2382. アイエラダハッド魔物決戦 ~檻の手筈を・馬車の民状況・①勇者と騎士の霊
☆前回までの流れ
夜、ミルトバンを失ったセンダラは、妖精の国へ一旦戻り、檻に関する情報を調べ、『檻を立ち上げるに必要な、鍵』の管理者がいる西寄りの南山脈へ。訪ねた先に管理者はいたものの、センダラの自分勝手な感情を注意され、説教を受けた後、ようやく鍵を手に入れました。
今回は、センダラの話の続きから始まります。
〇明日は、申し訳ないのですが一回投稿です。調整と意識が付いて行かず、時間が掛かっています。どうぞよろしくお願いいたします。
掻っ切る速度で、空を突き抜ける光の矢さながら、西の山脈を飛び出した妖精。山脈に入ったのは午前だったが、出たら、既に日が落ちかけている。急ぐセンダラは、飛びながら何度も何度もフォラヴを呼び出した。
『センダラ?』
妖精用の連絡手段・光の粒に応答した声に、噛みつく勢いで『どこに居るの』と場所を問い、躊躇う相手に『分かってるわよ、私と接触できないのは!』と先に言った。『ご存じでしたか』と、ホッとしたような返事。だが、センダラは彼の事情は今、どうでも良い。そんなことより。
『接触しないから、私の質問に答えて。仲間に、魔法を使える人いるでしょ』
『え?魔法。シャンガマックのことですか?それとも、魔導』
『現在の仲間よ!シャンガマック、どこ』
センダラの用事はシャンガマック・・・彼の名前さえ覚えていないのに、彼に用、とは。
畳みかけるような会話で、治癒場のフォラヴは理解が追い付かないが、緊急だろうとは理解する。シャンガマックたちは精霊の元では、と自分が知っている最新を答えると、舌打ちされた。
『どこかに出てる、って話なのよ。あんた知らないのね』
『そうなのですか?シャンガマックたちは地上に。場所が分からなくて、センダラは私に』
『あんたに連絡する理由が、他にないでしょ!』
疲れるセンダラ相手、そうですね、とは相槌を打つも、フォラヴはシャンガマック親子が出た情報に安心した。センダラはなぜ知ったのか、彼らが来たことを知っていても居場所を知らない。
それなら、と思ったら『もういいわ』と連絡を切られそうになり、慌てて引き留める。
『総長を。勇者を探して下さい。総長なら、シャンガマックと連絡をつける手段を持っています』
『他の人は?イーアンとか』
『イーアンは無理だと思います。総長はいつも、精霊と一緒です。祭殿でお会いした、太陽のような色の、大きな動物姿で』
『分かった。探す。またあんたに連絡するから、次はすぐ出て頂戴』
強烈な一方通行で、センダラは連絡を終える。急に終わってしまったので、フォラヴは『自分が総長に連絡を取れる』ことまで話す余裕がなかった(※連絡珠)。
ここでセンダラを呼び、教えることも出来るが、フォラヴは少し考えてやめた。これも・・・彼女と距離を持つため、と。
フォラヴは治癒場で、民に諭していた最中。
何となく具合が悪そうなフォラヴに、横で見ていたリチアリが『大丈夫ですか』と心配して尋ね、フォラヴは微笑んで『もう一回、同じことがあったら、少し休むかも』と答え、待っている人々の前に戻った。
・・・休む、その反対で。思いもよらない行動を求められるとは、この時、フォラヴが知る由ないこと―――
*****
『ドルドレン』
背中の勇者を振り向いて、精霊のトラは呼びかける。眠そうな目を少し擦り、うん、と頷くドルドレン。
―――タンクラッドたちと話した夜。魔導士が帰った後で、ドルドレンも精霊の迎えが来て、ヒューネリンガを出た。
眠ることなく、休むことなく・・・ドルドレンは、見つける敵を倒しては移動を繰り返して、夜は過ぎ、朝も昼も流れ、次の夜。ただこれも、精霊と行動して時間が変わることと、どこも時空の乱れ付きで、実感もないが―――
「なんだ?」
『降りなさい』
「え」
『私は少し、離れる』
いきなり『降りろ・離れる』と言われて戸惑うが、何かあるのかと了承してドルドレンは従う。理由を聞こうとしたら、トラはすたすたと・・・背中を向けて遠くへ行ってしまった。
