2359. ニヌルタの未来予告 ~ミレイオとバニザット、イーアン・船への伝言①
このタイミングだから――― イーアンは、二つの話を聞いて、そう捉えた。
今は、龍の島に戻ってミンティンに寄りかかり、朝を待っている時間。
ビルガメスとニヌルタは、話が終わった後、イーアンを龍たちに預けて戻った。出発の頃合いを様子見で待つらしく、朝にまた状況の変化を教えてくれると言っていた。
普段は、男龍の家―― 大体、ビルガメスの家 ――へ連れて行かれるが、今夜は龍たちと過ごす方が良い、とも話していた。イーアンもそうしたかったので、従った。決心した心の続きは、誰かと話したい気分ではなかった。
ザッカリアの齎した『死の選択』は、彼の立場らしい、大きな揺れを生み出す。
ニヌルタが話したのは、『ザッカリアが空に来ていた時期』のことだった。
実のところ、ニヌルタも推察の域を出ない。ただ、ニヌルタの場合は、他の男龍と異なる情報(※ガドゥグ・ィッダン)があるようで、『ザッカリアの動き』と『空の未来』について、手持ちの情報とすり合わせた予測を立てていた。
男龍が関心を持った時点で、特殊な内容と分かる。イーアンが少なからず驚いたのは、そうした内容をイーアンに教えた試しのない男龍が、今日に限って伝えたこと。
それも、『イーアンには重要』として、聞かせた。
話の内容を思い出すイーアンは、『このタイミングだから』。そのキーワードが、離れない。
どれくらいの期間だったか、ザッカリアは一人で空へ上がり続けていた。それは知っている。ただ、何をしに行っているのかまでは聞かなかったし、彼も言わなかった。
それが、ある時から行かなくなった。気づいていたが、イーアンは彼とすれ違う時も多く、特に気にしなかった。
通い続けた理由。事情。それは、イヌァエル・テレンに最終的に関わることだったし、その手前でミレイオや魔導士バニザットも関係ある内容だった。ここにまさか、自分も関与しているとは―――
―――魔導士が、執拗に空へ行きたがったのは、なぜか。
それは、今も理由を知らない。
ただ、ザッカリアの行動を辿ると、彼は『鍵たるミレイオ』が、『魔導士を導く』ために空へ動く、このことについて調べていた。
衝撃的な内容と、二人の名前に訝しんだイーアンだが、『ザッカリアは彼らの未来が、何を意味するか知ったのだろう』とニヌルタは続け、更に驚愕することを言った。
『未来の最も可能性の高い予告に、既に出ている。あの魔法使いの魂を(※バニザット)空へ導くミレイオと、ミレイオを手伝う者が。イーアン、恐らくそれはお前だろう』
絶句した。なぜ?と頭の中では聞き返したが、驚きは声にならない。
ミレイオは、バニザットのために空へ向かう・・・ イーアンが、ミレイオを手伝って空へ連れて来る・・・ バニザットの求めは、ミレイオとイーアンによって叶えられる・・・・・?
