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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台始まり
2367/2964

2367. 大舞台・前座 ~致命傷

 

「そんな」


 途切れる声。激痛と驚きと、吹く血。

 フォラヴの背、前は首すれすれの鎖骨下、腿と脛に矢が立ち、クロークに遮られて浅く刺さった背中の矢は、二本落ちる。頭部と腕は無事だったが、鎧を着けずに焦って出て来たのが裏目に出た。


 体に突き立つ四本の矢に、フォラヴは手を伸ばす。胸からまず引き抜くと、痛みと共に血がびゅっと出て、俯いた顎と服を染めた。

 背中は、クロークのはためきがない肩に近く、これも引っ張ると、斜めに鏃が入って激痛を伴い抜けた。そして、足に刺さった矢を、歯を食いしばりながら、どうにか抜いたすぐ、フォラヴは癒しの魔法を使う。



 まさか、襲われるとは。いや、それも考えていたのに迂闊だった。相手が人間だからと・・・魔法で癒す傷は、早くも塞がりつつあるが、治りに偏りを感じ、焦るフォラヴに次の攻撃が襲う。


 矢は、二度目の風を切ったが、妖精の翼を出して落とし、弾いた数本が撥ね戻る。一本は勢いで誰かに刺さったらしく、短い悲鳴と土を打つ倒れる音がした。フォラヴはそちらへ顔を向ける余裕なし。


 戻り矢で傷を負わせた、それ。手加減できないのは仕方ない。

 今は痛みと傷を消すのに集中する。しかしすぐにでも応戦したい気持ちとは反対に、傷に違和感が消えず、妙なしこりが形を作る・・・毒かと過った頭に―――



『なんだ?精霊じゃないな、妖精か?でも・・・人体付き?珍しいやつだ。人体で()()()()()なら、効いてるな』


 頭の中に、くぐもった声がした。フォラヴは冷や汗の垂れる顔で、周囲を見渡す。女子供が少しずつ近寄ってくるが、まだ距離があり、覚束ない足取りは操られていると分かる。

 矢が飛んできた方を見れば、離れた高さに矢を番える数人の影。それらの姿に、二度見した。人間じゃない・・・腕が何本もある姿に、魔物?と思ったが、魔物そのものとは違う。気配が不安定で、サブパメントゥなのか魔物なのか。



 思ってもいなかった敵に遭遇し、迂闊にも負傷したフォラヴ。

 森林を背に、荒涼とした冬の盆地。小さな集落がポツンとあるだけのここは、他の人里からかなり遠い。立ち止まったこと自体が浅はかだったと、今更悔やむ。


 背中の翼は出せたものの、中途半端な変化で進まない。フォラヴの体は人間状態で、早く妖精に変わらないと危ない。声は何者によるのかと巡らせつつ、治癒を急ぐ。だが、体は一向に妖精に変わらず、傷を受けた箇所に阻まれているようだった。


 数回、体が透明になりかけては戻る、負傷した騎士の表情が緊張で強張る。光の攻撃も出来ない。魔法を使おうとして、途中でぐらっと眩暈が襲う。・・・これをどこで見ているのか、声はまた頭に入ってきた。



『戸惑ってる。焦ってる。良い顔だ・・・()()()()()()なんて、前代未聞だ。サブパメントゥが妖精を』


()()()()()効かないサブパメントゥの攻撃。私に効くはずはないのに」


 相手の声を遮った、妖精の騎士の驚愕。信じられない『まさか』が連続する。


『ハハ!バカ言うな。サブパメントゥ、なめてるだろう。カッカッカ』


 面白そうに嗤った何者かは、『サブパメントゥ』と自分を断言。


 午前の光は、曇り空に遮られているが、明るさは普通にある。矢を放った者も、話しかけている者も()()なら、明るさに構わないサブパメントゥがこんなにいるのか?とフォラヴは戸惑った。


『曇り空くらいなら問題ないのもいる』とはミレイオに聞いていたが・・・それどころか、妖精の自分を傷つけ、この体に異質を残せるサブパメントゥなんて。対峙する相手が、これまでの情報と違い過ぎる。


