2357. 仕組む発動②・センダラの手伝い
遠くで、センダラの攻撃が起きたと同時、イーアンの龍起爆が反対方向で地上を抉った。
龍気を落とした真下には、人里が複数あり。
ビルガメスはイーアンに『ここは人間がいない』と教えてあったし、イーアンも人の気配を感じていなかった。
確かに、生きた人間はいなかった。ただ、『死後、死体を操られている人間がいる』とイーアンが気付いていたら、また出遅れたのかもしれないが・・・ 大地はそれらも含め、龍起爆を受けて陥没。
遠く離れた場所二つ、同じ程度の衝撃を間髪入れずに起こしたことで、空間が不自然に放電し始める。どこからともなく、ピリピリと、バチバチと・・・弾ける音が鳴り、それは徐々に大きく変わって、何もなかった空中に、歪の亀裂が引かれ始める。
この二点に挟まれた合間に、魔物の門を封じた祠が一つあり、跡形もなく消し飛んだので、間もなく―― 魔物の波が地上に溢れた。
時間は夜で、妖精と龍の光が行き渡ったも、ほんの数秒。
あっという間にまた暗くなったすぐ、魔物の黒が膨れ上がる。『妖精と龍に攻撃される』と感じた土地の精霊は既におらず、集まってきたのは土地の邪と、地下から機会を窺い蠢くサブパメントゥが少々。
その様子を少し見てから、ビルガメスはイーアンに命じる。
「見定めてからイヌァエル・テレンへ戻るが、お前は龍の島へ行け」
「え・・・あ。はい」
「さっき、話しただろう」
「はい・・・あの。はい、分かりました」
覚えていないイーアンは、たどたどしく、目を泳がせて頷く。終わったら馬車のある船に戻るのかと思っていたが、ビルガメスは空で休むように言っていたっけ・・・とぼんやり思い出した。頭の中は、『ザッカリア』と『センダラに合わせた龍起爆』しか繰り返していない。なんで龍起爆を落としたのかも、何となく忘れている。
大丈夫か私、と頭を振ったイーアンを、ビルガメスが腕を伸ばして引き寄せた。
こんなに我を忘れるほど、怒りに没頭してしまっている状態で、ビルガメスは『利用と使用』に適切とは捉えているが、心配もある―― イーアンが、泣かない。
これまでは悔しさや怒りで涙を流す顔を、何度となく見てきたが、ザッカリア殺害で、イーアンは一粒の涙も落とさず、目元も潤ませない。
放心状態に近い怒りの頂点が、イーアンに見境を失くさせているのが伝わる。
だからこそ、ビルガメスは『今の女龍を使う』ことを選んで、動き出した初期サブパメントゥの足場を、崩してしまうことにしたのだ。ザッカリアが命を懸けて託した続き、今、抑え込めと『自分の死を利用した』勇気を、男龍は受け取った。
これを機にしなければ、ドルドレンたちとオリチェルザムの対決までに、想像以上の混乱が起こるだろう。
ここに、ヨーマイテスはいないが・・・ 『帳を引き抜く者(※男龍解説外で1137話参照)』の代用は、仕組めないこともない。中間の地のガドゥグ・ィッダン分裂遺跡を動かす。
関与する気もなかった事も含め、統一までの速度が急かされている。ザッカリアが選んだ死、『自分を使え』と無言で託した展開。
彼は見たのだろう。魔物以外の魔性と邪に溢れ返る中間の地が、大混乱へもつれ込む未来を。
その時、イーアンはイヌァエル・テレンから動けず、コルステインはサブパメントゥから出られない。ドルドレンたちだけで、掻き回される中間の地を進む困難を、ザッカリアは理解したのだ。
彼を殺された空が、黙って見過ごすことはないのも。
ここで抑えなければ、ドルドレンたちの戦いが危ういことも。
だから、許可された殺害の選択を、ザッカリアは握った。
あとは、発動させる、ガドゥグ・ィッダン。
ヨーマイテスと同じ意味を成すなら、方法は一つ。これにより、中間の地の人間の犠牲が一層増えるだろうことは、当然だが、これもまた『世に設定された時機(※三ヵ国目の動きの意味)』が促しているに等しい。
中間の地の人間を守ろうと、必死に努力するイーアンたちを思うと・・・多少のすまなさは―― ビルガメスのような達観した心にも ――滲むが。
「同時進行の可能性が出て来るなら、半壊と壊滅のどちらを選ぶか、聞くまでもない」
