2380. アイエラダハッド魔物決戦 ~白い筒と異界の精霊・センダラ悲憤
☆前回までの流れ
キーニティ・スマーラリと名乗った、絵を描くダルナ。彼は子供を探し、中北部にいたフェルルフィヨバルに捕まったことで、シャンガマック親子の元にいた我が子と再会。シャンガマックの提案で一緒に行動することに決まりました。その頃、白い筒は広大な距離を巻き込んで完了。
今回は、筒の後の話から。イーアンがイヌァエル・テレンへ移動した場面から始まります。
〇明日も二回投稿です。どうぞよろしくお願い致します。
連動で発生した二回目の筒を対処し、イーアンはビルガメスとシム、アオファと一緒にイヌァエル・テレンへ戻った。
夜は、サブパメントゥが増えていて・・・心配がないか、というと、以前よりもない。
龍気の関係で、ビルガメスは体に負荷があったようで、イーアンはビルガメスの家に一緒に行き、彼と子供たちが眠る側、自分も長椅子を借りて休んだ。
少し眠っては、浅い眠りで目が覚める繰り返し、ぼんやりと回復していく龍気を感じながら、筒対処直後を思い出す。
アンバリの角・・・ではないけれど(※1783話参照)。彼女と似ている種族が、あの筒の中にいた。
一人ではなく、数十人いて、彼らは筒の内側に入った町村を保護してくれていた。彼ら独特の、建築の魔法で―――
人や里に、龍気爆の影響が行かないようにしたい、と頭を掠めた、実行直前。イーアンは筒の内側に何があるか、急いで調べて理解し、対象物を外す意識で、筒下部に龍気の塊を打ち込んだ。正確には、下から伸びているものに対し、発生元に近い高さに直撃するよう調整し、内側にあるものに届く前で、壁に吸収される速度を心掛けた。
遺跡自体は、筒の真下になく、歪んだ時空が理由なのか。ちょっと離れたところで龍気を吸い込んでいたのも、筒中心を逸れるに助かった。
こうした対処は、魔法でも出来たかもしれないが、如何せん呼応状態で、ビルガメスとシムの龍気も混じる。
男龍二人分の龍気とあの遠距離を一瞬で越える勢いに、下手な邪魔をするわけにいかず、担当した側は自分の配分でやらせてもらうに留めた。
結果から言えば、今回もあれほど大きな連動の筒二つと、遠すぎて視界に入らない距離を埋めた対処は、多分、数十分ほどで終わった。
ビルガメスが言うには、イーアンの龍気の多さと威力が、始祖の龍に近い(※小石付きだから)からだそうだが、ビルガメスも相当なので、イーアンとしては『私たちだったから』と思える、短時間の完了だった。
筒の対応はこうした形で完了したが、続きが大事。
スーッと空に吸い上げられるように筒が消えたすぐ、地面に広がる人里をイーアンは見に行った。
気にしない、と言い切るのはやはり難しくて、どうなったかと下へ降りたら、意外なことに事前対処がされていた。
狙いから逸れるように調整したため、人里が無傷で破壊の跡がないのはホッとしたが、驚いたのは、灯りのなかった里に、一斉に浮かび上がった、暖色の灯り。これは?と刮目した女龍に『龍か』と大声が飛んできた。
夜なので、イーアンは白く発光中。聴こえた方へ顔を向けると、町の外に小柄な人が数十人立ち並んでいた。
私は龍です、と責められる覚悟で答えたイーアンに、小柄な人たちが寄ってきて、イーアンの白い光にやんわり照らされた彼らの姿に、ハッとした。アンバリの角だ、と思わず顔が綻んだ女龍に、小鬼の角を持つ彼らは群がり、しげしげと見上げて『味方なんだろ?』と訊ねた。
