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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台始まり
2350/2964

2350. 船大破・祠の魔物門について・放火疑惑

 

 前の船に移ったゴルダーズ公は、船尾へ急いだ。



 炉筒が見えにくい構造の船は、燃料室との継ぎ目に出来た変形から煙が漏れ、傾きで(やに)も拍車をかけ火災に繋がった様子。

 筒と円柱の隙間ない動きから出る、圧力の繰り返しが、二体の絡繰りを作動させているのに、圧力が不安定になったことで、二体は正常な動作が出来なくなった。


 既に上の船橋は()()()()()()先に燃えたため、操舵室は火の中。


 非常用操舵輪は動力室近くにもあり、それが辛うじて扱えるが、柱が倒れて片側を固定された舵輪は、よりによって向けたい方向への角度がままならない状況。


 火床は燃える勢いが止まらず、いつ燃料室と炉筒が破裂してもおかしくない。

 外れかけた動力の二つは、船の壁とお互いがぶつかり合い、狂った生き物のように動きを止めなかった。


 高熱と煙に巻かれるゴルダーズは、太い軸も接合部から半分折れていると知り、一体を止めることは出来ても、もう一体は止まらないと判断。繋ぎが壊れ、船から離れたとして、絡繰りの惰性で更に事故が大きくなる恐れが過る。


 この船を緩衝材に、二体とも抱えた状態で終わらせられれば・・・・・


「舵を右舷に目一杯切って、水の壁に船尾をこすれば、勢いで反対側へ倒れる」


 ゴルダーズが状況を把握したその瞬間、シュンディーンに頼んだ展開―― 水が押し寄せ、大型船は大きく振り子のように揺れた。



 ―――私はこのまま死ぬだろう。だが、この禁断の知恵を使った後始末、と思えば。


 後ろの船の動力は、イーアンとミレイオが引き取ってくれる・・・ 世に出てはいけない知恵を使い続けた貴族の、ちょっとした後片付けだ。


 フォラヴには近寄れなかったままだな、と少し笑った、次の一秒。



 精霊の力を受けた水の壁は、船体の向きを90度変える。ぐらついたゴルダーズ公は、慌てて側の木材を掴んだ。

 押されて船が向きを変えると気づき、それに合わせ船首が逆の岸へ向くよう、よろけた体を戻して、二体の絡繰りを繋ぐ留め具を外した。そして、むき出しになった折れかけの軸を、掴んだ火鎌かまで叩き壊す。これによって絡繰りは狭い空間で暴れ出す。


 破壊が加速する残り時間のない状況。操舵輪を固定していた、炎を含む柱に体を押し付けて浮かせ、ゴルダーズ公の手は思いきり舵を切った。


 旋回に伴う推進流が、船尾に噴出して屈曲する。横流れした船は、重みと流動で逆側へ倒れ出し、壊れた絡繰りの惰性が、燃料室と床と壁をバキバキと壊し砕いて・・・ ゴルダーズ公の僅かな足場は、迫る絡繰りの羽と溢れた水に呑まれた。


 炎は板を突き破って、噴き出す。回転する船尾の最後の勢いが水流と重なって速度を高め、船は反対側の岸に衝突。この後、船尾は破裂し、火柱を上げ、船体の後ろ半分が木っ端微塵に吹き飛んだ。



 *****



 大事故が起きてから、数十分後。タンクラッドは、魔物の門を壊し終え、大急ぎで脱出。


 出て来た目の前で燃え上がる船と黒い煙、その奥に見える、もう一杯の船を見て、あの後の状況を理解した。離れた岸辺では、人が騒がしい。今すぐ行っても変らないと判断したタンクラッドは、まずは龍の具合を尋ねる。



「バーハラー。疲れたか。お前の龍気だけに、頼らずにいたつもりだが」


 龍気の面が重宝で、バーハラーの龍気も巻き込むとは言え、感覚的には負担を減らしている。バーハラーは振り向かず、じっと空を見ているので、タンクラッドは龍の首をポンポンと叩いて背を降りる。


 空へ戻って行く龍を見送り、龍気の面で浮かぶ足元をちょっと気にして、地面に着地する。龍気(これ)・・・どこまで使えるのか知らないな、と面を手に今頃考える。イーアンの龍気だから持っている、というだけのことかもしれない。


