2385. アイエラダハッド決戦 ~敵『かさ増し』・トゥとタンクラッドの足場・双頭の影に
☆前回までの流れ
ヒューネリンガの町を拠点に、タンクラッドとオーリンは南東で戦っていました。オーリンは、都合で『小龍骨の面』を初めて使い、その力で新たな戦闘方法を得ました。タンクラッドは、トゥと一緒に『かさまし』の現場へ。
今回は、トゥとタンクラッドの移動先の町から始まります。
〇元旦はお休みです。2日は投稿があります。時間は未定です。どうぞよろしくお願いいたします。
タンクラッドを連れたトゥが移動した先には、平地に幾つかの町が並んでいた。全体が妙に粉々に壊された後で、人は一人もいないように見えた。瓦礫の所々に死体は転がるものの、その数も少な過ぎる。
「トゥ。『かさ増し』とは、ここか」
「ここが最初に出て来る。次は、背後数百㎞向こう、その次は」
「待て、待て。何だそれは。説明しろ」
「見ていろ、タンクラッド。お前が戦うならそれも支えるが、俺が先にやってもいい」
疲れてるんだろ、と銀色の顔が労う。そりゃそうだ、と無言で頷く剣職人に、ダルナはまた顔を前に戻し『始まるぞ』と呟いた。
トゥがここを選んだのは――― どこかの誰かが、思いつきで魔物戦を長引かせる動き、その最初がここ、と聞こえたから、であり。
そして、主―― タンクラッド ――が、もう一頑張りする気になれそうな・・・配慮でもあり。
「あれは」
瓦礫しかない場所に、明らかに質の違う光沢が出る。ぐにゅっと隙間から押されるように出た、黒い流動的な物体は、あっという間に瓦礫の上を覆う。
首元の剣職人の声に応じ、銀色の巨体はぐらりと傾き、トゥの頭二つは、突然、真っ赤な炎に包まれる。
煌々と輝き、温度を上げ、燃え盛る星の如く、頭の影さえ見えないほど赤く輝く熱の塊。瓦礫に動いた凸凹の影めがけ、びゅっと飛んだかと思うと、ダルナの炎は一瞬でその一面を焼き払った。
頭から炎が外れたトゥは、振り向いて教える。
「お前たちが魔物以外で戦っている、この国『土着の怪』だ。今からもっと増える」
「なぜだ」
「うん?魔物がいなくなったからだろう」
銀のダルナが、次なる敵として気付いたのは、『誰の思惑』なのか・・・タンクラッドの脳裏に、黒い泉の精霊が過った。
「どうだ。タンクラッド。ちょっとは気持ちも違うか」
魔物がいなくなったと知れば、気も楽だろう。もうひと踏ん張りだな・・・と言い放ったトゥに、剣職人は思いっきり溜息を吐いた。
そして思い出す。テイワグナでも・・・魔物がいなくなった後でさえ、まだ決戦が続いていた話を。
「仲間に知らせないとならん」
「それは後だ」
タンクラッドの一言を素気無く返すトゥは、乗り手に『まずはここ』と往なした。
*****
トゥが焼き払った、瓦礫の町の一角。
そこだけで終わろう訳もなく、剣職人は龍気の面を使って、自分も退治を始めた。
連結する町の地域は、境に大型の道数本で仕切られている以外は、塀などの区別はなく、思うにまとめて襲われた印象だった。
人が少なすぎる・・・タンクラッドは、町の上すれすれを飛びながら思う。死体が操られるとも聞いているから、ここも死体が既に、どこかへ連れて行かれたのかもしれない。
町の建物の破壊具合は、人の少なさよりも異常だった。粉々に等しい打ち砕き方。金槌で木の実を叩き潰した後のように、建物はどこもぐっしゃりと扁平に潰れ、砕けた瓦礫が多く、隙間の道という道が埋まっていた。
人間も埋まっていて、おかしくない・・・死体が見えない理由はそれかもなと、剣を抜いたタンクラッドは、低速飛行にして、瓦礫の上を滑るように移動する。前方に、敵。
敵ではあるが、黒い物体は人間くらいの小ささで、『土地の邪らしい』と分かったものの、姿・特徴がはっきりしない。
じゅじゅ、と水が漏れる音を立て、それらは瓦礫の間から湧く。黒いため、夕陽が当たらない影に出ると見つけにくいが、剣は反応するので、タンクラッドは剣の示す方へ金色の光を飛ばし、切って終えることを繰り返した。
魔物の代わりに出た、強くもなく、襲う人間もいない所に出る奇妙な相手。
