2369. 大舞台・前座 ~面子
南の治癒場―――
フォラヴの回復を目的に来たはずが、何もかも目まぐるしく変わる事態。ここも目的では、終わらない。
急ぎ掻い摘んで教えられた、リチアリとこの場の現状は、悲しくもあるが、仕方なかったのだろうと、二人は感じた。
ドルドレンは改めて、床に敷き詰められたように並ぶ人形を見た。溜息を吐き、遣り切れない気持ちで首を横に振る。
「手に追えないから・・・人形化と」
その呟きにリチアリは頷きはしないが、同意は述べる。『平たく言えばそうですね』先を続けにくそうに言葉を切った。自責の念もありそうな庭師に、ドルドレンは同情した。
「精霊がリチアリを守ったのだ。彼らは、保護されたことを誰一人として受け入れられなかった。それがリチアリを襲うまでになれば、精霊は民を一時的にこうして・・・時を過ごさせる方を選んだのだろう」
ドルドレンの記憶にある、黒馬の騎士と聖メルデ騎士僧会の話が浮かぶ。精霊が二度の質問をして、答えが間違っていた相手は、石にされた(※2092話参照)。
あの話は、精霊の怒りの結末だったが、ここでは怒りではなく、人間の感情を静める一時の沈黙のため・・・民は、一人残らず動かぬ人形となった。
リチアリは、暴力を振るわれかけたが、その手前で民は動きを封じられ、体は縮み、親指大に。
精霊の成すこと・・・そう理解が追い付かない、悲哀の心境が怒りに転じたのは、ドルドレンも仕方ないと思う。
「それで・・・リチアリは」
状況を聞いて、何を望んでいるかを総長が問うと、リチアリは深い緑の瞳を少し彷徨わせたが、言いにくそうに口を開いた。
「精霊は、魔物が大地から排除された暁には、民の姿を戻し、再び彼らを返すでしょう。でも」
「そうだな。この状態から目覚めて、失ったものしかない心が、大地の生活に返されたところで」
ドルドレンも察する。心細そうなリチアリは心配しているのだ。彼は、人々が生活に戻る前に、彼らに理解を促したい。
「リチアリは、彼らが戻る日に、皆の心の負荷を除きたいのだな?それで、俺たちに協力を求めている。そうか?」
そういうことだろう、と見当をつけたドルドレンが気の毒な男を覗き込むと、リチアリはちょっと目を伏せて、首を横に振る。
「その日、ではなく・・・これを見て下さい」
リチアリの手が浮かび、すっ、と魔法で小さな映像を見せる。魔法使いのような技に、騎士の二人は驚くも、そこではなく。
映像には、青い光に人形を入れると動き出す様子が見えた。青い光に人形を入れるのはリチアリ・・・『これは』ドルドレンが彼を見ると、リチアリは、占いに見えている一つの未来だ、と話した。
「間違いなく、この場所です。そして、人形は彼らのこと。私は彼らを、一人ずつ、喋って動ける状態に戻しながら、説き、導くのだと思います。でも私一人では、あの怒りよう・・・きっと話にもならないでしょう。
精霊は、世界の旅人から負担を取り除くため、安全を気にしなくてはならない民を、私が預かる方向へ促しましたが、治癒場に連れて来るまでは私の仕事でも。
その、確かに予言や予告では、世界の旅人の足を引っ張るような、私の頼みはありませんが、ただ『これが世界の決めたこと』と伝えるには、私だけでは不十分に感じて」
歯切れの悪い、尻すぼみの言い方。ようやく、リチアリの望みを理解した二人は、顔を見合わせる。キトラの一言『どちらかが出る』が脳裏を掠めた。
リチアリだけでは間に合わない、導きの声を、自分たちのどちらかが手伝うのだろうか。
ただ、決戦はもう間近で、ここで一緒に導く暇はないだろうと、ドルドレンは『現状却下』を即答した。が。
フォラヴは思い当たる。このことではと、女王の助言が浮き彫りに感じた。『死にかけた』ことも、『ここで治癒した』ことも。
ふと、思いついて、フォラヴはリチアリに質問する。あなたは、キトラに相談していますか?と。するとリチアリは『キトラとは?』と、その精霊のことも知らないようだった。
フォラヴは、理解する。理解より、認めると言うべきか―――
