2384. アイエラダハッド魔物決戦 ~ミレイオの宿命と存在・ヤロペウクの報告・ヒューネリンガ ~オーリンの骨面
☆前回までの流れ
センダラが『妖精の檻』を立ち上げることになり、センダラはフォラヴ、ドルドレンを辿って、シャンガマックに鍵を渡しました。白い筒、龍の攻撃が終わったら、檻を出してくれ、と頼まれたシャンガマック親子は了解。獅子は周辺を調べ、『この決戦の意味』を考えました。
今回は、時間を戻して一日前。ミレイオやタンクラッドの様子から始まります。
〇今日はもう一度投稿があります。どうぞよろしくお願いいたします。
センダラ、ドルドレン、シャンガマック親子の時間から、一日前に話を戻す―――
ミレイオが襲われ、ヤロペウクが助け出し、そのまま連れ帰ったあの日。外で決戦が開始し、押し流されるように誰もの時間が過ぎた日の日付が、間もなく変わる頃。
ヤロペウクの留守―― ザッカリアは、ミレイオを見ていた。
この少し前に呼ばれたザッカリアは、隣の部屋のベッドの側で、ヤロペウクに椅子を勧められ腰かけると、『仲間にお前とミレイオの状態を伝える』と言われ、留守番を引き受けた。
椅子に掛けてから、動かない仰向けのミレイオを見つめ、ザッカリアはいくつもの思い出を脳裏に浮かばせて浸ったが、ふーっと溜息を吐く。
「ミレイオ。俺は生き返ったんだよ。よく考えたら、一日くらいで生き返ったんだけど・・・それでも『一度死んだ』ことは、死ぬ前と、まるで続きが変わる。
それは今、ミレイオもそうだよ。ミレイオ、生きているんだよね?精霊が命を維持してるって、ヤロペウクが言っていた。サブパメントゥの変な言葉は食い込んでるまんま」
話しかけながら、ザッカリアはミレイオの額に手を置く。消えないでと、強く願う。
「ミレイオがね。もしも、このまま死んじゃって、生き返ると。
空には上がれなくなる。もしかすると、光も辛いかも知れない。
少し難しいけど・・・『ミレイオ』っていう存在、心も、それは保つのに、存在に含んでいたものが変わるんだ。
存在の特殊だったことは、『サブパメントゥなのに光が平気』とかは失ってしまう。ただ、宿命は残っている。その宿命を、もしもミレイオが完全に死ぬことで消失した場合、大きすぎる宿命だけに、何かがその穴を埋めるため、世界は変化が始まる。
ミレイオ・・・ 精霊の祭殿で、ミレイオが受け取ったお面は、ヤロペウクの力だったね。領域を跨ぐ力―― 俺はその意味を感じているよ・・・・・ 」
*****
聴こえている。ザッカリアの言葉が、ミレイオの動かない体に染み通って、一粒ずつ露が落ちるように、ミレイオの意識に丁寧に溶け込む。
ザッカリアは説明をまだ続けていて、彼の独特な謎めいた表現から、間違いのなさそうな箇所を拾い上げ、ミレイオはじっくりと考えた。それは、それだけでも十分な情報・・・・・
―――要は。そういうことなのか。
ミレイオは、精霊シーリャの場繋ぎのおかげで、『あのサブパメントゥ(※呼び声)』による侵蝕を止められていた。
その影響なのかどうか。思考を探られたり、思考に別の感触が来るなどはない。今は・・・自分として考えていても、誰かの侵入がない、と分かる。
私が怖れた想像は、遠からず、なところだった。軽く考えることじゃないけれど、ザッカリアの要点を押さえると。
侵蝕されて、体の機能が隅々まで壊れて、つまり死体状態になったら、次は意識を操られる。
この過程を経て、仮に『蘇った』ら、私の心は戻されるし、私自身の宿命も戻される・・・けど、貴重な体の特性はパァ。ついでに、あの鎧男の好きな時に、意識操作もされる身体。
宿命持ちは、『依然として続行』なワケよ。
私の清い心と魂もそのまんまで、体は暗闇属性、兵器まっしぐら。
死んじゃえば、って簡単でもない。
私の宿命の肩代わりを作るとなれば、世界が変化するくらいって・・・どんだけデカいの背負わせたのよっ
理解するまで回りくどかったけれど、何となく想像していたことでもある。
ここまで来ると、自分の話じゃないみたい。赤の他人の話であってほしいと、切実に願う重さ。
死んだら世界に大迷惑だし、蘇っても兵器でこれも大迷惑決定だし、何が何でも生き延びなければいけない、一択!
