2388. アイエラダハッド決戦 ~闇と邪の時・精霊撤退・『呼び声』の目的・②勇者と騎士の霊
〇今日は一回投稿です。少し長いので、お時間のある時に宜しくお願いします。明日も一回投稿です。
☆前回までの流れ
イーアンたち龍族の、三回に渡った攻撃。最後はアイエラダハッドを横切る溝を残して終わりました。これを驚く以外で、合図と見た者もいました。
今回は、サブパメントゥの状況から始まります。
各地で、龍の鉄槌の畏れ広まる中―――
逃げ切った古代サブパメントゥもいた。無事ではなかったが、怨霊化は回避して本体維持。
アイエラダハッドに集まっていた古代サブパメントゥは、全体の三分の一。その半分以上が、なぜかみすみす龍の制裁に立ち合い、消滅した。すんでのところで、その危うい橋を戻った者は、体を半分失うなどの損傷を受けた。
ここに、自分たちを上回るダルナが記憶をいじったなどと、思い付く者は一人もいなかったし、我に返って地下に戻ろうにも、サブパメントゥ内の道が崩れて、閉め出される状況に陥った理由が、まさかコルステインにある、と考えた者もいなかった。
コルステインは、三度目の旅路は反逆側に自分から近づかない印象であり、良くも悪くも・・・コルステインは、そこまで頭が回らない(※周知の事実)と思われていたのが、理由。
龍の攻撃に、一切触れずに済んだ者も、勿論いる。
悪運強く、鉄槌の落ちた地帯を避けていた者は、難を逃れた。『脱け殻』は、その一人。そして、逃れるための行動ではなかったが、『呼び声』も動きを取ったことで、この脅威に晒されなかった。
『呼び声』の場合は、更に悪運強く・・・龍攻撃の前に立ち入った場所は、発生していた異時空の乱れに加えて、特殊な時間と、空間の保護の中に入ったので、龍攻撃発生地の近くながらも、ほぼ回避したに等しかった。
伝説。双頭の龍ザハージャング到来に突き動かされ、『双頭の龍を呼ぶ者』を求め、『呼び声』は移動し、この場所に着いた。
その者は、かつてサブパメントゥでありながら、時と共にサブパメントゥを抜け、人間でありながら、人間を裏切る男の話―――
「いた。今も昔も、お前は一人・・・か?」
間近であっても、遠くで起きたように感じる、龍の攻撃の余波。背に、焼かれる痺れを受けつつも、紺と白の鎧の姿は、ふらついて立つ。
探した男は、夜の森で呆気なく発見。こいつがそうだ、と薄れていた記憶が告げる。その男は、湧いて止まない古代種相手、一人、剣を下ろすことなく戦っていた。
*****
ここで少し、話を敵側に変える。古代サブパメントゥ、そして、古代種の動きについて。
『呼び声』が、森林に上がる前のアイエラダハッド、白い筒の止めが入るよりも、前。曖昧で不安定な時間の中。
アイエラダハッドにいた古代サブパメントゥ、その多くが、数の減った人間に最後の操りをかけて、移動遺跡へ動いていた。
地下の国に入って動こうにも、道が壊れて使えない状況が増え、おかしいと思いながらも留意の余裕なく、地上経由で他国へ移る無難な遺跡を頼った。
『脱け殻』が示した手段でもあり、増加する龍の力に不利を感じた者たちは、あっさり逃げることを選んだので、移動遺跡に間に合った輩は、呪いの操りだけ残してさっさと他国へ進んだ。
しかしこれは、全体の中でも少なく、逃避に抵抗を持った輩は出遅れ、龍の突発的な三度目の攻撃で、倒される羽目に。
古代種は、というと―――
極北の黒い泉(※2097話参照)が、誰知ることもなくいきなり溢れ出し、泉のあった広い盆地は、あっという間に黒で埋まった、前日の午後。
黒い水は、盆地の周囲を壁状に上がる縁も越え、四方八方へ流れて染み込み、少しして地面に吸い込まれた。
吸い込まれた跡には、蜘蛛の巣に似た放射状の線が残り、またそれが動き出す。
生き物じみて細い筋が伸び、隣り合うと繋がり、それらは極北の森林の地面を、木々の根にも絡みながら複雑に進んで、消えた。
