2373. アイエラダハッド魔物決戦 ~残存の知恵①ヒューネリンガ港
※6000文字ちょっとありますので、お時間のある時に読んで頂けたらと思います。
○今日は二回目の投稿があります。時間は未定です。どうぞよろしくお願い致します。
現れたトゥは、船を移動させた。
川はまだ荒れているが、川下へ数kmほど船を運んだため、魔物はすぐに反応しない。
甲板に立つタンクラッドは、真横にいるトゥに『すまん』と謝り、トゥの二つの頭が主に寄る。ぐっと睨みつけた、独特の色の瞳二対。
「俺が『一緒に』と言った意味は、この程度の厄介ですまないからだぞ」
「分かった」
「お前は解っていない。因縁の連中が、そこら中にいる。ここからはお前の命令も、俺が判断する」
やけに強気な従う姿勢で、結局、命令でも何でもないと理解するタンクラッドだが、トゥに救われたのは恩に着る。頷いた剣職人に鼻を鳴らし、トゥは、また船に攻撃をし出した波を一瞥した。
だが、トゥが船を持ち上げる前に、急に川はべしゃっと凹む。生き物のような川は、凹んだ後に異臭を漂わせ、トゥが風を起こして異臭を吹き飛ばした続き、川下からガルホブラフが来る。
「オーリン」
タンクラッドが名を呼ぶと、龍の乗り手も『終わった』と大声で返した。船の近くにいるダルナに警戒はするが、オーリンは甲板に降りて、嫌そうなガルホブラフを空へ帰し、それから進行方向を見て『あっちにいたよ』と報告。
「探すのに手間取った。魔物だが、古代種と混ざっていたみたいだ」
「古代種?川の魔物が」
「そう。それも、邪念の成れの果て、って感じだ。サブパメントゥの絵の石があったから、そこでじゃないの」
「サブパメントゥ・・・か。その石はどうなった」
「ガルホブラフが吼えたから割れたんだ。で、魔物の本体は、魚みたいな形の泥の塊。倒したらすぐ終わったが、探しにくい奴だったね」
オーリンは一気に説明し、少し黙る。それから甲板に倒れた船員・・・無残に殺された血まみれの姿に視線を止める。タンクラッドもその視線を追い、溜息を吐いた。
「守り切れなかった」
「全員じゃないだろ・・・苦戦したか」
殺された船員は4人で、負傷者は一人だった。命拾いした他の船員は、今になって意識が戻り、倒れた体を起こすと同時、死体になった仲間を見つけ、泣いたり悔しがっている。
剣職人は遣り切れなさそうに、オーリンに何があったかを話した。オーリンも、船員と剣職人を交互に見て頷く。
「三方向からの攻撃で、質が違うとなれば、どうにも出来ないこともある」
自分たちも、ザッカリアとミレイオを見えない場所で失ったばかり。オーリンは理解を示し、タンクラッドの腕を撫でた。タンクラッドは額に手をやり『歌に意識が連れられた』と苦戦のきっかけを教えておく。
「鳥みたいなやつだった。異界の精霊だと思うが、時の剣の性質を見抜くんだ。苦戦は」
「タンクラッド、そのために俺がいる」
遮ったダルナは、タンクラッドの非を認めない。自分を呼ばないからだと注意し叱ったが、それはそれ。
タンクラッドの手に負える状況ではない、と言葉少なく諭す。守るものがなければ、幾らでも応戦できるとして、自分以外を守る状態で苦戦するのはよくある、と銀色の双頭は教え、タンクラッドは小さく息を吐く。
オーリンはもう一つ、気になる。『ここまで、早くないか』結構進んでるよな、と船の場所を指摘する。タンクラッドはこれも、トゥが移動してくれたからだと言い、オーリンはダルナを見た。
「もうさ。この際だから、とにかくどこかの港に、船を寄せた方が良くないか?このダルナが移動してくれるなら」
「この程度なら一回はこなしてやるが、連続は別の手段が良い」
頼まれかけたトゥは、オーリンの言葉を最後まで聞かず、『別の手段』と言い、何が理由か同じ方法は使わないような言い方。甲板の反対側で、トゥに気付いた者たちがまた騒がしい。トゥを見たのは初めてではないが、混乱した精神状態が騒ぎを起こしかける。