旅の仲間でもない自分。脇役のはずが。
『とりあえず。誰か助けて(※自分じゃ無理)』
両手に顔を突っ伏し、落ち込む。私が悪いんじゃないのに、私がすごく足引っ張ってる・・・ だからシーリャは死なせなかったのねと、精霊の出し惜しむような促しを理解する。
ミレイオは、シーリャに保たれている期間。
サブパメントゥによる被害の進行はゆっくり、と聞いていたが、どういうわけか、全く止まっている気がする。それだけでも救いだった。
この時、ミレイオはもう一つ、面倒があることまでは気付かない。
『サブパメントゥに殺されたザッカリアが、蘇った』後に、『ミレイオも死から蘇生した場合』に於いての面倒・・・それこそ、ヤロペウクの仮面を使う、妙な展開に事態が進行する。
ただこれは、『死ななければ問題ない』ので、考え及ぶに至らなくても仕方ないこと―――
*****
この続きで、あの夜―― タンクラッドたちがヒューネリンガの館に入った夜 ――精霊に一時的な保護を受けたミレイオの報告のため、ヤロペウクはタンクラッドたちのいる所へ向かった。
彼らは船ではなく、どこかの館に馬車を預けており、側まで行くと、銀色のダルナがヤロペウクに気付いた。彼が仲間と知っているダルナは、銀色の首を一本、館の二階に向け『タンクラッドがいる部屋はあれだ』と教えた。
タンクラッドもオーリンも疲れ切っていた。
ほとんど眠っていない状態で過ごした一日だが、実際には一日を超えていると感じていた。日中の時間が長すぎる。テイワグナ決戦で経験済みの、数日分を詰め込んだ疲労。
ザッカリアを引き取ったヤロペウクが、ミレイオを連れて危険状態を告げ、その後、船は魔物に襲われてヒューネリンガへ移動。ヴァレンバル公の館で話し、魔物退治に出かけ、夕暮れにドルドレンと合流し、館で魔導士の情報も受け取った。
起こった出来事が多過ぎて、飽和した疲れもあるだろうが、意識も肉体も疲労が酷いのは、一日分以上と捉える。ドルドレンは情報共有後、精霊が迎えに来て出かけた。
ヒューネリンガ周辺の魔物は一旦片付いたので、ヴァレンバル公に『仮眠をとる』と伝え、二人がそれぞれの部屋に入って、休んだすぐ。
「ぬ」
「ヤロペウクだ。報告する」
タンクラッドの寝台の横、つけっ放しだったランタンの灯りを小さくした大男が立って見下ろしている。妙な雰囲気で起きたタンクラッドは、一瞬焦ったが『ヤロペウク』と名乗られてホッとし、上体を起こした。
「驚いたぞ」
「疲れているのか」
「・・・人間だからな。あんたと違って」
「ザッカリアは蘇り、俺が管理している」
無駄話はあっさり切り、大男は立ったまま話し出す。寝台に上半身だけ起こしたタンクラッドは、欠伸を押さえて頷いた。ザッカリアが蘇るとは聞いていたから、今はもう大丈夫・・・それが分かればいい。ヤロペウクの側にいるなら、安心もする。
続けてヤロペウクは『ミレイオだが』と、彼について話した。
それは、『生き延びている理由』で、精霊シーリャ―― フォラヴからドルドレン経由情報 ――の繋ぎ止めのことだった。現時点、ヤロペウクの元にミレイオはいるが、意識もなく動きもしない。
精霊は、彼を蝕む問題を取り除いたり、止めたわけではなく、遅らせた形であり、時が来ればミレイオは死に至る。
時とはいつなのか。未だに期限不明で、その前に呪いを解くよう・・・ヤロペウクはそこまで言わないが『解く時間はまだある』と伝え、消えた。
ヤロペウクの報告後、タンクラッドはどうにも出来ない自分に暫し考えたが、疲れが厳しいのもあり、灯りを消して寝台に横になると目を閉じた。
コルステインは来ないので、見張りはトゥに任せている。こんな時、コルステインがいたら相談したなと思う。
コルステインは、サブパメントゥを守るために動いているのだろう。呼び出すのも遠慮して出来ないが、長いこと顔を合わせていないのも、タンクラッドの疲労に輪をかけていた。
目を閉じ、浅い眠りが及んだものの、落ち着かずにまた目が覚める・・・・・
ミレイオの命の続き。助けるのは俺ではない、と先に言われているし、相談できる相手もいない。
イーアンが心配していたが、伝えるにも進展はない。改善策一つ増えない状態で、連絡すれば『連絡が来た』と期待させるだけに終わるとも思う、が。
この堂々巡り、結局、眠れずに考え続け、悩み続け、疲労して朝になった。
館で配給をもらい、馬車にある食料も使えるものは、と提供した後、オーリンと共に退治へ出た朝。