訝しさが残るまま、タンクラッドは黒い油のような、ぬらぬらとした相手を切り続けて進む。そして、日が暮れる前にようやく、その正体を理解した。
タンクラッドの時の剣が、ひゅっと金色の鎌を飛ばした、何百回目か。
『あ』と声が聞こえ、そちらを見た時、黒い油になりかけた手足がばたつき、切れた頭らしき部分がクチャッと横に落ちて、それは倒れた。
「俺は・・・人間を切り続けていたわけか」
理解したが、どうにもならない。トゥは、そんなことを見越していて、それで俺を連れて来たのだろう。
側へ行くと、黒い油状の分厚い液体に、半分以上呑まれた者が死んでいた。顔や肌は、黒く盛り上がった膨れが覆い、隙間に人間の名残が分かる。その名残部分が、妙に生々しかった。
液体も、金色の刃に切られた箇所から煤のように散り、十代くらいの若い男も、黒い血と共に消滅する。剣が反応した以上、『人間』ではなく『魔』なのだが・・・顔の一部に見えた苦痛の表情、その生々しさを目にし、気分は悪い。
タンクラッドは浮上して、トゥのいる反対側の町の空を見た。
双頭のダルナは遠慮なく、地獄の業火さながら、町を片っ端から焼き払っている様子。グワッと上がった紅の輝きが、瓦礫の町を走る光景は、トゥが以前の世界で、どうやって生きていたのかを連想させた。
だが、それに恐ろしさを感じない自分がいる。トゥは今、自分と共に、『生きていても危険』な人間を、既に人間として扱わずに退治対象にしている。土地の邪に呑まれた者たちが、野放しになる方が危険、と判断したのだ。
苦い唾を呑みこみ、『そうだな』と一人呟く。タンクラッドの心もまた、数えきれない経験ですっかり・・・擦れて変わった気がした。こう思うことは、弱気とも違う。相手が人間の見た目だろうが、元々自分は気にしなかったが。
ただ、全く救う方法もなく、俺は切り裂くだけなのか、と少し考えた―――
『タンクラッド。終わったか』
トゥの声が頭に響く。『いや』と、まだであることを答えると、町を燃やしていた炎が止み、大きな目が付いた翼を広げ、トゥがこちらへ来た。
「抵抗があるのか」
側に来るなり、気持ちを読まれて尋ねられる。
「ないよ。今更」
「ありそうだ。俺がやろう」
「大丈夫だ」
「タンクラッド。相手は人間じゃない。ここら一帯、圧迫で潰されて、皆死んでいる。これから、操られるところだ」
何による圧迫で、連なる町の全体が圧し潰されたのか。トゥはこの場所の記憶から何を読み取ったか。そして『誰』によって操られるのか―― いつもなら、細かな説明を求めるタンクラッドだが、今は目を逸らして頷く。
「・・・そうか」
浮かんだ空中。茜の光が背後から射す壊れた町。一頭と一人の会話が、少し止まる。トゥの炎は、燃える臭いもしない。
下で、がらりと音がして、瞬きしたトゥはタンクラッドを見てから、音のした方へ口を開けて炎を噴いた。
ゴウッと絡む炎の唸りは、ほんの数秒で瓦礫尽くしの通りを舐め、黒い液体が幾つか消える。じっとそれを見ていた剣職人は、すっと息を吸いこみ、ダルナに顔を向けた。
「俺は。お前を恐ろしいと思わないんだ。お前が、良いやつに思える」
「間違ってないな」
こういうことなんだろう、とタンクラッドは静かに認めた。計る意味を、別の視点と場面で捉える剣職人。自分もいつか計られるのか。もしくは、もう計られて――
「タンクラッドが品定めされるなら、俺はとっくに消されている。乗れ、次へ行く」
余計なこと考えるなよ、とダルナが気遣い、タンクラッドは彼に跨りながら『心を読むな、と言ってるだろ』と流してから、『次へ向かう前に、敵の変化を仲間に伝える』と言った。それを聞き、トゥは首を少し傾ける。
「知らせて、無駄に気を散らすかもしれない、とは思わないか。お前たちの仲間は『それぞれ』違うことを目的に、終了合図まで戦っている具合だろう」
「そうだ。だから魔物がもう終了間際で、他に出てくるのは違う、と教えて」
トゥは、そこを遮る。
「タンクラッド。魔物は最初から少なかった。決戦前から続いて、決戦で放出した魔物は、あっという間に終わりが来た。この意味は考えないか?