意外過ぎて嬉しくて、イーアンは少し涙が浮かぶ。はい、と頷いて少し背を屈め、『私は味方』と微笑んだら、彼らの数人は疑わしそうな目つきだったが、手前の何人かが微笑み返す。
ビルガメスたちに呼ばれるまでの、僅か五分にも満たない間で、彼ら異界の精霊が、残った人間を守ってくれている話を知り、直にその光景を見て、イーアンは感謝し、そして言い訳も一応伝えた。
自分たち龍は、この世界の存在意義によって、どうしても破壊を選ばざるを得ない事情があり、まだこの白い筒の発生は続く、と。狙う相手は、サブパメントゥの一部であり、本当は人を含む他の種族や自然を壊すつもりはないこと。
これを聞いた小鬼は、互いに顔を見合わせて『龍の破壊は、地面の下の魔法まで届いていない』と教えた。
彼らは彼らの魔法で、地下へ里を引っ張り込み、人間を保護しているという。魔物も魔物じみた輩も、今や数の減った人間を、虱潰しに探し出して襲おうとしているが、こうして保護している分には犠牲も少ない。だからずっとそうしている話をしてくれた。
『たまに灯りを地上に出すのは、こうすると魔物が寄ってくる。寄ってくると、他の精霊が片付ける』からで、彼ら異界の精霊が、連携して魔物退治をしているのも知った。
イーアンは心から安堵して感謝し・・・それから、こちらへ来た男龍と『もう一人』を迎え、その場で少し話してから、龍族は空へ上がった。
穏やかで温かい風の吹く、空の夜。
『決戦』を、蚊帳の外から思うような時間に、何となく後ろめたさはあるが、私も回復しなければいけないと自分に言い聞かせ、イーアンは長椅子に体を起こす。
「連携している、他の精霊。まそらでは、と思ったけれど。元気だろうか」
あの場所では、小鬼が灯りをともして誘因する敵は、集まるだけ集まった後、いきなり消滅する話だった。
連携相手を直接知らないような言い方だったが、ダルナが連携話を持って来た日以降、かなり広い範囲が対象でも、現れた魔物は種類を問わず片付けられていた。
もしかすると、まそらやブラフスも、姿が見えないところでずっと応戦してくれているのかもしれない。真面目な彼らが味方に付いてくれることに、イーアンは本当に有難く思う。次の白い筒の発生で、また誰かと会うかもと思うと、『私たちは皆で戦っている』と力強く感じた。
この後。イーアンが夜明けを迎え、ビルガメスに休むようお願いし、再び『決戦』に向かい、次の連動を地上で待つ間。
そこかしこで時間がずれ、数㎞先で日にちも違う、時空の乱れは加速する一方。そして、この状態へ持ち込んだ者が、予想しない行動に移ったことを、イーアンは知らず―――
泣き腫らした顔を白い山脈の風に打たせて、金髪の妖精は先を急いでいた。
*****
時間を少し戻す―――
センダラは、龍族に頼まれたこともあり、自分の攻撃方法を変えることなく、異時空に触れる大型魔法を使い続けていた。
そして、宣言されていた状況は訪れ、龍気の塊の白い光が立ち上がり、彼らが地上と大気を揺すり、地面を蠢くサブパメントゥを潰した。
・・・彼らの攻撃はどれくらい続くのか、それを聞いておこうと、『龍族の相談(※オーリンが来た日)』時に、イーアンへ伝言を頼んだのだが、イーアンから接触はないまま。
白い光の攻撃は、既に二度生じたので、イーアンもいるだろうと見に行った夜、男龍に会った。
『お前が、もう一人の『妖精』か。上出来だ』
大きな男龍の荘厳な声は、降ってくるように感じた。上出来の意味は、『魔物の門があろうが、気にせず動け』とオーリンの伝言どおりにしたからだ、と理解する。
