2381. アイエラダハッド魔物決戦 ~センダラと管理者と、『檻』と『大陸』への誓い
☆前回までの流れ
連動による白い筒二回目が終わり、センダラは龍の攻撃がいつまでか、イーアンを探して確認。その後、イーアンたちは空へ戻り、センダラは夜に会うミルトバンを呼び出しましたが、彼は応じませんでした。彼が敵に追われ、精霊に頼り、岩に身を変えたと知ったセンダラは、気が気ではなく。
今回は、センダラの話から始まります。
〇今日も、後でもう一度投稿があります。どうぞよろしくお願いいたします。もしかすると、年末か年始、一日お休みを挟むかも知れません。その場合はすぐにこちらでご報告します。
アイエラダハッドは、精霊と妖精の棲み分けが網目で、そこかしこに精霊が陣取っている印象はあるが、隙間に妖精が行き来できる、妖精専用の地帯を持つ。
この山脈も・・・来た道をちょっと逸れたら、すぐに精霊の陣地に踏み入る具合。山脈は、古くから守っている精霊が多い。
だが、案内の鈴魔法で余計な面倒はなかったし、精霊にも妖精が侵入ではなく、『通過』するのを知らせたから、何事もなく済んだ。
普段、各地で遠慮知らずの攻撃を続けるセンダラでも、微妙に気遣っていること―――
アレハミィの轍は踏まない。そう決めた時から、彼が傍若無人の振舞いを貫いた失態を、自分は避けようと決めていた。
「ここは貴重ね」
降りた火口で空を見上げた。精霊だらけの山脈のど真ん中に、妖精専用の領域とは。珍しい、とさえ思う。山脈の奥地は木々が増えないから、妖精に不向きなのに、それでもここにあるなんて、と思った時、春風がセンダラの顔を撫でた。
風は火口の壁の一部にある穴から吹いて、センダラはそこへ向かう。
足は、柔らかな草を踏まずに少し浮き、草を傷めない。
彼女の足が進んだ後、小さな若緑の雑草に白や黄色や、沫のような桃色の小さな花が咲き、妖精の光は癒しの滴を霧にして、雑草たちを潤した。
死火山の火口。陽が差し込むのは、中天に太陽が掲げられた時だけの場所で、ずっと煌めく光の粒が中を照らす。
妖精の領域・・・ここの管理者は、火口の壁を潜り進んだ少し先で、センダラの到着を待っていた。
山の亀裂のような通路を少し歩いたところに広がる、家の中のような部屋。センダラの閉じた瞼の下に見えるのは、妖精ではない誰かが、自分を見て頭を下げた姿。
その者の背後には、生成り色の壁と床、植物が自由に伸びて飾る柱と梁、古く厚みのある飾り気のない家具と、暖炉と思われる、見かけない形の小さな暖取りがあった。センダラは、姿こそ盲目でも見えているのと変わらない。
自分に頭を下げた、背の低い者は、側に来て『檻を立ち上げますか』と聞いた。言葉ではなく、頭を縦に動かすセンダラに、その者は体を傾けて奥を示し『お座り下さい』と椅子を示す。
「時間がないの」
目的を早く済ませるため、着席を断ったセンダラは、その場で右手を伸ばした。
鍵を持たせての動作に、相手は止まる。少し動物に似た顔の相手は、白目のない目をじっと向けて『先にお話があります』と、着席を再び促した。
「あなたが知ってるか分からないけれど。たった今、アイエラダハッドから魔物が撤退する、決戦の最中よ。私は主力で動いているの。座る時間はない」
「座る時間が勿体ないのは、決戦が理由ではなくて、ミルトバンではないですか」
「何で知ってるの」
この返答に顔が険しく変わったセンダラは、鍵の管理者を訝しむ。
相手は変わらず椅子を示し『お話があるのです』ともう一度言う。苛つくが、ミルトバンの名を出されて、話を無視して不都合が出ても面倒臭いと、椅子に大股で寄ったセンダラは、顰め面のまま、腰を下ろした。
『鍵が必要よ』座ってすぐに強調し、向かい合う相手も、『はい』と返事。
風変わりは場所だけでなく、この者の衣服もそうだわとセンダラは思う。四角い帽子に、襟の高い硬そうな生地の服は、アイエラダハッドの古い壁画と同じ絵柄の装飾。妖精の仲間には見えず、かと言って精霊でもないと感じる。
ちょっと思ったそれを・・・気付いた相手は『私は妖精の女王から』と話し出した。
