2361. 渦巻く危機・シュンディーンとフォラヴの役目
朝が来たと同時、続く訃報かと、目と強く瞑ったオーリン。
ヤロペウクの片腕に乗るミレイオの体が、上着のように垂れる。タンクラッドが質問しようと口を開いて、同時にヤロペウクが話す。
「救い出したが、彼の意識は囚われている」
何から救い出したかは飛ばし、要点を告げた男に、顔を上げたオーリンが『救う?生きているんだな』と急いで聞いたが、タンクラッドは『たった今、重要なこと』を知るため、口を挟む。
「意識が囚われる?ミレイオは誰に・・・サブパメントゥか」
「そうだろうな」
とりあえず死んではいない、と理解する。だが、曖昧な返事はヤロペウクにとって、相手が誰か重要ではない様子。それが却って、気になった。相手云々より、ミレイオに問題があるのか。
ミレイオを片手に持ったまま、ヤロペウクは彼を渡す素振りもなく、タンクラッドとオーリンを交互に見て、もう片方の手でミレイオの額を指差した。
「脳の働きが膠着している。体は生きているだろうが。サブパメントゥの体の作りは、人間と違うにしても、ミレイオは人間に似せて創られた体だ。このままだと」
「待ってくれ。彼は死ぬ、と言っているのか」
急いで遮ったタンクラッドに、大きな仲間が頷く。そうなる流れを見ているようで、ミレイオの体の構造を知っているわけではない様子。ヤロペウクに、『生きるか死ぬか』の移ろいが見えていると聞かされ、オーリンは息を深く吸い込んだ。
「助けてやってくれ。ミレイオまで死ぬなんて冗談じゃない」
「今はミレイオが『死ぬ時』、じゃないだろ?十人目の仲間には、彼は同行者でしかないかもしれないが、ミレイオは重要な」
オーリンとタンクラッドの返す勢いを、ヤロペウクは手を前にスーッと上げて止めさせる。
「死んでから、だ。俺の仕事は」
「・・・分かり難いな。ということは、ミレイオを助ける手段がなくて、死んだらまた呼べ、と言いたいのか?」
すかさずオーリンが食い込むと、白い髭を殆ど動かさない口元が『お前たちの助けが、まだ間に合う』と付け加える。
その一言に、タンクラッドの目が見開く。『何が出来る?』凄むように聞き返し、ヤロペウクはミレイオの額に手を置いて話した。
それは、――― 人間にどうこうできない方法。
瞬きした剣職人の表情が、『難題』を語る。オーリンも両瞼に指を当てて俯いている。タンクラッドの視線は戸惑いがちにミレイオに向き、どうするべきか暫し考えていた。
「ザッカリアが」
徐に、ヤロペウクの声が少年の名を呟く。ミレイオについては終わったのか、ハッとした二人は顔を上げる。ヤロペウクは感情の籠らない口調で、選択肢を促した。
「ザッカリアが蘇った後。ミレイオを救い留めたか、蘇らせたかでは、今後の流れが変わるだろう」
「・・・何を。言っているんだ?」
見えてこない謎めいた言葉に、タンクラッドが困惑する。白い髪の毛の隙間から、魂の奥を見通す鋭い視線が投げられ、もう一度同じことを答えた。
「死なずに済むにせよ、死んで蘇るにせよ、ミレイオは『生きる』に変わらない。ただ、世界の流れは変化する、と覚えておけ」
「ヤロペウク。ザッカリアが蘇るんだな?それは感謝しかない。だが、ミレイオと何が関連しているんだ。『ザッカリアが蘇る』のは、状況が元に戻るわけじゃないと聞こえる。『ミレイオが死んでから蘇る』のも、マズいようにしか聞こえない」
タンクラッドは、ミレイオを救う手段を教えられた後で聞いた、この意味に不穏を重ねる。だらりとしたミレイオに、また視線を落としたヤロペウクは、『マズいで済まないかもな』と認めた。
そして、同じ部屋で眠っている、妖精の騎士と赤ん坊に顔を向け『手助けを求めるなら、彼らだ』と助言した。
*****
猶予一日――― ミレイオの体が終わるまで、一日くらいと見ておけ。
これを教え、ヤロペウクは、ミレイオを抱えたまま、靄となって窓から出て消えた。
職人二人は、眠るフォラヴに視線を移し、彼に何が出来るのかと訝しく思うものの、フォラヴを起こす。目を覚ました彼にヤロペウクの話を伝えようとした矢先、オーリンの連絡珠が光り、イーアンから『ザッカリアの死に、ヤロペウクを呼んで』と願われた。