残っているのは、土着の怪と、サブパメントゥ、俺たち異界の精霊で敵に回った輩。『魔物が終わり次第、決戦終了』の段取りであれば、もうじき終了の合図があるだろう。それまで、人間が住む大地を守るだけだ。
決戦の意味は、魔物から人間や大地を守ることを当然として、他にあるだろう。例えば、『次の国へ移動する前、何を選び、何を運ぶか』とかな」
口を閉じた乗り手に、複雑な夕闇の色を映す、金属質の首を捻じり、トゥは二つの顔を向ける。
「お前は、『俺という双頭の象徴』を次の国へ連れて行く。今、動き回って、俺とお前の因縁を求める魂の敵に見せつけながら。
敵の首根っこを掴むより、勝手についてくる方が楽だろ?魔物のなくなった国に散乱するそいつらが、俺たちが戦う場所に自ら集まる。今・この決戦の時間を使って・俺とお前が動く・と、そんな続きがあるようには思えないか?」
銀のダルナの見据え方に、タンクラッドはぞくっとする。自分の奥の方で、何かがこれを正しいと肯定する。
「トゥ・・・ お前は何を知って」
「他の仲間も、そうだろう。この決戦は、人間や他種族の『品定め』だけに、起きているわけじゃない。決戦の時間を利用して、次の足場を作る意味も。
俺は、お前と離れていた時間・・・俺の影を示すために、この国の空を縦横無尽で動いた。日中も夜中も関係なく。俺の動きは、今話した『足場』だ」
少しの沈黙を挟み、行こうとしたトゥをタンクラッドは止める。振り向いたトゥが、主の思考を読み『イーアンに伝えておくのか』と静かに訊いた。頷く剣職人は、大きく息を吐いて『ミレイオのことだけは』と付け足す。
「ミレイオの容態は相変わらずだ。だが、今も死に向かって進んでいる事は伝えたい」
それじゃ、と促して待つトゥに、タンクラッドも連絡珠を出して、イーアンに伝えようと試みるも、不通。
なので、トゥは他のダルナを呼び、大体イーアン絡みで応じる、イングが、真っ先に来たので、彼に伝言を頼んだ。イングは了解して消え、タンクラッドは『オーリンにも伝言を届けてもらえば良かったか』と、ふと思い出す。
「・・・トゥは『それぞれの』と思うだろうが。理由もなく俺がいなくなっては、オーリンに要らん気を遣わせる。イングに頼んでもう一度」
「面倒臭い。一旦戻る」
トゥは、オーリンに挨拶したいと言う主に、しつこく異を唱えるまではしないが、他のダルナに何度も頼るのを好まない。
面倒臭いと言うや否や、瞬間移動して館へ戻った。ヒューネリンガは先ほどの町より、まだ明るい。
タンクラッドは館に入り、先に戻っていたオーリンに短く状況を話し、彼が『行ってこい』と了承したので、ヒューネリンガの後を任せた。
待つトゥに『終わった』と声をかけタンクラッドは背中に乗る。トゥは、再び先ほどの焼けた町へ移動した。
「ここが始発だ。『双頭の龍』の影を、見せつけて回る」
自分たちはそれが足場板・・・と、銀のダルナは呟き、黙ったままの剣職人と次の地へ向かった。
*****
夕暮れの薄れる、橙と群青の空に消えた、双頭のダルナ。双頭のダルナの首元に跨る人間は、ダルナが大き過ぎて、下から見上げても角度で見えない位置。
このダルナが飛ぶ姿は、地上から見ていれば、無人で単体だった。
始発点とした町を後にして、あちこちの空に現れては、魔物じみた敵に大量の炎を噴き、辺りを焼き、独立した動きを繰り返す、目的不明の存在に・・・誰かの目には、そう映る。
ある場所で―― 影から、目を凝らしてこれを見た者が、操りかけていた『人間の成れの果て』を離れて、身を翻す。