「こういう時。張りつめていた気持ちが、何だか嘘みたいに緩むのだ」
拍子抜けというのかなと、独り言ちた勇者は次の瞬間、グワッと圧される空気の揺れに、慌てて剣を抜こうとした。だが、眼前に立った金の光に手が止まる。淡い水色をちりばめる、この光は。
スーッと光が静まった目の前に、あの妖精が現れる。怒っているのか、顔が厳しい。
「センダラ。どうしてこ」
ここへ?と言い終わらない内に、開口一番『シャンガマックを呼んで』と命令される。
呆気にとられるも、ドルドレンは『シャンガマックを呼び出すことはできない』とすぐ断り、それから、近くに出た土地の邪と魔物に気付き、『倒してくるから話は後だ』と体の向きを変える。
しかし、センダラの方が動きは早い。それを聞いた次の一秒で、彼女の左腕が真横に伸び、光熱の槍が飛ぶ。ドルドレンが行くまでもなく、その場から一歩も動かずして、光の槍は倒すべき相手を消滅させた。
「倒したわよ。シャンガマック、呼んで頂戴」
妖精の凄まじさに声が出ない。光を操る攻撃力は桁違いと、こうした場面で改めて思う。
それはさておき。ただ命じるだけのセンダラに、ドルドレンは咳払いしてきちんと言い直す。呼びつけることは出来ないが、話は可能かもしれないと教えると、『なら、どこに居るか聞いて』と来た。
強制的なセンダラに『用事は何だ』と確認する。用事も知らずに、面識のない両者を合わせる気はない、と壁を立てるドルドレン。センダラは数秒黙り、言いたくなさそうに大きく息を吐いたが、渋々、説明した。
それは、意外な理由。いや・・・話してくれること自体が、意外というべきか。
「・・・だから。連絡付けてよ」
盲目の顔を背け、声も小さく頼む妖精を見つめ、ドルドレンは『分かった』と受け入れる。腰袋の珠を取り出し―― シャンガマックが応答するかは別でも ――部下に繋がるよう願った。
―――そして、無事繋がる。
妖精は場所を知り、ドルドレンに礼一つなく、来た時と同じように、眩く輝いたと思うと、慌ただしく姿を消す。
光の消えた後、ドルドレンが背後を振り向くと、ポルトカリフティグが戻ってくる姿が目に映り、彼が離れた理由がセンダラとの距離のためと、ようやく分かった。
乗りなさい、と背中を示すトラに礼を言い、ドルドレンは大きな橙色の背に跨る。
『妖精は急ぎだな』
「うむ」
トラは歩き出し、何の用だったかを尋ねた。関心を持つのが珍しいので、ドルドレンはセンダラの事情を話し、トラは静かにそれを聞いた。
『檻を出すのは、あの妖精。気が短そうだ。では、早めに向かうことにしよう』
「ポルトカリフティグは、どこへ行くつもりだったのか。センダラの事情に左右されることか?」
『間接的に。ドルドレン、ここからは、私が離れる時間も増える。一人の時は用心しなさい』
「・・・あなたは、どこへ行くのだ」
会話の流れで、気になる『行き先』と『一人対処』に、ドルドレンは不安を感じる。緑色の目が少し向けられ、教えられたことは。
「『太陽の轍』を守りに(※馬車の民)?彼らは、魔物から守られていると思っていた。『妖精の檻』は、不都合なのだろうか」
意外そうなドルドレンに、トラは首肯し、『妖精の檻は、敵ではないが』と続ける。
『檻の中に魔物がいても。進む道を逸れなければ、彼らは無事を守られる。だが、単独行動や道を逸れる動きは、その限りではない』
「つまり。妖精の檻に『進む道』を閉ざされ囲まれた状況で、出ようとして道以外に動いたら」
『それは、妖精の檻の中であれ、道を逸れた以上は守られない』
ドルドレンは思い出す。テイワグナで『龍の檻』に捕まった魔物が、動いていたのを。それは危険だと呟いた勇者に、トラはもう一度『檻の出現は、ほぼ決定したから、早めに向かう』と言った。
*****
トラの背に揺られドルドレンは、いろいろと聞いた話を考えていた。
テイワグナでもそうだったが(※サマハジーブ参照)、アイエラダハッド『太陽の轍』もまた、ある時期を境に、占いに出たお告げを頼り、集う場所へ急いでいた。
