2366. 大舞台・前座 ~白い筒・フォラヴの足取り
「イーアンは、中間の地」
ビルガメスが静かに尋ね、並んだタムズは少し頷く。大きな男龍は、イヌァエル・テレンの穏やかな空を見上げ『行ってこい』と送り出す。
「まだ一回だよ。シムに急がせるのか」
「それが良いだろう。伝わる龍気からすると、二回目が早い」
「随分と、勢いがありそうだしね」
タムズの冗談めかした言葉は、強ち冗談でもなく、空を見たまま、ビルガメスも首を傾げた。以前は(※テイワグナ)発動時でも、これほどでもなかったが・・・(※1630話参照) 中間の地は、精霊の霊力が密度を高めていたから、影響も考えられる。
龍気に、精霊の影響とは。
そう思うと、また首を傾げてしまうが、何にせよ、次回の発動もすぐ連鎖する見込みから、イヌァエル・テレンで待たずとも、中間の地に降りていた方が手早く取りかかれると、ビルガメスはタムズに伝えた。
この後、タムズはシムとアオファを連れて、イヌァエル・テレンを出発する。
イーアンは下に降りたままなので、向かう道、彼女に呼び掛け続けていた。発動したのは、先ほどイーアンと分かれた近くに思うが、イーアンはまだ現場に来ていない。ただ、彼女の龍気も遠くないので、見えていそうなもの。
「イーアンの龍気を感じる。近くにいるが、動いていないな」
シムが『呼びかけてるだろう?返事は?』と反応を尋ねる。タムズは目を合わせただけで喋らず、イーアンの返事は戻っていない様子。二人とアオファの前、大型の白い筒が真っ直ぐ空へ伸びていた。
「まぁ、いい。俺は始めるが、タムズはイーアンを呼び続けろ。彼女のことだ、俺たちが来たことも気づいている」
「そうだね。来ない事情はいざ知らず・・・・・ 」
濁して答えたタムズは、引き続き女龍に応答するよう呼びかけ、シムは筒の側へ移動。ヨーマイテスならぬ、時の剣の状態を再現し、目の前の筒から一番近い、次の発動遺跡を連動へ導く。
タムズはこれを後ろで見ながら、イーアンに早く来るように呼び続けるのだが。
―――イーアンは、何に手間取っているのか。ミレイオの死、か。
彼女がミレイオの死を感じ、取り乱したことを、他の男龍にも話したが、ビルガメスたちもタムズと同じように『ミレイオが?』と、それ自体、疑わし気だった。
要は、男龍にとって『ミレイオの死』は、それこそ今は起こるべき出来事ではない認識。
ミレイオがもしサブパメントゥに殺されたと言われても、『それはない』ことだった。彼は、死ぬわけがない。この時期になど、尚のこと。
よって、イーアンの血相を変えた突発的な動きを止めはしなかった。イーアンもまた、ミレイオが死んでいないと知るだろう、そう結論付けていたから―――
「まだ、ミレイオを探しているのだろうか。彼女はさっき、サブパメントゥを見つけて飛び込んだが・・・あのサブパメントゥは消したのかな」
原因にあのサブパメントゥがいて、ミレイオが死ぬと、イーアンは思ったのだろう。私は下手に動くと『予定の番狂わせ』になるから行かなかったが、イーアンの行動も気になる。
どうしたやらと・・・側にいそうなものが、全く無応答の相手に、早くおいでと赤銅色の男龍は呼び続けた。
その金色の瞳には、『時の剣』状態に変化したシムが、もう一つのガドゥグ・ィッダン分裂遺跡の発動を加速させる、背中が映る。
『予定は二日』から前倒し、一日目の午前のこと。その頃、イーアンは。
*****
シムが来て、アオファもいる・・・イーアンは、空の続きに立ち上がった白い筒と、微震連発、そして降りてきた龍族で『開始』を知ったが、逃げた残党を探して焦る。もう少しだけ待って、とタムズの波動を受けながら、ダルナと近辺を調べて数十分経過した。
「あいつはもう、音の状態ではないだろう。俺が分からない」
茶色いダルナのイデュが戻り、女龍に『少なくとも音としては、側にいない』と教える。溜息とお礼を同時に伝え、イーアンが上を見ると、イングが浮かんだまま白い筒の方面を眺めており、目が合った彼は下りてきて、イーアンに行くよう促した。
「イーアン、お前を呼ぶ龍族が」
「ええ。知っています、ずっと呼ばれているから行かなければ。だけど」
