2395. アイエラダハッド決戦後 ~浄と祓いの空②~シャンガマック親子・イーアンとダルナ・ラファルの助力
☆前回までの流れ
妖精の檻が終わり、フォラヴが北の治癒場へ急ぐ、その空に現れた巨大な影は、アイエラダハッドを浄化するために動いた、氷河の祈祷師ソド。『原初の悪』の子であり、謎の多いソドですが、親の責任を取る流れで精霊アガンガルネに説得されて動きました。
今回は、ソドの浄化を受ける側、シャンガマックたちの話から始まります。
〇明日は投稿がないかも知れません。少しずつ投稿する予定です。どうぞよろしくお願い致します。
バニザット、と叫んだ獅子が、息子に飛び掛かって地面に倒した、そのすぐ後。
狭間空間に入れず、獅子に倒されただけになったシャンガマックは、覆い被さる父の鬣の隙間から、巨大な影を見た。
凄まじい気配が空から降り注いだと気づいた時には、もう遅かった。圧し潰されそうな重力に呻いたシャンガマックだが、獅子は息子を覆って『耐えろ、問題ない』と励ます。
「ヨーマイテス、これは」
「あれが行けば。遠ざかれば終わる」
獅子は息子を空から守るように、倒した息子の上から退かない。シャンガマックの脳裏に、テイワグナで自分を守った父の残像が過る。『俺より、ヨーマイテスが』と退かそうとして、自分を覆う胸を手で押したが、牙を食いしばる口で『動くな』と獅子は命じ、微動だにしない。
「ヨーマイテス!だって!」
「・・・耐えろ。長く続かん」
何が何だか分からないシャンガマックは、さっき『妖精の檻』の鍵が、地面からポンと抜けたのを拾ったばかり。
鍵を拾い上げ、ヨーマイテスと『妖精の檻』が終わったのかどうかを話し、ダルナが戻るまでここで待とうと・・・夕暮れの空を眺めていたのだ。それが。
『あれは一体』肺が潰れそうな息苦しさに声は出なかったが、頭の中で怖れと疑問は繰り返す。
この苦しさ、自分もヨーマイテスも潰されそうな重力に晒され、何が起きたのか。
しかし厖大なあの存在が、見るも危険な容姿であるのに、畏怖は湧いてくるも悪しき者には感じない・・・ ヨーマイテスが狭間空間に回避しようとして、逃げ切れなかった。
・・・逃がされなかったということか?もし、あれが悪しき者でないのなら。
苦しむこの時間は、まさか俺たちに裁かれるものがあるから?何かが―― 『やめろ』怖れる思考を遮った獅子が、碧の瞳に息子を映す。
『あの緩徐な動きで、こっちの苦しさが長引いているだけだ。探るな。俺たちに非があると、早とちりするな』
『ヨーマイテスは、あれが何か知って』
『知らん。感じているだけだ』
そこまで返して、獅子はきつそうに、また目をぐっと瞑った。エサイの面も使えず、手も足も出ない、この事態に一つ理解するのは、自分たちはまさに選別中にある、とそれだった。
シャンガマックも圧される空気に頭痛が厳しく、呼吸がままならないので意識が続かない。
妖精遺跡の土の上に伏せる二人は、謎の存在が夜空を通り過ぎるのを、ひたすら耐えて待つよりなかった。
*****
『イーアン』自分の下にいるダルナが、不安を丸出しに名を呼ぶのを、イーアンは微笑んで、流す。
―――強烈・・・! 何これ、と内心慄くイーアンだが、こちらは間一髪でダルナを守るに間に合った。とは言え、自分と一緒に行動していたダルナたちだけで、まそらたちはどうなったかと心配でならない。
龍気の壁を目一杯に分厚くして、『来る!』と感じた瞬間、魔法と龍気でダルナたちを覆った。それと同時に空が圧縮される、異常な重力を受け、イーアンは自分の出した、半球壁の龍気に押し付けられた。
「結構、固いのね(※龍気壁)・・・ キツっ」
痛くはないし、人間の体ではない分、苦しさもないが、一応『呼吸困難』とか、そうした反応は体に残っている。息し難い・・・うううう、なんなのあれ。龍気が持って良かったと、潰される感覚の中で感謝。
龍気がいつまで大丈夫か、その懸念もさっき生じたばかり。この重圧で、腰袋に入れようとした、龍気の素・小石が『ぴしっ』と音を立て、嫌な予感がした。
「イーアン、イーアン。苦しそうだ」
スヴァウティヤッシュは、龍気の半球の内側で呼びかける。
分厚い壁に手をついて、壁を挟んで向かい合うイーアンの前から離れない。まるで忠犬ハチ公のように・・・それを言うなら、と歪む笑顔でちらっと横を見ると、スヴァウティヤッシュの真横にイングも並ぶ(※他ダルナ皆間近)。
