2371. アイエラダハッド魔物決戦 ~気の抜けた幕開け・『呼び声』と『脱け殻』
※数日お休み頂いたのですが、また明日から少し休みます。どうぞよろしくお願いいたします。
☆前回までの流れ
ザッカリアの死で龍族が怒り、続いてミレイオが襲われ、二人はヤロペウクの元に。助言を受けたフォラヴは、精霊シーリャを頼って、ミレイオの命を繋ぎました。皮肉にもフォラヴは直後に自らも殺されかけ、ドルドレンに救われて南の治癒場で回復。治癒場では民を連れて行ったリチアリが悩み、フォラヴは彼と共に残ることを決め、ドルドレンは出発。
イーアンは『呼び声』を捕らえたものの逃げられ、白い筒が発生し、シャンガマック親子も参戦。舞台は整ったけれど・・・
今回は、魔物の王の話から始まります。
オリチェルザムは、妖精が倒れた場面まで見て、満足(※2367話参照)。
立て続けとは気分が良い。人間を取りこむ質の魔物が、うまい具合にサブパメントゥの出所付近に重なった。
曖昧な『人間味』を残した魔物が、初期サブパメントゥの盾に変わり、フォラヴを捕まえた。
『一人で動く時・・・人間に弱いと、呆気ないものだ』
簡単で、魔物の王も拍子抜けして嗤う。どこでもこのやり方が早そうだ、と皮肉を自分に言える余裕。
そして、フォラヴが生き延びたのを知らないまま、これを機会に旗揚げとする。
増えに増えた『混成魔物』とはいえ、引っ張るにもいい加減、長引いた。アイエラダハッドで使える魔物の手持ちは、既に少ない。
『二度目の旅』時と訳が違い、『三度目』は、弱々しい勇者たちに情をかける、周りの方が面倒臭いのだ。
開始の国ハイザンジェルは呆気なく、三度目はすぐ勇者を倒せると思いきや。追い込んだ最後で、女龍が召喚された。まだ、女龍手前の龍の子だったイーアンは、あっという間に形勢逆転した。
テイワグナは、早くも旅の仲間が8人まで揃い、常に団体行動。
同行者も人間以外の別種が付き添い、イーアンは早々と女龍に変化。龍族(※男龍)が中間の地に降り始め、龍の頭数が増え、後半には、死んだはずの『大地の光(※魔導士)』も加わった。
アイエラダハッドでは、古に封じられた異界の精霊が解き放たれ、それらが旅の仲間の味方にほぼ回り、決戦直前で、まさかの精霊交代まで起こった(※知恵の還元)。
旅の仲間自体は、依然として強弱の差があるが、あれらの側についた周囲の力は侮れない。数もかなりあり、力の種類は把握出来ない(※異界の精霊)。
とはいえ、一方的に不利でもない。
アイエラダハッド決戦前に、旅の仲間を減らせたのは有利。こちらも、土地の邪とサブパメントゥが回っているも同然。あれらは『自発的』に魔物を増大し、使う。
決戦で旅の仲間をさらに減らせば、残る厄介な女龍とコルステイン、勇者を続く国で追い詰めることも出来るだろう。
初期サブパメントゥも、三度目は躍起になっている・・・動き出したあれたちを、次の国でも使えるのは決まったようなもの。
オリチェルザムは、骨ばった手を石の玉に向ける。手持ちの魔物を一斉に―― アイエラダハッド全土へ ――放つ。
『混じれ。分かて、増えよ。無窮の闇を縫い、倒せ』
挫く程度でもまぁいいが、と決戦なのにオリチェルザムは、狙いを弱める一言も出す。
この三ヶ国目で、全員が片付けば無論、文句なしだが、女龍とコルステインがいる以上は、この手薄で通用しない。
あれらの仲間を減らす方が、次が楽そうだと、切り替える。現に、あまりにも呆気なく、嘘みたいな成り行きで二人が死んだ。あれでいいなら、と雑音じみた笑い声が、愉快そうに石の部屋に響いた。
二度めの旅の仲間は、ここまで脆くなかったなと、遥か昔のことも思い出す。黒く骨ばった姿を、曇る鏡に馴染ませてオリチェルザムは消えた。
―――気の抜けた開幕。 空と大地にあいた通路を潜る魔物の群れに、勢いはない。じわじわと、足場を抜く方へ進む。