イングにも聞こえているのか、なぜか龍族の呼応に気付いたようで、イングに言われた。ダルナの能力を一々分析している気力もないし、イーアンは頷くもののそれはさておき、『もう少しだけ』と粘る。が、イングは彼女を見つめ首を横に振った。
「ミレイオは、スヴァウティヤッシュが辿っている。お前の用事が終わったら、一つ二つの結果は出ているはずだ。望む結果ではないとしても」
「・・・はい」
「サブパメントゥは、逃げたのか、消滅したのか、足取りがないから分からない。拘るな。逃げたなら、また会う羽目になる。その時倒す」
イングの言葉に同意し、イーアンは肩を落として浮かび上がった。白い筒が濛々と龍気を纏う。あれ一つだけを空に帰すのではない。もう一つ・・・立ち上げてからだから、まだ時間があると思うのだけど。
「イーアン。行ってこい」
「分かりました。戻れるか分かりませんが、用事が済んだらまた」
終了を約束しづらい次の連鎖を考えて答えると、イングは気にさせないように目を閉じ、イーアンの肩に手を置き『問題ない』と返事をし、その手を女龍の背中に当てる。そっと押して、行くように流し、イーアンはお礼を言ってその場を後にした。
この時から、決戦が開始とは・・・ 決戦としては静かな始まり方で気付きようもなかった。
*****
消えた『呼び声』のことは、また後で―――
少し時間を戻し、ミレイオに、精霊シーリャを送ったフォラヴの経緯・・・ 船を出て、龍のイーニッドと共にフォラヴが急いだ先は、森が多い場所。森林に降りたフォラヴは、龍を帰して、大樹を通って妖精の国へ移動した。
銀の城へ急ぎ、まずは女王に会いに行き、現れた女王に状況を伝えた。妖精の国まで行かずとも会えないことはないが、『自分が何をしたらよいか』程度の話ではない重さ。
女王の水鏡を頼り、フォラヴ自身は『私の役割では』と意識している前提があるものの、その判断で実行するに適うかを尋ねた。
女王は、騎士の願いを聞き入れ、水鏡へ連れて行くと、過去と現在を映して見せた。
フォラヴに与えられた、精霊の面による力は、彼の役割を具体化する一つの手段であり、フォラヴの判断を行動に移して良いと教えた。
過去、同じように―― 誰かの命を繋ぎとめるために生きた妖精、『ベルドゥガディン』の一場面。それと似た事態に、フォラヴは立っており、女王に首肯されて許可を受け取った。
この後、話は終わらず、女王はもう一つ、妖精の騎士に教えた。それは忠告だが、心配と愛情が籠る。
『ドーナル。センダラと重なる時期が長いことは、二人に良くありません。どちらかが強制的に退場する状況も発生するでしょう。その時・・・体を失い、命に響くことも、無いとは言えません。センダラは一度、その状態を経ているので、次があるなら、それはあなたでしょう』
危険な忠告に、フォラヴは戸惑う。ザッカリアの死、ミレイオの危機、自分がそこに続くのだろうかとゾクッとした。
でも、これから決戦である。センダラと距離を取るにしても、状況が許さないこともあるだろう・・・見つめている女王の目を見つめ返す空色の瞳は、どうするべきか答えられずに声を詰まらせる。
『戦うだけがあなたの役目ではありません。戦いを求められる時は、あなたの運命を知らない誰かの命令ではなく、あなたが、今こそと感じる時。
あなたの意思が、時には迷わせることもあるでしょう。迷う先に、あなたの役割が存在しているか見つめるのです。存在していれば、無為な行動を選ばず、役割を選びなさい』
重なる期間が長引いた――― アイエラダハッド上陸後に注意されていたそれを、今この状況で通告されて、フォラヴはごくりと唾を呑んだ(※1769話参照)。
助言を与えた女王の、心配そうな眼差しに目を合わせられず、心から謝罪し、そして礼を伝え、フォラヴは忠告を胸に留めて、妖精の国を出た。
アイエラダハッドに戻ったフォラヴは、場所は構わずその場ですぐに、シーリャの面を取り出して、精霊に呼び掛けて頼みを伝えた。
面は紐を解くように何百もの輝く糸に変わり、それらは幾つかにまとまって宙を舞うと、鳥の長い尾羽を引く、戦士のような女性が現れ、持ち主に宣言した。
『フォラヴの声を届けよう。フォラヴの意志を伝えた続き、その者の命運に世界の望みあれ』