呟いたビルガメスに、イーアンが一秒置いて見上げた。腕の内に収まる女龍は呆然としていて、地上に溢れる黒い魔物も目で追うだけだったので、ビルガメスはその白紫の頬を撫でて『イヌァエル・テレンへ』と穏やかな声で示した。イーアンの目が少し泳ぎ、その前に言われたことを聴いていなかったので、少しすまなそうに尋ねる。
「さっき、何か言いましたか」
「いや。独り言だ」
「もう・・・ここの状態は、見定めたのですか?」
「充分だ。次に男龍が来る時は、もう少し置いてからだ」
うん、と頷いただけのイーアン。分かっていないと伝わる表情を少し見つめて、ビルガメスはそっと白い角へ口づけし、空へ上がる。アオファの龍気もそこそこ遣った後・・・龍族は、空へ上がった。この時、終始、姿のなかったオーリンは、と言うと―――
ガルホブラフが嫌がるので、接近は避けたが。思ったとおり、離れていてもその力は異常だった。
オーリンの黄色い瞳は、遮るもののない空で一点を見つめ、相手の『仕事』っぷりが、想像以上に強烈であることをまざまざ認識した。
その相手は、空間の軋みを感じながら、少しして高い空を見上げる。正確には、見ていないし、顔を向けただけだが、閉じられた瞼の奥で龍族が帰ってゆく気配を追った。
「オーリン。あなたも上がれば」
振り向いた金髪が命じる。かなりの距離があるが、どういうわけか、聞こえる言葉はすぐ近くで言われているように鮮明に届く。オーリンは軽く頷いて『そうだな』と返事。
「見張ってなくたって良かったのよ。龍は大丈夫?」
「・・・バカにするなよ。龍相手に」
「バカにしていると思ったの?属性が違うんだから、当然のことを言ったのよ。あなたたちは、イーアンと違うんだから」
妖精センダラ。性格が悪いとは知っていたが―― オーリンは返事をする気になれず、ガルホブラフの首をポンと叩く。龍も嫌そうで、叩かれたと同時、その場をひゅっと離れて空へ上がる。
「イーアンに伝えて。戻ったら私に」
「連絡だろ。聞いたよ」
相手の姿は点になっているほど遠いが、それでも耳にすんなり届く命令に、オーリンはくさくさしながら遮って、雲を突き抜け空へ消えた。
オーリンと龍が戻ったので、センダラも夜の地上に降りる。ミルトバンを呼び出し、サブパメントゥから出て来た蛇の子を腕に抱えると『移動よ』とその場を発つ。
「どこ行くの。今は夜だし、移動したらさっきの場所に、サブパメントゥが増えるんじゃないの」
「いいのよ。それで・・・ 暫く、ごった返すわ。人間もまた減るでしょう」
「いいの?」
「決定したのは、私ではないの。龍族が望んだことだから、これは龍族の話」
妖精のセンダラから、龍族の話が出る?訝しそうなミルトバンは少し黙る。
飛行するセンダラは多くを喋らないので、中途半端。ミルトバンも分からないなりに考えたが、センダラは、イーアンは嫌いじゃなさそうだから、手伝ったのかも知れない。
だけど・・・ それだと変だな、と思う。センダラはあんまり人間のことを気にしていないが、イーアンはいつも『人々が』と気にし続けている。そのイーアンが、わざわざ古いサブパメントゥの人間狩りを促すなんて。
「ミルトバン」
いきなり話しかけられて、腕の中に納まる蛇の子はセンダラの顔を見上げる。センダラは前方を向いたまま『それ以上、考えなくていい』と言った。
「どうして?」
「分からないことを考えたって仕方ないじゃない」
「教えてくれないから」
「あんまり喋ってると落ちるよ」
「落ちないよ。センダラが俺を落とすわけないもの」
ミルトバンの一言に、もう、と嫌そうに眉を寄せる妖精。あんまり話したくない・質問されたくない様子の横顔を見つめ、ミルトバンは『龍族と会ったの?』と短く聞いた。龍族は、古いサブパメントゥと確執がある。それくらいはサブパメントゥの誰もが知っている。人間を犠牲にしてでも、龍はサブパメントゥを倒す気なのか、と考えたら、少しだけ胸が苦しかった。
それを察したセンダラは『こら』と小さい声で叱る。
「何?龍族と会ったの、って聞いただけだよ」
「そっちじゃなくて。考えないでと言ったでしょ。あんたが辛くなるかもしれないし、言いたくない」