彼らの道は常に魔物から守られ、下手なことをしなければ、命を奪われる目には遭わない。
逆を言えば、馬車の列から逸れたり、道自体を外れれば・・・ それは襲われもするし、命も失う。
左右に流れて過ぎる夜の風景を見ながら、ドルドレンは『太陽の轍』に会うまで、あとどれくらいかかるかと、少し気になった。
精霊ポルトカリフティグの移動中は、風景にさほど変わりはなく、時間はかなり進んでいることが多い。
急いでいるし、今既に何日も過ぎているかも知れない。仲間や戦況も勿論だが、馬車の家族も無事かと気になる。
「・・・『太陽の轍』は、集合地まで無事だろうか」
『向かう道を聞いているのなら、先ほども話したように問題ない。ただ、道の途中で』
「『妖精の檻』が出たら」
『そう。彼らが檻の遮断に慌て、回避しようと道を逸れたら、無事ではないだろう』
今回は『妖精の檻』が優先されそうだから、檻が立ってしまったら、精霊のポルトカリフティグも入らず、その外で馬車を誘導するようで、事前に接触が間に合えば、普通に導いて保護・・・と話す。
『もう一つ。気になることがある。妖精の檻の前に起きる龍族の次の攻撃は、被害が甚大だろう。道を逸れなければ馬車は無事とはいえ、驚いて逸れてしまうかもしれない』
「そうだな・・・次で終わる攻撃かも不明だし」
『龍は三度の攻撃を落とす。次で終わる。最後は徹底的に知らしめる』
断言した精霊。そうなの?と思うが、頷くドルドレン。
とりあえず。妖精の檻も、龍族の攻撃も、『太陽の轍』が進む道を逸らしかねない。ポルトカリフティグは、馬車の民専属の精霊なので、出来れば、龍族の攻撃からも先回りで『太陽の轍』を導きたい様子。
そこが理由なのか、ドルドレンと一緒に居られないこともある、と。
トラは多くを説明しないので、ドルドレンは考えた。早い話が、ドルドレンを連れていると足手纏いだから度々置いていくのかも、と解釈する。
それなら―― 思いついたドルドレンは精霊に、『離れるなら、今、下ろしてもらう所を選べないか』と聞いてみた。
遠くは無理だぞ的な視線を向けられ、ドルドレンはある場所を候補に挙げる。
その場所は、既に遠く。でもポルトカリフティグは彼の理由を聞き、行くことを了承して、場所の方角を教えてやった。
あっちへ真っ直ぐ進みなさい――― 尾の先で示した、反対方向。
戻る形になるが、来た道とは少し方角が変わり、ずっと真っ直ぐ飛べば、ドルドレンの望んだ土地に着く。ドルドレンはお礼を言い、『ではここで』とその場で背中を降りた。
「有難う。ポルトカリフティグも気を付けて」
『・・・すぐ行くのか。用心しなさい。精霊の面があれば、不自由はしないが』
「大丈夫だ。気を付ける。ポルトカリフティグの手伝いに、俺は力及ばずすまない。また会おう」
馬車の民の元へ行くのに、役立つ場面がないと知ったドルドレンは、それはそれと受け止める。トラが何か言いたげに口を開けたが、勇者は微笑んで、足元にムンクウォンの二対の翼を出すと、『行ってくる』と飛び立った。
『お前が力及ばない・・・わけはなかろう。ただ、お前には、緊張の張りが消える、同民族相手。会わせない方が良いと判断したのが、ドルドレンを悲しくさせたか』
橙色のトラは呟きを零し、ドルドレンが消えた空を少し見つめてから、自分も先を急いだ。
こうして、完全に単独となった勇者は、東西を分かつ山脈の西を目指す。西の中部から、東寄り。そこに在るのは。
「在る、ではないな。在った、のだ。だが、きっとお前たちも、あの場所で呼ばれた方が嬉しいだろう。俺の呼び掛けに答えてくれ。遥か昔に散った騎士たちよ。今こそ、汚名返上の時ぞ」
精霊の面をつけたドルドレンの目が、目孔の奥で銀色の光を湛える。取り戻した誇りを見せる時だと、ドルドレンは思う。
飛び抜ける空中は、どこにでも奇妙な筋や亀裂がちらつき、大小さまざまに空間の歪みが生じている。
先ほどまで夜だったのに、いきなり夕方の空にも飛びこむ。夕方と思いきや、急に午後、午前と、おかしな時間を通過する。