不審げに首を傾げるセンダラに、『女王が分けてくれた、妖精の気温を繋いできた』とか。何かと思い耳を貸せば、この急いでいる時にどうでも良い自己紹介。『ファナリ』と名乗った彼は続けて、鍵を所有する理由を教えた。
それは、センダラを逆撫でする――― 管理の理由は『鍵を求める妖精を、見極める役』。
さっと血が上ったセンダラは『私を怒らせたいのか』と、苛立ちが口を衝いた。私への忠告とは甚だしい。
何が『鍵の管理者』だ、と立ち上がって、片腕をぶっきらぼうに前に伸ばし『ここを・・・壊されたくなかったら、今すぐ鍵を出しなさい』と命じた。ファナリは落ち着いており、『話を聞いていましたか?』と訊ねる。またこれで苛つく。
「時間がない、って言ってるでしょ。さっさと鍵を」
「檻を使う、本当の理由をご存じですか」
「うるさいわね!決戦が早く終われば、誰にだって都合良いじゃない!『檻の話』だって、どこかの精霊が勇者に教えたのよ。龍族の破壊の後で、逃げる敵に手を打つなら、檻で倒すのが」
「あなたがそう解釈しているだけで、本当の意味は」
「早く渡してよっ!!」
金切声を上げたセンダラから、ボッと光が弾ける。室内は一瞬、消されたように見えたが、数秒で光が落ち着いた部屋は、何も影響していなかった。
センダラは少し眉根を寄せたが、それについて言葉にせず、腕を前に突き出して鍵を求める。
「次は、こんな程度で済まないわよ。あなた、自分の状況わかってる?」
「センダラ。檻は、『幻の大陸』を狙う者を阻むのです」
『だから何だってのよ!』・・・と。言ったつもりが、唇が動かない。
ハッとした妖精は、身体を固められ、怒る前で『門番の顔を覚えていますか』と問われた。問われても動かない口で答えは出せない。小さな溜息を吐かれ、ファナリの言葉が続く。
「門番・・・あなたが、ミルトバンを取り上げられ、戦い、許した門番は、女王でした(※2192話前半参照)。ミルトバンがどれほど大事であっても、守らねばならない判断を後ろに回してはいけないと、あの日、門番は・・・女王は教えませんでしたか」
動けず、声も出ないセンダラに、動物のような純粋な面持ちが見上げ、静かに話し始めた。
「センダラ。『幻の大陸』を狙う者から、阻むためにある『檻』を立ち上げたらどうなるか、あなたが考えているように思えません。
『檻』が出るということは、『幻の大陸』が在ると無言で告げている状態です。どこに出たか、知る術を心得ている者であれば、容易にその方向を当てるでしょう。
・・・今、『幻の大陸』は、困ったことに近くまで移動していると思います。
センダラは、私が外界を知らないと思っていますが、私も知っています。あなたが時空の歪みを引き起こし続け、この国の内陸は、異時空の亀裂だらけです。あなたもご存じのとおり、亀裂が隣り合えば、繋がって広がります。これは海岸近辺まで伝わりました」
一方的な誤解と感じ、センダラは『私は龍族に頼まれたんだ』と言い返したいわ、悔しいわ、表情に怒りが露になる。その顔に、ファナリが一度話を止め、じっとセンダラを見つめ首を横に振った。
「事実です。誤解でも悪口でもありません。あなたの動きは、『龍族に協力する前も』同じでした。
実際、ここに来るまでの距離も、センダラは時空の亀裂を壊しながら進みました。壊して・封じる、それなら違いますが、壊しただけでは、引っ張り込まれないにしても、封じないからまた開くでしょう。
・・・この乱れで、『幻の大陸』が引き寄せられ、アイエラダハッドに近づいています。『檻』を立ち上げるなら、ミルトバンを求めるあまり、無理や途中放棄をしないと約束して頂かないと、『鍵』は渡せません。
『幻の大陸』が視界に入るほど近距離に迫った場合、『檻』を使った責任を取って下さい。何が何でも。最後まで徹底して、『大陸』へ近づく輩を排除する、と。檻に入った危険を、確実に全部倒すと・・・誓って下さい。
この国の『妖精の檻』は多い。力の残りが不安になるなら、もう一人の妖精に協力を頼むことも出来ます。
『檻』を開けられるのは、出した本人と、妖精の仕事が済んだ時、そして、大いなる存在だけです。