「あ・・・やっぱりそうなんだ。人間が減るの、イーアンが古いサブパメントゥを倒すから」
「違う。あ~・・・なんて言えばいいのよ。イーアンだけど、イーアンだけじゃないの。龍族なのよ、それを望んだのは。イーアンは私と喋っていないわ。でもイーアンが頂点だから、イーアンが許可はしているの」
何度も『イーアンイーアン』名前を出す割に、本質は彼女ではないらしい話。
コルステイン側のサブパメントゥ・ミルトバンだが、やっぱり同族が消されるほど嫌われるのは複雑な心境で、イーアンも実は俺を嫌いなのかもと、少し感じたが、またそこでセンダラに止められた。心でも読んでいそうな速さ。
「ミルトバン!余計なこと考えないで」
「俺の心、読んでるの」
「大体分かるわよ、いつも一緒にいるんだから!」
「イーアンは・・・サブパメントゥなんて、本当は全部倒したいのかな」
「やめなさい。そうじゃないってば。ああっ、もう!仕方ない。教えてあげるわ。あんまり話したくないのよ」
大きく溜息を吐いたセンダラは、乱暴に髪を振り上げて、ぎゅっと腕に力を籠めると『飛ばすわよ』と速度を上げ、安全そうな場所まで急いだ。
どこへ行っても魔物は出るにせよ、ミルトバンに安全が高い場所―― 妖精に都合の良い、森林の奥 ――渓谷に降りた二人は、その場で野営状態に入る。
センダラはパパパッと支度して、結界と炎を出し、ミルトバンを中に入れて自分も炎の側へ座った。
「はい。座って」
「うん。話したくないのに、聞いてごめん」
「・・・何から何まで、誤解させるのも嫌よ。だったら、話したくなくても話すわ。驚くと思うけれど、私もよく知らないことがある。
龍族は、自分たちに楯突いた相手は許さないのよ。絶対に。イーアンは緩いけど、イーアン以外は、事態に例外を出さない。ちょっと前に、龍族じゃないけど、『空の民のザッカリア』という仲間を殺されて」
「殺された?」
思わず口を挟んだミルトバンに、センダラは小さく溜息を吐いて顔を少し背けた。これを言いたくなかったらしく、少し沈黙が続いた後、センダラはちょっと頷いて『そう』と話をまた始める。
「嫌な気分よ。ザッカリアは、空の一族だけど、人間の体を持つの。そういう使命なの。だから非力と言えば、非力。龍に乗れるし、未来予告以外の能力もあるとはいえ・・・ 何があったか知らないけど、サブパメントゥに操られた人間に殺されたんだって」
「そんな」
「あるのよ。こういう時代だもの、ありえるわけ。でも、気分悪いわ。ザッカリアはまだ、少年だったから」
少年と聞いて、あ、と声を上げたミルトバンは理解した。センダラは、ザッカリアと俺を重ねたんだ。まだ子供の仲間が殺されたことを聞いて、センダラは俺にも心配が増えたのかも、と思った。それは当たっていて、妖精は焚火に顔を照らしたまま『そうよ』と呟いた。
「あんたが過った。門番のこと、あったでしょ(※2191話参照)。あんたが万が一、って思ったら嫌だったわ。ザッカリアは、イーアンと親子の約束をしていた話も、オーリンから・・・オーリンって、龍族の端くれなんだけど。彼がこれを伝えに来たのよ」
センダラの話の腰を折らず、そのまま全部聞き終わるまでミルトバンは黙っていた。
―――ザッカリアは、龍族ではなく、空の一族で、イーアンと親子の関係を約束した間柄。
そのザッカリアを殺されたイーアンは、怒りに呑まれて心が危険な状態だから、龍族が来て彼女の代わりに決定を出した。それが、ザッカリアを殺した相手―― 古いサブパメントゥ ――を集中的に倒すことだった。
龍族は、そのために人間が死ぬとしても『それは世界の流れ』としか受け止めない。彼らは、存在の破壊と再生を担う種族だから、その行いを彼らが決定した以上、精霊も手を出さない。
そして、センダラが龍族に伝えられたのは、ザッカリアの死と龍族の決定の他、『手伝い』を求められる内容だった。
強制的に動かす力があるという。センダラはそれをミルトバンに教えなかったが、センダラもよく解っていないようだった。
龍族の話に付き合ったのは、センダラがイーアンに手を貸す、と決めていたことと、『センダラの罪にはならない』と約束されたからだった―――
お読み頂き有難うございます。




