2393. アイエラダハッド決戦 ~後半檻状況・コルステインと魔導士・ロゼールの願い
〇今日は三回投稿です。あと一回、投稿があります。宜しくお願いします。
センダラは南を回り、午後も日が傾く前に、自分が受け持った分を片付けた。
「まだ、か・・・手伝うのもありだけど。任せたから、私は残った邪魔者を」
『妖精の檻』は北にまだ出ていると・・・センダラは最南端の場で、魔法陣を広げて確認。目安どおり、自分の持ち場は終えたことも確認済み。フォラヴを手伝うのもちょっと考えたが、彼が回る分も、もう少し。行くまでもないかと考え直し、センダラは檻の外を掃除することにした。
「檻で、持ち場分けが出来たし、決戦の時間は短縮したはずよ。ミルトバン、もうちょっとだからね」
どこまでもミルトバン思考だが、センダラの理屈も間違ってはいなかった。
計画なく進む決戦より、決め手を先に示唆された『檻』に持ち込んだだけでも、他の仲間から見れば『ここは妖精担当』として、その場所は省ける。
結果論だが。今回は、決戦開始前の状態が、『全員一緒』で幕を切ったテイワグナ戦と異なり、『別行動中』で開幕したアイエラダハッド戦。互いの状況を知らずに押し流されるように始まった決戦で、龍族猛攻・『檻』と決まって伝わっただけ、流れは良かった。
そして、センダラだけが気付いているわけではないにしろ―――
「混じりまくってるのよね、魔物。手当たり次第、片付けないと終わらないわ」
魔物自体はいないのに・・・センダラは鬱陶し気に顔を顰め、『混ざり物』の古代種を虱潰し、急いで倒しにかかる。混ざった魔物が残っている以上『終わり』と判別されない可能性をセンダラは考える。
龍族の広大な破壊の後、時空の乱れによる風景や時刻の変質は消えた。
異時空の切れ目はまだそこらに見えるが、これも自然に消える残りで、ここからは『地味だけど、環境に影響ない魔法』と攻撃方法を変える。
「異時空の変換も、あの龍気で壊されたのかしらね。まぁ、凄かったから分かるけれど」
呟きながら、センダラは古代種の湧く場所を浄化し、塞ぎ、土と木々と水に癒しを与え、古代種自体は容赦なく霧散させた。龍の破壊の強烈さを目の当たりにして、そこそこ、さすがに驚いたセンダラだが、彼らの破壊現場を体験したのは初。
「あんなこと出来るのね。選別して、残すものは残して、壊すものは消滅。あの規模で、全員が出来るとは。誰も龍の姿になっていなかったけど、龍の姿になったら、もっとすごいのかも」
イーアンも龍の姿ではなかった、と思い出す。破壊と再生を司る龍族・・・でも、壊さないことも。奪わないことも。
意外過ぎて驚いたが、彼らは狙った者だけを確実に削り取り、他の命は残して帰った。それを知って、センダラは自分を少し省みた。同じように強大な力を使う自分は、彼らのような爆発的な力の対処の時、そうしているだろうか?