この初っ端は、南東部に出た魔物が、居合わせた龍族にやられるところから始まるが、そんなことも・・・言ってみれば、『それはそれ』とした始まりだった。
*****
居場所へ戻った『呼び声』は、精霊の関与でミレイオへの操作が妨げられたことを知った。
サブパメントゥの宝石。その名前も手に入れ、後は自在に操るだけだが、それが出来ない。精霊の邪魔が一枚噛んだのは、完全な妨害ではないが、殺すことは出来なくなった。
だとしても操ることは可能だが・・・自分にも想定外の衝撃を受けたため、暫し回復を待つよりない。
龍が、妙な技を使うとは思わなかった。龍は、大振りの攻撃ばかりだと思いきや・・・あれだけなら逃げたが、二度目の攻撃に完全に足止めを食らった。
この世界にないはずの力を使う、異界の精霊ダルナの仕業。
急に固定され、そのまま別の物体になった。あれが何の状態か見当もつかない。足掻きが無駄な状態だったが、最後の一瞬で解けて抜けた。
『あの一瞬で当てられたら終わっただろう。解けた同時、どうにか』
『どうにか、じゃないだろ?俺が手伝ったから、お前はまだここに居るんだ』
横槍を入れたのは、同じ古代サブパメントゥの一人。『呼び声』の危機を、間一髪で地下へ引きずり込み、逃がしてやった。
最後の一瞬――― とは、白い筒が立ち上がった時。一瞬とは言え、ダルナの魔法が外れかけ、その隙をついた。
紺と白の鎧に似た体は、横たわる柱に仰向けに倒れ、影にいる仲間の言葉に黙る。体が薄れ過ぎて、能力が覚束ない。意識を保たないと、力は千切れて体から離れかねない。
『脱け殻』
『なんだ』
『魔物の残りが出た』
『分かってる』
『残っている人間をこのまま片付け』
『龍がいるぞ』
『土の下からやれ』
所々、音が崩れる声で『呼び声』は命じ、『脱け殻』と呼ばれたサブパメントゥは胡散臭げに相手を見る。
時間は日中である。言われなくとも地上になど出はしないが、龍が来ていると知っていて、土の下から人間を操れと言うのは。
黙って返事をしない『脱け殻』に、『呼び声』はもう一度急かす。
『あんなものを気にするな。龍は土の上。土の下深くまで及ばん』
女龍の気に消されかけたばかりのやつが、仲間に命じる言葉と思えない・・・『脱け殻』も執念と執着は古いが、異界の精霊も自分らを狙う中、ここで無理に動くのは不利。
魔物に乗じて、人間の数を減らすのは、手っ取り早いに違いないが、それは『出始めから中盤』で、決戦で畳み込むには、こちらに頭数がないと厳しい。現状では下手に出れば、こっちが減るのは火を見るよりも明らか。
それならいっそのこと、次の国に魔物が移ってから、アイエラダハッドの人間をまた襲う方が、よほど都合良いだろうに―――
既にそうして、別の国の人間を殺し始めたのだから、この国の面倒な状況は、もう捨てておいてもと思う。
古代サブパメントゥの数は減っている。誘い操るに、ここまで自分らも種蒔きはしている。『呼び声』の使う『言伝』は古来から仕掛けてあった分、ここでは充分、人間を減らせたのに、まだ足りないのか。
やりにくい状況で、出る気になれない『脱け殻』は、薄れる体のサブパメントゥに訊ねた。
『呼び声。何を拘ってる。この国は、あとは魔物が人間を減らすだろう。みすみす』
『情けないやつだ。龍が来たら動く気もない。俺たちは龍を引きずり下ろすんじゃなかったのか』
女龍を相手に消されかけた『呼び声』は、仲間の及び腰を罵る。垂れた長い尾の先が床を一打ちし、尾の中からじゃらっと音立てた金属が落ちた。
『持っていけ』
それは、鎖の切れ端。4つほどの鎖の輪が連なる短さで、『脱け殻』は側へ行き、これを拾い上げた。『呼び声』が耐えた理由はこれか、とやや驚かされる。女龍の気の中で、なぜ生き延びたか、そこまで耐性がないはずの『呼び声』のしぶとさに疑問だったが・・・
鎖を拾った『脱け殻』は、これでサブパメントゥと繋がっていた『呼び声』が、龍に挑んだのを理解する。
『行け。俺が身を以て、それの効果を証明したんだ。龍に怯むな』
