2374. アイエラダハッド魔物決戦 ~残存の知恵②ヴァレンバル公・『製造院』
☆前回までの流れ
川を南下中で襲われた船は、ダルナ・トゥの援護で立て直し、当初の目的地ヒューネリンガの町へ移動。そこでゴルダーズ公の仕事仲間だった大貴族・ヴァレンバル公に、タンクラッドたちは会いました。この人物が『違法動力・知恵』に関わると感じたタンクラッドでしたが。
今回は、波止場の騒ぎから始まります。
〇明日も一日二回投稿です。時間が未定で申し訳ありません。何度か確認して投稿するため、ちょっと時間を使います。どうぞよろしくお願いいたします。
「イーアン?」
「こんな所にいましたか。良かった!」
イーアンは龍気をほとんど感じさせず、船とタンクラッドたちを探してここまで来たようで、サーっと波止場に降りる。
驚いて走って逃げる作業員に大声で『私は龍です、大丈夫!』といつもの調子で告げると、二人の元へ駆け寄った。
「おい、白い筒は?大丈夫かよ」
側に来た女龍の両肩を掴んで、オーリンが急いで聞く。戻ったイーアンが何かの前触れ、マズいのかと顔に出ている弓職人に、イーアンは急いで首を横に振る。
「もう『一度目』は対処しました。次はもうじきですが、その前に、ミレ」
言い終わる前、背を屈めたタンクラッドが『どうした』と女龍の顔に触れ、イーアンは黙る。
少し前まで放心していた女龍は、元気になったようだが、龍気が全く感じられない。何があったんだと、却って不安を煽る。
「イーアン、お前。龍気がないんじゃないのか。ザッカリアのことは」
「ザッカリアは?生き返るとオーリンは言ったけれど、彼はもうどこかにいますか?それと」
矢継ぎ早の、忙しなく噛み合わない会話。イーアンは僅かな時間しかないので、早くミレイオの情報を知りたい。
余談ではあるが、この時イーアンは『フォラヴの危機』を知らない。
連絡珠を通して、ドルドレンと治癒場のやり取りをしたのはタムズで、『治癒場の在り処』を尋ねられたものの、事情については、タムズの気遣いで伝えられていなかった。
片や、タンクラッドたちは、イーアンたち龍族の動きや、船以外の戦況を知りたい。そして、ここに余計な―― この時はそう思えた ――素っ頓狂な声が挟まる。
「龍ですって?あなたが空神の龍ですか?」
*****
この後、ややこしさが増して、数分ほどヴァレンバル公に押し切られた。それどころではないイーアンは、遮ろうとしたが、タンクラッドが『動力元を』と耳打ちし、焦る気持ちを我慢した。『動力』については、ゴルダーズ公とミレイオから当たり障りない言い方で聞いていた。
こうしたことで、自分たちの都合を後回しにされ、『大切なので』と含む物言いの貴族に、一時間ほど付き合う羽目になる。
「では、馬車で付いて来て下さい。船はもう出さないので、館でお話を伺うのが妥当でしょう」
魔物退治が決戦の火蓋を切ったというのに、貴族のこの現実味のなさ。イーアンたちは苛立つが、『知恵の還元』後の『動力の秘密』は等閑に出来ない。情報を繋ぎ、現状維持している何者かを止めないと、不穏の未来も現実になる気がして、渋々、貴族の馬車の後ろに続いた。
「彼の家はすぐそこ、と言っていたか。ゴルダーズの従者が、食糧馬車に乗ってくれているが、ヴァレンバルの館に着いたら、彼は船に一旦戻る。船の積み荷やら何やら、ヴァレンバルの管理する、ゴルダーズ公の会社へ持ち込むらしい」
タンクラッドは横に乗るイーアンに話すが、イーアンは繰り返し頷いているだけで、どうでもいい様子。決戦中と思えば、仕方ない。
イーアンは『ミレイオのこと』を聞こうとして来たが、こちらもヤロペウク待ちで、船を襲撃され、ヒューネリンガへ来た状態では言えることもない。
それを知ったイーアンは、すぐにでも戻りたかった。
ミレイオはダルナが探してくれていて、分かっているのは『生きているようだが不明』。そして次の白い筒発生はすぐで、自分は空へ戻らないといけない・・・・・
心ここに非ずのイーアンは、そわそわしっぱなし。
ちらちら空を見ては『早く(※馬車到着)』と焦りが口を衝いて出る。
タンクラッドも気の毒に思うが、『動力』=『イーアンの世界の知恵に似ている』以上、ヴァレンバルの口から、関係する情報が飛び出た時は、絶対にイーアンがいた方がいい。
女龍を宥めながら、壊れた通りをジグザクに曲がり、小高い丘の見えるところまで来た。丘は川を臨む位置にあり、貴族の大きな館が建っている。
丘向こうでは、魔物が出ているのか、気配も感じるし、町民が戦っているような声も風で聞こえる。こんな状況で貴族の館に行くのかと、イーアンは頭を振る。
「私、やっぱり後で」
「ミレイオの預かった黒い・・・知ってるか」