感情を見せないダルナの顔が、全頭不安一色で自分を見守る光景に、イーアンは苦し紛れでも微笑む。
『大丈夫です』
『ここから出る。お前を守る』
『出ちゃいけません。瞬間移動、絶対だめですよ』
瞬間移動――― しようとすれば、きっとこのダルナたちの、何頭かは出来た。でも彼らは私の一瞬の対応を信じて、壁の中に入ってくれたのだ。私が守ろうとしたのを一瞬も、疑わずに―――
瞬間移動でも、ダルナはアイエラダハッドから、まだ出られない。
アイエラダハッドのどこへ出たところで・・・ ちらっと横目に映った、空覆う巨大な影に小さく息を吐く。この巨大な何者かが、決戦終了で出てきた、と捉えれば。国のどこへ逃げようが、恐らく何かしら影響は受けるだろう。
圧される重力に傾いた女龍の頭は、こつっと白い角を壁に当てる。ふー・・・と息を吐くも、吸い込むのが思うままにならない。その顔を見つめるしか出来ないダルナは、壁の中で訴える。
(スヴァ)『イーアン、お前を守るために俺はいるんだ』
(イング)『俺を出せ。俺はこんなことにやられない』
(レイカルシ)『辛そうだ、女龍なのに。俺たちは影響しないと思うが』
(他)『いつまでかかる。俺らがいなくなれば、お前も壁を解いて、逃げられるんじゃないか』
(イ)『・・・もう少しです。多分、もう、終わ』
言いかけて、イーアンは歯を食いしばる。 お、重いっ・・・すごい圧力。地上の生き物は、大丈夫なのか。あまりの重さに、普通の肉体は耐えられるのか、想像すると怖い。無事で!と祈る。
まそらたちは・・・異界の精霊は大丈夫だろうか。思わず私は、ダルナを守ったけれど、彼らがこれを受けたら、どんな影響があるだろう。
ドルドレンは精霊と一緒だから、大丈夫。シャンガマックもお父さんと一緒、ロゼールはコルステインと一緒のはず。
センダラはこんなことに負けない気がする。フォラヴは妖精の姿になれば、きっと耐えられると思う。ミレイオたちは、ヤロペウクの元にいて問題ない。
タンクラッド、オーリン、彼らは館(※ヒューネリンガ)だけど・・・大丈夫かしら。シュンディーンは親御さん(※大精霊)のところだし。
半球の壁の外側。潰されるなこれ、と強烈な圧に顔が歪む。
その度、内側のダルナがハラハラするので、また微笑むことを繰り返すイーアンの鳶色の瞳に、夜空の遠くへ向かう恐ろしい姿、その背中が映る。
そして、通り過ぎてゆく後に、石臼で挽くような、細かな美しい煌めきが宙を舞い踊る・・・まるで、清めているような。純粋な美しさは、不思議を思わせる。
煌めきは、紫色と緑色が模る清い光で、精霊のような、精霊とも違うような。あの光は、何だろう――
何故かイーアンには、あの悪魔的な見た目の存在が、どこか、自分を重ねる温かさを残していった気がした。
そしてイーアンは嫌な予感が当たる。ちッと舌打ちした女龍は、それを合図のように目を瞑り、手と額を壁に付けたまま・・・スーッと下へ滑り落ちる。
凝視したイングが叫ぶより早く、意識の消えた女龍を救おうと脱出を試みるが、『う』と呻いて今度はイングが舌打ちした。
「イーアン!」
女龍の意識が途切れたと知ったスヴァウティヤッシュも慌てて、外へ出ようとして、『出られない』。滑り落ちて行くイーアンを壁の中で追うダルナは、地面にどさっと落ちた女龍に『開けろ、助ける』と叫ぶが。
イーアンの片手に握った小石は、幾つにも砕け、どこにでもある石の欠片となり、女龍の横に転がった。
――こうなるんじゃないかと思ったのよ・・・・・
私、いつもこんなよね、と消えゆく意識で、自分のお粗末さに情けなくなるイーアンは、それを伝えられないまま。龍気切れを起こして、冷たい地面に倒れた。
イーアンの体に垂れた、青い布は静か。
海龍のクロークは、キーニティの絵を包んでまそらに預けてあり、この時イーアンは刺繍の青い布を肩にかけていたが、布は何の反応もせず・・・正確には、反応する時を待って―――
*****
あれは何だったんだと、窓向こうの空を渡る、至大な粒子の塊を見送った、結界の中のラファルは、片腕を揺すられて振り向く。
ここは、ラファルが守られている、いつもの部屋の中、だが―――
「大丈夫か」
振り向いたラファルは、足元の男を気遣う。
「まさかお前に救われるとはな」
「救ったかどうか」