これに対し、オーリンはすぐ『もうヤロペウクが引き取ってくれた』こと、そして『蘇る可能性がある』ことを教えたが、ミレイオについては伏せた。横で心配そうに見つめる剣職人に頷き、礼を言うイーアンとの交信を早々と終えたオーリンの溜息が落ちる。
「イーアンに、ミレイオの話はしなかった」
片手に持った連絡珠をぐっと握ったオーリンは、言うに言えない『ミレイオの危機』は伏せた。小さく頷くタンクラッドは、俺でも同じようにすると言い、他に何を話したか尋ねる。
「ザッカリアが蘇ることは、教えたんだな?」
「ヤロペウクが引き取って、その可能性があると言われた、ってところまで」
「それでいいと思う。イーアンがミレイオの・・・そこまで知ろうもんなら」
イーアンは、ザッカリアの死で壊れかけていた。続けてミレイオまで死ぬと知ったら、何も待たないだろう。イヌァエル・テレンで、動きも心も男龍に守られている状態のイーアンに、とてもじゃないが話せない。
ここから、オーリンとタンクラッドは、不安気なフォラヴに話を再開する。
ミレイオが死ぬ手前にいるところで途切れたので、続きを伝えた。ヤロペウクは、妖精の騎士と赤ん坊を見て『手助け』と言った事。
何が何やら見通しも立たずで、どう繋がるのが危険なのか、曖昧模糊としている今。
話を聞かされたフォラヴは、オーリンに『思い当たることあるか?』と覗き込まれ、空色の瞳に困った色を浮かべる。いいえ、と小さく首を横に振り、柳眉を寄せる妖精の騎士は視線を逸らして考え始めた。
フォラヴが、自分に託された理由を探している間に、シュンディーンが起き、シュンディーンを抱き上げたタンクラッドが『赤ん坊のままで良いから、話を聞けるか』と聞くと赤ん坊は頷いて、剣職人はミレイオのことまで全部彼に話す。
シュンディーンの青い目に涙が溜まり、涙が落ち、タンクラッドは赤ん坊を胸に押し当てて頭を撫でる。
「赤ん坊の方が、泣きやすいだろう・・・泣いて当然だ。親のように、ミレイオは常にお前の側にいた。だから、考えてくれ。何が出来ると思う?ヤロペウクは『ミレイオを救うには、彼の思考を止めたサブパメントゥの固定を外す』と言った。方法はそれだが、手段を聞けば難題だ。相手を倒すだけで終わらん。相手に固定を外させる必要があるようだ。
特定するのも至難の業、ミレイオを攻撃した相手が、その罠を外すわけもない。コルステインに言うべきだろうが」
「違う」
タンクラッドの話を聞くだけ聞いたシュンディーンが、涙に濡れた顔を上げて遮る。濡れた黄色い頬を指で拭ってやり、タンクラッドは『何だ?』と静かに、答えを見つけた赤ん坊に真剣に訊ねる。
「コルステインに頼んじゃダメなんだ。それはダメだから、僕と・・・フォラヴに」
小さな赤ん坊の姿で、はっきりと会話して答えたのは、これが初めて――― この一場面の担う重さを、タンクラッドたちは肌で感じる。
「コルステインに言うな、とお前は思うんだな?分かった。それじゃ、どうする」
言われてみればとタンクラッドも了解するところ。コルステインたちは、敵対する残党との一戦が勃発するのを避け続けていた。それは、旅路を混乱させるからと、タンクラッドも理解している。それなら、ここに居るシュンディーンとフォラヴに何を求められるのか。
「私は、もしかして。私の受け取った面が、意味を持つのかも知れません」
不意にフォラヴが、抱えていた頭を上げる。騎士は、急いで立ち上がると『取って来ます』と部屋を出て行った。
「彼の面は、確か・・・混合の精霊」
呟いたタンクラッドの胸元で、シュンディーンも何か思い当たったように目を瞬かせた。
「僕は。親に会う・・・そうだ、親に言わないと」
「ファニバスクワンか?ミレイオのことを、ファニバスクワンに相談する気か」
「相談じゃない。言わないといけない。だって僕はミレイオと行くところがあったから」
行くところ―― 空 ――について、シュンディーンは伏せる(※1530話参照)。
そう、ファニバスクワンは以前、ミレイオと共に過ごすように命じた際、いつか空へ上がると言ったのだ。シュンディーンは、ミレイオと一緒に上がるなら良い、と思っていた。