行く道でオーリンにもヤロペウクの伝言を伝えたが、オーリンも複雑な面持ちで『知りたいことが動かないな』と、手出しも無用な自分たちに知らされるだけ歯痒そうだった。
話を終え、二人は分かれて川と陸、をそれぞれ退治で受け持った。が、タンクラッドは時々、バーハラーを休ませていたものの、オーリンはそれをしていなかったため・・・オーリンの龍は疲れが激しく、早い時間に空へ帰すことになった。
共に戦うタンクラッドのところへ行ったオーリンは、『もし仮面が使えなかったら、後を頼むよ』と、飛べなくなる懸念を話してから、地面に降りる。
タンクラッドも付いてきて、バーハラーはそのまま、ガルホブラフを空へ帰し、オーリンは腰に下げたままだった面を外した。
「どうなるんだろうな。タンクラッドの面みたいに、これも何か出るのか」
受け取っていた精霊の『小龍骨の面(※2214話参照)』は、龍の代わりと言われていたが、初めて使うので効果は知らない。親方と燻し黄金の龍の前で、オーリンは面を顔に当てた。
「力を借りたい」
そう呟いた途端―― まさかの自分が変化した。小龍の顔の部分の骨から、もわっと青色の光が広がる。光は幅広の帯になって長く渡り、オーリンの顔も体も包み込んだ。
光の帯が体に密着した姿は、骨の頭部に小龍の出で立ちに変わる。着ぐるみ状態で、言ってみれば、体に合う龍の服着用状態。とはいえ、人間的な手足の長さではなく、本当に小型版の龍そのもの。尾と翼もついている。
『こうなるのか』
顔を骨の頭に包まれたが、喋ることは出来る。くぐもる声で驚きを伝えるオーリンに、目の前で見ていたタンクラッドも、その変幻ぶりに思わず口がぱかっと開いた。
目が皿のタンクラッドは、頭を振り振り『知らないで会ったら、敵だと思う』と不穏な感想を漏らす(※倒す対象)。
それはともかく。とりあえず、飛行は翼があるので問題なし。弓は使えないが、攻撃したいと思えば、喉が熱を持ち、熱波を出せるのも確認した。熱波ではないが、少しガルホブラフの能力に似ている。
バーハラーは無関心で、龍に似た別種程度にしか思っていないのか、中身がオーリンとも知っているため、警戒する素振りもない。
無事、仮面着用の変化を見届けたことで・・・ ミレイオの容態から気が逸れたタンクラッド、そしてオーリン本人も、改めて戦闘開始。タンクラッドはバーハラーに乗り、骨の顔を持つ小龍となったオーリンも空を翔ける。
敵は量こそ出てくるが、分担できれば問題ない。
敵に回った異界の精霊・及び、古代種九割くらいの魔物退治は、こちらにも頭数がいれば逃すことなく倒せる。二人は、南東中心に退治を繰り返し夕方まで過ぎた。
夕方、オーリンは、骨面の影響の一つなのか疲れ知らず。タンクラッドは剣を振るう手が鈍ってきたのを感じ、川端の村の魔物を倒しきった後で、一旦館へ戻る。
少し早めに戻った剣職人は、バーハラーを帰して館に入り、中で水をもらい、一口飲んで外へまた出る。
館のある丘から見下ろす町は、家屋の焼けた煙が筋を引いて上がる。
ヴァレンバル公に配らせた、アオファの鱗を使う様子―― 青紫の龍の風がひゅっひゅっと、町の外側に飛ぶのも見えた。隊商軍が使っているのだろう。
強くはない敵だが、気を抜けば殺されるのは変わらない。じわじわと湧いて終わらない相手に、ずっと対抗している民間の疲れも思う。
川の表面に淡く靄が流れ、不透明な午後の明度を作り、遠くの空では不思議な色の光が真横、斜めと飛び交う。あれはダルナや精霊・・・ ふと、トゥはどこにいるかと、頭に過った。
『どこか行くか』
瞬間で頭の中に聞こえた質問。剣職人は小さく笑って、乗せてくれと答えた。
即反応した銀色の巨体は、館の敷地に現れる。乗れと、長い首を一本差し出し、タンクラッドはその太い首に跨った。
「悪いな。お前は休まんのか」
「人間じゃないからな」
すぐ気づかなかったが、ヤロペウクとのやり取り・・・タンクラッドはトゥがあれを聞いていたのかと苦笑する。トゥも少し笑い『俺はどちらかの頭が眠れば済む』と付け加え、行き先を聞いた。
「そうだな。退治が長引いていると、体が持たん。オーリンは向こう方を頼んだから、俺は大元のいそうな場所へ」
「『魔物』は殆どいないが、もうじき発生する、『かさ増し現場』でも行くか?」
「・・・なんて?」
トゥの独特な色の瞳が揺らぐ。聞き返した乗り手に教えるより早く、いつものように・・・ブゥンとうねる音を立てて移動した。
そこは、ヒューネリンガより傾いた陽が僅かな影を作る、瓦礫だらけの破壊された町だった。