続きは、ずいぶん遠くの一本の木。葉を落とした裸木の、枝先を伝う、細く小さな氷柱が落ちた。透明な氷柱は、午後の曇り空の下で、寒風に吹き飛ばされ、内に宿した黒い染みを宙に散らせる。
染みは土に着く前に、空中を飛び・・・同じように、横を飛んだ黒い染みと同化。それもまた地面を避けるように、別の黒い染みを、ブランコが行き来する遊びさながら、ぴょんぴょんと、一体になっては広がり出す。気づけば辺り一面、黒い飛沫を散布した光景に。
それらは宙を伝いながら、東西南北へ進み、どこまで行くかと思えば、人の残る土地まで来て止まった。
黒い染みが集まる空中。そこかしこで同じくらいの塊に集まった、ヌルッと艶を放つ黒の液体は、宙で止まった次にぼとぼと垂れ、地面に再び現れた蜘蛛の巣の、鈍い光に吸い込まれて消えた。
タンクラッドとトゥが見た、黒。イーアンが、まそらの翼で知った、黒。残った人間が戦う時、魔物と異なる感触に首を傾げた、黒が―― 異時空の切れ目も関係なく、アイエラダハッドに蔓延る。
『魔物がいなくなるのが早すぎる。情けない。もうちょっと遊んでやろうな・・・俺も、このくらいの手出しなら範囲内だ。
待たずに悪いが、先に行かせてもらうぞ。気が変わったんだ・・・氷の大地で退屈も、別に嫌いじゃなかったんだがなぁ』
子供が生意気だから、なんてな・・・鼻で笑った精霊は『つい、殺しそうになるのも。引っ張らないと面白くないってのに』冷笑浮かぶ顔は独り言を落とし、捻れ角の生えた頭を振る。
『ちょっと離れて、頭でも冷やすか』
群青色の僧服の裾を翻して、アイエラダハッドに置き土産の手配を終え、血の泉を歩く、古代の精霊。
歩く足は徐々に薄れ、透明に変わった体を包むように僧服だけが動き続け、それも数秒して見えなくなった。その瞬間、血の泉も、表に溢れた黒い水も、全てがジュオッと滲む音を立て、黒い煤が散り、気紛れな『原初の悪』はどこかへ移動した―――
*****
そして。魔物がアイエラダハッドに僅かとなり、魔物ではなく『邪』が数を増した、と気づいた精霊たちは、立ち止まり、確認し、戦う相手が変わったことを理解し、手を引き始める。
民を守ることを選び、制限解放された精霊の動きはここまで。相手が『原初の悪』だけに変わったとなれば、攻撃と守りの意味が違ってくる。
守る民はもう少なく、異界の精霊も各地で残った民を守っている状況、『敵=その動きを許可されている、原初の悪』となった時点で、これは世の理と解釈した。
次々に、姿を薄れさせて消える、土地の精霊たち。
側にいた精霊が何を言うこともなく消えて、守られた民は驚き慌てるが、止めることは叶わない。人々には、精霊アシァクの加護である、武器防具の強さだけは残された。
広大な北部の森林では、散らばる集落の人々を、一ヵ所に集めていた精霊アガンガルネも、これを捉えて身を引く。ただ、アガンガルネは離れる前に民に教えた。
『精霊の、形ある守護はここまでだが、この先は、一人一人の運命に左右されること』
アガンガルネがそう言うと、人々は焦り出す。彼らの縋る声を聞きながら、精霊は最後に一つ無事を与えるため、それぞれの帰り道を敷いた。
金と黄緑の砂礫が、各々の住まいに続く一本道を淡く輝かせる。これを歩く内は、襲われる怖れがない。住まいにも少しの間は効果が宿るだろうと伝え、大地の精霊アガンガルネは、民の前から消えた。
この後、アガンガルネは状況の成り行きに、手を出した方が良いか、自分がそれを選ぶことについて熟考し、『手を出す』方に動く。
選択肢は、本来なら選ばないことだが―― 『責任を取らせる、のは別におかしなことでもない』呟いた大きな輝くトラの姿、森と大地の精霊は、ゆったりと極北へ向かった。
三度目の白い筒が生じたのは、この一連の出来事から半日後・・・・・
