2365. 『呼び声』 VS ダルナ
地下の国サブパメントゥに居たなら、手を出すことは出来なかった。
だが声は近くで聞こえていたし、歌もずっと止まなかった。
イーアンの勘は、これという根拠を持たず、本当に勘だけだったが、『逃がさなければ捕獲できる位置にいる』とあたりを付けた狙いは、相手を捕らえるに至った。
時には、気配以上に、存在の波が感覚に伝うこともある。
離れた影の内に・・・もう、影と呼ぶには合わない明るさだが、そこに僅差で逃げ遅れたサブパメントゥがいる。
蹲る、巨漢。分厚い体は鎧でも着込んでいるよう。紺色と白の二色のパーツが頭から爪先まで、鎧状に全身を包む。この姿に対し、長く太い尾が妙に生き物的で違和感を持つ。姿の印象は、レスラー体型のロボットみたいとイーアンは思う。
このサブパメントゥ。私に、棘を向けた・・・あの日の男で間違いない(※2041話参照)。こいつが『言伝』を。ラファルを。ザッカリアを、ミレイオを・・・
ぐわっと目を見開いた女龍の光が、サブパメントゥを覆う。360度を光に巻かれて、紺白の体躯は色褪せ、長い尾が体を守るように丸めた背にかかった。一丁前に嫌がってるのかと、イーアンは歯軋りする。すると、合成音が耳に入った。
「俺を殺しても、ミレイオは変わらない」
「既に死んだ、と言ってるなら、おめぇも死ぬだけだ」
「龍。お前のために殺される。お前が」
言いかける声は、カーッと白熱する光で呻きに変わり、体色の褪せる様子は、姿をぼやけ薄れさせる。イーアンの龍気に中てられて残るサブパメントゥは、まず、いない。だがイーアンはこれを即殺す気はなく、止めを刺さない。
龍気の壁を球体で作り、内側に魔法をかけた。龍気を以てして、龍気を紛らわす魔法。これを使わなかったら、こいつは一発で消えていただろう。
それでも、サブパメントゥには針山状況だが・・・こいつらがどこまで動いているのかを聞き出すには、じわじわ責める。
テイワグナでも・・・動き出した残党の足跡があったのだ。コルステインたちが、極力接触を避けているのも、ザッカリアが『今が鬨』と命を賭けたのも、残党の動きが速度を上げて活発になっているからで、それを把握しておかねばいけない。
ビルガメスたちは、把握など関係ない。空への無謀な侮辱を許すまじと、激減を仕組んだが、イーアンはそこで終われない。無論、イヌァエル・テレンの決定を実行するが、残党がアイエラダハッド以外で拡大する状況を重視する。旅はまだ続くのだ。
闇を取り上げ、光の中に置き、龍気の壁に阻まれて、女龍の龍気を浴びながら、よくまぁしぶとく生きているもんだと、褪せてぼんやり揺れる相手をイーアンは眺める。
ザッカリアを死に追いやり、ミレイオに手をかけたなら、こいつは殺すまで時間をかけて甚振る。利用し、転がして、仲間を裏切る役を与え、使い回す。死なない程度に龍気で壊しながら、雑巾のように使ってやる。
ミレイオは・・・イーアンの中に感じとる、ほんの僅かな『ミレイオの生きている』望み。
死に際だとしても、生きている。それは解った。名前を伝えてしまったため、一握りの可能性も危ないが、ここでこいつを押さえた以上、何が何でも、最後の望みを守る。ミレイオはまだ、イーアンの魂と繋がっている。
「龍」
徐に、音がした。半分ほど実体を薄くしたサブパメントゥが、女龍に呼び掛ける。それと重なって、一度止んだ歌がまた聞こえ出し、イーアンの警戒は高まる。
「ミレ・・・イオは、俺・・・の、声・・・が蝕」
「だから?」
交渉するのかと、イーアンは先を促す。
例えば、ミレイオが脳死のような状態に陥ったとして、このサブパメントゥの呪いじみた『楔』を引き抜けば、助かるのか。助からずに、何か植え付けられたまま、終わるのかどうか。交渉する気なら・・・と思ったところで、勘違いと知る。
「龍。空よ・・・堕ちろ」
「ああ?」
消えることを選んだ相手に、イーアンは大振りの溜息を吐き、龍気を少なくした。とは言え、消えかけのサブパメントゥが回復するわけもないし、ここで放つこともない。紺と白の体は既に色を失い、巨漢の厚さも陽炎のように薄くなった。