メーウィックの顔を苦笑させ、ラファルは小さく首を横に振った。彼の左手は魔導士の右手首を掴み、魔導士は毛皮を敷いた床に腰を下ろしたまま見上げ、苦笑の顔に苦笑で返す。
「いや。救ったんだ、ラファル。お前が、俺を」
「じゃ。そういうことにしとこう。世話になってばかりだから、いい機会だ」
もういいぞと手首をまた揺すった魔導士に、ラファルも少し心配そうに手を緩め、それから隣にしゃがんだ。
魔導士の右手首・・・ラファルの目には、そこだけリアリティを残しているように感じる。
今、自分の横で座り込んでいる『無敵の魔導士』は、どこか薄れて見え、掴まれていた手首だけが、褐色の張った皮膚をしっかり保って、奇妙な具合。
何が起きたかさっぱりだが、ラファルには、『思わず動いた結果が、魔導士のためになった』とだけは理解できた。
「何か。俺に出来ることは?あんた、ふらっふらだろ」
顔を覗き込み、少し俯きがちな魔導士の漆黒の眼差しに『ムリすんなよ』と続けて声をかけるラファル。魔導士は首を横に振りかけて止め、『そうだな』と自分に言うように呟くと、『あれ。取ってくれ』と視線で奥の部屋を示す。
ラファルは立ち上がり、壁のない奥の部屋へ進むと、机や棚辺りで立ち止まって『何を取ればいいか』と聞いた。魔導士は棚をちょっと指差し、ラファルはそれに合わせて、棚の一番上から片手を当て、何段目かを無言で確認。上から三段目で魔導士が頷き、手を止めたラファルが『ここの・・・?』と短く尋ねる。
左からを始め、とん、とん、と魔導士の反応を窺うラファルの手が、右へ向かって動き、数冊の本が積まれたところで、バニザットの指先が下へ動き『三冊目』を示す。ラファルは、三冊目の古い書を引っ張り出し、脇にかかった埃を軽く払って、魔導士に持って行った。
「回復に使うの、魔法の道具じゃないんだな」
「道具より早い」
ラファルのイメージでは、魔法の液体や不可思議な道具で回復・・・映画やゲームと違うなと思いつつ、座ったまま立ち上がらない魔導士の横に膝をついて、本を彼の膝に乗せる。
「力が出ないなら、俺が捲る。何ページとか、あるか?」
「大丈夫だ。ジジイ扱いするな」
冗談を言う魔導士にラファルがちょっと笑って、魔導士も声を出さず笑った顔で、ゆっくりと本の表紙を持ち上げる。
動くのは、皮膚の色を保つ、握られていた右手・・・ 『魔導士のリアリティ』が、急速に失われてゆく錯覚を覚える。それは不安に似た違和感を持つ。
何でもこなす男が。世界最高と言われても不思議ではない、実力の持ち主が、力なく動く不安。
「・・・ラファル、少し離れてろ」
呟いた魔導士の、紙を押さえる骨ばってごつごつした指が、微妙に震えている。吐き出す息に乗せる声は、いつもの嗄れ声だが聞き取りにくく、小さい。何も言わずに彼を見つめたまま、ラファルは離れて、近くの椅子を引き寄せて掛けた。
魔導士は黄ばんだ紙を暫し見つめた後、すうっと息を吸いこみ、ページの上部に指を当て、何かを呟く。
しゅうっと部屋に音がして、次に魔導士の指がページの左を辿り、また何か呟くと、静電気が弾ける音が加わり、ラファルが空中に視線を移す。
バニザットはページの左を指差して三つめの呪文を唱え、下部に五本の指全てを当てて、最後の呪文を唱えた。室内の空気に何かの息に似た呼吸が混じり、ラファルと魔導士の合間に、大きな口が現れる。
「うわ」
抑揚のない驚きで、ポロっと漏れたラファルの声だが、大きな獣の口はそれに反応せず、呼び出した緋色の魔導士に、どこの言葉か分からない言葉で喋りかけた。魔導士の漆黒の目は真っ直ぐに口を見つめ、同じ言葉で返事をする。
獣の口は、金色と茶色を混ぜた砂の集まりのようで、魔導士が大きく息を吸って目を瞑ると、金茶の口が窄まり、ひゅううと風が吹き抜けた。魔導士の体に、実体の濃さが戻る。透けかけた体に、不透明な質感が伴い、金茶色の砂は魔導士の目に光が撥ねるのを確認し、出た時と同じように、柔らかく空中に吸い込まれて消えた。
「もう終わったのか?」
呆気にとられるラファルの質問に、魔導士はよっこらせと立ち上がって、閉じた本を片手に『終わった』と答える。
椅子から立とうとしたラファルの肩に手を置いて、座らせたまま、バニザットの顔が窓へ向く。外は夜で、今はリリューがいなかった。
「お前が俺を救った・・・間違いなく、だ」