「・・・課題。私の」
だから。 少し面倒臭いが、あれを見たからには。 と、思った。私も、目的だけに絞って動こうと考え、センダラは古代種を見つけては消し去り、そこを清め、壊れた大地に癒しを与えて回る、決戦終盤―――
センダラはもう一つ、何度か頭を掠めたことがある。それは、祭殿で受け取っていた精霊の面を一度も使わずに、この国を後にすることだった。
ただ、センダラの留意には届かなかったものの、この意味は、そう遠くない内に分かる。
彼女が持つ『攻撃力増加』以外で、その面の力が発揮される場面。
*****
終わったなら手伝ってくれればいいのに、とフォラヴが思ったかどうかは・・・分からないが。
極北近くまで来ていたフォラヴは、思いがけず、ちょっと嬉しい出来事に心が癒された。残り僅かの『檻』に入る手前、地上から名前を叫ばれて止まった。
サッと下を見ると、『檻』から数百m離れた森林の暗い影、赤毛の・・・『まさか』と思ったとおり。
「フォラヴ!!」
そばかすの笑顔で手を振ったロゼールが、森の木々の間から飛び出て来て、透明なフォラヴが腕を広げて迎えると、二人は抱き合って喜んだ。
「ロゼール!どうしてここに」
「コルステインの用事で来たんだ。場所確認で、俺が地上に時々出て、行き先に近いかどうか見てて」
「それで私を見つけて下さった?ああ、嬉しいです!元気をもらいました!」
「大変そうだね。俺、まだフォラヴに触れるけど、この・・・透明な体だと、多分普通はサブパメントゥなら」
「そうでしょうね。言いませんけれど。相性の良さは勧めません」
冗談めかす言い方が嬉しそうで、ロゼールも苦笑しながら『良かった』と自分の体が無事であることに、胸を撫で下ろす。笑うフォラヴも頷いて『コルステインが待ってらっしゃいませんか』と促し、赤毛の騎士は足元の地面に、紺色の瞳を向けた。
「うん。早く、って思ってるはず」
「行ってらっしゃい。檻はもうすぐ終わります。それに夕方も近いから、そうしたらコルステインにも安全かも。龍気も、引いて来ているし」
「すごかったね。あれ。って、話してると止まらないから、今は行くよ。ところでこれ、妖精の?・・・檻って言った?」
「はい。『妖精の使う檻』です。ここに魔の者を閉じると、力を奪います。この中で動けるのは妖精。檻で仕事が終われば、檻は消えます」
フォラヴは、今朝『檻』は全土に出て、南も北もと教える。赤毛の騎士も『それでか』と何やら納得。フォラヴが首を傾げて『何かありました?』と聞き返し、ロゼールも知っていることを伝えた。
「南の方は、もう妖精の気配が消えたとか、さっき家族が(※メドロッド)」
「ご家族(※察する)。そうでしたか。北も、もうじきです。サブパメントゥにはちょっと、光が強過ぎますものね」
「ちょっとどころじゃないよ」
笑いながらロゼールは首を振り、フォラヴも笑って『それではね』と惜しみながらのお別れをする。
偶然会えて嬉しかった、俺も嬉しかったよと言葉を交わし、次は馬車と約束すると、フォラヴは檻の蓋、天井の穴へ飛び、ロゼールは木々の影に立ち上がった、青い炎に巻かれて地下へ戻った。
「センダラは終わったのか。私も早く終えなければ。イジャックに間に合うだろうか」
檻の中の古代種を、銀の矢で貫くフォラヴは、北の治癒場がもう近いことを、ずっと気にしている。もう少し、あと数個、檻を終えたら。
これまたフォラヴはセンダラと違い、終了の目安について理解していない。混じり物の魔物もいなくなったら終了すること。
それが片付いていない内は、イジャックに会う時間はあるのだが、フォラヴは知らないので・・・せっせと残り僅かの檻を巡った。
*****
そうして、フォラヴが最後の檻を終え、外へ出た時。
北の治癒場の位置を知らず、話で聞いていた辺りを焦り飛び回る中、『ちょっとあんた』と下から呼ばれて降りた、横に氷河を並べる氷の岩・・・・・ ここと、さほど距離を開けず、もう一つ二つ先の群島では―――
『寒い?』
『はい』
極寒の日暮れ、がくがく震えるロゼールに、コルステインは尋ね(※温度知らない)正直に頷いたロゼールに困り、地下へ戻るか?と聞いていた。