封じ祠や魔物の門を気遣っていたセンダラに、単に楽で好都合な申し出だっただけだが・・・センダラは威圧にも感じる男龍の言葉に頷き、無駄な会話は避けた。
男龍とセンダラは、違いの大きい気の質もあって互いに近づかず、『イーアンに話がある』と伝えた妖精に、男龍は承知し、センダラをイーアンの待つところへ連れて行った。
センダラは、イーアンと喋って『龍族の攻撃は次で終わるかも』と聞き、了解してすぐに離れた。
男龍が、イーアンと違い過ぎて、性に合わない・・・苦手な龍、と潜在意識が嫌がった理由でだが。
この後、それとまた違う、潜在意識が嫌がる苦手な相手に、戻る空中で捉まった。ただ、相手の用は短く、一方的な連絡を聞かされ、センダラが分かったと返事をし、終了。
相手は、過去に生きていた魔導士―――
アレハミィと非常に反りが合わない性格だったのを、センダラは無意識で理解した。相手も距離を縮める気はないようで、『重要』な情報だけ与えてあっさり消えた。
情報は『檻』の使用。
乱れに乱れた時空の混在に、手が打てない場合、『檻』を立ち上げて、残りの敵を捕獲し一掃、とした内容で、檻を使用する示唆は、精霊が直に伝えていた。
魔導士が消えた後。
夜間に出ていたサブパメントゥが、さすがに今夜はいないわねと・・・龍族の仕打ちが齎した威圧というか、威力というか。その影響力を感じながら、ミルトバンを呼び出すに良さそうな森林の奥へ行き、そこで彼を呼んだ。
だが、ミルトバンは出てこない。何度か呼びかけ、嫌な予感がする。もしや自分がいない間に、彼は地上に出たか、と恐れた。
あの龍族の攻撃の巻沿いを食らったのか、別の何かにやられたか。
一つ怖れを思いつくと、芋蔓式に出て止まらない。過ったが最後、大事なミルトバンに何かあったのでは、と焦り出す。
それでも、確認を最後までしようと、センダラは『妖精の護符』を輝く魔法陣の形で出し、ミルトバンにいつも持たせている布を探した。万が一、種族の異なるミルトバン自体を見つけられなくても、妖精の布は反応する。
どこだ、どこだと、焦る気持ちを抱えた妖精は、大きく指を開いた両手で、魔法陣が模る護符から、布の在り処を手繰った結果―――
布は、龍族の白い光と反対方向に。場所は南、山脈の西で、なぜそんな場所にあるのか見当がつかない。
ミルトバンがそこにいるのか、それとも布だけなのか・・・考えるのも束の間、体は動く。センダラは急いで布の示した方角へ移動し、自分と目的地の間を邪魔する、無数に生じた時空の歪みを全て壊し、ミルトバンの気配を掴む。
しかしここでも、彼はおらず、気配だけは濃く残る。降りた場所は南西の荒野で、植物の疎らな―― 日中は影のない ――地域。盲目の目は、見えないものを感じ取り、いつミルトバンはこんな不利な場所へ来たのかと、不安に押しつぶされそうな心を抱える。
ミルトバン!と何度も名を呼び、彼の気配に集中するのに、彼からの返答はない。近くにいそうなミルトバンが、一向に姿を現さない。どうして、どこなの、出ておいでと、蝕む恐れを振り切るように声を張り上げる。
『ミルトバン!』
気配が一番強い地面に立って、センダラが叫んだ何十回目か。ぐらっと足元が揺れ、サッと飛び退いたそこに精霊の気が満ちた。穏やかな弱い気で、センダラが触れたら消えてしまいそう。だが、ミルトバンを知っているのかと急ぐセンダラは、すぐにまた降りて、精霊の気を感じる地面に呼び掛けた。
『ミルトバン、私よ。どうしたの。何かに捕まっ』
『センダラ。ミルトバンは守りました』
『・・・誰。守った、ってどういう』