未来予告はこうした内容であり、イヌァエル・テレンにとって、非常に注意すべき事と、イーアンに伝えられた。
そんな話・・・知らないし、何も掠りもしていない、寝耳に水のイーアンは、唖然としたのも束の間、慌てて自分の関与を否定した。
関与を否定してすぐ、『ミレイオだって、そんなことするわけない』とこれも強調した。バニザットについては、彼の執着心を知っているので口にしなかったが、とにかく、自分とミレイオが、イヌァエル・テレンに警告される動きを取るなど、絶対にあり得ない、と言い切った。
だが、ビルガメスもニヌルタも小さく頷いただけで、肯定もせず否定もなく、『お前に先に知らせた理由だ』とだけ言った。つまり、未然に防げ、と。
話は、ザッカリアの空通いだったはずなのに、とんでもない未来を告げられ、動転しかけたイーアンは、『それとザッカリアも関係あるのか?』と話を戻した。ニヌルタはじっと女龍を見つめ『お前も気づくと思ったが』と呟き、説明してくれた。
『ザッカリアは、仲間を守ろうとしたのかもしれない。ミレイオと・・・魔法使い(※バニザット)はどうか知らんが、多分、その魂も。彼は未来を見て、二人がイヌァエル・テレンへ動くと知っただろう。それは同時に、二人が消滅することを意味している。
なぜなら、ただの闖入者で済まない場所、を目的として、潜り込むからだ。
ザッカリアに見えた未来が、一つではなく複数だったとしたら、彼は仲間が死なずに済む未来を望む。色濃い線が、彼らの消滅に直結する侵入劇であれ、そうではない未来を捨てなかったかもしれない。
だから、彼は情報を探して、毎晩空に来ては調べていたんだろう。なぜ、あの一ヶ所から動かないのか、不思議には思った。
俺も他の男龍も気づいていたが、ザッカリアは空の一族。空の一族が決めたことに、首を突っ込むことはしなかった。ただ、彼が来る日数と、通う場所を考えれば、自ずと答えは現れ始めていた』
夜になると、必ずある場所へ出かけていたザッカリアは、それがぷつんと終わる。
この終わりを以て、ニヌルタはピンと来た。これまで、『誰なのか』と疑問だった予告の者に、見当がついたと(※894話最後参照)・・・そう言って、話している相手・イーアンを見た。
『ザッカリアは、ミレイオを手助けする人物を理解した。男龍ではなく、イーアンだと。お前であれば、話すことが出来ると思ったのではないか。イーアンに伝える時期を選び、集めた情報と未来を教え、ミレイオたちの未来から消滅を取り除く可能性を』―――
「私に話そうと決めた・・・ ザッカリアが空通いを、ある日やめた理由」
ふーっと長い息を吐き出し、イーアンは目を瞑った。
未来予告で、私が空を裏切るような行為を選ぶ。それだけでも全否定なのに。ミレイオとバニザットが、私に何を頼むとそうなるのか。
そして―――
ザッカリアが、死を選んだタイミング。今、古代サブパメントゥの勢いがついて、世界各地で出始めては、三度目の旅路の状況が狂いに狂うと、彼は感じた。それを一時期、制することが可能なのは、今が最適だった。
空のため。旅の仲間のため、世界のため、世界が決めた『三度の魔物との戦い』のため・・・・・
未来予告を調べ続けた話と、ザッカリアの死の理由。
二つの話は関係ないようにも思えるが、最後まで聞いて、そうではない、とイーアンも気づいた。
「でも。ザッカリアは気付いていなかったのね。ここまでは」
皮肉だが、当事者のザッカリアは二つの関連まで、感じていなかったと思う。男龍に説明されたイーアンは理解したが、ザッカリアは渦中だったから、見えなかったのかもしれない。
「ザッカリア。あなたの死が、ミレイオと魔導士を動かして、私に繋がるように変わって行くとは・・・思うわけないよね。死ぬ覚悟を、急に決めなければいけなかった時間の中で」
そういうことなのだ、とイーアンは一人頷く。
恐らく、ザッカリアの死が招くのは、それまで通じていなかった私を『共犯』に巻き込む道。
何がどうなって、その事態が訪れるのか、予想はつかないけれど、きっとそうなのだと思う。ニヌルタもビルガメスも、そうなるだろうと深刻に捉えたから、私に今、話したのだ。
「ザッカリア。私は、あなたの死を・・・望まない。ヤロペウクに相談します」