 タンクラッドが下りた側の岸に、座礁し横倒しでの燃える船があり、船の舳先が向く―― 川下 ――の水中に、壊れた祠の揺らぐ様子が見える。



「精霊自体の祠ではなさそうだな。以前も似た様なものを見たが、精霊の力を引いて、誰かの魔法が生きていた封じの祠かも知れん。

 魔物の門が、思ったより規模が小さかったのは・・・助かったと言えばそうだが、何か引っかかるな。バニザット(※シャンガマック)でもいれば調べてくれるだろうが、俺にはこれ以上分からん」


 魔物の門を封じに、異時空の亀裂に入り込んだタンクラッドは、バーハラーを連れただけの単独。


 単独で行けるか、保証などなかった。ただ、龍気の面がある以上、やれるところまでやろうと飛び込んだ次第。

 ダメなら戻るだけだったが、意外にも『延々と続く魔物の通路』の印象はなく、あっという間に通路は終わり、門が見えたので壊して終えた。


 その後はいつもどおりで、どんどん崩れてゆく通路を上がって逃げ、亀裂を飛び出したところで、異時空の切れ目も消失した。



「行きも帰りも、道が短かった。こういうのもあるだろうが、やはり、妙な感じがする。まぁ、今気にしても俺にどうも出来ん・・・ とりあえず、祠をどうするかな。これはこのまま、放置するしかないのか」


 木片や残骸の流れる川を見つめ、祠が封じていた門は閉ざしたのだから、()()()()()大丈夫、と思いたい。


 龍族に祝福を受けたタンクラッドは、感知する力に長けたが・・・この時、ここから直線上に離れた場所で、同じように祠が壊れ、魔物が溢れていることまでは感じ取れなかった。


 その祠と、水中の祠、そして続く線上にある別の祠が壊れ、魔物は最初に壊れた方へ集中していたため、水中の祠が封じた魔物の通路は、短く済んでいたことなど・・・ まして。祠が壊れた原因に、仲間の一人―― センダラ ――が使った大型の魔法があるなど、知る由もなかった。



 *****



 タンクラッドが戻ったのを、トゥは気付いていたが、すぐに側へは行かなかった。

 嫌われていそうなことはさておき(※気にしない)、タンクラッドの思考を読んでいれば・・・彼が何をしているか分かるので、暫く放っておく。


 タンクラッドは、一人で考えることを好む様子―――


 目的の仕事(※魔物の門)を終えた彼は、黒く焼けて炎の舐める船体に近寄り、気になるものを見つけた。

 船体は横倒れで、船底は川の中央に向き、甲板は陸側に向いている。まだ炎がシュッシュッと噴いては、火の粉が舞う中、タンクラッドがしゃがみ込んで、火の這う船橋の隙間を覗き込む姿は、トゥに手伝う気持ちを擡げさせる。


「俺が行くと嫌がるな。だが、タンクラッド。お前が調べるものは、俺に流れ込んでいるぞ。お前の予測を裏打ちしてやることが、お前の機嫌を損ねるか、それとも合理的と受け取るか。付き合いが浅いと(※さっき)反応を考えるな」


 ほんの数時間前に知り合った相手の性格を考え、銀のダルナは二つの首を傾げ、主の行動を眺める。



「『放火』、だ。お前の考えているとおり。タンクラッド、そこじゃない。もう少し奥に、放火の証拠があるんだ・・・ おっ、と!」


 離れた空から見ていたトゥは、タンクラッドの思考を伝いながら、彼が見ている光景を追う。その時、覗き込んだ彼の頭上でベキッと梁が爆ぜて落ちた。トゥが驚いた瞬間、タンクラッドは剣を抜いて梁を打ち払い、崩れた炭火を浴びて体をよじる。小さい炭火で、タンクラッドは肩と腕を払い、鞘に剣を戻すと、また中を見て考える。


「タンクラッドは、()()()()な人間だな。あの程度は驚かない。さて、そろそろ行ってやるか」


 上から目線のトゥは、危なっかしい主が、これ以上危なくないように気遣う。ゆらっと下を見て、騒ぎの収まらない事故の後、そっちも気遣ってやりながら・・・ 自分の姿が見えない配慮をし、タンクラッドのいる岸辺へ降りた。