 前に魔導士に聞いた話が、疑問を助長する。サブパメントゥの操りは人間用で、格下の技なら妖精や精霊、龍によって、いとも容易く壊せること(※2168話参照)。格下の操り道具ではないにせよ・・・妖精の力と光の前に、彼ら種族が立ち向かえないと、思っていたのに。


 なぜ、私は()()()()のか。人間の体ではあったが、妖精の本質が無意味、はないはず。


 矢が刺さった四ヵ所は、しこりが残る。別の生き物でも入ったかのように、傷ついた細胞をまとめて玉になって縮み、もぞもぞ動いている・・・傷の治った皮下で動く、指先大のしこりが、フォラヴの不安を煽る。


 翼に近い肩の負傷部分はしこりも小さいが、胸と足は感じ取れるほどそこだけ冷たく、ごろっとして・・・不意に、片足から感覚が抜けて、片膝が地面についた。え?と思わず声に出たら、また頭に声が響く。



『ハハハ。本当に使()()()()だ』


 ぎょっとしたフォラヴは、膝つく足に視線を落とし、しこりの影響に『操られている』と知った。妖精にあり得ない事態。魔法を強めて癒そうとしたすぐ、下がった背中に容赦ない矢が襲う。


 翼を出したままの背だが、皮肉にも翼の隙間に矢はすり抜け、フォラヴの首に一本刺さった。


 声にならない痛みと同時、騎士の体がぐらっと動く。矢は続けて、腕と足元に飛び、フォラヴは射かけられた矢に揺らいで、土に両膝をつく。


 早くなる呼吸で、治癒を急ぐ。あり得ないぞ、こんな・・・と自分を叱咤しながら、フォラヴは唯一、無事な左手で刺さる矢を掴もうとしたが、その手が誰かに握られる。


 誰かを確認するまでもなく、前のめりになった姿勢の背後で、何者かが、首に突き立った矢を押した。



 フォラヴは気づけなかった。すぐ側まで、操られた女や子供が来ていたことを。


 しこりに意識を持っていかれたフォラヴの目に、ある瞬間から幻像しか映っておらず、知らない内に取り囲まれていたことを。


 ようやく、幻像が途切れ、視界に人間が映る。ぼやける視界に、自分を取り巻く女性と子供たち。アイエラダハッド語で何か言っているが、フォラヴは、淀む目に見えた彼らも()()と理解した。


 女性は、血まみれの服がはだけた胸に、大きな切り傷。

 子供たちも体を切りつけられた傷口そのまま、服も切れた状態で、動き回っていたのだ。

 彼らも死んでいる(犠牲になった後)・・・・・


 首の付け根に押し込まれた鏃は、妖精の騎士の首の骨にめり込む。クロークが踏まれ、地面に頭を垂れた騎士は、クロークから足が外された次の一秒で、自分が倒れたのかどうかも分からなかった。背中の翼は空気に溶ける。



 この時――― 大型の地震が発生。フォラヴを手にかけた者たちを、白い龍気の波で消し飛ばす。


 そして、フォラヴの耳に届くには遅く、彼の名を叫んだ声が、地震の数分後に響いた。



 *****



「今のは」


 大地震が襲い、大量の龍気が空中を走った。何度も続いた微震の後の一撃、ドルドレンは不安げに稜線に顔を向ける。背中に乗る勇者が気にしたので、大きなトラは彼を見て静かに教えた。


『龍の力だ』


「分かる。イーアンたちだろうか。そう遠くない距離では」


 あれは白い筒ではと過った。発生の懸念は、デネヴォーグを出る前、ホーミットに警告されていた(※2298話後半参照)。ドルドレンは、テイワグナ後半時に連発したことを思い出して少し黙る。


 緑の目を、背中の勇者に向けた後、トラは反対を見て、片方に広がる森林の終わりで視線を止める。


『向こうに、サブパメントゥの臭いと魔物が混じる』


「あっちにも、か。夜明け前に連続で倒したのに、随分範囲を広げているな・・・行こう」


 ポルトカリフティグに促したドルドレンは、黙って足を運ぶトラの背に揺られ、この後、とんでもないものを見るとは思っていなかった。


 精霊は気づいたが・・・言わずに置いた。()()()な出来事ではない、と感じたことで。そして盆地の内側に降りた時、ドルドレンが仰天して大声を上げる。



「フォラヴ!!」


 こんなところでなぜと、叫んだドルドレンはトラの背を飛び降りて駆けた。


 遠くからでも分かる、何年も見続けた、白金の髪と後ろ姿。全力で走ったドルドレンはあっという間にフォラヴの元へ着き、ぐっと足を止めた前で、うつ伏せに倒れたフォラヴに跪いた。