「え、はい?」
女龍がミレイオと接触した日に、まだミレイオが黒い鞄を受け取っていなかったのを思い出し、そこを確認するタンクラッド。思ったとおりで、イーアンはきょとんとして『何のことです』と眉を寄せた。
「ミレイオの事件には、直接関係ないと思うが。別件だと思ってくれ」
「何があったのですか」
急かすイーアンの声は大きく、タンクラッドは彼女に連絡珠を持つように言い、イーアンは、すぐさま連絡珠を出す。
他に誰がいるわけでもない、荒れた丘へ上がる道を進む馬車で。御者台に並んでいるとしても・・・タンクラッドは警戒し、片手で手綱を取りながら、連絡珠を通し『ゴルダーズからミレイオに託された品』の説明をした。
渡した直後に、ゴルダーズは船と共に川に沈み、その夜に放火犯が入り、ミレイオと自分で追い詰め、相手は何かの手によって消えてしまったことまで。一部始終を聞く女龍の表情は硬く、タンクラッドは少し彼女の様子を見ながら、『物証の焦げた器』のことも教える。
品はここにある、と腰に下がる袋の一つを叩いたが、御者台で出すのは控えた。
イーアンは、動力といい、焦げた物体といい、タンクラッドが自分を、今連れて行きたいと粘る意味を理解する。
その黒い鞄と、放火犯からミレイオが剥ぎ取った『脱皮後の皮』じみた代物は、荷台に・・・と話すと、ずっと進行方向を前を見ていたイーアンが、悲しそうに剣職人に顔を向けた。
『私は、船が一つしかないことを、さっきまで気づいておらず』
『無理もないだろう。お前は抱えるものと役割が大きい。船が二つ揃っていた時に、お前がどれくらい滞在しているか分からんが、ザッカリアの唐突な死も、龍族の制裁も、比べ物にならんほど大きな出来事だ』
『・・・私は。たくさんの人を殺しました。ダルナや異界の精霊も、人間も魔物も、サブパメントゥも。
助けきれなくて殺すしかなかった人間たちは、私の浅はかさの引き起こした結末であり、赦せずに消した人間たちは龍の愛としてでした。だけど理由が何であれ』
項垂れたイーアンは懺悔のように、急に打ち明ける。
タンクラッドは彼女の肩に腕を回して抱き寄せ、仕方ない立場だと、静かに諭す。肩を落とすイーアンは近づく貴族の館に視線を向けた。
『この上、動力として遺された、世に裁かれたはずの知恵が、人々を殺すのまで、私は見過ごすわけに行かないです。決戦は始まったと感じるけれど』
『話を手短に聞いてみよう。あの貴族も保身の都合でこっちに託すかもしれんぞ。俺が話す』
タンクラッドには、思うところありなのか。彼の直感の鋭さ、何度もイーアンはそれに助けられ、導かれてきた。力強い親方の言葉に頷いたところで、馬車は壊れた庭園の脇を抜け、館の横手にある馬房へ入った。
*****
魔物に襲われたと話しながら、廊下を歩くヴァレンバル公は、執事や召使いも殺されたことや、避難場所へ行った者もいることを教えた。
何度かの襲撃が町を壊し、今も町の外で隊商軍が応戦しているが、いつまで持つか分からない・・・貴族は話を切り、廊下の突き当たりで扉を開けたままの部屋へ、客人を振り返り、先を譲る。座ってと軽く頼み、彼らが長椅子に収まるのを見てから、扉を閉める。
イーアンとオーリンとタンクラッドの三人しかいない、旅の仲間。従者は馬車を運んだ時点で、ヴァレンバル公の召使いの一人と、とんぼ返りで港へ戻った。
側にある一人掛けの椅子に、自分も座った貴族は、改めて三人の姿に目を走らせる。
異質な女は、どことなく人間のような親しみがあるが、情に訴えて判断を緩めてくれるようには感じなかった。
大柄な目付きの鋭い男も、思いがけない質問をしそうな印象で、ヴァレンバルは彼も警戒する。
唯一、普通の男に見える、黄色い瞳の男には安心する。
空神の龍を仲間にしたハイザンジェルの派遣を乗せた船を出す、とは聞いていた。ゴルダーズから、彼らが向かう先を手配してほしいとも書簡にあったが。
「人数と、乗船された他のお方が、合わないようなのですが」
ヴァレンバルも『事故』は知っているので、一応の確認。鳥文では、龍の乗船はなかった。龍が来たと言うことは、もしや咎めの時かと、それが先ほどから心配でならず、早めに事情を理解してもらおうと気が急く。
人数と面子情報が違う、と言われ、イーアンはタンクラッドを見る。タンクラッドも途中からなので、オーリンが引き受ける。そのくらい察してるだろと、嫌そうにぼやきながら貴族に顔を向けた。
彼の不遜な態度は、ヴァレンバルの気に障るが、彼らの仲間も死者を出したのか・・・そう思って、オーリンの失礼を指摘せず、『一応の確認です』と、これを流した。
口の聞き方や礼儀がなっていない相手に、どこまで話が通じるか。