私が、と手を口に当てたまま困惑気味に呟く。隣に立つドルドレンは驚き、いつ決戦が始まるか分からないんだぞと、思わず声を大きくした。空色の瞳が見上げ、戸惑う顔で総長に話し出す。
―――総長が居ない間に、何が起きていたか。
ゴルダーズ公の船が沈み、彼は死に、ザッカリアも死に、今はミレイオの生死彷徨う状態が掛かっていることを。
自分は、ミレイオを救えると気づいて動いた後、女王に何を言われたか。そして、ミレイオへの呼び掛けを実行した続き、あの場で倒れるに至ったことも。
「総長が通りがかって下さったから、私は生き延びました。総長と、精霊ポルトカリフティグが来なかったら、私は間に合うわけがありませんでした。女王は予告していたし、あの場所に他の者はいなかったのです。私を攻撃した者たちも、既に死んでいた体を操られていたのでは、と思います。私が倒れた後・・・どこへ行ったかは分かりませんが。
とにかく、総長がこの広いアイエラダハッドで、運良く、瀕死の私を見つけるなんて、導かれる以外の何でしょう。
私は女王の忠告に悩み、国へ戻る選択肢を外し、あなたは治癒場を選びました。そしてここで、リチアリが相談するとは思いもしませんでした。表でキトラに告げられた言葉は、リチアリが知りません」
青ざめる総長とリチアリは、妖精の騎士の報告に言葉を失う。『ご主人様が』と呟いたリチアリの絞る声が、静かな空間に寂しげに響いた。
頭の中で整理しきれないドルドレンは、部下に今、順を追って話せることは教えてくれ、と頼む。
ザッカリアが死んだ?蘇生の可能性があるとは言うが、ミレイオも翌日を待たずして、生死の境に放り込まれた。ゴルダーズ公は、船と共に事故死。
ザッカリアの死の原因は何か。ミレイオは。船の事故とは魔物なのか。皆は集中的に狙われたのか。他にも?イーアンは?仲間たちは。
自分がポルトカリフティグと行動していた日々、離れた場所で起きていた激動。
リチアリがこんな山脈の外れにいるのも、手前の出来事―― 彼が予言者で導く者 ――から、何となく想像して繋げているに過ぎず、先ほどの白い筒の発生も、ここまで聞くと、絶対に関係している気がしてならなかった。
妖精の騎士はリチアリに、少し居ても良いかと尋ね、彼が勿論だと答えたので、総長が連れて行かれた後日の経過をまとめて伝える。
淡々と告げられる報告。ドルドレンは終始、頭を殴られるような衝撃だった。
―――まず、ドゥージが消えた。ドゥージは行方知れずで、探索はされたが足取りは残っていない。
その後、船へ向かう道は守れたものの、船に移った後、大型船二杯は途中で一杯を失う。
この時、仲間と馬車は無事だったが、事故を起こした船の被害を減らすため、ゴルダーズ公が壊れる船の舵を取り、船諸共、爆破した。
魔物の門が開いたが、ここへタンクラッドが戻り、彼が対処。タンクラッドは事故と認めず証拠を得て、捕まえた犯人はその場で死んだ。
この間、外へ出ていたザッカリアが、遺体で戻る。
運んだのはビルガメスとイーアンで、イーアンは放心状態だった。ザッカリアは殺害され、誰にとは言わなかったが、ビルガメスは対象者を処罰するとして、イーアンを連れて行った。これは、白い筒の発生に繋がる。
ザッカリアの遺体は、引き取った数時間後、ヤロペウクに預けた。
ヤロペウクは多くを語らず、翌日に来ると告げ、ザッカリアと共に消えた。この後、ミレイオは魔導士に状況を伝えに出て、そのまま戻らず・・・翌朝、ヤロペウクが倒れたミレイオを連れて来た。
ミレイオもどこかで襲われ、危険な状況であり、シュンディーンは親の精霊に伝えに行き、フォラヴは『精霊の面』でミレイオを救えると考えて、船を出た。
ヤロペウクの言い残した言葉には、ザッカリアも蘇る可能性があり、ミレイオも間に合うかもしれない、と―――
ここまで話して、フォラヴは口を閉じる。常に冷静な総長だが、仲間の死を知って、感情を抑え付けているのが分かる。
「龍族の対処は、まだだと思います。オーリンが伝達役です。龍族の処罰は、白い筒を巻き込むそうです」