中北部に於ける南北両断、地中の抉れこそ数十m程だが、長さ数千㎞、幅50㎞超の溝が、『龍の爪痕』として刻まれた。
*****
話を、森林の夜―― 『呼び声』が見つけた、一人で戦う男に戻す(※2382話参照)。
今も昔もお前は一人。『呼び声』はそう呟いたが、声をかけずにいた。
龍の破壊は知りながら、その影響を浴びない場所におり、体の融通は利かないものの、動けないほどでもない。かと言って、力が戻ってもいない。
執念と、双頭の龍の機会のためだけに、動き出したサブパメントゥは、難なく見つけた男を影から少し見ていることにした。
おかしなことだが・・・少し操りを試みて、男が無反応であるのも理由。
操るのも今はきついからな、と弱っている状態を自覚した。ミレイオにさえ、操力を使えるほど回復していない状態。この男は・・・言葉で惑わせることにして。
男から離れた、闇の重なる濃い影に寄りかかり、『呼び声』の紺色の目が、剣を振り上げる男の輪郭を追う。
「勇者、か。そう、お前はいつも勇者なんだ。俺たちの期待で、俺たちの階段。俺たちの、幻。・・・今回の勇者は、ちっとも俺たちに寄りつかないな。コルステインと仲が良いから、何か吹き込まれたか。
お前の初代もそうだった。二度目のお前も。コルステインの親も、コルステインも、勇者をな・・・丸め込みたがる。前の二人は、それでも俺たちの手引きはしたが。さて、どうだろうな。お前の用事が済んだら、聞いてやろう」
役立たずなんてやめてくれよと、『呼び声』の合成音のような呟きが、夜風に混じった。
*****
自分を狙うサブパメントゥがいるとは知らず―――
ぞくっとしたドルドレンは、振り向こうにも、視線を逸らすわけにいかず、『今のは?』と感じ取った気配を確認する暇もなく、襲う敵を切り続ける。
地味な応戦。太陽柱の一撃を使おうとして躊躇った理由は、単純に『もうじき終わる』の一声だった。自分の力の残り具合がどれくらいか、情けないことにドルドレンは力の尽きるところを、実は知らないまま今日まで来ている。
ずっと精霊ポルトカリフティグと一緒で、眠り、回復し、飢えることなく過ごせたため、体力や精神的な疲労はあっても、力の枯渇を感じたことはなかった。
離れて初めて、それに気づき、最後に休んだ時からどのくらい経ったか過り、力の加減を考えた。
『もうじき終わる』この言葉も、敵に言われたこと。
先に隊商軍の報告や、魔物の減りを見ているため、ドルドレンも薄々思っていただけに、ここぞの場面―― テイワグナ決戦最後のような時間 ――で、力不足は避けたかった。
それと、この状況・・・ 黒馬の騎士を呼び出そうと思い、ここへ来たのだが、呼ぶには悩む対戦相手。
ドルドレンは、『騎士の魂を呼び、彼らを連れて、この場所を軸に、魔物と戦う』想像で、呼び出すからには敵対する相手の強さ・数も、相応しいものと思ったのが、いきなり出くわした相手は微妙過ぎた。
過去、自分が倒した魔物たち状況だが、言ってみれば、幻影である―――
そうだろうと見越して切りつければ、そのとおりの結果が出た。
剣で倒れた側から、絵でも切ったように立体は薄っぺらく変わり、そのまま消えてしまう。数はいるが、こんな相手に騎士を呼ぶのも躊躇われ、残りの力が解っていない状態で、太陽柱を一二回使うのも、勿体ない。
で。勇者は、自分を阻み襲う魔物の幻影を、ひたすら切り払っている具合だった。
こいつらの親玉らしきものは、最初に出て来たが、すぐに隠れて側にいない。
面倒だが、ざっと見て、倒した魔物の顔ぶれとはいえ、律義に一種類につき一頭の揃え方、俺の記憶でも読み込んだかと思う、強弱関係ない魔物の影が並ぶので、とにかく切って終わらせるつもりで始まった。
が、実に面倒臭い。使う時間が長い。切れば二度は出ないが、如何せんハイザンジェルからの記憶になぞらえた敵の種類、一種一頭でも千はいる。