『これは地域別の、大型の時空の歪みに入った状態』とポルトカリフティグに教えてもらっていなかったら、慌てていた現象。体や神経には無害らしく、ドルドレンは速度を落とさず進み続ける。
国内で起きている出来事は、時間のズレ関係なく、同時に影響しているのか。
そこまでは解るわけもないが、感覚では、テイワグナのパンギのような『一ヶ所だけ、七日経過(※1520話参照)』といった極端はない気がした。
そして、『真っ直ぐ向かう』だが。
下方で魔物の影を見ると、剣を抜いて太陽柱で薙ぎ倒すのは変わらない。中に、『魔物ではない心持ち』がいると分かれば刃に掛けず、側へ行き『どこかへ隠れろ』と逃がした。
―――少し余談。ドルドレンもまた、数えきれない退治の合間、度々見かける『魔物の姿で魔物を終えた心』の存在を知り、冠が反応しない相手であれば、話しかけて逃がしていた。これは、ポルトカリフティグも承知している。
イーアンの守りたがっていた『自我を持つ魔物』は、勇者によっても逃がされ、生き延びた続き、スヴァウティヤッシュの仲間が見つけて引き取られ・・・今となっては、『種族』と呼んで良いほど、かなりの数に増えている。この話は、また後で―――
*****
「あった」
夕暮れを背景にしていたが、ある地点からすっぽりと夜に切り替わった空。
「本当に何日後かもしれないし、単に同じ日の朝昼晩がぐるぐるしているだけかもしれないし・・・奇妙なものだ。判別が利かないな」
小さな亀裂だらけの空もあるが、見える範囲丸ごと別の時間の空、もある。壊れた時間のど真ん中に、自分たちはいるんだなとドルドレンは改めて不思議を感じる。
到着した場所は、数百年前の『遺構』のあった森の一画で、外れには長い崖を抱える切り立つ山と、下を流れる川あり。
暗闇の夜、雪がちらつく森に降り、勇者は気を引き締める。魔導士に、『俺が北へ向かう』と言っておいて寄り道だが・・・
「センダラが『妖精の檻』を使うなら、北部手薄状態もいくらか解消はされるはずだ。後から向かうことも出来る」
今は、精霊ポルトカリフティグの足手纏いにならないよう、彼が動いている間は、一人で戦って過ごす。降り立った場所は、少し前に来たのに懐かしく思う。ここで、黒馬の騎士の面を最後に拾い上げた(※2093話参照)。
「その面は、ここにある」
腰に下げた面を撫で、使うなら彼らの拠点だった場で、と心の中で呟く。やり直すんだ。過ちの傷を、正しい動きを以て洗い流せば良い。その機会は、決戦の間、きっと今日がそうだろう・・・ ドルドレンは総長だから、改心した彼らの見せ場を設けてやりたい。
何の気配もしない森だが、調べるために少し歩くことにする。
降る雪を肩に乗せ、木々の合間を抜けた先、上から見た時はなかった地続きが視界に入った。
確か。下は崖で、川がある場所と思い出す。ないはずの地面があるのに、木々は取り払ったように全くない。数十m先は、こちらと同様の森の風景。
鞘から剣を抜き、ドルドレンは剣を手に『出てこい』と、暗い夜に言い放つ。
声に応じるように、ドルドレンの目の前―― 地続きの地面 ――に一斉に魔物が溢れた。同じ種類ではなく、ドルドレンがハイザンジェルから倒してきた、記憶にある魔物が混ざり合っている。
身構えたものの、襲ってこないで蠢くそれらに訝しむドルドレンは、並んだ大勢を左から右に見て『何だこれは』と呟いた。
「『何だ』?恨みつらみ?あんたの恨み?これらの恨み?」
どこからか戻った声は、少し笑っていた。こちらに来ない魔物の前に、ぼうっと曖昧な煙が立ち、ドルドレンの長剣が橙色の光を少量帯びる。
「あ。変な力ここで使っちゃうと、魔物の最後は倒せないんじゃないのぉ?」
揶揄う言葉に、ドルドレンが止まる。魔物の最後・・・そこに引っかかって止めた手に、相手の声は笑った。
「もうじき終わるのに。土壇場前で使っちゃったら、空っぽで戦う気?」
お読み頂き有難うございます。
明日は、一回の投稿です。意識が切れがちになっており、調整と長い文に時間が掛かっています。ペースが落ちて申し訳ないのですが、どうぞよろしくお願いいたします。




