駆け抜けただろ?そこから一時間もしない内に、今度は妖精の気。出たのは『妖精の檻』だ、と察した。この連発で、どうにかね・・・土地の邪は引いたと思う。恐らく、サブパメントゥも夜は紛れていたが、あれも感じなくなった。

 で、さ。『檻』は夕方前に終わったんだけど。そうしたら入れ替わりで、シュンディーンが来た。正確には」



 一気に説明したオーリンは、並んで歩く廊下の窓から見えた、暗い川を指差し『死体がね』と感情を籠めない溜息を吐き、どうやらシュンディーンが川を一掃した状態だった。


「シュンディーンは、親が水の精霊だろ?許せなかったんだろう」


「それで?ここまで来て、お前と話したから、お前も知っているんだな?」


「来たって言うか。川が見渡す限り光って、それで。俺はガルホブラフじゃなくて、小龍骨の面を使ってたし、すぐに川へ飛んだら、埋め尽くすくらいの死体が全部消えていた。シュンディーンは俺を見つけて」


「ははぁ。で、彼はまだ、他の地域の川も」


「じゃないんだ。ま、それもあると思うけど。俺も気になってたことで、『動力』・・・()()()()残ってるじゃないか。あれをね」


 廊下に立ち止まった弓職人は、自分の部屋とタンクラドの部屋の扉の中間で『どっちで話す?』と、タンクラッドに選ばせた。

お読み頂き有難うございます。

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