2378. アイエラダハッド魔物決戦 ~連動二回目と影響・①子供ダルナと獅子
☆前回までの流れ
魔導士はミレイオの危険を知り、それをコルステインに報告。魔導士の心配はラファルもあり、立ち回り的には攻撃参戦は補助で、重要人物保護が仕事。他は連絡の橋渡しで、続いて獅子たちにも『檻』を伝えに行きました。コルステインは今回表に立たず、反逆の徒の邪魔に徹します。そして、連動の二回目が始まり、製造院から出たイーアンが対処へ。
今回は、白い筒の話から始まります。
〇明日も一日二回投稿です。どうぞよろしくお願いいたします。
空に伸びる真っ直ぐな白い光線。側へ行くにつれ、非常に広範囲を囲むと分かる。はっきりと判らないが、道が側にある平野続き、多分、町や村があるだろう。
「富士山から見て・・・富士五湖と富士宮と御殿場くらいまで入る直径、の印象」
イーアンの登山体験が脳裏に過る。直系で20㎞くらいでは、と白い筒の広がりを前に不安が出て来た。この一つを空に帰すのではなく、もう一つ出てくるのを待って、二つを一緒に帰すには、どのくらいの龍気が要るだろうか。
そして、龍気の影響が人里や人間に出たら。これを気にしないでおこうと決めたにも関わらず(※2358話最後参照)、反面、人がここに居ないでほしいと、やはり思う・・・・・
止まった数分後に、『イーアンはどこにいる』と声が聞こえた。
ビルガメスだと気づいて、自分は今は白い筒のすぐ側です、と応答する。するとビルガメスは、うんと離れた山脈手前で、シムと待機する様子。一度こちらにも来た後で、もうすぐ二本目の筒が、シムによって引っ張り上げられる。
『お前が近づくのが分かったから、俺とシムはこっちに来た。アオファもいる』
『分かりました。その、二つめの筒は山脈手前と言いますけれど、どの辺でしょうか』
全然、感じ取れない上に、見えない。前にする巨大な筒の淡い明るさもあり、遠方に立ち上がっても、可視で確認できるか分かりにくい。
ビルガメスはイーアンの質問を軽く往なし、『そこから見えなくても気にするな。俺の合図を待て』としか答えてくれなかった。
―――イル・シドの時は、発生する筒の下部、地面に向けて龍気を集中して注ぎ、龍気が濛々と筒を包むくらいまで持って行った一時間、筒は静かに消えた(※1076話最後参照)。
伴侶たちは筒が消えて飛び出たが、中にいたショレイヤ他は龍気を遣っておらず、外でイーアンを手伝った、ミンティン、ガルホブラフ、バーハラーが倒れた。あれは、イーアンの龍気がまだまだ・・・龍に頼らざるを得ない低さだったためだが。
ぐっと握った小石を、イーアンはちらっと見る。これで・・・足りると思うんだけれど。
今回は二つの筒の間隔がどれだけ開いているのか、ピンとも来ない。龍気をどれくらい使い、どれくらい大地に影響するか。残党サブパメントゥをごっそり倒す目的と・・・目前にして、良心の痛む、破壊の爪痕予測。
『イーアン、龍気を高めろ』
その時、ビルガメスの声が届く。ハッと顔を上げたイーアンは、目では決して見えない遠方で、龍気の筒が立ち上がったのを感じた。
『終わったら、お前を連れて戻る。いいな』
『あの・・・はい』
『呼応を始めろ。俺が来た理由は、お前にも飛ばすため』
この一言でふと気づいた、ビルガメスが下りた理由。彼も、龍王云々の日以降、物質置換を使えるようになっている。タムズを休ませて、ビルガメスがシムと私に、何倍にも詰め込んだ龍気爆を作らせる気だと理解した。
『ビルガメス、タムズじゃないのに、そんなことをしたら大丈夫なのでしょうか』
『うん?寿命の心配か。まぁ、アオファもシムもいるし、お前も俺だけに頼らない。終わればお前を連れて戻るだけだ』
どこまで冗談なのか。久しぶりに寿命の一言を聞き、イーアンは胸が痛んだ。技に無理と負担がないか?と訊ねたつもりが、寿命を削ると受け取られたとして、もっと気になる。
無理は言えないので、分かりました、と答え、イーアンは呼応を始めた。
遠くから戻ってくるとは思えない速度で、龍気が跳ね返るのを感じながら、自分自身の龍気も小石を辿って空からぐんぐん引き寄せて高めてゆく。
私に気を遣ってくれている、ビルガメス。申し訳なく思いながら、ビルガメスに負担が増えないよう、イーアンは目一杯龍気を掻き集めて応じることにした。
「私の龍気。この筒の中に、人里と人間がいるとして、加減は・・・あ。そうだ。探そう!イル・シドの時も探して、地面周辺を飛び回ったんだわ」
加減をどうしようかとちょっと気にしたすぐ、思い出す。発生元の遺跡に思いきり近く龍気を注げば、先に吸い込むわけで、周辺に散るより早く吸収される。
あれ以来、人里を囲む場所をイーアンが対処したことはなかったので、対処=急ぐ印象が強い。
そうだ、そうだ、と思い出したイーアンは龍気を膨張させ続け、地上付近へ滑空し・・・慌てて上昇する。
「今の。今の、サブパメントゥだ。どうして龍気がこんなにあるのに出てきているの?」
そのまま消してしまえばいいのだが、近づきすぎて逃げられては行けないと、人間感覚で上へ戻ったイーアンは、どうしてなぜ、の疑問に目を丸くする。
間違いなく、古代サブパメントゥ系・・・もしかして、この中に仲間がいるのだろうか?