『で、でも。俺もコルステイン、と一緒、のが、あ、危なく、ないんですよ、ね?』
ガチガチ、歯を鳴らして喋る騎士は、両腕で体を抱え、身の安全を理由に側に居ようとするが、コルステインは彼がやばいんじゃないかと、若干気になり(※若干だけど)、で・・・見上げる紺色の瞳が、何やら訴えているのに気付き、はたと思い出す。
『寒い。無い。する?』
『はいっ』
ようやく解ってもらえて、ロゼールは言い出し難かった『暖房』をお願いした。そうかそうか、とコルステインは炎の天井を出す。生温い温度で、ロゼールの四方をサブパメントゥの炎が壁状に囲み、ロゼールはようやく極寒から解放された。
早く言えばいいのにくらいの顔をされ、ロゼールは凍り付いた鼻を擦り『ここにずっといるか、分からなかったし』と頼まなかった理由を伝える。
―――ロゼールは、コルステインが守りについてあげ・・・というより、放置が面倒臭いので、ロゼールは小さいし、コルステインは彼を連れ回していた。
ドゥージが消え、ラファルが襲われかけ、ロゼールもいつ狙われるかと考えたコルステインは、そう思った時から赤毛の騎士を配下に(※少し違う)どこでも連れて移動した。
側に家族の誰かが来ている場合は、ロゼールを預けて、コルステインだけが動くこともあったが、彼らも忙しくて(※出口潰し計画)時々放置があり、その都度、預けられたロゼールは、コルステインが戻るまで緊張が抜けなかった―――
『ここから、もう動かないってわけじゃ、ないんですよね?』
極北の氷河、群島の影が風景を占める、冷たい風の吹く島の突端。極北へ来てから、二三回、場所を変えていたので、ロゼールは改めて尋ねる。
コルステインの月光色の髪の毛が風になびく、暫しの沈黙。日没後の薄明り引く水平線を見据えた青い瞳は、何度か瞬き。
『ここ・・・大丈夫』
『そうなんですか。いつまでとか、あるんですか?』
『ん?お前。ここ。待つ。する。コルステイン。少し。あっち。行く』
『え』
大丈夫と聞いた矢先、ちょっとこの場で待ってろと言われたロゼールは目を丸くする。放置?と驚く騎士を見ず、コルステインはさっさと青い霧になって、どこかへ消えてしまった。
ロゼールが心細さ(※でも暖房はある)で夕闇に震えるのを・・・離れた小さな岬で、ちらっと横目に見た男は、向かい合う大きなサブパメントゥに『良いのか』と親指でロゼールを示す。
『大丈夫。見える。する。バニザット。何。ここ。どうして』
尋ねられて、軽く頷く緋色の魔導士。自分の前に立つコルステイン、その背後に、幻の大陸の影―――
『いや。ここらでな。お前は知っているか分からんが・・・ドゥージを探したから』
苦しい言い訳だが、事実ではある。さっくり意識に遮断をかけつつ(※バレない程度に自然体で)魔導士は腕組みした片手をちょいと動かし、『この辺』と指を回して教える。ふぅん、と猫のような顔で頷くコルステインは、左右を見て『ドゥージ』と繰り返した。
『俺よりお前だ。ここは精霊が多い地帯だ。大丈夫なのか』
『・・・イヤ』
イヤなんだと分かるも、正直な返事に思わず笑ってしまった魔導士は『どうしてここに?』とは聞かなかった。コルステインがいる理由は、自分の目的と同じ―― アスクンス・タイネレ ――しかないから。近づく虫を払うために、サブパメントゥの頂点はここに来たのだ。
『バニザット。ドゥージ。どこ?知る?』
『知らない。見失っちまった。でもな、もうアイエラダハッドも出発だろう。だから、最後に寄ったんだ(※微妙に嘘)』
それより精霊の気配は問題ないのか、とすぐに話を変えた魔導士に、コルステインは困った顔で首を横に振る。
『イヤ。でも。あれ。見る。する。コルステイン。守る。する』
あれと後ろの大陸を、きちんと教えたコルステインの素直な性格に、魔導士も『今気づいたよ』くらいの表情を向ける。
『ああ、あれな(※知ってる)。俺が見ててもいいぞ。お前じゃ、精霊の・・・イヤなんだろ?』
『大丈夫。もう少し。あれ。遠く。行く。一番。近い。今』
『・・・そうなのか?今が一番、近くに寄って・・・また、離れるってことか』
コルステインは感じ取っているらしく、もう消えてしまう大陸の影を二人は見つめる。