座った膝を抱え込み、イーアンは俯いて呟いた。生き返るかどうか、確証なんてない。でも、ザッカリアの死が別のリンクを作る。
一つは、『これから起こる発動と連動』による、サブパメントゥ排除。これは、例えザッカリアが復活しても、止まる理由はない。ザッカリアを殺した時点で、残党の輩への対処が決定したものだからだ。
だが、もう一つのリンクは、彼の生死に関わらず・・・止められるだろう。
「もし。ヤロペウクが、あなたを蘇らせなかったとしても。忠告を受けた今、あなたの見た『侵入する共犯』の未来を、私は選ばないでしょう。だとして、他の何者かが、新しく代役として浮上するなら、私はそれを止める」
イーアンの眠れない夜は、ゆっくりと明けてゆく。
ザッカリアの遺体は、タンクラッドたちが守ってくれているだろう。ヤロペウクに相談するよう、朝が来たら伝えることを考え・・・この時、地上では―――
*****
「オーリン」
「ただいま」
船は、夜間も止まらずに動いていた。シュンディーンが結界を張り、タンクラッドとミレイオは交代で見張りもしていた。動力室も燃料も問題ない船は、とにかく次の町へ向かう。
夜明け前の見張りで甲板にいたミレイオが、戻ったオーリンに『どうなの』と駆け寄る。オーリンは頷いて、とりあえず『見張り?』と質問。そうよと答えたミレイオに、船室を指差して『中で話そう』と促す。
「見張りを誰かに頼んでくれ。話自体は長くない」
「分かった。ちょっと待ってて」
空から戻ったオーリンに了解し、ミレイオは船橋へ上がって、舵を取る船員に少しの見張りを頼んだ。すぐに一人甲板へ来て、『すぐ戻る』と後を任せたミレイオとオーリンは船内に入る。船室へ向かう間、オーリンが『ザッカリアの死を他の誰かが知ったか』と訊ねた。
「船員と私たち・・・あ。そうよ、放火犯は片付けたわ」
「何?片付けた?ミレイオか」
「私とタンクラッドだけど、正確には勝手に死んだ感じね。この話も後でする。それと」
言いかけて、もうザッカリアの部屋の前。ミレイオは扉を軽くノックして開け、中でタンクラッドが『どうした』と立ち上がる音がした。オーリンが戻ったから、船員に見張りを代わってもらい、中で話をする、とミレイオは言い、後ろのオーリンを先に通す。
「オーリン、何か起こるのか」
「そうだな。それもあるし」
部屋の中に、タンクラッドとフォラヴ、ミレイオ、シュンディーン。ロゼールはコルステインに呼ばれ、連れて行かれた。そして、ザッカリア・・・ ギョッとして寝台に目を見開いたオーリンに、あ、と声を上げたミレイオが『ヤロペウクよ』と急いで教えた。
「ヤロペウクに頼んだのよ、ザッカリアのことを」
「何?ザッカリアの体を預けたのか?」
「そう、そうね。預けたというか、連れて行ったというか。ごめん、先に言えば良かった」
ミレイオたちは、『次は、預けたザッカリアが戻るはず』と、一段落の待ち時間で、迂闊にもオーリンに真っ先にするべき報告を忘れていた。驚くオーリンに、タンクラッドからもう少し説明が続き、オーリンはようやく理解する。
「そうか・・・ じゃ、今日。ヤロペウクが、結果を持ってくるんだな」
「だろうな。『明日』と言ったから、結果がどうにせよ、だ」
日付が変わってから、いつ来ても良いように、誰もが気を張っていた。ザッカリアのいない、ザッカリアの部屋。この部屋に戻されるとは限らなくても―――
「ザッカリアを待っている時間に、重い話が続くが。男龍の伝言だから、話すよ」
オーリンはランタンの光をちらっと見て『もう怪しい奴はいないんだろ?』と訊ね、居ない、と首を横に振った職人に頷くと、要点を短く伝える。
「今日か明日・・・明日の可能性が高いか。南部で最初の発動が起こる。白い筒、あるだろ。あれだ」
「白い・・・ どこで」
ミレイオの眉根が寄る。オーリンは部屋の一方を指差し『あっちだな』と大まかな方角を示す。南東へ下りて行く船の反対。龍の民は、自分が話せる範囲を指定されているので、言えることは全部話した。
センダラが、異時空を広げる魔法を使うことも、それを止めないことも。
魔物・土地の邪に加え、急速に残党サブパメントゥが増えている外の様子も。
そして、発動までの間、サブパメントゥに人間が餌食になるだろうことも。
お読み頂き有難うございます。