でもそれなら、とっくに倒れている。静かな二重仕立ての筒は密度が高いのだから、中にいればサブパメントゥは持たない。
もう一度下に顔を向け、暗さで見えない下方に考える。龍気も呼応も高め続けるが、『なぜ』の疑問が地上を凝視する。
『準備は整った。イーアン、いいぞ』
そこへ、合図。はいと了解し、イーアンは地上より少し上くらいまで高度を下げ、腹を決めて―――
一気に加速し、高速で筒の周囲を飛び回る。サブパメントゥに気を取られている場合ではない。これで逃げるなら、そいつは後で仕留めるとして。
直径20㎞ほど、と最初に感じた白い筒の外周を、真っ白な光が高速で回り、光の玉は目当てを見つけて頷く。
目当ての感触をしっかり把握したイーアンは、パンパンに詰め込んだ龍気を筒越し、男龍の待機する山脈に向けて放った。
*****
龍が制裁を加えているのかと解釈した獅子は、北上を選んだ。
サブパメントゥであることに変わりない自分。あの筒が見えない距離にいながら、ビシビシと感じる強い龍気は避けておくのが無難。引きずり込まれる気はない。
エサイ―― 狼歩面 ――は、別種に影響を受けない万能だそうだが、過信しないに越したことはない。息子が呼んだダルナは、あっという間に集まり、今も勝手に・・・見上げる空の向こうにはダルナ数頭の影と、地上に息子の使う魔法陣の色彩が引っ切り無しで、魔物じみた相手を倒し続けている。
「俺は、傍観ってところだな」
一緒に行こうとしたのを、息子に断られた。自分一人で目一杯、暴れる気持ちをぶつけていないと気が変になりそうだ、とかそうした理由だった。
息子は人情に厚く、優しく、仲間を思いやる。ザッカリアが殺され、ミレイオも続いて同じ目に遭ったと知った瞬間、吼えた。出してくれとファニバスクワンに掴みかかる勢いで、彼を避けた精霊は条件を忠告してから、俺たちを出したわけで・・・・・
「まぁな。俺だって。お前がそんな目に遭ったら、のべつ幕無し、目に映る相手全てを殺すだろう。俺にとってのミレイオの死は・・・腹が立たないわけでもないが。ふむ・・・嫌なもんだって感覚は、バニザット、お前と同じかもな」
呵責が大きく占める獅子の心に、ミレイオに死を齎した輩を、怒る理由が見つからない。
だがそれは理屈であり、理屈抜きの感情は、自分にこれまで感じたことのない、奇妙な苛立ちだった。バニザットの方がずっと大切なのだが、ミレイオには罪の呵責と後悔が押し寄せる。それは自分に非があることを、嫌でも認めざるを得ない感覚。
「ミレイオ。生きてろよ」
無事を。 祈っているのか。願っているのか。自分でも分からない気持ち。獅子は、何とも言えない息苦しさに、小さく息を吐いた。
そのまま、少しの間。ぼうっと息子の戦う様子や、ダルナが空から攻撃し続ける光景を眺めていたが、夜は深くなり、息子が止まらない勢いに、そろそろ行くかと立ち上がった丁度、同じ頃合いで、向こうの空から一頭のダルナが戻ってきた。
これは一番小さなダルナで、戻ってきた姿からは、せいぜい大きめの鳥にしか見えない。
―――アイエラダハッドで最初の頃、バニザットが説得して回った時に紛れていた(※獅子目線→紛れた子供)。
まだ小さく、見るからに子供の顔つき。初めに話した時はよく解っていなさそうで、頭の悪いダルナだと思ったら、単純に幼かったという(※失礼)。
バニザットが気付いて、丁寧に親切に事情を説くと、話を聞き、バニザットの言うことを聞くに至る―――
「どうした」
「疲れた」
戻った理由が疲れたからで、獅子は無言。俺が休んでいると思ったのか、と気づくと気分は良くないが、自分も休もうとして戻った子供のダルナは、獅子の近くまで来て地面に降りるなり、トコトコ歩き出す。
「歩くんだな。ダルナでも」
「歩ける。飛ぶの魔法使う」
ああ、と頷くが、歩くダルナをまず見ないので、横を歩く小さいのは意外な一面を見せている。飛ぶと魔法を使う・・・イーアンがダルナと似たり寄ったりの魔法を使う、あの話を少し思い出したところで、小さいのが(←ダルナ)獅子に、シャンガマックの様子を伝える。