頷いたコルステインは、精霊だらけの氷河の群島に長居したくないが、大陸がすぐ離れると知って、その時間だけは滞在する予定。
『じゃ・・・な。俺は戻る』
居心地悪い魔導士は、自分を振り向いた大きな青い目にそう伝え、ニコッと笑ったサブパメントゥに微笑み返した。
『多分だ。ドゥージはこの精霊の場所、どこかにいる』
『そう?』
多分、ともう一度言い、魔導士は溜息を一つ落とすと『またな』と挨拶し、緑の風に変わる。すぐコルステインは呼び止め、旋回して戻った風に、『次。行く。あっち。どう?お前。知る?する?』と・・・ 顔をティヤー方面へ向けて尋ねた。
『次か。そうだな。決戦が終わったら、一緒に考えるか』
『うん』
アイエラダハッドに来る前も、そうだったように―――
コルステインは、魔導士に『仲間を運ぶ方法』を相談。魔導士は、思いやりあるコルステインの気持ちは汲んでやりたいので、了解して極北を後にする。コルステインも彼を見送り、それからロゼールの元へ戻る。
ロゼールは寒そうではなかったが、心細かったのか伝わってくる。側へ行って、頭をよしよし。敵いなかっただろ、と聞くと、彼は頷いたが『でも一人だし、ちょっと』と弱音を吐いた。
『何か理由があって、極北まで来たんですよね?まだ用事はあるんです?今は何か確認してたんですか』
『今?違う。うーん・・・ドゥージ。ここ。いたん』
いたんだって、まで伝えたかったのが、バッと振り返ってしがみついたロゼールに遮られる。
「ドゥージさんですか!?どこにいたんです、どこです!俺が」
血相を変えた叫びに首を傾げ、コルステインはロゼールの額を、黒い鉤爪でちょんと触れ、言い直してと頭を示す。慌てたロゼールも、ハッとして謝り、質問を頭の中で繰り返した。
まさかこんな所でドゥージさんが、と一気に再発する恐れと不安。彼はどうなったのか。
伝わる焦りと不安に、落ち着くようコルステインは宥め、日の落ちた周囲をくるりと見てから『はっきり分からないが』と、前置きする。
どこかにはいる・・・それを誰に聞いたかは言わず、『ドゥージが、どこかにはいるんだよ』とだけ強調した。ロゼールの心拍数が上がり、泣きそうな顔をぐっと押さえ、ドゥージの名を呻くように呼ぶ。
「ドゥージさん・・・どこに・・・こんな寒いところで」
涙が滲む。まさか、ドゥージの名をここで聞くなんて思わなかった赤毛の騎士は、目元を拭い、行方不明になった弓引きの安否を確認したいと、コルステインに訴えた。
海のような青い瞳は、一度だけ沖を見る。アスクンス・タイネレに何者かが近づくことはなく、あっさりと見送るだけの時間・・・『妖精の檻』が出たから、それで近づく者もいなかったか、と思う。
で、話はそこではなく、目の前で涙を堪える、ロゼールの頼み・・・・・
うーんと唸ったサブパメントゥは、精霊の元にいるらしき話も一応聞かせる。が、それで安心してくれず、『ここまで来たからには、ドゥージさんを探したい』と下がらない騎士に、どうしたもんかと悩んだ。精霊の地帯で、コルステインは帰りたい。それに、ドゥージの気配もしないのに、探しようがない。
答えに悩み、黙って答えないサブパメントゥに、やきもきするロゼールは頼み込む。
『コルステイン!俺だけここに残って』
『ダメ』
『でも、もう来ないんですよね?決戦が終わったら、俺たち動かなければいけないから』
『そう』
『ドゥージさんがいるなら、せめて今日・・・いや、今だけでも良いです。あと一時間でも!ダメですか』
『うーん(※悩)』
参ったなと唸るコルステインが、決戦が終わり次第、少し探してみる?と妥協案を考えた、その時。
コルステインは振り向くより早く、ロゼールを掴み、腕に抱えて地下へ飛び込んだ。
びっくりしたロゼールが叫んだ直後、地上から強烈な気が流れ込み、それを避けるコルステインの腕が一層強く力を籠め、がっちり抱えたロゼールごと、サブパメントゥまで一気に降りた。
氷河の群島に、大きな大きな、まるで悪魔のような姿が立ち上がる―――
群島の一つから浮かび上がったその背中を、氷上に立つ輝く精霊の緑の瞳が、じっと見つめていた。
お読み頂き有難うございます。