お願いしますとシーリャに縋り、フォラヴは朝陽に消える精霊を見送った。
そうして待つこと数分。再びシーリャは現れて『ミレイオの命を繋いだ』と先に結果を言い、ミレイオの今後に約束したことも聞かせる。
フォラヴはじっくりと耳を傾け、『では、もう一回。私がお願いする時に』と質問交じりの確認をすると、精霊はそれを肯定した。一先ず、繋ぎ止めた安堵に、フォラヴは精霊へ感謝の祈りを捧げ、精霊は面の姿に戻った。
「良かった・・・ 間に合ったなんて、幸運だ。早くタンクラッドたちにも伝えなければ。もしかすると、ヤロペウクが先に気付いて、彼らに教えてくれるかも」
ヤロペウクの元にミレイオがいるのか、シーリャはそこまで話していないが、引き取ったのはヤロペウクなので、間違いなくミレイオに起きた変化は知ったと思う。胸を撫で下ろした妖精の騎士は、急いですべきことを終えたので、船に戻ることにする。
「シュンディーンも、何か成果を出しただろうか。彼は親が大精霊だし」
独り言が漏れるフォラヴは、張っていた気が緩み、顔を手でぐっと拭う。大きく息を吐き出して、いざ、船へ・・・と龍を呼ぶ笛を出そうとしたところ、遠くに人影が動いたのを目端に捉えた。
森林の間際には、町も村もなかったが、集落は少し離れてあったのを思い出す。気付かなかったが、魔物の気配がない。
どこもかしこも、サブパメントゥが溢れて・・・とロゼールの話に聞いた後で、朝はさすがにいないと思うものの、魔物も気配を感じないことに、何かおかしい気がした。
人々の無事だけ確認してみよう、と妖精の騎士は歩ける範囲に見えた人影へ向かう。
もし・・・何かに操られていたら。それとも、異時空に呑まれて対処が必要なら。
その場合は、こうしよう、こうするか、と頭の中で考えながら、フォラヴは人影の動く集落近くまで進み、近づくに連れて、女性と子供だけと分かった。
積まれた人間の山の前で泣く女と、側から離れない子供たち。積まれた者たちは皆、男性のようで、彼女たちの家族だと気づく。
見た限りでは・・・魔物や魔性に襲われたのだろう。異時空の歪みは、空色の目に映らず、サブパメントゥの気配も感じ取れない。
精霊の祝福を得た武器防具の装備が、辺境の集落に及んでいないのも苦い事実で、こんなところまで来る隊商軍もいない。そして『精霊に選ばれて連れられた後』に残されたのも・・・ 少人数に切なく思った。
取り残された後に、守ってくれる男性も殺され、女性と子供たちだけになった。
フォラヴの足が止まる。自分が行っても何も出来ない、それを理解する。
彼らを保護することも出来なければ、安全な場所へ導く術もない。手当てが必要なら、と癒しの手助けくらいは過ったが。
ここで、妖精の騎士は疲れた頭でも、おかしさを感じた。
・・・人数。積まれた遺体の数が多い。女子供の数に比べ、倍以上の男の遺体が山積み。誰が、こうしたのだろう?
はた、と我に返ったフォラヴは、離れた場所からもう一度、遺体の山の側にいる人数を数えて確認。おかしい。圧倒的に、女性の数が少なく、年端もいかない子供たちが泣く光景。
遺体は、ざっと見て50人以上はあるが、焼いて処理するつもりで積んだにしても、一番上まで2m近くはある。縦に数えて6~7人が積み重なった高さである。
その高さまで、誰が運んだのか。女性は10名程度・・・見るからに、非力な印象の女性しかいない。それに、男性の数に対して、女性が少なすぎるような。
遺体は男性のものと、遠目に判別しているが、女性も中には混じっているのか。それにしても。
フォラヴの空色の瞳は、妖精の自分に流れてこない異変の裏を知るために、じっと現場を見据える。
人々は、疎らな木々の影のフォラヴに、気付いた素振りはなかったが、不意に風を切る音がフォラヴの耳に掠った。
その音の意味にハッとした一瞬、間一髪で上体を傾けたフォラヴは、真後ろを振り返る。ストッと静かな音と共に、後ろの地面に一本の矢が突き刺さっており、目を見開く。
急いで前に向き直ると、遺体の山に縋って泣いていた女性や子供が、皆、立って自分を見ていた。ぞわっとするも一瞬――
次の瞬間、前後から矢が降り注ぎ、身構えるより早く、フォラヴの体は矢を受けた。
お読み頂き有難うございます。