今まではだいじょうぶだったが、自分がいないと、シャンガマックは少し攻撃に当たるかも知れない、と話す子供ダルナに、鼻で笑った獅子は『お前が必要だと?』と言い返した。馬鹿々々しすぎて、怒る気にもなれない発言。
「お前なんかに助けてもらうほど、バニザットは弱いと思ってるのか」
「助けないけど、一緒にいないと攻撃される」
「何をバカ言って・・・待て。お前、何が出来るんだった?」
ふと、獅子はこの小さいのの能力を知らなかったことを思い出し、『ない』とは思うが、バニザットの利になるような、何か援護していたのかを確認した。暗闇の向こう、派手な精霊の魔法が光る方を、碧の瞳はちらっと見て、何も変わっていないように思うのだが。
小さいダルナは歩く足を止め、獅子を見上げる。見下ろす獅子に怖がることはない。じっと見上げて頷いた。
話せ、と促す獅子に、子供ダルナは教えた。それは、基礎で備わる魔法『飛ぶ』魔法以外は使えないこと。その代わり――
「なんだと?お前は攻撃されても」
「平気。子供だから」
「・・・いや、お前の言ったことは矛盾している。お前は、遺跡の絵に閉じ込められていたのを、解放されて表へ出たはずだ。閉じ込められたくせに」
「閉じ込められてないもの」
「何だと?」
「番してた」
数秒の沈黙。遠くの草原は、黒い山脈の影を背負って、魔物と混ざり物が出続けて埋める。遠くで唸る声を聞きながら、獅子はこの子供ダルナに経緯を聞いた。
ダルナの子もよく解っていはいなかったが、別のダルナの番人をしていたらしく、長い歳月を元々いる精霊たちに世話してもらい、過ごした様子。
時が来て、番人のはずが、なぜか封じられたダルナより先に自由になった。自分が番をしていたダルナが何者かも知らず、訪れた狼男に『行け』と解放されて、そこから一人旅立った。
『子供は、飛ぶ以外の魔法は使えない』とこのダルナの子は言うが、他の子どもを知らないようで、恐らく自分のことだけを話していると、ヨーマイテスは理解した。こいつは飛べる。だから飛行中に、方舟に乗るバニザットと俺に出会った。
ただ、何が出来るかと言う話には、その時ならなかった。今初めて聞いたが、何にもできない(※正直)。
何にもできない引き換えに、何に攻撃されても傷を負わない。『一緒にいないことで、バニザットが攻撃される』と言った理由は、バニザットのすぐ近くにいたことで、彼に四方八方から襲い掛かる攻撃の全てを弾いていたことだった。
そんなことできるのか?と獅子は信じられないが、信じていない獅子を見上げるダルナの子は、自分を嚙んでみろと頭をちょっと傾ける。角がたくさんあるので、こいつを噛む気になれないと思う獅子は、爪で子供の頭を強く押してみた。つもりが。
「う。ぬ」
「攻撃できない」
押したはずが、触れていない。爪が食い込んだ感覚は、言ってみれば結界の状態で、子供の頭に鋭い爪は、触ってもいなかった。こういうことだとばかり、見つめる水色と赤の目に、獅子も小さく頷いた。壁画に閉じ込められなかったこいつは・・・待てよ、始祖の龍に何を言われたんだと、ヨーマイテスに次なる疑問が湧いた時。
「ヨーマイテス!」
「なんだ」
バニザットの声が響き、さっとそちらを見ると、彼がダルナの背中に乗って戻ってきた。他のダルナはまだ戦っていたが、彼を慕うフェルルフィヨバルが乗せており、その後ろにもう一頭いる。
「終わったか」
終わってなさそうな背後をちょっと見て、獅子が尋ねると、真上まで来た騎士は、ひょいとダルナの背を飛び降りて、草原に着地するなり上を指差した。
「いや。もう少しだが。その前に、彼を」
「誰だ」
「こんな所に・・・!」
誰だと聞いた獅子に被さる、後ろのダルナの声。フェルルフィヨバルの横に並んだ、金属色の変わったダルナはすぐに降りて、小さなダルナの前に手足をついた。
大きな相手を見つめる子供は、暫くぽかんとしていたが、相手はその顔も姿もまじまじと、頭の先から尾の先まで、しっかりと見てから大きな手を伸ばした。水色の瞳に揺れる炎のような赤が、穏やかに光る。
「俺の子よ。お前の親だ。分かるか」