揺れた地面は割れており、そこに一抱えほどの岩がぽこっと突出している。精霊が話しているのは解ったが、センダラは岩に何気なく触れ、ミルトバンをどう守ったのか、誰なのかと聞こうとして止まった。岩から、ミルトバンを感じる・・・・・まさか、と悲鳴を上げかけた妖精に、精霊の声が重なった。
ミルトバンは、地下の国から出たところを、他のサブパメントゥに襲われ、逃げ続けて地上へ出た時、影のないこの場所で、彼は自分が貰った妖精の面を使った。
そしてミルトバンは精霊の面に頼ったことで、岩に身を変え守られている・・・と聞き、センダラは発狂しかけた。
早く戻して!と怒鳴っても、脅しても、精霊は『ミルトバンがこの大地を離れる日まで』それは出来ないと断られた。喚いて怒ったセンダラは、怒りと悲しさで涙もバラバラ落ちるが、『ミルトバンが戻るには、アイエラダハッドで魔物を終わらせること』と改めて言い直され、取り乱した心をどうにか抑えつけた。
つまり、決戦が終わると、ミルトバンが出ても安全、とした上で岩の状態を解かれる。そうか?と確認した妖精に、精霊の答えが『そうなる』と戻り、息の荒いセンダラは冷静さを取り戻す。
ミルトバンの受け取った面。土と石の精霊は、名を『ィヤルホグステン』と言い、アイエラダハッドに於いて守る・・・そう神殿で聞いたことを、思い出した。
大きく息を吸い、思いっきり吐き出し、項垂れた頭をぐっと天に向け、センダラの意志が固まる。
即行、終わらせる――― あとちょっと、じゃない。もう決戦には入ったのだ。今までのやり方ではなく、一網打尽で一気に数を捕らえて倒せば、すぐ・・・ ミルトバンに会えるのはすぐだ。
『待ってて。すぐ片付けるわ』
センダラの挨拶は、土から少し出ている岩に。岩は何も返さないが、精霊は再び岩を地中へ沈めて戻した―――
そして。 センダラは今、西寄りの南山脈にいる。
魔導士が話していた『檻』を呼び出す魔法を使うため、妖精の国に一旦戻り調べると、『鍵を渡す者』がいると知った。
鍵の管理者がいる・・・各国のどこであっても、妖精の檻を出す際には、魔法ではなく、鍵を渡す管理者と会う。居場所は『アイエラダハッドでは、南西の山脈』と古い地図に記されていた。
魔法で写した地図の道しるべを掲げると、道しるべは盲目の妖精に、鈴の音を聞かせて導く。
探すと言えど、センダラくらいの力の持ち主であれば、道順も手引きも揃っていて、時間などかからないも同然。なぜ管理者が要るのか。そんなことは、センダラにどうでも良かった。
妖精の檻を使うことも、深い意味はない。手っ取り早いし、龍族の攻撃はもうすぐ終わると言っていたのだから、続け様に檻を立ち上げるのが、自分であっても問題はない、と考えた。
ミルトバンを岩から出す、それだけが彼女の目的で―――
妖精は、鈴の音が鳴る後を追う。異時空の切れ目は、センダラに当たる前に、薄ガラスのように砕けて消え、飛ぶ魔物はセンダラの腕一振りで、蒸発した。
飛びながら、鈴を頼りに古い地図の印へ向かう妖精は、そうしてどれくらい経った後か。ふと、風に草の香りを嗅ぎ、続けて樹木の花にある強い芳香を感じた。
山脈は白く、雪と岩しかないが、間違いなく植物の生命力漲る香り。鈴の音はその先で止まり、空中に浮かんだままセンダラも止まる。
下方から吹く、温かな風が手足や顔を撫でる・・・センダラは真下に顔を向け、閉じた瞼の奥で、頂にあいた火口を知り、まるで春のようなそこへ降りた。
お読み頂き有難うございます。
明日も二回投稿です。時間は未定です。どうぞよろしくお願い致します。