「糞野郎。楽になれると思うなよ」
女龍の吐き捨てる言葉。それを囲う、あの歌。
歌はこいつから出ているのか。再び聞こえ始めた音が、段々と強くなるが、対照的に相手は薄れていく。もしや、今・・・他のやつらに危険でも発している?と、イーアンが思った瞬間。
ゴトン。
え? おかしな音に、顔を横に向ける。龍気の壁の向こうで、何か落ちた。続けてまた、ゴトンと別の方向で、落ちる音。不可解さにイーアンが緊張した側から、サブパメントゥが呻きを上げ、サッとそちらを見ると――
「何で・・・ 」
相手の薄ぼけた体は、キューブ状に変化していた。こいつ何しやがった!と焦ったイーアンに、更に驚く事態が起こる。空から岩みたいな影が一斉に降ってきて、白い壁の外側に雨のように落下する光景が視界を覆う。
何だか分からない現象にびっくりしたイーアンは、急いで外へ出ようと、龍気の壁を下げようとした。その時、『ダメだ』と誰かが告げ、龍気越しに浮かぶ姿に、イーアンの目が丸くなる。
「スヴァウティヤッシュ・・・、イデュ」
「なぜ俺の名を呼ばない」
「あ。イングも」
白い壁の向こうで、見知ったダルナが揃う。黒い鳥のような翼を広げたスヴァウティヤッシュ、音のダルナ・イデュ、そして後ろには青紫のイングが。イングは人の姿で、二頭のドラゴンの前に出ると、イーアンの背後を指差して伝える。
「まだ開けるな。イデュが押さえたが、スヴァウティヤッシュがあれを壊すまで」
「え・・・ダメです!壊さないで下さい!」
あのサブパメントゥを壊すと言われ、龍気の壁に手をついたイーアンは慌てて止める。半球の龍気を挟んでダルナたちに、『私の仲間の命が掛かっている』と短く教え、だからまだ倒していないと話した。
実際は、ミレイオの生死をはっきり決定出来ていないが、まずはあいつから情報を引き出したい。あいつを使うのは、その後のこと。
イングは頷き、スヴァウティヤッシュが瞬きする。イデュは、ちらっと・・・塊に化した者に視線を投げ、イーアンに向き直った。
「音だ、イーアン。あれは音そのもの。俺の前にいて、音で俺に敵うものはない」
「音・・・イデュが、では。あ、もしかして。歌も?」
「歌?ふむ、歌と呼ぶには足りないが、近くを動いていた音は『落とした』。あれは逃げようとしていたのかも。サブパメントゥは光に死ぬ、と聞いていたが、形を音に変えれば切り抜けるのかもな」
イデュが現れたことで、歌が落ちたと知り、それがあいつ自身では、と言われ、イーアンは壁の外をぐるっと見回す。
白い龍気で外の様子は曖昧だが、岩が落ちたと感じたのは、イデュが固形化した音だった。
そして、蹲ったまま塊に変わったサブパメントゥも、イデュ曰く『音そのものだから』影響を受けた。音に変わって逃げ出す最中で、固められた姿。まだ、生きているらしい。
ダルナの能力は、意外さが想像を突き出る。こんなことが起こるなんてと、キューブの塊を見つめるイーアンに、スヴァウティヤッシュが話を戻す。
「イーアン、これ。まだ開けるなよ」
これ、と黒い爪で突く壁。なぜ開けない方が良いかピンと来ないが、止められているのでイーアンは頷く。黒いダルナは、詳細を確認。
「イデュが固めたが、どこまで動きを封じているか分からない。固めた上で、俺があいつを壊す予定ではあったけれど・・・何か、聞き出すつもりか?あいつから何を知りたい」
「スヴァウティヤッシュ、『壊す』って?『倒す』のとは、違うのですか?」
話が噛み合わない両者は、互いを見つめて黙る。スヴァウティヤッシュが、これまでどうしていたか、戦ってくれていたのだとは思うが、具体的な戦い方までイーアンは知らない。さっきから『倒す』ではなく、『壊す』という表現を使う意味は。
戸惑うイーアンの心を読んだ黒いダルナは『あ、そうか』と理解し、自分が敵に取る行動を教えてやった。イーアンは瞬きして、『サブパメントゥ・・・を対象に?』と聞き返す。
「そんなところだ。ああいうやつは幾らも倒している。俺の力に抗えたやつは、これまで一匹もいなかった」