 首と腕に刺さった矢・・・彼の周囲にも転がる矢が何本かあり、周囲に誰もいない。奥には集落らしき建物と、各地で見て来た死体の山がここにも見えた。


 大きな地震の揺れは微震で続いており、ドルドレンは彼を抱えるつもりで手を伸ばしたが、はっとして手を浮かせる。

 触って良いのか、何か罠でもあるか、躊躇う。フォラヴに触れて、フォラヴが()()()()など、そんな恐ろしい想像も過る。


 彼が倒されるなんて。妖精の力を()()()()()()()()理由など考え付きもしないが、彼を上回る何があったのか。


 死んでしまったとしか思えない、動かぬ部下の突っ伏す頭。土に両手をついたドルドレンは、その顔を覗き込んだ。額を地面につけた姿勢で、フォラヴの唇は薄っすら開いており、口から乾きつつある血がゆっくりと垂れている。

 その色、粘度は、乾いた風と空気の影響は受けているが、まだ彼が傷ついてから一時間と経っていない。



「フォラヴ・・・フォラヴ、俺だ。ドルドレン・・・だ。何が起きた」


 涙がこみ上げる。さっと後ろを振り向き、既に来ているポルトカリフティグに目で訴えると、トラも側に寄り、倒れた体を見下ろして『その矢を抜きなさい』と命じた。


『ドルドレンが触れても問題ない』


 懸念を払拭され、ドルドレンは頷く。目に浮かんだ涙を拭い、『フォラヴ、矢を抜くぞ』と声をかけて、痛々しく首に突き立つ矢を最初に引き抜いた。

 矢自体は一般的な素朴なもので、仕掛けがあるわけでもなさそうだが、食い込んだ鏃に、血ではない赤と黒の彩色が見えて気になった。・・・この色は、と一瞬掠める。


 気になるも、今はそれどころではないので、明らかに致命傷となった首を気にしながら、彼の二の腕と肘にも突き刺さる矢を順番に抜き、足首の矢を最後に抜いて、全部の矢を脇へ投げた。


 フォラヴと彼の名を呼びながら、抜くたびにぐらりと揺れた体を両手に抱え、ぼたりと血を垂らす彼を起こし、体の表を見る。フォラヴは鎖骨付近も血に染め、前は腿も、革の脛当ても矢の跡から血が付いていた。


「お前は・・・何度射られたのだ」


 前面に刺さった矢は、自分で抜いたのかもしれない。

 痛烈な状態に、ドルドレンは彼の胸に頭をつけて少し泣いた。誰がこんなことを、と無駄な問いを思う。誰か、など見当がついている。今は、どこもかしこも・・・こうなっているのだ。誰が敵に回っても変ではない。人間も同じで。



『ドルドレン。彼は死んでいない。そこへ置き、お前の剣を通じて私の力を』


 悲しむ勇者に、トラは静かに次の行動を伝える。まだ死んでいない、と聞き、ハッとして涙が伝う顔を上げた黒髪の騎士は、言われた言葉に急いで応じる。


 土の上にフォラヴを寝かせ、自分の剣を抜いて彼の横に並べて、精霊を見た。トラの緑色の淡い光がゆらっと動いて橙色の全身を包み込み、それは流れて水面の煌めきを湛えながら、ドルドレンの剣に降りて巻きつく。長剣は、勇者の色である太陽の陽射しを帯び、隣のフォラヴを照らし出した。



 死んでいない――― その言葉に救われる。瀕死なのは確かだろうと思うと、どうにか命を繋ぎとめてくれと、ドルドレンは祈った。

お読み頂き有難うございます。


数十話手前から、日付と時間の関係がおかしくなっていたのを理解できておらず、急いで修正を始めました。ちんぷんかんぷんな日数の具合で、読まれる方が分からなくなる箇所もあったと思います。申し訳ありません。

ここからの流れは気をつけます。

いつも来て下さる皆さんに、心から感謝して。

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