「トゥ。見ていたのか?」


 降りた銀の巨体に、タンクラッドは事故を見たかと訊ね、一方の首を頷かせたダルナは『理由は、お前が探すその奥だ』と教えた。タンクラッドの鳶色の瞳がギラっと光り、トゥは主がどう反応するか(※嫌がるか受け入れるか)と思っていると、剣職人は燻る船橋に顔を向ける。


「この中、入れるか」


「俺が入ってやってもいい」


 トゥは少し口を吊り上げ、ひゅるっと舌の代わりに炎を出した。その炎は、ダルナの炎。赤より赤く、橙より橙の濃い、生きた炎。

 じっと見つめたタンクラッドが、ゆっくりと下がって場所を譲る。ダルナは黒焦げで炎を抱える船体に近づくと、主の前を通る際『探し物の説明は、()()()()だ』と宣告し、朱色の炎に変わった。


 生きる朱の炎はゴウッと渦を描き、銀色の螺旋を帯びて、船内に滑り込む。

 目を丸くして『何でもあり、だ』と呟いたタンクラッドは、()()()()()を手に入れたら、どうやってもトゥを紹介する羽目になったことに、仕方なし、溜息で受け入れた。



 *****



 ゴルダーズ公ともあろう者が。 タンクラッドが最初に思ったのはそれだった。

 対岸のミレイオたちの元へ戻り、現状を教えられたタンクラッドは、腑に落ちないことばかり。


 彼は大貴族のはずだが・・・ この国屈指の貴族が、『死に急いで船と大破した』? 従者は、他の誰も、彼を止めなかったのか。大まかな状況だけでは詳細が分からず、先ほど見つけた『物証』の理由を知るに、もう少し同行した方が良い気がした。


 前の船が()()()()()()()すぐ、ゴルダーズは自分の船室に行き、とんぼ返りで戻ってくると、ミレイオに大切なもの―― 黒い鞄と鍵 ――を託したという。これは、ゴルダーズ公の()()とされ、期間と『預かり名目で向かう先』も伝えられ、ミレイオの立場を保証する手紙も用意されていた。


 聞けば聞くほど訝しい、貴族の動き。まるで、事故が起こることを予想していたよう―――



 取り急ぎ耳に入れた状況はそこまでにし、タンクラッドは『行き先だった古王宮への用は、もう終わった』と教え、薄々感じていた仲間の視線に頷くと、今度はゴルダーズの従者たちに話しかけ、現在地の情報を尋ねた。ここには、何にもない。確かに見渡す限り、民家も道も無かった。


 無傷の船があることから、緊急で次の町の港へ入った方が良い、と従者たちは話し合っていた。・・・この時、放火の可能性について、タンクラッドは黙っておいた。


 大破した船の乗組員と馬は、もう一杯の船に充分乗れる。馬車・荷物は持ち出せなかったので、食糧の心配はあるが、次の港までなら、特に問題ない。


 この事故による死者はゴルダーズを含め、十名。負傷者は十四名で、そのうち重傷は二名。馬は頭数が少なかったため、全頭助かった。


 フォラヴとザッカリアは出払っており、オーリンとミレイオとシュンディーン、旅の馬車と馬も、後ろの船にいたので無事である。


 タンクラッドは少し考え、主人を失った者たちに『自分たちを次の町まで乗せてくれるか』と訊ねると、従者が『勿論です』と即答した。


「あなた方がいなかったら。私たちは、次の港にも辿り着けないでしょう。私たちが、同乗をお願いします。

 ご主人様のご遺体を探したいですが、ご覧の通り、ここは何もありません。心が痛むけれど、重傷者も早く病院へ連れて行かなければいけませんし、状況を優先して、準備が整い次第、すぐに船を出します」


 従者の言葉に嘘はなさそうで、確かに・・・とタンクラッドも思う。主人の遺体は、崩壊が一番酷い船尾にあるようだし、まだ炎が収まらない焼ける船で探すなんて、死者が増えるだけ。重傷者は、一刻を争う。



 この中に、放火した人物がいるのかどうか。

 トゥを見上げるタンクラッドは、空の上でキラッと光るダルナの小さな影を目端に映した後、乗船し始めた皆と共に舷梯を上がる。腰袋の横に下げた、『汚れた証拠』を持って。

お読み頂き有難うございます。

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