「無理だな。長い」
とりあえず、これは終わらせようと無駄な体力を使っている時間に、終止符を打つことにした。
ドルドレンの長剣がふわーっと橙色の光を帯び、『呼び声』はハッとして急いで地下に入る。ドルドレンの前を阻む魔物に驚きはない。
影しかないのだから、当然・・・力の残量に影響ないよう祈りつつ、ドルドレンはぐっと剣を両手に持って、一気に光を立ち上げ、騒めいた声が耳に届いたと同時くらいで、至近距離、相手を一掃し太陽柱の光線は、夜の森を突き抜け払った。
*****
終わったかと、ドルドレンは左右を見る。一頭の影も残っていない。
体の調子と、力の・・・残量は分かりにくいが、多分問題ない(※はず)。もっと早くやれば良かったと、剣を鞘に戻した。
呆気なく片付くのに躊躇った時間は、自分で把握していなかった力の残量、自分で考えずに精霊の指示を頼った日々も影響している、と感じた。
「力、使ったねぇ。大丈夫なのぉ」
あの声が再び聞こえた。地続きの奥の森から聞こえ、ドルドレンは鞘に納めた剣の柄をまた握る。ふざけた喋り方のこいつが、『魔物はもうじき終わるのに、土壇場前で余力使う?』と言ったのを、真に受けた自分がいたのも情けない。
「一発で倒す変な力があるけど。あんた何者なのかねぇ。もしかして、懺悔の退治に出て来た騎士ぃ?魔物を倒して、良いことしてるつもりでしょ。欺瞞だよねぇ」
これぞ、幽鬼に翻弄される傾向。
敵は弱いが誘導する質から、幽鬼と見た。幽鬼相手に無駄な時間と力。剣から手を離したドルドレンは挑発を無視し、場所を変えることにした。さっと後ろを向き、来た方へ歩き出す。倒すには倒したし、小物相手に騎士を呼ぶ気もない・・・・・
「逃げるな」
急に声が大きくなり、ドルドレンの前に肉片の溶けた女が立った。骨が見えるほど、肉は溶けて崩れ、垂れる穴に虫が動く。ぶら下がる眼球についた蛆がぼとぼと足元に散り、内臓がはみ出る肋骨の上、片方しかない乳房を掴んだ女は、背中と足回りに残る、腐った毛皮の服を踏み、よろめく足取りでドルドレンに近づく。
『私の民を返せ。私の家族を。私の』
何のことか全く分からない言葉を呻く女。怪訝に思うも数歩後ずさり、剣に手を伸ばしたドルドレンの目に、腰に下げた白い面が映った。
面の目穴に、一瞬目が見え、それはキラッと光る。驚く間もなく『使え、呼べ』と男の声が頭に響いた、合図。
ハッとしたドルドレンの手が、剣の柄より早く白い面に伸び、ベルトから面の紐を引いて外すと、その手を高く掲げた。
「聖メルデ騎士僧会の騎士よ」
黒髪の騎士の張り上げる声に、邪の女がびゅっと消え、同時に森の影から大量の人間が湧いて出る。その人数たるや、どんどん増え、森も谷も埋める数。それらが犇めき合いながら、声ともつかぬ音を出してドルドレンに近づく。
彼らは全員、先住民の衣服で、誰もが死体のように崩れており、ドルドレンはこれに理解する。騎士僧会の騎士たちが制圧した記憶が、引っ張られたことを。
幽鬼と死体の間。ドルドレンは白い面を片手に、もう片手で剣を抜く。これに合わせるように頭上の空が揺れ、ぶわっと強風が回ったと思うと、ちらつく雪は吹雪に変わった。
面はドルドレンの手を離れ、ひゅっと真上に飛んで、吹雪に隠れた次の一秒で砕けた。砕け散った銀粉は、瞬く間に雲を張り、吹雪に流れる雲の間に、古びた甲冑姿が浮かび上がる。その足元は掠れ、徐々に武装した馬の首が見え始める。
「おお・・・あれが」
灰色の瞳が凝視する空に、次々に鈍い輝きを鎧に託した、騎士の霊が増える。あっという間に、全て押し流された銀の雲の後、吹雪だけが覆う濃紺の空に、淡い光を背負った、古の騎士団。
その前列中央に、白いクロークを翻す、黒馬に跨った騎士が堂々と、地上のドルドレンを見下ろしていた。