驚くイーアンに改めて、『あいつの何を探ればいいか?』とスヴァウティヤッシュは聞き直す。
「はい。スヴァウティヤッシュの力、そんなことまで可能とは。では、どうか調べて下さい。ミレイオが、私の魂の姉さんがあれに殺され・・・いえ、まだ生きていると思います。
既に、仲間の一人は殺されてしまいました。何かの呪いが掛かるようなのだけど、あいつを倒しても解けないような言い方で」
「分かった。ちょっと待っててくれ」
声に詰まったイーアンに、黒いダルナはそこで止めて待たせる。『魂の姉さん』と呼んだイーアンは目を押さえた。
辛そうなイーアンを見て、イングは側に行ってやりたいところだが、龍気がサブパメントゥを阻んでいる以上、今は壁を越えず、悲しむ女龍を見つめるのみ。
スヴァウティヤッシュが、壁の奥にいる塊に、意識を向けて数十秒。縋る目を合わせたイーアンに、スヴァウティヤッシュは少し間を置いてから、言い難そうに教える。
「『ミレイオ』という者も、ここに居ないと無理かもしれない」
「え」
「繋がってるんだ。あいつとミレイオが。解くために、ミレイオの中で侵蝕する呪いを、抑えておく必要がある。要は、あいつの中に、ミレイオを捕まえているんだ。ミレイオは人間じゃないな?」
「違います。ですが、彼もサブパメントゥなのだけど、体の作りは人間に近いらしいです」
黒いダルナの質問に、急いで答えるイーアンだが、うん、と頷いて目を逸らすスヴァウティヤッシュの表情に不安が募った。
「ミレイオ・・・生きています?」
もしや、と不安が押し寄せて、震えながらイーアンは聞く。既に死んでしまって握られたままとかでは、と怖れを抱いた女龍に、黒いダルナは瞬きして首を横に振った。
「あ、それか。生きていそうだが。断定はできない。あいつの思考に混じっている別人の思考が、ミレイオかどうか、俺は判別付かない」
別の誰かの思考が混じっているから、それがミレイオの可能性はあるものの。それはさておき。
ミレイオにかけた呪い自体は現時点でも、あのサブパメントゥの内側で動いており、ミレイオの様子も確認しながら手を施さないと、こっちだけ壊しては、離れたミレイオに何が生じるか分からない、と濁した。
「つまり、ミレイオはまだ生きている可能性はあって、それで」
「今は、な。もしかするとまだ生きている。だが、生きていても肉体を蝕む、死に向かう呪いだ。体の機能を壊してから、ミレイオの思考も操るつもりなんだろう」
そう聞いて、すぐに対策を思いつかないイーアンは困惑する。ミレイオの居場所も知らないまま。龍気の壁を開けるわけにもいかず、焦って悩むイーアンに、三頭のダルナは顔を見合わせた。
「イーアン。俺たちが来た理由は気にならないか?」
「あ・・・ごめんなさい、そうでした。私はもう、心がどうかしていて」
「いいよ・・・イーアンの龍気が凄かったのと、怒り具合が半端なかったのを感じた。それでここへ」
近くにいたわけではないが、イングが感じ、イデュを呼んだ時、イーアンの思考を受け取ったスヴァウティヤッシュも揃った。イーアンは『有難う』と頼もしい味方にお礼を言い、白い壁に腕をついて項垂れた。
「どうしよう。ミレイオを助けなければ。でも、もうじき、龍族が降りてきます・・・目的は」
「今、お前の心を読んだ。口にしない方が良い」
一応ね、と黒いダルナが遮って、水色と赤の混じる瞳を、固形化したサブパメントゥに向ける。イーアンも口を噤んで頷くと『そういうことなので』と龍族の目的部分を飛ばし、ミレイオも、この後のことも、差し迫っている状況だと教える。
「厄介だな」
呟いたスヴァウティヤッシュに、イングの視線が止まる。何が、と短く問う青紫の男に、黒いダルナは長い首をふっと背後に向けた。
「そろそろ、『一回目』とやらが」
言い終わらない内に、ドオオンと音を立てて、大きな地震が地面を打つ。強烈な龍気が津波のように押し寄せ、最初の発動を知らせた。場所は同じ南東であり、すぐ近く―――
そして、この発動に目を奪われた数秒後。ダルナが『サブパメントゥがいない』と気付いた。
お読み頂き有難うございます。