改めて命じる『呼び声』の言葉に、鎖の切れ端を受け取ったサブパメントゥは、仕方なし、闇に溶ける。
地上の人間を制圧してから、空へ上がる機会は、三度目の魔物が出た時―――
制圧は、人間全滅を意味しないが、古代サブパメントゥの頭数を下回る目安は求められる。
切れ端の鎖を、ぺらぺらの膜のような体にしまいこみ、『脱け殻』はサブパメントゥの闇を伝って、日中の地上、その真下へ移動する。
井戸はもう、この国ではさほど役に立たない・・・人里はほぼ人間がいなくなった。精霊の力が増えた日の後、なぜか一斉に人間が減ったことを境に、人里に残る人間も、里を出て移動している。
『こうなるとな。影写しくらいしか使えそうにない。他の連中にも、遠隔の仕掛けを使うように言うか。後は、石小屋で棘と移動か』
自分らの数を維持しながら、戦闘放棄しない程度。
石小屋―― サブパメントゥ遺跡 ――と、集めた棘を使うのも念頭に置いておく。あれを後々使えるようにしてから、アイエラダハッドを出るのが良いだろう。
鎖は、万が一の護身だが、これに頼る気はない。そんな目に遭う気もない。
『脱け殻』は面倒の少ない仕掛け技を選び、仲間にも同じようにしろと伝えた。
鎖は、コルステインの親の持ち物で、『呼び声』が僅かに手に入れたのも何をしたか分からないが、誰もが持てるものではない。
捨て身で挑むほど・・・『昔と違うんだ。呼び声』そう静かに呟き、地中から地上を『脱け殻』は透かし見る。
土の分厚さを越えて感じ取る、地上の様子。龍の力が、この位置でも伝わる。命じた『呼び声』の気持ちは分かるが、妥当ではない。あいつは、龍自体に拘り過ぎている。
目的は『打倒、龍』じゃない。空を奪えば、自ずと結果は出てくるのだ。龍は、真っ向勝負で敵う敵ではないのは、骨身に染みて分かってる。
『お前だって、時期を待っていただろうによ。動き出した途端、待ち侘びた願いに火がついたか。この国で急いでも、こっちの不利にしかならんと思えんか』
やるなら次の国だろと、独り言を落とし、『脱け殻』は広がる袖に似た腕を、地上へ向けた。
地下から操られる、地面の曖昧な影が歪む。影という影に、操りの色をまぶしこみ、再び影が放されると、操りを含んだ影は人間を探して地面を這う。
『熱があるのは結構だが、俺は熱で進まない性質だ』
息巻く仲間と、少し温度差のあるサブパメントゥは、その場で成り行きを見る。
地中にまで衝撃を感じる、龍の気配に警戒しながら。
・・・この、『脱け殻』こそ。
二度目の旅路の頃、テイワグナのミニヤ・ミニの井戸に出たサブパメントゥであり、
僧院の連中が使えると踏んで、接触による触発を選ぶサブパメントゥでもある。
直近では、ゴルダーズ公の船に載せた船員に、『被り皮』も与えている。貴族に匿われ続ける、隠れ僧院の僧侶を丸め込み、船に送り・・・旅の仲間の妨害を目論んだ一件だった。
『脱け殻』は、幾らかの家族を持ち、似たような質のサブパメントゥを世界各地に置いている。
その一人がフォラヴを倒したサブパメントゥで、性質は『脱け殻』に似て、無理はしない。あの後も、龍気に打たれるより早く、身を隠していた。
『脱け殻』は、空を狙う古代サブパメントゥとしては、動きが少なく、見極めた時にしか動かない。強さは、地味であるものの、残ってきただけの理由はある一人―――
お読み頂き有難うございます。
数日休みましたが、まだあと何日か休もうと思います。意識が続く時を使って、出来るだけ物語を書いています。
今回の決戦は少しイメージが違うかもしれないし、私もこの状態なので、話が長引く予定ですが、次からは連続で投稿すると思います。
不安定で申し訳ないです。修正箇所の時系列もまだ終わっておらず、いろいろと滞っていますが、落ち着いた頃に少しずつでもきちんと整えます。
次回まで、また少し開きますが、どうぞよろしくお願いいたします。いつもいらして下さって有難うございます。本当に、本当に皆さんに心から感謝して。