オーリンが振り向いて『彼は味方だ』と大声で教えて宥め、トゥを前にしたタンクラッドは話を続けた。
「危険がないなら、別の手段でも構わない。それなら、頼めるのか」
「まぁな。俺じゃない。イングを呼べ」
気乗りしない様子のダルナは、一方の頭を空に向け、もう一方で黒ずむ大地を見る。
「どこかで魔物応戦中だ。移動は、イングか、イングの知り合いが持っている『王冠』だ」
ピンとこないが、オーリンと顔を見合わせたタンクラッドは、イングを呼んで『王冠』を使う事情を伝えることにした。
この後、イングが現れ、事情をトゥに聞いたイングは、白のダルナ・フェルルフィヨバルを呼び、フェルルフィヨバルは忙しいのか、特に何を聞かず『ほら』と、あっさり『王冠』を渡して消えた。
フェルルフィヨバルが忙しい理由に、シャンガマックと獅子が戻ってきているなど、タンクラッドたちは気付くわけもなく―――
船の行き先を明確にするため、従者を呼んで聞く。従者は二頭のダルナに怯えながらも、『当初は』とゴルダーズ公が決定した町を先に伝え、現在、変更後の目的地を伝えた。
話から大体把握したトゥは、イングも戻らせて、早速『王冠』を出す。
トゥでも怯えていた従者は、船の上に急に出た丸い胴体の怪物に目を丸くし、叫ぶ前に甲板を走って逃げた。動転しっぱなしの他の船員も慌て、タンクラッドは急いでくれと頼み、トゥの関心なさそうな首の動きの続き・・・船は、次の瞬間、ヒューネリンガの町―― 最初の目的港 ――の川に浮かんでいた。
*****
船員の死体を、甲板に乗せたまま。助かった船員は、仲間4人の無残な遺体に黙とうし、それからゴルダーズ公の従者がタンクラッドに相談に来た。
港は、目と鼻の先。だが背後のヒューネリンガの町も、そこら中が壊され、白い煙が立つ様子から、魔物に襲われていると見た彼は、船員の遺体を清めてもらえないか、と言った。
葬儀まで出来ない状況で、もし聖なる力の旅人に清めてもらえるなら、そうしてあげたいと話した従者に、タンクラッドとオーリンは少し目を見合わせる。イーアンがいたら・・・彼女は、消すだろう。
「清める、なんてことは俺たちに無縁だ。宗教でもない。聖なる力が介在するのは認めるが、俺の意思じゃないし、この男の意思でもない」
先にそう断った親方は、冷たい言葉に顔色を失う従者に、溜息一つ間を置いて『消す、なら出来る』と呟いた。従者の俯いた顔が少し動き、『消す?』と繰り返した彼に、親方は側にいる銀色を指差す。
「彼に頼めば。異界の精霊だが、俺についている。炎で消してくれるが」
「・・・あの。いえ。ちょっとお待ちください」
お待ちください、とダルナを見た従者は、すぐに後ろの船員を見て、彼が恐ろし気ながらも頷いたので、前に向き直り『お願いします』と短く頼んだ。龍とは違う、それは解る。でも、助けてくれて、世界の旅人に従う存在なら、と思い直した。
タンクラッドの頭の中に、トゥの『燃やすのか』の声が届き、『一瞬で』と返答したタンクラッドに、トゥは側へ来るなり、甲板に並べられた遺体にを目を向ける。
従者はトゥが来たので、生き残った者たちに退くように言い、彼の言葉が言い終わらない内に、川霧が立ち込め、双頭のダルナは深紅と橙の炎で四つの遺体を焼き払った。
その音も、その光景も、その臭いさえ・・・ダルナの配慮で、川霧に包まれて隠され、一瞬見えた光熱の炎色の続き、川霧がすっと晴れた甲板は、先ほどまでの遺体横たわる光景は失くなっていた。
助かったが・・・トゥは『一旦、待機』として、嫌がるところを離れてもらい、船は低速に切り替えて、波止場へ入る。
「間違えちゃいないが、というかな。何でさっきの場所から近い町じゃなく、ヒューネリンガにしたんだろうな」
ダルナが消えたので、ぼそっとオーリンが尋ねる。タンクラッドも上を見ないようにして(※いる)少し頷いて教える―― あのダルナは、思考の先を読む力があり、この町の方が都合が良く進む、と見抜いただろうこと。オーリンは『そんな力が?』と訝し気に聞き返し、船から見える町の側面に視線を走らせた。