双頭の影は、置いて行かれた『人間の成れの果て』も燃やした。背後で燃やされた炎を振り返り、その光景も目に焼き付け、この者は急いで地下の国へ入る。
あれは・・・! 伝説が蘇る、前兆だ――― 闇と影を滑り抜け、仲間の元へ駆け込むサブパメントゥは、あと少しのところで、ハッとして止まった。今、教えていいものか、どうか。
以前も、別の国(※テイワグナ・アギルナン)で双頭の龍が出たと聞いた。だがそれは龍族に連れられて空から現れ、たった数時間で空へ連れ戻された。俺は知らないが、その姿は骨ばかりだったと、噂があった。
俺が見たのは骨なんかじゃない。肉体付きの双頭の首、あの大きさ、あの破壊力、間違いない。
空から現れたわけでもない、空へ戻ってもいない。宙に消えたが、龍族もいなかった。こんな場所に、単体で出るとなれば。あれが、創世の時に倒されたザハージャングだ。蘇ったか・・・!
ザハージャングが出現したなら、棘を掻き集めて、空へ向かう時だ―――
気が昂る古代サブパメントゥは、逸る気持ちの反面、今すぐ仲間に知らせるにはまずいかと、冷静な部分もある。なぜ、今なのかも、よく考えてみると何か引っかかる。
罠・・・かもしれない。龍族がこの前から、この国を壊している。そのせいで、仲間がかなり減った。ザハージャングも、もしかすると。
「これは『呼び声』には言えない。すぐに動き出せと、嗾けられる。この国で、手応えを一気に集めた『呼び声』は歯止めが利かない。空に上がる時は、こっちの準備が完全に決まった時。その時、朝だろうが昼だろうが、行ける話だ。だが見極めを間違えれば、全員、空しく光に打たれて消滅するだけ。
だが、誰かに言っておいた方がいい・・・ 双頭の龍が出た以上、遅かれ早かれ、他の奴らも気づくだろうから」
このサブパメントゥは、一歩引いて考え、それからまずは仲間内でも、熱っぽくないやつに教えることにした。そして―――
「ふぅ・・・ん。ザハージャング、と?そうか。お前が見たってなら、確かだな。俺にしか、まだ話していない?いいだろう。そのまま黙っておけ。
お前の言うように、この時期に出て来るなんて変だな・・・ 息巻く奴には言うなよ。ここまで粘ってきて、勢いで全滅なんて間抜けな終わりは、俺もごめんだ」
報告したサブパメントゥに注意して返し、『脱け殻』は一人、闇の洞窟で少し考える。
「やっぱり、か。俺が見たのも(※2379話最後参照)そうだったわけだ。だが、もう少し様子見だ。龍族がこれだけ中間の地で破壊している時に、ザハージャングを引っ張ったところで勝てる気がしない」
状況を見ることにするかと、冷静なサブパメントゥは皮膜のような体を捻じり、その場を離れる。
『脱け殻』のいなくなった、湿った洞。
そこからずっと離れた同じ地下で、これを感じ取る『呼び声』が瞬きし、休めていた体を起こした。
「俺に、隠し事とは」
お読み頂き有難うございます。
明日1月1日はお休みです。どうにか調整して、2日に投稿する内容も、暗くならないようにできました。2日は投稿があります。
今年も一年、皆さんに本当にお世話になりました。Ichen、皆さんに支えて頂いて、どんなに頑張れたか。皆さん、有難うございます!どうぞ来年も宜しくお願い申し上げます。
来て下さって、読んで下さって、一緒に旅をして下さって、心から感謝しています。皆さんに訪れる新しい年、素晴らしい一年が始まりますようにお祈りしています。
Ichen.