しかし、動力の全責任を自分一人で、この場に於いて担いかねない以上は、気を引き締めて、理路整然と話をしなければならない。ヴァレンバルの緊急。
「単刀直入に聞くがな」
オーリンの返答の後、数秒の沈黙を挟んで、タンクラッドが徐に切り出す。
冷静にしようと、顔の下半分を無意識に手で隠していた貴族は、その手を落ちつかな気に動かしながら、背の高い男を見て『お名前を伺っても』と先に返す。
自分は自己紹介をしたが、そちらの名を知らないと言うと、彼らは時間を省くように次々に名前を教えた。乗船名簿にあったのは、オーリン・マスガムハインだけで、タンクラッド・ジョズリンと、イーアンは事故以降と解釈する。
話を切り出した男はタンクラッドと名乗り、話を再開するや否や、こちらの胸の内に食い込む。隙も与えず、時間惜しさか。
「動力についてだ。あれは誰が造った?」
*****
ヴァレンバル公は、話の後に港へ向かい、町の中にある会社へ荷物を運びこむ、ゴルダーズ公の従者を見つけると、彼に白い鱗を一枚手渡した。
これは、と目を丸くする従者に、人目を避ける死角へ連れ、囁き声で結果を伝える。
「ゴルダーズも、私も、そして最後に関わった君も、あれからは手が離れたよ」
片手に乗せた白い大きな鱗と、貴族の神妙な顔を交互に見た従者は、信じられなさそうに瞬きする。
日暮れの光が雲間から差す、会社の一画で、ヴァレンバルは窓の外の空と、焼ける煙が幾本も立つ、町の光景を見つめた。
「任せたんだ。私たちはもう・・・いや、君は立場上、本当は関係ないのだけど。貴族の時代が終わった今、あれを保有していたことを、どこから非難されるかと不安で死ぬか、魔物に殺されるか。どちらも私は嫌だ。君の主の死は勇敢だったが、彼もまた、今日の私のように、意を決して挑んだのだろう」
「ヴァレンバル様は、まさか」
「私からの譲歩は、ほとんどせずに終わったようなものだが、生きた心地はしなかった。『西の宝鈴の塔事件』も、記憶にこびりついていたし」
青ざめ疲れた表情の貴族は、従者に渡した鱗に視線を落とし、手の平に乗せたままの彼の片手を、自分の手でゆっくりと包み込み、鱗を握らせる。
「あとは、『生き残れ』と。龍がこれをくれた」
声も出ない驚きで凝視する従者に、少しだけ微笑み、ヴァレンバルはもう一つ付け足す。
「とはいえ。タンクラッドとオーリンは、我が屋敷に馬車がある以上は、屋敷を拠点にしてくれるようだ。話が終わったらすぐ、魔物退治に出掛けてしまったが、彼らが屋敷に戻ってくる以上、少しは魔物からも守ってもらえるはずだよ。
白い鱗の他にも、青紫の花びらのような鱗(※アオファの鱗)を分けてもらった。これから、町に配る」
ヴァレンバル公はそう言って、従者の仕事半ばで引き揚げさせると、一緒に町の避難所と隊商軍に向かった。
*****
イーアンはタンクラッドたちと分かれた後、火急の用『製造院』へ飛ぶ。
龍気を温存する方法は、タムズに物質置換の応用を教えてもらって、龍気放出を防いでいる―― タンクラッドが『龍気がない』と心配した ――状態。だけど精気にも関わる使い方、と指摘されたのは鈍い自分だけに意識する。少しでもイヌァエル・テレンへ帰らねばならないのに、またこんな・・・放っておくことの出来ない事態に悩むが。
「あった。意外と近くて良かった」
目的地を発見する。言われたとおり、地図で見せてもらった場所の、特徴を揃えたその場所――― 女龍は、片腕に黒い鞄をしっかり抱いて、森と渓谷が包む、大きな僧院跡へ降りた。
イーアンが降り立ったのは、上空からそう遠くない海を臨む、山脈端。陸路なら海はずっと先だが、『川がある』この場所。間違いなく、ここから海・・・隣国ティヤーへ―――
「あなたは誰です」
遠くティヤーに続く川の上流、朽ちかけた古い僧院の回廊で。ティヤーへの運輸を想像したイーアンは、声をかけられて振り返る。
一日も終わる時刻、曖昧な明度の夕暮れの、雲から差し込む茜色に、僧服の人物が照らされていた。
「私は、龍です。ゴルダーズ公とヴァレンバル公の頼みで、ここへ来ました」
無表情のイーアンが、振り向いたままそう言う。僧服の人物もまた、何をか予感したのか。慌てることなく会釈すると、深く被ったフードを背に下げ、『こちらへ』と手振りで中を示した。
お読み頂き有難うございます。
決戦とは言うものの、激しさと勢いに欠けます今回。長期戦、というにもちょっと違いまして・・・あんまり言い訳するといけませんが、とにかく長くなります。重視する場面が戦闘ではないことも多いです。それに、一話が5000文字を越えてしまうので、どうぞ、お時間のあるときに読んでやって下さい。
明日も二話投稿です。時間未定。どうぞよろしくお願いいたします。