「それが、お前を救った時間と重なる」
フォラヴの意識がなくなった後のことで、ドルドレンの返答に妖精の騎士は『そうでしたか』と始まったことを知った。
言葉を探すドルドレンが少し黙り、フォラヴは横のリチアリのことも思い出し、彼に顔を向ける。
「そうだ。あなたが治癒場にいる経緯も。私は又聞きでしかありません」
「あ・・・はい。分かりました。総長、話を続けて大丈夫ですか」
話を振られたリチアリも、仕えていた大貴族の死に衝撃が強く、悲しみを堪えながら、総長を気遣う。伝わるだけに、ドルドレンも大きく息を吐いて、庭師の肩を撫でると『すまないが、頼む』と答えた。
リチアリは、古王宮へ辿り着いたところから話す。そこで、民を導く最初の仕事『知恵の還元』を行った。
もう一人、大貴族のルオロフ・ウィンダルという若者が一緒だったが、彼は悪のような精霊に連れて行かれ、以後、見ていない。
若干、話を逸れたが、リチアリは『ルオロフは自分が狼男だったと』そのことも教えた。世界の旅人に重要かも、と思って添えた情報は、二人の騎士を驚かせた。
「ビーファライでは」
精霊の祭殿で一緒に移動したフォラヴは、赤毛の狼を思い出し、ドルドレンも『きっと彼だ』と頷く。だがルオロフは、それきりらしいので、彼の役目はまだあるのか判別が難しく、ここでは情報として受け止めて、話の続きを促した。
知恵の還元の直後、古王宮は崩壊。
逃げた先の川辺で待機を決めたリチアリは、十日ほど待った。旅の仲間の誰かが来ることを信じていた。
期待では、ご主人様が気付いて急いでくれるのでは、と思ったらしく、飛べる誰かが来る、と考えていたそうだ。
そして力尽きる手前で、イーアンとタンクラッドが彼を見つけ、彼の次の使命を伝えた。精霊の指輪による条件で、自分ともう一人の占い師が選ばれ、南北両端にある治癒場へ民を運ぶというものだった。
「それで私は、ここに来ました」
「では・・・もう一人、いるのだな?北に、リチアリと同じ役目を受けた者が」
「そうです。彼の名はイジャック。『モティアサスの占い師』と、イーアンたちは話していました」
ハッとするドルドレンは、イジャックの話も思い出す。続けて『モティアサスは陥没して終わった』と告げられ、冥福を祈る。話を聞いていたフォラヴも祈った後、すっと目を開き、リチアリに確認する。
「あなたの意見で良いのですが・・・もしかしてイジャックも、あなた同様の悩みを持つ可能性は」
「ない、とは思えないです。私たちは耐えるよりありませんが、傷ついた多くの人々の心を引き上げるまでは、敵対心をむき出しにした相手に困難でしょう」
この答えに、何かがフォラヴの心の中で嵌った。
私は表に出るべきではなく、役割の存在が見えるものを選ぶべき――
「総長。私は、センダラとの接触を避けなければなりません。私がリチアリとイジャックの側で」
「早計ではないか?」
「いいえ。恐らく、このこと以外で、私が『センダラと触れずに済む』展開はないでしょう」
言い切るフォラヴに、ドルドレンは彼の身を案じると、そうかもしれないと感じる反面、即決は急ぎすぎでは、とも思う。
「フォラヴ。俺もお前の無事を願うが・・・ 解決策があるのか?リチアリやイジャックをすぐに襲うだろう民を、お前が説得する術でもあるなら別だが」
「あります。私には、精霊シーリャがいます。心と魂を繋ぐ精霊が、きっと民に声と運命を教えて下さるはず」
「あ・・・精霊が」
フォラヴの真っ直ぐな返事に、リチアリの目が大きく見開いた。思し召しだと呟いた庭師に、戸惑うドルドレンはごくっと唾を呑む。そうかもしれないが、と顔を逸らし、フォラヴを急にここで手放す展開に、正直悩む。
ドルドレンはこの時、焦りや苦しみで意識が回らなかったが、決戦に挑む面子が、ここで、ほぼ決定していた。それに気づいたのは、フォラヴだった。
「総長。私たち、強制的に『参戦する者』と『辞退する者』が分かれているのでは」
お読み頂き有難うございます。