空の示す部分は、龍族の空か、それとも精霊の棲む地上の空か。そこはさておき・・・親は『ミレイオは鍵』と言った。一緒に、と。
ミレイオが死んでしまうことや、生き返ることが何を意味するか、シュンディーンは複雑で分からない。
だが、死んでしまうことが、これまでと線を引いた、別の状態へ変わる、それは解った。
精霊の変化と似ている。別の存在、別の時間を与えられる。それはもう、役目が違う――― 役目の違うミレイオになるのであれば、親に言うべきだ。
じっと見ているタンクラッドの、温かい大きな手がシュンディーンの頬を撫でて、赤ん坊の言葉を考えている。シュンディーンは、ぐっと顎を引いて、『川に出して』と頼んだ。
「ここから行くのか」
「結界が外れちゃうけど。親に今すぐ会う」
「分かった。気を付けて行けよ」
急展開に、タンクラッドは了解する。抱えていた赤ん坊を窓辺に近づけ、窓を開けてやると、シュンディーンは早速、親を呼び始めた。
広い川面にさざ波はすぐに現れ、金色の点々が滴を落とすように浮かぶ。それは、進む船の横を追って花を咲かせ、真横に大きな一輪が開いた時、ファニバスクワンの微笑む光が、朝の木漏れ日に映った。
窓から腕を伸ばした剣職人を振り返った赤ん坊は、『すぐ戻るよ』と言うと、そのまま川にひゅっと落ちるように降り、金の花たちと共に光に消えた。
「行っちまった」
横に並んだオーリンが、泡と消える金の花を見送り呟く。タンクラッドも『進んでいるんだ、少なくとも』と答え、窓を閉めた。休む間もなく、今度はフォラヴが扉を開けて、片手に持った面を二人に見せた。
「魂の、これのことでしょう。私に出来ることがあるなら」
「妖精の女王ではなく、か」
「妖精の女王にも伝えます。でも私の役目は、『精霊の鍵』。心と魂を行き来する、と精霊が告げた、シーリャの面を使う場面に来たのだと思います(※2212話参照)。きっと、二度目の旅路で消えた妖精の、道のりの続きを私が歩む、最初の一歩」
「・・・何だと?消えた妖精の続きを、お前がと?」
熱持つフォラヴの言葉に、不安を過らせた剣職人と弓職人が尋ね返す。騎士は二人をしっかり見つめて頷いた。
「私の立ち位置。もしも、私に何かがあっても、私はそこで立ち止まることはありません。二度目の妖精は倒れたと聞いていますが、私は倒れません。まずは、何が起こるか分からないけれど、覚悟を決めて動きます」
「混乱することばかりだ。フォラヴ、俺たちがお前も失うような言い方は止せ」
妖精の騎士に大股で歩み寄り、腕を掴んだタンクラッドを見上げ、フォラヴは少し微笑んだ。
「私に感じることはあります。今、ミレイオとザッカリアのために・・・そして世界の舵を取るために、動くべきではないかと。お待ち下さい、少しの間」
「分かりもしないのに、何する気だ」
タンクラッドは、事情をもう少し把握させろと、いきなり出て行きそうな騎士を引き留めるが、オーリンが横に来て『フォラヴは女王が一緒だぞ』と宥める。
後ろ盾のない種族、人間としての感覚が先に出るタンクラッドに対し、オーリンは人間的であれど、龍族という種族の視点で、フォラヴもまた種族の力に守られている、と理解する。
振り向いて、妖精の騎士を黄色い瞳で見つめる。じっと見つめたつり目に、フォラヴはニコッと笑って『ありがとう』と礼を言った。
「シュンディーンは出かけたのですね。私も行きます。タンクラッド、オーリン、後を頼みます」
二人の腕に手を置いて、そう頼むと、フォラヴは面を持って扉を潜る。振り向かずに廊下に消えた後、少しして彼が龍のイーニッドと空へ上がった姿を、タンクラッドたちは船室の窓から見た。
「俺たちが留守番だ。あっという間に」
「こんな時でも、お前の調子が変わらんことは救いかもな」
外を見たまま呟くオーリンに、溜息を落とす剣職人は椅子に座って、片手で髪をかき上げた。連続する速い展開に、滝を落ちるような感覚になる。
オーリンも側に来て、空になった寝台に腰掛けると『やることはやった、だろ』と疲れた頭を項垂れて、大きく息を吐いた。
「あとは、戦いながら待つだけだ」
お読み頂き有難うございます。