「確かにな。当初の目的地だと、従者が話したから・・・ここが一番、ゴルダーズ公の用事に適っていた、とは言えるが。
でも古王宮はとっくになくて、出会うリチアリたちも解決してる。死傷者の手当てと、ゴルダーズの別荘は、手前の町でも良いわけだし」
「オーリン。俺に聞くな。あいつ(※トゥ)は良かれ、と思ってやってるんだ」
事情が呑み込めないオーリンの喋りを止め、タンクラッドは短く『自分のせいじゃない』と訴え、オーリンも同情気味に剣職人に合わせた。タンクラッドが振り回される印象は薄いが、意外にそうした相手なのかもしれない。
―――トゥの選んだこの場所、その理由を、オーリンたちは間もなく理解する。
この話を終わらせ、タンクラッドたちは、予定された日より一日早く、白い筒の地震が生じ、ここから繰り上げで決戦が始まったことに、意識を戻した。今はもう渦中にいる、わけだ。
イングは、ミレイオを探すイーアンの手伝いを引き受けたことと、イーアンは龍族の白い筒の対処に向かったと話していた。
『ミレイオはまだ生きている』と聞いて、タンクラッドたちも一先ず安堵したが、行方は掴めていない、入り組んだ状況に変わりはないようだった。
白い筒の影響で、魔物が急増したとも思えるが、その前から異時空が出現する段取り―― センダラの魔法 ――は整っていたし、急増続きでもあったわけで。これについては、『連発するはずだ』とした見越しをオーリンが添えるだけ。
ヒューネリンガの町は・・・ここも例外ではなく、既に魔物に襲われており、港もあちこち壊されていた。
だが、大きい貿易の町というのもあって隊商軍も施設を構えており、精霊の加護も(※武神アシァクの力)宿った状態を得て、町は応戦を続けているようだった。
こうしたことで、港に人は少なく、突如現れた『大貴族の船』に気付く者も実はいなかったが、甲板から叫んだ従者や召使いの声で、近くの数人が建物から出てきた。船は大貴族用の荷役用船渠に誘導され、荷役施設を左右に置く船渠に、横付けで停泊。
入るなり、船員は動力を外すための作業に取り掛かる。誰ももう、船が安全だとは思えず、一刻も早く陸地へ避難したいようだった。
やっとの下船にあたり、指示や連絡取り次ぎで、担当従者も忙しなかったが、タンクラッドたちが船倉へ行く要望には付き合ってくれた。
あの船の翻弄では無理かもしれない、と諦め半分だったが、馬車も馬も不幸中の幸い・・・無事。船員に死傷者が出てしまった中で、これはせめてもの救いだった。
従者も中へ入ってすぐ『あんなに不安定な船の揺れに耐えて』と胸を撫で下ろす。皆で馬と馬車を出し、舷梯が下ろされた台に馬車を出し終わると、今度は倉庫の向こうから一人の男が走ってきた。
従者はそれに応じ、用は代理で自分が聞く、とゴルダーズ公がいない状況を最初に伝えた。すると男は、一杯しかない船を悲しそうに見上げて、『ゴルダーズ公が事故に遭われたのを知っています』と言う。自己紹介をした男に、従者は深く頭を下げる。
「左様でしたか。ご主人様の」
「はい。『ヴァレンバル公』もお会いしたがっておりました。船が見えたので、急ぎで私が出されましたが、ヴァレンバル公も間もなく、こちらに到着すると思います」
動き回る船員たちの忙しい中、馬車と馬の状態を調べるタンクラッドたちの耳にも、二人の会話は聞こえる。ゴルダーズ公と仕事付き合いがあった貴族が来る・・・どうも、港が見える位置に居たような話。
船から鳥文で知らせた先は複数、と従者は話していた。事故に遭った船は、ヒューネリンガまで着けない報せを送った、と聞いていたが。この町で待っていた相手は、『何を』待っていたのかと・・・タンクラッドは気になった。
タンクラッドの勘は正しく―――
荷下ろしや確認で待機している間、施設横の路地から、豪華な馬車が出て来た。
馬車は側まで来ると、慌ただしい現場の脇で止まり、開いた扉から一人の貴族が下りる。ゴルダーズより若い彼は、誰かに挨拶するより早く、船を見るなり額に手を当て『本当に大破したのか』と呻いた。