「今の、精霊か?空を通ったのも精霊か?」
「ラファルには、空のも精霊に見えたか」
「違うかもしれないが、俺には粒子の塊に見えていたよ」
「ラファルには、根源が映っていたんだな。精霊とも少し違うだろう。・・・今、呼び出したのは精霊だ。本来は魔法陣で呼び出す。でな、ピンとこないだろうが。内容を教えておくか」
そこで言葉を一度切って、見上げている薄茶色の瞳の奥を見つめる。
「お前は恩人だからな。俺はお前の世話を焼いた成果で、消えもせず、留まる。他にも留まる理由はあるだろうが、良いことは幾つかやっとくもんだと、しみじみ思う」
『それは独り言か?』と可笑しそうに聞き返すラファルに、いいや、と笑いながら首を振る魔導士は、軽く咳払いして話を戻す。
「俺は、裁かれた。恐らく、こうしてこの世界にいる以上、度々、区切りで裁かれるんだろう。俺が呼び出した精霊は、俺を消すとしたら、とっくに消していた。初回に呼び出したのは、この国の一つ前。
その後も、やはり俺は、同じ精霊を呼び出している。俺がいること自体、精霊が認めなかったら、都度、指摘より早く、消されただろう。今回は、精霊と違う裁きのもとで、俺は消えかけた。だが残っただろ?お前が俺を掴んだから」
「よく分からないが、つまり今日は、『俺があんたを必要としたから』ってことか。それで、さっきの金茶色の精霊は」
「普段なら魔法陣で応じるものを、簡易の呼び掛けで、簡易事態の使用条件を確認(※本)して言い訳して、って具合だ。今回も、俺に留まって良い、とな・・・言われちゃいないが、結論、この通りだ。力は戻って、見た目も復活。どうだ、老けたか?」
「いや」
詳しく話したバニザットに、ラファルは声を立てて笑う。肩に乗ったままの褐色の手を、ぽんと叩いて、笑顔で見下ろす魔導士に『いつもどおり、なかなかいい男だ』老人ではない認定を与え、魔導士もおかしそうに『なら、いい』と返す。
「さて・・・復活したところで、早速『仕事』に行こうと思う。ラファル、お前の守りが手薄だと悩むが」
「行って来いよ。リリューはいないが、まぁ大丈夫だろう」
滅多にないが―― いや、神経質なほど、ラファルの無事を固めてきたのが。
魔導士はラファルの言葉に頷いて『早めに戻る』と、この時はあっさり扉を開けて出て行く。
無論、ラファル保護の結界は、最大限最強に引き上げているが、それでもラファル一人を置いて行くことがなかった最近としては、魔導士の動きは珍しいものだった。
緑の風に変わり、夜を飛ぶ。『ラファル。お前は無事だったんだな』本人には言わなかった、彼が残った・・・存在を問われなかったこと。
彼は、役目という名の『使い道』があるからか。そう解釈すれば苛立たしいが、理由を誰が知ることもない。無駄に苛立つのはやめて、理解は『彼が残るべきだった』に留めた。
空を飛んでいた、大いなる力。あれは、テイワグナで見た『審判の大鎌』同じ類と、魔導士は感じていた。
アイエラダハッド浄化に動いたのかもしれない。
―――妖精の檻が出始めてから、魔導士はラファルの元へ戻り、リリューがまだいるのを見て、一旦極北へ。アスクンス・タイネレとコルステインの短い時間を終えて部屋に戻った、直後だった。
空に異質を感じ、リリューも本能か、消えたのを見て、急いでラファルと部屋に魔力全開の結界を張った時、窓際のラファルはなぜか俺の手を掴んだ―――
「『バニザット危ない』・・・あいつの一言、何で出たんだろうな」
本人は咄嗟で覚えていなさそうだが、ラファルは俺を守ろうとした。『俺が守られて終わったか』ハッと苦笑した緑色の風は、北部から中南部へ。
「今は。あの大いなる力の後。ラファルを狙う者は、現れないだろう。まだアイエラダハッドの空を飛んでいるにしても、一度食らった俺は、もう問題ない。
・・・中部の南にいるとナシャウニットに聞いたが、どこだ、イーアン」
お読み頂き有難うございます。
明日は投稿はないかも知れません。
ストックも使ってしまったことで(7日までに)、現在は書き溜めていますが、確認や調整まで意識が続かないことが多くて、長い作業になっています。
あんまり分からなくならないよう、前書きにも前回の流れを添え、ちょっとずつ投稿しようと思います。決戦後の話が続きます~
どうぞよろしくお願い致します。
いつもいらして下さる皆さんに心から感謝して。