『檻』に捕らえた者を全滅させる時間が、短いか長いか分かりません。大いなる存在の介入がないとも言い切れない。だから、もう一人の妖精に、捕獲した輩を片付ける手伝いを、頼むと早いでしょう。
・・・『檻』に捕まえられなかった者については、咎められることはないと思います。あくまで、『幻の大陸』が出ていると決定する『檻』の存在を出した、その責任を『檻』だけに於いて取れば」
―――センダラはまたも、自分本位な傲慢さを注意された。
ミルトバンは、彼女にとって、留め金になる存在ではあれ、引き金にもなる。
彼と同等の存在は、アレハミィになかった部分で、アレハミィの魂を継いだセンダラは、ある意味恵まれたが、しかし、極端な性格の傾向は、ミルトバンを想うあまり、視野を狭める。
ファナリは、それがアレハミィと同じような過失を引き起こすだろう、と警告した。
普段どれほど、彼の二の舞を避けるよう意識していても、ミルトバンのためなら、世界の向かう方向さえ無視する勢いを、自分で気付かず、止めないのは、過去の妖精と同じだと。
苦し気なセンダラに、静かに説くファナリ。人ではないこの管理者は、妖精のためにも、人間のためにも働く。
精霊とも違い、妖精の傘下に置かれた合いの子的な立ち位置で属する彼は、この国の古代民族で、イヒレシャッダ時代から続く―――
妖精の女王に与えられた力を使い、ひっそりと高度な文明を保ち、人の世界を支え続けて、今日に至る。
この古代民族こそ、古来の絵柄模様―― ダルナの力を封じた巌 ――を文字に使い、衣服にし、住まいに用い、与えられた恩恵『妖精の気温』を知恵に託して・・・ タンクラッドが訪れた『8つめの指輪の暖房』や、タンクラッドの着用する上着、また、ドルドレンの上着にある文様で、極寒にあって温もりを保つ技を使った種族。
ファナリに限らないが、妖精の女王の想いを忠実に守る古代民族の彼らは、時折、高慢な妖精にも対処する。敢えて種族の違いという隔たりを以て、高慢で危険な力の持ち主に―― 過去は、アレハミィとも ――世界の波を聞かせる。
・・・聞きたくもない説教を、身動き封じられたセンダラは苦い気分で受け取った。それは、妖精の女王の警告。忠告を飛び越えた声。
嫌でも伝わる指摘と、譲れないミルトバンへの愛情。
混濁する思いの沈黙の後、センダラは思いっきり深呼吸し、『分かった』と答えた。俯いて垂れた金髪の内側、センダラの表情は知れないが、ファナリはセンダラの理解を信じる。
「妖精の檻。責任取って使うなら、良いんでしょ・・・フォラヴにも・・・教えて」
「フォラヴに手伝って頂くのです。そうして下さい。彼は恐らく、あなたと接触することを避けますが」
「なぜ」
センダラの拘束は、少し前から解けており、会話は成り立つ。フォラヴに手伝ってもらう、と訂正された言葉の続きで、『彼が接触を避ける』と聞き、何かあったのかと眉根を寄せた。
どうして知っているのか謎だが・・・ファナリからフォラヴの状況を知らされ、センダラは面食らう。彼が死にかけた、なんて。
「ですから。頼みにすぐ応じると思わず、彼と大きく距離を取って接触しない、と前置きする必要があります。そうすれば、フォラヴも応じてくれるでしょう」
「・・・分かった」
説教の次は、指示。いや、指導なのか。どのみち、言われていることは間違っていない。
ファナリの手が動き、二人の間にある低い机に、一本の鍵が乗る。精神的に疲労した妖精は、もう一度大きく息を吐いてから、それに手を伸ばし、しっかりと握りしめた。
「ところでセンダラ。使い方は知っていますか?」
鍵を握った手をそのまま、顔を上げるセンダラ。知ってるわよと言わない顔に、ファナリは察する。
「立ち上げるのは、センダラの意思と選択。ですが、実際に立ち上げを起こした者は、『その場から動けない』です」
「なんですって」
やっぱり知らなかったのか、とファナリは頷く。どこまでも勢いだったのだ。センダラの歪んだ口元に、複雑な感情を見て、ファナリはセンダラに丁寧に、間違いがないよう、教えてあげた。