声に気付いて振り返った従者が、すぐに側へ行って挨拶。貴族は軽く頷くと、挨拶そっちのけで『大破した船の動力は、間違いなく木っ端微塵なのだね?』と・・・念を押すように訊ね、『そうです』と返った答えに、目を瞑って溜息を吐いた。
その様子・・・友達の関係か知らないが、付き合いがあったゴルダーズ公の事件より先に、動力の話を確認する男に、見ているオーリンやタンクラッドは、違和感を持つ。
オーリンは何やら思い出したように、首を傾げながらタンクラッドの側に来ると、小声で話しかけた。
「動力を保管するのは、この町の話だったと思う」
「他の町は?」
聞き返したタンクラッドに、オーリンは貴族と従者をチラッと見て『あるかもしれないが』と、また声を潜める。
「保管される場所は、決まっている言い方だった。ゴルダーズ公自身がそう、俺に話したんだ。一時的な手入れで寄る泊渠はあるそうだが、往復の始点と終点の港は荷役用船渠で保管、だったような」
なるほど、と呟いた剣職人の鳶色の目は、こちらを気にもせずに、従者に詳細を尋ね続ける貴族を、じっと見つめていた。
この町が、ゴルダーズ公の目的・・・見るからに、といった大型の施設を構えたヒューネリンガは、川の上りからも下りからも、丁度良い位置なのだろう。動力を隠すとか、知られないようにとか、そんな話をミレイオに聞いたが。
船を見れば、その理由だろう。船の後部上に、低い蛇腹式の屋根が渡されている。
船が入ってすぐ、太い綱を数本潜ったと思ったが、綱は滑車で動く板を渡し、蛇腹状に並んだ木板が、右から左の建物へ向かって伸びた。
施設は、町に入る全ての船用だろうが、この仕掛けは間違いなく『動力着脱』のためだけにあると思える。
剣職人が、胡散臭い『動力』について考えていると、話を粗方済ませた従者がこちらを見て、安堵の表情を浮かべた。何となくだが・・・ゴルダーズ公の亡き今、あの貴族に引き継がれるような予感。
彼につられた貴族も、タンクラッドたちを少し視界に入れたが、その視線はすぐに船へ戻った。安堵の従者と比べ、面持ちは苦く、頭の中に『船』しかないように見えた。
やはりあの男は、ゴルダーズの船の『動力』に一枚噛んでる、と剣職人は察する。それは、貴族が取り乱すほどの面倒なのも。
どこで船が寄ろうが、最終的にはこのヒューネリンガまで、『動力』を連れてくる予定だったのだろう。
『動力』が戻り次第、どうするつもりか・・・ゴルダーズ公が、外国人のミレイオに『設計図』を託し、直後に事故。放火犯が動いた状況を考えると―― それどころではない決戦開始であっても ――時間の許す限りで調べるかとタンクラッドは思った。
「あいつの世話には、なりたくないね」
御者台に片足をかけたオーリンが、背後の貴族を見て言う。『ゴルダーズの仕事仲間かなんか、なんだろ?』それであの態度って人間疑うな、と気分悪そう。タンクラッドも同じ気持ちだが、それを理由に、あの貴族と全く関わらない気もしない。
「世話にならんで済むなら、越したことはないが。だが、あいつが続きを持っている、とかな」
「続き」
オーリンの黄色い瞳が、すっ、と船の後ろを示す。軽く頷いた親方が『そう思わないか』と聞いた、それと被るようにして、波止場で人の騒ぎが起きた。
船はこの一杯だけで、他の船はない。数百mほど距離の開いた向こう、十数人の作業員が上を見て騒いでおり、タンクラッドとオーリンは御者台を降りる。
何の気配もない。真上にはトゥがいるはずで、あいつが見逃すわけは・・・と訝しく思いながら曇り空を見上げ、タンクラッドが剣を手に取り、オーリンが腰の弓に腕を伸ばした時。
見上げた二人に、『いた!』と空から声が降ってきた。
お読み頂き有難うございます。
皆さん、メリークリスマス!皆さんに良いことがありますように!
今日はもう一度投稿があります。どうぞよろしくお願い致します。




